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小ネタTOPにもどる ■風穴 寝起きの半覚醒の状態で、無意識に温もりを求めて手が周囲を探る。 やがて自分ひとりきりなのだと思い出し、うら淋しい空虚感を持て余す。 ──一冬を共に過ごした弟子のせいだ。 他人と寝床を共にする習慣などなかったというのに。 戦争の最中に出会い、気づけば傍にいた。少しの違和感もなく、まるで遠い昔からの約束のように。 大人になりきっていない少年期特有のものだからか、髪の匂いや手に馴染む肌の感触が、どこか懐かしかった。 他の誰でもないあいつと、かつて身を寄せあう日々を過ごしていたような錯覚すら感じた。甘い吐息と、交わす互いの熱を、知っているかのような……。 寝台横の小卓に手を伸べる。水差しから銀杯に冷たい水を注ぐと、夢想を払うように一気に飲み干した。目覚めた気配を察したようで、扉を軽く叩く音と共に、お支度をなさいますか、と従者の声がする。 短く言葉を返しながら思い出すのは、あいつの指が頬を滑る感触。髪を梳く手つき。 傍にいる間は俺の身の回りの世話をすると言い張って、使用人に任せればいいことまで、何でも自分でしたがった。それこそ湯浴みや用足しにまで付いて来ようとしたので、夫婦になった訳ではないんだぞ、と笑うと真っ赤になって照れていたっけ。 湯と布を手にした従者が入ってきたので口を引き結びながら、思い出し笑いをしている自分に気づく。 じわじわと内側から湧いてくる温かい感情は不思議な感覚だ。 元の生活に戻ったとしても、もう昔のままではないのだと、あいつは言っていた。 ──ここに、穴が空いてしまいますから── 胸の風穴。それは、俺にも空いているということか。 ここにいない誰かを思い出し感傷に浸るなど、以前の自分にはなかったことだ。 折にふれ、自覚していなかった自身の一面が、ひょっこりと顔を出す。 これは、なかなかに興味深い。
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