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小ネタTOPにもどる ■めぐる季節に 戦争が終わって初となる収穫祭も無事に過ぎ、数年ぶりに国主の住まう城内は冬支度に大わらわだ。 古くから城で働いていた人たちが疎開先の田舎から戻りつつある一方、平和の訪れを見届けて去る人たちもいる。 相棒が退団してどこか淋しそうな先輩騎士の背中を見つめながら、そう感じているのは他ならぬ自分自身だと気づいた。見慣れた情景が失われたことへの淋しさ。 戦争が終われば世界は元に戻ると漠然と思っていたけれど、過ぎた時は二度と還らないのだと実感する。 春には騎士団への入団者を大々的に募るという噂だ。 人の感傷などお構いなしに季節はめぐっていく。前を向いて歩いていかなければと思う。 扉の前の近衛に取り次ぎを頼むと、すぐに中に通された。 「やあ、わざわざ出向いてもらって、すまないね」 「お話があると伺いましたが……」 「まあ、掛けて」 主君である王子の執務室に呼ばれ、着座を促された。 こちらでの話ということは、公務に係わる内容なんだ。 心当たりは無いが、こんなふうに呼び出されるなんて、何か悪いことではないかと思ってしまう。 「緊張しないでも大丈夫。君にとっては、良い報せだよ」 こちらの不安を見透かしたような主の言葉に、少し肩の力が抜ける。 時は夕刻。執務室にはぼくらの他に人はいない。机の上も片付けられていて、仕事中という雰囲気でもない。 落ち着いて様子を見るに、公務に関係のあることだけど、ごく私的なものと感じられた。 「君の師匠から要請がきた。弟子をしばらく預かりたいという旨の──」 「あの人から?」 礼を失して話の途中で思わず身を乗り出したぼくを怒るでもなく、むしろ面白がるように見つめながら王子は言葉を続ける。 「王宮騎士団に食客の待遇で迎えるので身一つで来られたし、とある。どうやら王妃殿下の承認もいただいているようだね」 「それはつまり、ぼくが……」 師匠のもとで修行する機会を得たということだよ、と王子は言った。 夢を見ているようだった。 また会おうと口約束はしていたけど、まさかこんなにすぐに現実のものになるなんて。 「正式な文書に添えて、ぼくに宛てた個人的な書簡もあったんだ。 “あなたの大事な家臣を、ちょっとだけ貸してほしい。ちゃんとお返ししますから”って、幾分砕けた文体で書かれていたよ。 ……どうする? 君は行きたいかい?」 「はい、お願いいたします!」 自分の頬が緩んでいるのが分かるが、どうしようもない。嬉しくて……ただ嬉しくて……。 目を細めてそんなぼくを見ていた王子が口を開く。 「あくまでもぼく個人の印象だけど……彼は自分が望まなければ誰かの面倒を見たりする性格ではないと思う。それに、君はぼくの騎士だ。手間をかけて育てたところで、彼にも彼の国にも利益がある訳じゃない。 ──信頼。それを得ることがどれだけ難しいか分かるかい? 君は彼に信頼され、期待もされている。それはとてもすごいことなんだ」 彼のことが、好き? 一呼吸おいてからそう問われ、一も二もなく頷いた。 「弓を手にする者なら、誰だって一度は願うことです。あの人の下で学びたいと……」 熱を込めて語るぼくを、王子は少し不思議そうな表情で見る。 そんなにおかしなことを言っただろうか。 首を傾げるぼくに、王子が笑顔を向ける。 「君のなかで、彼はまだ、憧れの人?」 「ええ、もちろん!」 王子の笑顔が、苦笑のように見える。 「うちの騎士団長にも許可をもらわないとね。先にぼくから話はしておくよ」 今日のところは、これだけ。詳しい話は、また後日に。 そう言われたので、挨拶をして退出した。 王子は既に立太子の式を済ませている。おそらく来年のうちには正式に戴冠して王となり、后を迎えることになるのだろう。 もうすぐ冬が来る。それは去年とは違う、まだ誰も知らない新しい季節なんだ。 そして春に草木が芽吹くころ、世界はどう変わっているのだろう。 懐かしい花の匂いと、まだ見ぬ風景の予感が胸をよぎる。 あの人にまた会える──。 温かくなった心を抱いて、夕暮れの迫る秋風の中を宿舎に急いだ。
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