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小ネタTOPにもどる ■残る似姿 「べつに黒で良いんじゃないか?」 「いいえ、駄目です」 困り果てる画家を見て、助け船のつもりで口を挟んだが、にべもなく一蹴された。 友人の弟子にあたるこの青年は、普段は差し出た振る舞いなどしないくせに、時折こうした頑固なところを見せる。 やれやれと蚊帳の外に置かれた当人に視線を送ると、肩をすくめて見せた。一度こうなるとなかなか折れないということを、身をもって知っているのだろう。 重い空気のなか、軽い気持ちで冷やかしになど来なければ良かったと、ため息をついた。 事の始まりは、少しばかりの不運だった。 王都から居を遷すために改築中の、新しい騎士団本部の大広間。その壁を飾るために買い付けようとしていた綴れ織の壁掛けが、ほんの数刻の差で他国の豪商に先に買い上げられてしまったらしい。 そう易々と手が出せる物ではないだけに、代わりになる同等品はなかなか無い。今からそれに代わる品を手配しようにも、綴れ織は手間も時間もかかる。ひと月後に迫った披露目の祝宴には間に合わないだろう。 急場を凌ぐため絵でも架けてはどうか、と誰かが言い、それならば団長の肖像画にすれば良い、と別の誰かが続き、それをどこで聞きつけたものか当代一と呼び声も高い画家が是非にと自ら駆け付けて来たのだが……。 よもや習作の段階で、絵には素人の騎士団の一員が、制作途中の作品に文句をつける事態になるとは。 俺は下層の生まれで、物心ついて以来ずっと傭兵稼業だった。芸術や意匠に対する関心は薄い。 たかだか絵に描かれる服の色ひとつに、ここまで拘ることが理解できない。 「黒い長衣は国の典礼や王の宴でも着用される正式な衣装だろう。長く残る絵なら、そういう姿を描くもんじゃないのか?」 「長く残るものだからこそ、その衣装では駄目なんです」 理屈が分からない。まるで子どもの駄々のようだ。 「ああ……そうなの」 それまで黙って成り行きを見守っていた妻が、俺の隣で不意に声を上げた。 「長く残るものだからこそ、堅苦しいお仕着せを纏わせた姿にしたくなかったのね?」 赤い顔でぎこちなく頷く青年に妻は歩み寄り、その頬に手を添えた。 「絵の中のことよ。あいつ自身が苦しい訳じゃないの。おバカさんね……」 そう言って、愛しげに抱き寄せる。妻はこの若者を弟のように可愛がっている。実際、姉のように、母のように振る舞っているだけだが、こちらの心中は複雑だ。 そう感じているのは俺だけではなかったらしく、描かれる張本人である騎士団長が、痺れを切らしたように声を上げた。 「──それで、俺はどうすれば良いんだ? いっそ脱ぐか?」 「それはもっと駄目です!」 「そんな絵を大広間に飾るのは、勘弁願いたいわね」 「俺も見たくないな」 いつもの雰囲気の掛け合いで、場に漂っていた緊張感が霧散していく。 それを見計らったように、画家が一歩進み出て言った。 「提案がございます。騎士団長様お一人の肖像画と承っておりましたが、皆様がお揃いで……というのは如何でしょうか?」 「ギルドの顔役や学院の教授たちが一枚の絵に集団で描かれているような、あんな感じに?」 「はい。黒い長衣がお気に召されないのでしたら、描く御衣装は白を基調とした戦装束といたしましょう。挿し色にはそれぞれの瞳の色と同じ宝石をあしらった金銀の細工帯。見目麗しい皆様方に、よく映えるかと存じます」 最後のくだりは世辞だろう。それでも、白い鎧は上級騎士の代名詞のようなもの。我々に不服のあろうはずがない。 「……団長の巻套は、緋色がいいです」 「そのつもりでございました。大陸一の弓騎士殿と言えば、その緋色の装束も名高いですからね」 それを聞いて、青年の表情が明るくなる。そして、ばつが悪そうにもじもじと呟いた。 「あの……申し訳ございませんでした。偉い画家の先生に、差し出がましいことを……」 「いいえ、御目文字が叶いまして嬉しゅうございますよ。単に仕事としてではなく、描きたいと切望する方々に巡り合わせてくれた命運に感謝いたします」 それから、それぞれに何枚かの素描をとって、画家は慌ただしく帰って行った。 まるで鼻先に餌をぶら下げられた犬のように。 野次馬も含めて部屋にいた面々は、三々五々に退出していく。 「……長く残るものだと伺いました。同じ絵の中で、ずっと一緒にいられるんですね」 「作り物の中で添うことで満足か?」 「まさか」 くすくすと含み笑いをしながら交わされる最後に残った二人の会話を邪魔しないよう、俺は後ろ手に静かに扉を閉めた。
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