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小ネタTOPにもどる ■足音 「お帰りなさい。お早いお戻りでしたね」 部屋の扉を開けて師を迎え入れると、彼は驚いたようだった。 アカネイア騎士団の宿舎、上級士官の部屋が並ぶこの棟に人の出入りはそれほど多くない。その中からこの人の足音を聞き分けるのは造作もないことだ。 確かにあまり靴音を立てないけれど、靴や皮帯の金具がわずかに鳴る音や歩調でそれと分かる。速すぎず遅すぎず、しっかりとした、それでいてしなやかな足運び。それはそのまま彼のもつ雰囲気──無駄がなく優雅な身のこなしを感じさせるものだから。 「お前は耳がいいんだな。まるで……」 言いかけた言葉を、彼は途中で濁した。 気が向かないがどうしても顔を出さなければならない夜会だと出掛けて行ったものの、早々に切り上げて帰ってきたからには何か理由があると思ったけれど……。 口さがない人たちに自分がどう噂されているかは知っている。そう言われても仕方がないほどに、身分にそぐわない過分な厚遇を受けていることも。 気にならないといえば嘘になる。それでも、そんな人たちに遠慮して、せっかくの機会を棒に振るつもりはない。 「言いつけ通りにこの部屋であなたの帰りを待ちわびて、今だって千切れんばかりに尻尾を振っているのに、ぼくの相手はしてくださらないんですか?」 冗談めかして哀れっぽくそう言って見上げると、彼は少し困ったように笑いながらぼくの髪をくしゃくしゃとかきまぜた。 「正直なところ、俺だってお前は仔犬のようだと思うことがある。それでも他の奴に言われるのは、無性に腹が立つんだ」 「構いませんよ。今から修練にお付き合いいただけるなら、水に流しましょう」 あいつらはお前のそういうしたたかなところを知らないんだ。それもまた腹が立つ。 そう呟いて、彼は溜息をついた。
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