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小ネタTOPにもどる ■その人の隣に 敵の強襲を受け、後衛だった弓隊にも被害が出た。闘いには勝利したものの、陣中は重い空気に包まれている。 隊長の身づくろいを手伝いながら、「負傷者の元に行って、ねぎらいなり檄なり言葉をかけては頂けないか」と進言したら、「俺はそういう家族ごっこは好かん」と、にべもなく返された。 泥や血に汚れた防具を外し、手と顔を清めた。准戦闘時用の軽めの鎧を出し、身につけるのを手伝う。 着用したまま眠っても負担がないほどに、体に馴染んだ物。よく磨かれ新品同様に見えるが、細かな傷や補修の跡がある。その使い込まれた様子から、この人の歩んできた道をまざまざと知る。 「辛うじて負け戦でこそないが……命を落とした者にとっては、勝敗などどうでもいい話だな」 「弓兵に死傷者が出たのは久しぶりです。あなたが隊を率いるようになってからは、初めてですね」 「現実を知るには、いい機会だったかもしれん。理想や馴れ合いで片付けられる世界ではないと思い知ったろう」 容姿や家柄の色眼鏡を通してこの人を侮る者は、しっぺ返しをくらうだろう。 その冷徹で辛辣な物言いに反論の余地がないのは、語る言葉に重みがあるから。今までに見聞きした事象や、抱き続けてきた信念を感じるから。 「脱隊希望者は?」 「出ていません。今後の陣形や装備に関する提案をいくつか受けています」 「結構。お前の判断で構わない。使えそうなものだけを後で報告しろ」 「わかりました」 髪を梳き、束ね直す。腰帯に剣を下げ、巻套を羽織ると、闘いの疲れなど微塵も感じさせない見目麗しい騎士の出来上がり。 そそくさと道具を片付けていると、背後から声がかかった。 「お前も、顔を洗って髪を整えろ。陣中を回るんだろう? 俺の隣に立つ者がしょぼくれたなりでは、格好がつかん」 え……それは……。 「俺は檄しか飛ばさんぞ。“ねぎらい”とやらはお前に任せる。ぼさっとするな。さっさと終わらせるぞ」 「はい、急ぎます!」 ぼくの意見を受け入れてくれたんだ。 厳しい考えをもつ人が、経験も浅い年少者のぼくが口にした、彼の信条とは異なることを。 胸の奥がじわりと温かくなる。 嬉しさと、尊敬と、それとは別のふわふわと浮き立つ気持ち……。 手早く身づくろいをして、お待たせいたしました、と彼の前に立つ。ふ、と小さく笑った彼が、ぼくの頭に手を伸ばし、髪の跳ねを直してくれた。 「行くぞ」 「はい」 天幕の出入り口の布を持ち上げ、彼を通し、続いて自分も外に出る。背筋をのばし、遅れをとらないよう早足で歩く。 彼の隣に立つ者として、ふさわしい自分でありたい。 胸の熱が体中に広がっていくように感じた。
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