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小ネタTOPにもどる ■彼のひとの我を呼ぶ 「ぼくの部屋はここの上階なんだ。手が空いている時には扉を開けておくから、何か気付いた事や相談があったら、小さな事でも構わないから気軽に声を掛けてね」 入団したばかりの自分たち新兵に親しみやすい笑顔で話しかけてくれた先輩騎士が、名にし負うアリティア一の弓使いで団長の片腕だと知ったのは、時をあけず言葉通りに相談を持ち掛けた折だった。 鉱山の落盤事故による父の負傷の知らせが届いたとき、退団して帰郷するべきかと悩む自分に親身に相談に乗ってくれて、高位の司祭直々に癒しの術を受ける段取りまでつけてもらえたのだ。 宵の口に本部の張り番の任を終えた後、お礼かたがた故郷から送られた酒を手土産に階段を昇っていると、勢いよく扉が閉まる音が聞こえた。上階に上がると目指す部屋の扉が先程の反動か薄く開き、廊下に話し声と光が漏れていた。 先客か、と疎らな角灯に照らされた薄暗い階段を引き返そうとして気付く。階段を昇る自分の前には誰もいなかったことに。 そのとき押し殺した悲鳴が聞こえたような気がして胸騒ぎがした。 武器を携帯していないので、とりあえず酒瓶を逆手に構えたまま、足音を忍ばせゆっくりと扉に近づく。苦しげな喘ぎは、やはり先輩の声のように聞こえ、不安が増す。 扉の隙間から室内の様子を伺うと、仄明るい燭台の灯火に照らされて抱き合う人影が見えた。自分の早合点に苦笑しつつ、そっと辞去しようと思ったが、その光景に目が釘付けになる。 先輩の優しい面差しが甘く蕩ける様に心を奪われたから。そしてうっとりとした声でその口唇から零れる相手の名が、騎士団長のものだったから。 「……あまり良い趣味ではないな」 背後から小声で囁かれ、心臓が飛び出しそうになる。振り返ると副団長が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。 驚き固まる自分に、手振りで黙るよう指示してから、お前たち用心が足りないぞ、と言いながら彼は部屋に入り扉を閉じる。 内容までは判らないが何言かやり取りする声が聞こえ、ややあって出てきた彼に話があると促され、後に従い副団長の私室に入った。 開口一番に他言無用だ、と予想通りの言葉が発せられたので、大人しく同意した。名を問われ答えると、意外なことにすぐに得たりという顔になった。 「今年入団した新兵だな? 父親が怪我をしたとかいう……礼でも伝えに来たか」 「はい……こちらが故郷から送られてきたものですから。そうしたら様子がおかしかったもので気になって……」 ずっと手にしたままの酒瓶を示すと、ああ、と副団長は破顔する。 「今回ばかりは自分の不用意さに感謝しろ。構えているのが武器だったら、問答無用で背後から斬り捨てていた」 薄暗がりのなか酒瓶を片手に、背後に迫る気配にも気付かないほど情事を覗き見ることに夢中になっている自分の姿を想像し、確かに刺客には見えないなと思う。 「庇い立てする訳ではないが……あいつは温和で優しいばかりではないぞ。お前が相談を持ち掛けたときに八方手を尽くしたのは、将来有望だという見込みがあったからだそうだ。実戦経験が少ない割に勘が鋭いと」 それに強運なんだろうな。今回の事もあるし、と笑いながら退室を許された。 翌日、改めて先輩を訪ねると、快癒の報を我が事のように喜んでくれた。 「昨日来たのは君だった?」 ふと問われて怖ず怖ずと頷くと、恥ずかしいところを見られちゃったなと、照れ臭そうに呟く。 なんでも副団長は扉の隙間を指摘しただけで、誰かがいたとは言わなかったらしい。それでも先輩は、自分の気配と視線には気付いていたのだと言う。 「殺気を感じなかったし……途中で止めたくないでしょう?」 ああいう時には、と囁き片目を瞑るのが艶っぽく見えて、つい目を逸らす。 「……絶対に言いませんから」 「ありがとう。実は他にも何人か気付いている人もいるんだけど……」 「誰にも話しません!」 声の大きさに自分が驚いてしまう。頬が熱くなり、顔が赤くなっていくのが分かった。 「……故国の騎士団の後輩に、君によく似た子がいたよ」 小さく笑って先輩は懐かしそうに語る。 「ぼくには、他の人には言えない事でも話せそうな雰囲気がある、って言ってくれた。自分にしかできない事があるって気付かせてくれたんだ」 ここではこういう役割は特に重要かもしれないからね、と語る穏やかな表情には親しみやすさだけではなく、思慮深さが感じられた。 終戦以来、平和な時勢を反映し国の内外で軍の解体は進み、騎士団への志願者も当初に比べ減りつつあるのだそうだ。しかも若い世代は実戦の経験が少なく、これからは人材の確保と育成が要になるだろうと。 まだ未熟な自分の可能性を買ってもらえたことが、自分の中の何かがこの人の目に適ったのだということが誇らしく感じられ、背筋を伸ばす。 「ご期待に添えるよう、がんばります!」 意気込みだけでも伝えたくて口にした言葉を、先輩はなぜか少し驚いたように目を丸くして聞いていたが、やがて笑顔が浮かび手が差し延べられた。 固く結ばれた手の温もりと、がんばってね、という励ましとともに柔らかな声で呼ばれた自分の名が、くすぐったく心に響いた。
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