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小ネタ2 TOPにもどる/小ネタTOPにもどる 前置き。 ご面倒でしょうが、とりあえずお読みくださいませ。 *以下の前文に少しでも引っかかった方は、お戻り下さい* 弟子の過去に関して、偏った私設定が混入してます。 自分的には最初っからこの前提で書いていたのですが、 「なんかガッカリ」とか、 「統一感が無くない?」とか、 今まで気にせず読んでいたテキストに対してマイナスな印象を持たれる可能性があります。 ……よござんすか? ↓ ↓ ↓ ■うたかたの夢・黎明 視線を感じて目を開くと、早起きな子どもの深い色の瞳がこちらをじっと覗き込んでいる。弟子と一つ寝床で休むようになってからは、毎朝のことだった。夜明けが近いらしく、室内はぼんやりと薄明るい。 まだ目覚めたくない。もう少しだけ…。 寝穢く眠気にすがり、半覚醒の微睡みのなか温かな存在を抱きしめると、胸元に甘えるように相手の頬が擦り寄せられた。寝間着越しに感じる、華奢で骨張っているが柔らかな抱き心地も相まって、まるで子猫のようだなと思う。 ふと、こんなにも毎晩のように同じ相手と寝床を共にしたことなどなかったと思い、そしてそれもあと僅かだと考えをめぐらせたら、頭が冴えてきてしまった。 その体をただ抱きしめることで、なぜこんなにも心が満たされるのだろう。間近で見つめる眼差しの熱は、応えることができない身としては、些か重圧ですらあるというのに。 ──熱。 それは確かに感じるものの、この年代特有の身近な相手への擬似的な恋愛なのか、その先に至るものなのか、判じかねている。本人にも理解できてはいないようだし、実際そう言っていた。だから俺は、ごく親しい間柄ならば不自然ではないだろうという節度をもって接してきた。 俺から見たこいつはまだまだ子どもで、眩しいまでに真っさらで、一時の感情に委せて後ろ暗い道に貶めてよいとは思えなかった。 この厄介な庇護欲は一体どこから来るのだろう。 気配を感じ再び目を開くと、こちらを見つめ続けていたらしい視線を慌てて逸らした。気づかぬふりをして、額に口づけ抱きしめる手に力をこめると、表情を曇らせた。常と異なる反応が気にかかり、思わず問いかける。 「どうかしたか?」 「……ずっと、あなたに言えなかったことがあります……」 眉根を寄せ辛そうに絞り出された言葉は、意外なものだった。 「あなたに大事に守っていただく価値なんか、ぼくには無いっていうことを。ぼくは、何も知らない子どもではありません。きれいな体でもありません……だから……」 「……だから?」 「だから……ただ一時の慰みだとしても、傷ついたりしません。もしもお望みなら、あなたはぼくを好きにしていいんです。ぼくは、あなたが好きですから」 「……そういう卑下した物言いは趣味ではないな」 身を起こし相手を見下ろした。腕を掴みうつ伏せにさせて寝間着を捲り上げ、露にした背中を唇と舌先でなぞると、小さく震えながらもされるがままになっている。眼前でしなう白い背中を見下ろし、その若いつややかさと肌理の細かさについ見惚れる。こんなふうに感じるとは、自分も歳をとったものだと苦笑しながらうなじに口づけを落とすと、艶めいた声が漏れた。 年齢のことを割り引いても、幾多の戦いを乗り越えてきたとは思えない背中だった。目立つ傷もないのは──身長の制約のせいだと本人には劣等感の種でもあるようだが──背に負った矢筒が防いでいるせいか。 素直で純粋な心根がそのまま顕れたような白くきれいな背中を、当人は知るよしもないのだろう。過去に何がしかの経験があったとしても、決して損なわれることのなかった無垢な魂を見る思いがして、そこに触れる自分の手は薄汚れたもののように感じられた。 「──お前は知らないだろう。自分がどれだけ俺を惹きつけるか」 驚いたように振り向いた弟子はこちらの表情を見て、その言葉が冗談でも世辞でもないと理解したらしい。