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小ネタTOPにもどる ■きっと ずっと 弟は小さい頃、いつもぼくの後をついて来たものだった。 ぼくが勉強する横で読み書きを習い、本格的に弓の訓練を始めると隣でひとまわり小さな弓を引き、村総出で行う収穫や山仕事にも同行した。 地方領主である父の仕事をぼくが手伝い始めたときには、まだ遊んでいていい年令なのにも関わらず、自ら進んで簡単な雑用を引き受けたりもした。役に立っていたかといえば怪しいものだけど、何事においても、いっしょに行動するものと決めているようだった。 ぼくが騎士見習いとして親戚の元へ行くことが決まったときには、自分も行くと駄々をこねたが、さすがにそれは敵わなかった。 「今のぼくと同じ歳になったら、お前もおいで」 そう言うと、泣きながら何度もうなずいていた。 ──そして、約束の時がきた。 弟がかつてのぼくと同じ年令になったちょうどその頃、身分や経歴を問わず騎士団への入団を募るという御触れが出た。先王と共に大半が失われた王家直下の騎士団が、正式に再編されるのだという。“王子と共に苦しい戦いをくぐり抜けた精鋭を中核として”という触れ込みで。 弓兵隊の筆頭には、ぼくの名があった── 弓兵として入隊試験を受けるために登城した弟を笑顔で迎えたものの、胸中は複雑だった。 「弟にもしものことがあったら自分のせいだ。父さんや母さんに申し訳がたたない……そんなふうに思っています?」 予備訓練期間中のある日、周囲に人気がないときに、弟が話し掛けてきた。図星だった。 「だって、ぼくがあのまま村に残っていたら、お前はここには来ていないだろう?」 問いに頷きながら、その先を続けようとするぼくを弟は制した。 「お願いします。先にぼくの話を聞いて下さい」 意外だった。考えてみたら、記憶の中の弟は口答えをしたことがない。いつだって大人たちやぼくの言い付けを守るおとなしい子だったから。 「……確かに、ぼくはまだ年若く、本当の戦場を知りません。それを知る兄さんが、厳しい世界にぼくを引きずり込んでしまうことに罪悪感と葛藤を抱くのは想像できます。 でも、遺された家族がどれだけ辛い思いをするか、ぼくは身に染みて知っています。 メニディ川の大敗からタリスでの蜂起までの2年間、生死も分からず──おそらく死んだものとされて──遠い場所で祈るしかないという苦いもどかしさを、ぼくは味わいました。 たくさん悩んで、こうしようと決めたんです。 自分にできることは微々たるものかもしれないけれど、座して報せを待つよりは、歴史の動くその場にありたいと……」 弟が、そんなことを考えているとは知らなかった。幼いときのまま、ただぼくの後ろを付いてきただけだと思い込んでいた。 「ぼくは、大丈夫ですよ。兄さんが気に病むことは何もありません」 にっこりと微笑む顔には、父の面影を感じた。少しずつ、大人に近づいているのだ。 「──子ども扱いして、ごめん。ずっと離れていたから、いつまでも別れたときのままの小さいお前のように思っていた」 弟に手を差し出した。 「兄として、お前が立派な騎士になれるよう願うよ」 「ありがとうございます、兄さん」 握り返されたその手は、ぼくよりも小さかったけど、鍛練を積んできたことが窺い知れる力強さを秘めていた。 ぼくの歳になるころには、きっと今のぼくよりもずっと上を行くようになるのだろう。昔から、こうと決めたら必ず為し遂げる芯の強さがあった。 握っていた手を引き、弟を抱きしめる。 「兄さん?」 「でも、ふたりだけの時には、昔みたいに甘えてもいいんだよ。お前はぼくの弟なんだから」 頭を撫でながら言うと、こちらの背に手を回してぎゅっと抱きついてきた。 「ありがとう、兄さん……」 緊張が解けたように微笑む顔は、さっきより少し幼く見えた。 「ぼくは、兄さんがぼくの兄さんじゃなかったとしても、尊敬して目標にしていたと思いますよ」 「光栄だな。お前をがっかりさせることが無いように、ぼくもがんばらなくちゃ」 不安と誇らしさに揺らぐ気持ちを抱きながら、少しずつ大人になっていく。 ぼくとは違う自分の道を、この子も歩き始めているんだ。 目指す場所は違っているけれど、いつまでも繋がっていると信じられる。 額を合わせて、ふたりでくすくすと笑った。 きっと、同じことを考えているんだね。
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