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小ネタTOPにもどる ■ただ一人 盗賊の来襲から守るために訪れた村での戦闘中に、自軍以外の者から援護を受けた。 初めて見る風の魔法に誰もが戸惑うなか、ただ一人、王子だけが違う表情を浮かべている。 この邂逅が信じられないといった様子で、目に映る人物の存在を確かめるかのように、ゆっくりとその口が動く。 幾度か見たことのある、誰かの名をなぞる唇のかたち──名前の主は笑顔を湛えて振り返る。 ひと瞬きの後に、王子は彼に向かい駆け出していた。 タリスにいた頃、王子とふたりきりでいるときに、他の誰かの名で呼ばれかけたことがあった。 苦笑まじりの説明によると、もう何年も会っていない幼馴染みだそうだ。 幼い王子のお側にいたということは、要職にあった貴族の子弟か、乳母の係累──戦争前から他国に遊学しているらしいことから、おそらく前者だと思われた。 うたた寝をしている口許が、その名の形をとるのを見たこともある。 戦争が始まる前の懐かしい故国の景色は、甘い毒にも似た束の間の夢想に過ぎなかったのだけど。 そこにいた人たちの多くには、二度と会えないことを、心の底では覚悟していたのだから。 その人は、ぼくらとあまり年も変わらない穏やかな笑みの魔道士だった。 王子蜂起の報せを耳にして、矢も盾もたまらず駆けつけたのだと言う。 皆の前では儀礼に則った振る舞いをしていたが、見交わす互いの視線に宿る温かさは他の誰に向けるものとも違っていた。 王子の雰囲気が変わったように感じた。 王族らしい柔和な振る舞いの中にも、強い意思を秘めた威風を漂わせている。戦いのときの猛々しさとは違う、心の奥にある決して消えない静かな炎を見た。 ほんの小さな印象の差に、気づいた者は少なかったかもしれない。気づいたとしても、戦いを経るうちに頼もしくなられたのだと思うのだろう。 幼い頃の日々の記憶、災禍に見舞われたときの己の無力さ、悔恨を越えた姉君への思慕、立場や利害を超えて取り戻したいと願うもの──ふたりにしか共有できない想いがあるに違いない。 かけがえのない存在というものがあることを、目の当たりにした。 他の誰とも違う、心の繋がり。 共にあることで本来の自分を取り戻し、改めて進むべき道を見据えた、瞳の輝き。 その光を信じ、この方に付いていこうと、決意を新たにした。 そのときのぼくには、自分にもそんな特別な存在が現れるとは、ましてや、自分が誰かにとってただ一人の拠り所になるとは思いもよらず。 足下は未だ暗く、この身が故国再興の礎の一つになれれば本望だった。
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