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■本当の 好き

「……故郷に恋人がいるのか?」
「えっ?」

 夜の弓場で弟子と二人きり。練習を終え矢を集めながら、つい口を衝いて出てしまった言葉。
 かじかむ手に息を吹きかけていた弟子は、ぽかりと口を開けたままこちらを見上げる。

「隊の若い者たちが噂しているのを小耳に挟んだ。娼館に誘ったが断られた──曰く、情のない相手とは寝たくないと……」

 その後には“隊長殿にしては珍しく身持ちの堅い相手を選んだものだ”と続いていたが、そこは伝えずにいた。
 俺自身が知っている。こいつとはそんな関係ではない。
 こいつが操を立てる相手……いつか会話にのぼったパン屋の看板娘とやらだろうか?
 数日来の胸のつかえが、いつになく俺を多弁にさせていた。

「もしもそうなら、悪いことをしたと思ってな。ようやく戦争も終わったのに、離ればなれにさせるなんて」
「いませんよ、そんな人」
「怒らないから正直に言え。なんなら、滞在中その娘を呼び寄せても良いぞ」

 取り繕おうとするほどに会話がおかしな方向に流れてしまう。弟子は苦笑しながら答えた。

「……確かに、本当に好きな人としかそういうことはしたくないとお断りしました。でも、恋人なんていません」

 二人きりで過ごす時間の心地よさに忘れがちになる。
 俺を見つめる視線を、誤解しそうになる。

「──俺は?」
「はい?」
「俺は、お前に触れてもいいのか?」

 本当の 好き。
 そんな気持ちが自分に向けられているのではと思ってしまう。

「そんなことをわざわざ尋ねるなんて……あなたはいつも、ご自分がしたいように振る舞われるじゃないですか」
「お前が拒まないからな」
「子ども扱いされることは多少悔しくもありますけど、あなたに頭を撫でられるのは嫌ではありませんよ。褒めて下さるのは、力を評価して頂けたということでしょう?」
「じゃあ、これは?」

 抱きしめると、弟子の頬が赤くなる。

「寒い季節ですからね……。この身があなたのお役に立つことは、喜ばしいです」

 見上げる瞳に輝く冬の星ぼし。きらきらと清かに光る小さな火。

「ぼくにできることなら、あなたの望みは何でも叶えて差し上げたいと思っています。師として、お慕いしておりますから」

 邪気の無い真っ直ぐな眼差し。
 この目に嫌悪と恐怖の色が浮かぶことを想像し、身震いした。

「……そうか」

 それだけ呟くと身を離した。
 温もりを失うと、身を包む冬の夜気は一際冷たく感じられた。

「寒そうですね。あなたは先に部屋に戻っていて下さい。後の片づけはぼくが一人でしますから」
「いいや、手伝おう。少しでも早く床に入れるように」
「そんなに一人寝がお嫌なんですか?」

 笑みを含んだ声に問われ、答えた。

「ああ、こんな寒い夜は早く寝所でお前を抱きたいと思っているよ」
「……ご、誤解を招くような言い方は止めてください!」

 真っ赤になって矢を取り落とす弟子をからかうように、その頬に触れた。
 冷えた指に伝わる温もり。これだけは確かに俺にも赦されたものだ。

「どうせ誰も聞いてはいないさ」

 この唇からその言葉が発せられるのを、俺が聞くことはあるのだろうか。
 指先で柔らかな温もりをなぞりながら、そう思った。



  • 珍しく、ぐるぐるしてる師匠。まあ、たまには。

20160926up


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