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■懐刀

 師匠からの伝言だ、と届けられた紙片を見て、ぼくは首を傾げた。
 それは今日の訓練場が変更された、という書き付け。でも、あの人の字ではない。

「自分が案内するよう、申しつかっている」

 そう語る人物に見覚えはない。弓騎士隊員ではないようだ。手にあるたこにも、剣を使う人の特徴が顕れている。傭兵隊の人だろうか?

「準備をしますので、少しお待ち下さい」

 そう言って迎えの人を廊下に待たせ、部屋に入りがたがたとそれらしい音を立てながら思案する。

 単なるいたずら?
 新入りをからかっているだけ?
 傭兵上がりということは、アカネイアの人ではないのかもしれない。先の戦争の遺恨から、ぼくや故国を良く思っていない人?
 ──だとしたら、ついて行くのは危険だ。

 そのとき窓から中庭を横切って歩く人が見えた。師匠だ。
 迎えの男には、ぼくが怪しんでいることを気づかれない方がいい。
 声を出さずに師匠の注意をこちらに向けるには……


「おい、早くしろ!」

 痺れをきらした男が部屋に入ってきてぼくの腕を掴んだ。そのまま強引に廊下を早足で歩いて行く。階段に向かうとちょうど師匠が駆け上がってきた。

「誰だ? 何をしている?」

 男は舌打ちをしてぼくを突き飛ばし、師匠が受け止めている間に走り去って行った。階段の踊り場で、師匠はぼくを抱き止めたまま、深く息を吐く。

「……怪我はないか?」
「大丈夫です。アリティアに恨みのある人でしょうか?」

 ぼくは手短に次第を説明し、傭兵隊の人だと思います、と付け加えた。

「いいや、あれは多分おれに恨みのある手合いだ」
「あなたに?」
「逆恨みだろう。女に相手にされないのは、自分に問題があるのだと思い至らないらしい」
「もてる男は辛いですね」
「おれ本人に喧嘩を売る度胸もないクズだ」

 くすくすと笑いながらぼくが手にしていたものに、彼が気づく。

「ああ、これだったのか」

 彼がくれた手袋に仕込まれていた、隠し短剣。さっそくぼくを護ってくれた。

「光で合図しようにも、部屋には手鏡なんかありませんから」
「肝が冷えたぞ。自分の部屋から急難の報せが出されるとは」
「すみません、不勉強でした。他の信号も覚えておきます」

 使わずに済むのならそれに越したことはないが、いざという時に勉強不足を後悔したくない。

「おれにはほとんど見えなかったが……奴の顔は覚えているか?」
「ええ。証拠品もここに」

 とっさに相手の襟元からもぎ取っていたアカネイア騎士団の徽章を師匠に渡す。これを紛失することなど、そうそうあることではない。
 何をするつもりだったかは判らないが、未然に防いだ以上、一連のことは“ただのいたずら”の範疇だ。
 首実検だけではしらを切りとおすつもりだったろうが、言い逃れのできない証拠を突きつければ、今後の抑止にはなるだろう。
 よくそこまで頭が回ったな、と彼が微笑む。

「あなたの傍にいるということが、どういう意味かよく判りました。あなたも、ぼくなら大丈夫だと思えたんじゃないですか?」

 冗談めかしてそう言うと、苦笑を浮かべた師匠がこつんと額を合わせて、お前が無事で良かった、と呟いた。



  • 「しむらうしろー!」的シチュエーション・その2。
  • 拙作『薄雪』、『冬至祭』の関連話。私設定でどこまで行くやら>私

20160112up


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