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小ネタTOPにもどる ■扉 目まぐるしくも忙しい日々が続いていた。 休みは特に決まっておらず、書類仕事や遠征の合間を縫って、交代で取る。 特に騎士団長でもある師匠は、代わりを務められる者が他にいないこともあり、補佐役で同じ弓使いであるぼくと、常にどちらかは必ず職務に就くことになっていた。 責任ある立場になった分、特別な任務や遠征中を除いては夜を徹しての任務や最前線に出る機会も減り、転戦に次ぐ転戦だった戦争中に較べれば、穏やかな日々だとは思う。 思うのだけど……。 隣室の扉を開閉する音が二度鳴った。少しすると、ばたん、と大きな音を立ててこちらの浴室の扉が開く。いつもの優雅で気品を感じる身のこなしはどこへやら、忿懣やる方ないといった風情の師匠が脱いだ上着を長椅子に放り襟元を緩めながら、足音も高く寝台のぼくに歩み寄る。 師匠の身支度を手伝い送り出した後、休日の二度寝を満喫しつつも、そろそろ来るかな、と予測はしていた。今日は朝一番に師匠が“強欲で愚鈍な田舎者”と評している地方郷士との接見が予定されていたから。 「……いいか?」 入室のことか、これからしようとしていることについてか、いずれにしても、頷きかけた顎をとらえられ、返事を待たずに熱い口づけを受けた。 騎士団本部の館の上階にぼくらは居を定めている。非常時にすぐ連絡が取れるように、速やかに事に当たれるように、そして少しでも多く休憩の時間を取れるように。 幹部の特権ということで、二部屋につき一つの浴室があり、共用ではあるが、いつでも個人的に使えるようになっていた。ぼくの隣室は、もちろん師匠の部屋だ。 廊下に面した扉ではなく、浴室側の扉からこの人が現れたということは、まあ表向きではない用件な訳で。 知る人ぞ知る、というか、今や騎士団内部ではぼくたちの関係は公然の秘密だった。師匠の遠慮の無い振る舞いでは、そうと気付かれないはずもない。人目のある所で何かする訳ではないが、浴室の扉の開け閉めにこんなに音を立てていては、何をしているかは自然と知れてしまう。 あるいは、この人のことだから、周囲に知らしめるためにわざとそうしているのかも。 「もう、ダメですよ……」 ずっとされるがままに身を委ねて声を押し殺していたけれど、何とかそれだけ囁くと再び手で自分の口を塞ぎ、あとは目で訴えるしかない。さすがにまだ午前中だし。 こちらの必死の願いもお構いなしといった様子で、師匠は馴れた手つきでさらにぼくを高めていく。最初の口づけこそ出し抜けだったが、与えられる優しく丁寧な刺激で理性は融け、気付けば自分も相手の体をまさぐっていた。 「……ねぎらって、くれるだろう?」 耳元で低く囁かれて、甘い衝動が背筋を走る。こうなっては、もうお手上げだ。 ぼくが頷くと師匠は待ち兼ねたように服を脱ぎ捨てた。
薄荷水を浸した布で体を清め口も漱ぎ、髪を梳り服にはブラシをかけ、特に念入りに身支度を整える。和やかな笑顔を加味すれば、朝より上出来なぐらいだ。ちょうど三つ目の四半時の鐘が鳴る。 「間に合いましたよ。次の接見の刻限です」 背伸びをし頬に口づけると、ご苦労、とばかりに瞼に軽く唇が触れる。 こんな時は特に優しいんですね、と呟いたら、疲れたときには甘いものが良いと聞いたんでな、と返された。 「戻る」 そう言って彼は背を向け、こちらの浴室の、あちらの浴室の、師匠の部屋の扉が開閉される音が響いた。 だるい体を寝台に預け、これからの彼の予定を頭の中で確認する。 この分だと夜までにもう一度二度、来訪があるかもしれない。 それをどこか心待ちにしている自分は、少しおかしいかもしれないな、と苦笑した。
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