反論はしなかったが、釈然としないといったふうに押し黙る。 「こんな形の見返りを求めて師弟の関係を結んだ訳ではないし、ましてや許しが出たからと言って、無聊の慰めにお前を抱くつもりはない」 「お願いです、ぼくを嫌いじゃないなら……」 「お前の論法で言うなら、俺にはお前に触れる資格などない。ご存知の通り、穢れきっているからな」 まだ幼いと言ってもいい年頃から、およそ考えの及ぶ限りの痴れた行いを重ねてきた。ただ強い刺激を求めた情を伴わない行為に恥も遠慮もある訳がなく、不本意な体験も無くはないが、ほとんどは自ら進んで楽しんできたのだ。 「……あなたは、きれいですよ」 「俺もお前をきれいだと思う。守ってやりたい、大切な弟子だ」 寝間着を元に戻し、その体を抱き起こすと、両手で頬を包み目を合わせた。 「──宿舎に傭兵隊の者が多いのに気づいていただろう?」 「はい……」 「ほとんどがここ数ヵ月で雇われた奴らだ。戦争は終わったというのに、皇帝の命により兵が集められている……質も問わずにな。行状に問題があり傭兵組合を除名になった者や、夜盗上がりの者さえいる」 弟子の表情が変わった。頼りなげな子どもといった風情は鳴りを潜め、瞳に閃く色に背筋がぞくりとした。 「……そのお話を、ぼくは誰から聞いたことにしたら良いですか?」 さすが、話が早いな、と笑みが漏れる。 「顔見知りになった厨房の料理人がいただろう。あいつがお前に愚痴を溢したんだ。新入隊の傭兵たちは質が悪いと……実際に問題行動も多く、隊長はその処理に追われているらしい」 「傭兵隊を束ねる方は、ぼくの師匠の旧友ですからね。……国に戻ったら帰郷の挨拶かたがた騎士団長と会食の場を設けます。雑談の中で気になることがあれば、王子のお耳にも届くでしょう」 ぞくぞくと心が震える。ああ、これだ。打てば響く鋭敏さ。戦場で表情を消し、離れ業をやってのけるときの張り詰めた気配。その冴え冴えとした佇まいに、たまらなく惹きつけられる。 欲しい、と思った。気づくと、弟子を抱きすくめ、唇を重ねていた。いつもの挨拶のような軽いものではない。心の昂りのままに、声も吐息も奪うように甘く濃厚な……。 やがて銀の糸をひき唇が離れると、弟子はとろりと焦点の合わない眼差しでしばらくこちらを見上げていたが、きつく目を閉じて幾度か頭を振り、するりと腕から逃れ寝台の隅に座り直す。思い通りにいかない子猫のように。 「……困ったな。お前に欲情してきたぞ」 呟きながら差し伸べた手を、ぴしゃりと叩いて、冷静な声が返される。 「生憎ですが、こちらは冷めましたよ。閨房で謀をするなんて、ぼくの柄ではありませんから」 「上等だ。つれない相手をじっくり口説くのも、また一興……」 「残念でしたね。もうすぐ起床の鐘が鳴ります」 笑顔で告げられるやわらかな拒否に、拗ねて見せてから寝台に伏すと、軽く音をたてて唇がうなじに触れた。 「ありがとうございます。おかげで目が醒めましたよ」 じわりと胸が熱くなる。俺はこれを欲していた。頼りなげに潤み慰めをねだる表情よりも、熱を秘め静かに輝くこの瞳が見たかった。そして、それを手に入れたいと願っていた。 きっとこいつも同じだったのだろう。ただ護られ情けにすがるよりも、己の力を認める相手と正面から渡り合い、そのうえで求められたいと望んでいた。 「……礼なら、相手が喜ぶものにしろ」 寝返りをうち仰向けになり腕を開くと、素直にこちらの胸に身を預けてきた。 「柄の悪い傭兵たちにぼくが手籠めにされていたら、事の真偽を裏付ける土産話になったでしょうに」 「それを黙って見ていられるほど冷血でもないさ。言ったろう? お前は大切な弟子で、守ってやりたいと」 「見返りはいらないともおっしゃいました。お優しいんですね。そんなところも大好きですよ」 微笑みながら皮肉を呟く唇を塞ぐ。間もなく鳴らされる起床の鐘が終わるそのときまでだと思うと、口づけはひときわ甘く感じられた。
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