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■見えない傷痕

 回復魔法を受けるのが好きではない、と彼は言った。

 戦闘後、割り当てられた天幕に戻り戦装束を解いていたときのこと。濡らした布で身体の汚れをおとすと、彼の頬には一筋の浅い傷がついていた。先の戦いのなか紙一重で躱した敵の矢によりついたもののようだ。
 終始こちら側が優勢だったので負傷者は少なく、回復魔法が使える僧侶たちにも余裕があるようだったので、治療を受けては、と勧めたのだけれど……。

「好き嫌いの問題ではないでしょう?」
「もちろん日頃世話になっていることには感謝している。死にたい訳ではないからな。ただ、命に関わる負傷でないのなら、魔法は必要ないと思っているだけだ」

 確かに目立つ痕が残りそうな深い傷ではないし、血も止まっている。本人には見えないから気にならないのだろうけど、周囲の者にしてみれば──少なくともぼくには、治せるものならすぐに治した方がいいと思えた。
 納得していないことを見抜かれたのだろう。彼は手招きをした。天幕には二人きりだったが、顔を寄せ小さな声で囁いた。

「治療を受けるときに、独特の感覚があるだろう? あれが、どうにも苦手だ。傷を消して、すべてを無かったことにされるのも癪に障る」

 確かに、魔法による加療は自然な治癒ではないため、深い眠りから無理に目覚めるときのような重苦しさを感じる。急な回復の反動で幾日か痛みだけが残ることもある。もちろん治療者の熟練度にもよるのだろうけど。
 ──本当に、それだけの理由ですか?
 声には出さないが間近でその目を覗き込むと、観念したようにため息を吐いて、彼は口を開いた。

「以前、短い期間に繰り返し治癒魔法を受けたことがあってな……あまり思い出したくないんだ」

 先の戦争でパレスが陥落したのは、敵軍の急襲によるものだったと聞いている。王都での戦闘が長引いたという話は伝わっていない。
 苦笑、といった様子の彼の微妙な表情から、遅れて思い当たったことに背筋がぞくりとした。

 彼は虜囚となっていたことがある。
 でも現在、その身体に目立つ傷痕は見当たらない。
 王族でこそないが、神器の使い手として大陸に広く知れ渡った大貴族。そんな彼の身分を考えれば人質として生かしておく価値があり、そのため丁重に扱われたのだろうと、そう思っていた。
 敗軍の慣いとして大半が戦死、処刑されるなかで、無傷で囚われた亡国の将。国内の情勢や逃れた姫の行方、彼だけが知り得た情報があると目され、拷問を受けたとしても不思議はない。
 繰り返し痛めつけては回復魔法を施す。深い傷を受けても、死ぬことを許されない。生殺与奪の権利を奪い、嬲り、嘲笑する。
 この人が繰り返し蹂躙される様を想像しただけで、激しい怒りがこみ上げた。

 高ぶる感情を抑えきれず、彼の背に手を回して抱きしめる。その胸はあたたかく、鼓動は穏やかだった。
 見上げれば、瞳にはいつもの炎が宿っている。そこに憎しみや悔恨の色はない。ただひたむきに己の力を高め、より多くの者をその手で守ろうと足掻く、強い意志の輝き。
 目映いまでに美しい彼の瞳、その煌めきの一端をようやく理解できたように思った。

 ならばぼくはこの人の盾になろう。より高く、より遠く、望むままの彼岸に辿りつけるように。その道のりで、この人の身も心も、二度と傷つけられることがないように──。

「……魔法がお嫌いでしたら、傷薬はいかがですか?」
「ん?」
「隊長が手負いでは、皆の士気にも影響します。どうかあなたは凛と美しくいてください──この不肖の弟子のためにも」

 笑顔をつくり見上げると、彼も口の片端を上げた。

「部下の陳情に耳を傾けるのも、隊長の務めか……」

 では頼むとしよう、と呟いて椅子に腰掛けた。ぼくが傷薬の瓶を取り出すと、彼は目を瞑り顔を上に向ける。頬に薬を塗ると、わずかに眉がしかめられた。
 その頬を両手で包み、祈るような気持ちで彼の額に口づけた。
 どうかいつまでも、あなたのお側にいられますように──。



  • 戦時下なら実際はもっとえげつないことになっていただろうと思うのですが、ソフトめに。

20181005up ジョル(10)ゴ(5)の日!


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