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■帰らずの道
「ああ、あの時の……! 元気だったかい?」
「立派になったね。君の噂は聞いているよ」
「また御師匠さんに会いに行くのかい?」
行く先々で声を掛けられた。
かつても同じ道を旅したことがあったから。
あの時と違うのは、この道を戻ることはないだろうということ。
一歩ずつ、あの人に近づいて行く。
それはそのまま、ひと足ごとに故郷から離れて行くことを意味している。
両親や弟、王宮騎士団の仲間たち、主君の面影が頭をよぎる。会おうと思えば会えるだろう。でも、もう二度と会えなくなる人もいると、心の片隅では覚悟している。
それでも後悔はない。この道を選んだのは、ぼく自身。
街を囲む城壁の門をくぐり、王都に入った。いくつもの橋を渡り広場を横切り、街外れにある屋敷を目指す。騎士団の旗揚げのために、彼は自分の所有する館のひとつを提供していた。
門番に取り次ぎを頼むと、若い従者が息を切らして駆けて来る。すぐに連れてくるよう命じられたのだという。
長い廊下を進み、大きな扉の前で立ち止まる。お連れいたしました、と従者が声を上げ、ゆっくりと扉が開かれる。
部屋の奥、書類の積まれた机の向こうに彼がいた。ぼくの姿を認め、立ち上がってこちらに歩いてくる。
──向こうに行ってからが、君のほんとうの始まりなんだ。
笑顔で送り出してくれた、主君の言葉が浮かぶ。
これからが、ほんとうの始まり。自分の力で歩んで行かなければならない。この人に遅れをとらないように。
口を引き結び、前に進み出る。
「御召しにより、参上いたしました。今この時より、あなたと騎士団に、この身を捧げることを誓います」
書類の山を処理していると、来客の報せが入った。
待ちかねていた者の到来に緩む口許を隠すように咳払いをして、すぐに部屋に通すよう従者に指示する。ややあって扉の向こうから声が掛かった。
入れ、と答えると、見慣れた顔が現れる。
歩み寄る俺の前に進み出て、緊張した面持ちで述べられた口上に、やられたな、と思った。いかにもこいつらしい、真面目で一本気な言動に触れて気づかされた。
どうやら俺は、花嫁を迎えるかのような浮かれた気分を少しは抱いていたらしい。甘い感傷も、馴れ合いも、無縁のものだったこの俺が。
決意をもって語られた言葉に、相応の礼を返さなくてはなるまい。
「よくぞ参られた。貴公の申し出を嬉しく思う」
きらきらと瞳を輝かせて頷く弟子に歩み寄り、右手を差し出した。握手を求めたつもりだったのだが、相手は片膝をつき手の甲に口づけた。
まったくもう。これではどちらが花嫁だか分からない。
扉が閉じられ二人きりになったのを見計らって、互いに口調を変えた。
「……本当に、よく来てくれたな」
「約束でしたから」
「ああ、そうだった。もうひとつの約束も覚えているか?」
「もうひとつの約束……?」
片膝をついたままの姿勢で首を傾げ、こちらを見上げる頬に身を屈め手を添える。そして親指でそっと唇をなぞった。
ぽかんとした表情でされるがままに触れられていた弟子が、あっ、と小さく呟いたと思ったら、慌てふためいて後ずさろうとして尻餅をついた。みるみる顔が真っ赤になっていく。
以前と変わりない様子に、思わず口が綻んだ。
「いくら俺でも、いきなりとって食いはしないさ」
そう言いながら手を貸して、立ち上がらせた。
「とりあえず今日はゆっくり休め。明日から俺の下について働いてもらう。
早くこちらの生活に慣れて、騎士団の運営を軌道に乗せて……ただし、戦の勘も腕も鈍らせるな。課題は山積みだぞ」
「はい!」
「良い返事だ」
姿勢を正す弟子を軽く抱き寄せ、耳元で囁いた。
「そんな訳で、残念ながらもうひとつの約束は、しばらくはお預けだ。すまないな」
腕の中の弟子が背伸びをし、唇が頬に触れる。驚く俺に、得意気に微笑んで見せた。
「了解しました。つまり、今までと同じということですね?」
人目を忍び抱擁し、口づけを交わすだけ……師弟の枠を半歩踏み越えた、でも恋人とも呼べないこの距離感は、それなりに心地良いものだったのだが。
先に進んでしまえば、恐らく二度と戻れないであろう微妙な関係。今しばらくは、この距離を保っていられることに、心のどこかで安堵している。
「でも、これからはここが──あなたのいるところが、ぼくの帰る場所になるんですよね。それが、何より嬉しいです」
幸せそうな笑顔で、そう告げられた。
ああ、ほんとうにこいつには敵わない。
答える代わりに、両手で頬をつつみ額にそっと口づけた。
- たまに自分の書いたものを見返すのですが、自由騎士団ネタをさんざん書いておきながら、合流シーンは書いていなかったなあと気づきました。ついに自分のネタのスキマ話に走り始めてますよ…。
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