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小ネタTOPにもどる ■かりそめの絆 数年に渡った戦争は幕を閉じ、世の中は秩序を取り戻しつつある。すべてが、あるべきところに還っていく。 予てからの約束通り、両者の主君の立ち会いのもと、大陸一の弓騎士とぼくは師弟としての誓約を結ぶ運びとなった。 簡素ではあるが厳かな雰囲気の典礼の後、息抜きをしたいと言う師匠とふたりきりで中庭をぶらついていると、ふと思い出したように彼が呟いた。 「……お前、そろそろ誕生日だったな」 「よくご存じですね」 「以前、夏至に近いと言っていただろう? 俺は冬至に近い生まれでな…それで覚えていた。で、何か欲しいものはないか?」 誕生日を祝う。 そんなことが当たり前だったのは、故郷の村にいた頃のこと。 ほんの数年前のことなのに、なんて遠く感じるのだろう。 「……じゃあ、冬至に二人分まとめてお祝いをしましょう」 「なんだそれは?」 「約束してください。冬にまた会うって」 おかしな事を言っていると、自分でも分かっていた。それでも彼は何も問わずに薄く笑って頷いた。 「──わかった。冬に、また会おう」 師弟といっても、それぞれに主をもつ身。しかも遠い異国に離れて暮らす現実を考えれば、直接指導を受ける機会など滅多にあるものではない。 自分に言い聞かせる。 この絆は、餞別がわりの恩情。あってなきに等しい、儀礼的なものにすぎないのだと。 それを受ける程度には力を認めてもらえているのだと嬉しくはあったけれど、手放しでは喜べなかった。戦争の終結は、この人との別離でもあったのだから。 「……堅苦しい典礼は苦手だ」 伸びをしながら師匠は話題を変える。 「建国当時の伝説より名を列ねている旧家の当主のお言葉とは思えませんね」 「その時々の権力者におもねるのが上手いだけの、日和見の血統だ。別に誉められたものじゃない」 「それでも、それが千年の長きに至るからには、運命の導きが……為すべき何かがあるからでしょう?」 この人に連なる血脈を想像する。 気の遠くなるほどの時の流れのなか、政変は幾度もあったに違いない。その時どきの当主の判断ひとつで、こんなに長い年月の繁栄を得られるものだろうか。 現にこの人の父である前当主は、この戦争で亡くなられたという。 「たとえ敵となったとしても、むざむざ死なせるに忍びなく、手を延べた人がいたんですよ。そしてあなたのご先祖様は選んだんです──誇りある死よりも、ずっと大切なものを」 「何かの物語か? 相変わらずお前の話すことは面白い」 そう言うと、彼はぼくの髪をかき混ぜて笑った。ふたりきりのときにだけ見せるその寛いだ笑顔に、胸の奥が痛む。 さよならの時が近づく。 また会いましょう、と笑って別れよう。 会えるはずもなかった人と出会えたのだから、これ以上を望んではいけない。この先は、夢を見ることすら許されないのだ。 にじむ景色のなか、夢が叶うということは、終わりでもあるのだと、初めて知った。 「今生の別れでもあるまいし、大袈裟な奴だ」 短い間でしたが本当にありがとうございました、あなたのことは忘れません、などと突然言い出した少年にそう返すと、驚いたようにこちらを見上げた。 目をしばたたかせた弾みで、その頬に涙が散る。うつむいている間に溜まっていたらしい。 ああ、もう、まるで小さな子どもみたいじゃないか。 ため息をついてから、ゆっくりとした口調で問い掛ける。 「わざわざ主君の前で宣誓をしたのは、何のためだと思っている?」 言葉が見つからないまま、それでも真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は子犬のようで、もどかしさはあるものの怒りや苛つきは感じない。 「約束……してしまったから……?」 涙を堪えようとしてか、声はわずかに震えている。 「そう、確かに約束した。そして師弟となった。まさか、それで終わりだとは思っていないだろうな? ここから始まるんだぞ」 視線を合わせたまま、濡れた頬に手を添えた。 「何年かかるかは分からないが、お前に俺の持てるものを伝えよう。お前は俺を超えることをもって、それに報いればいい。離れて暮らしていても、年に数回程度なら、行き来もできるだろう」 「……はい」 目を潤ませたまま、ようやく少年は笑顔を浮かべた。 騎士ならば、安易に感情を表に出すべきではないのだろうが、こうした表情の変化はとても可愛らしく、好ましくすら感じている自分がいる。 不思議なものだ。 戦場で深く集中した時の、何者も寄せ付けない張り詰めた空気は、この少年特有のもの。いま眼前でもじもじしている頼りなげな様子とあまりにも違う。その印象の差に、興味を引かれる。 些細なきっかけで大きく上達するのを幾度も目の当たりにした。稀に見る逸材なのは間違いない。今後の成長を見てみたいと願うのは、正直なところ──思いやりや優しさではなく──単なる好奇心だ。 こうした本音を伝えれば、こいつは俺に失望するだろうか。それとも、変わらず子犬のように尻尾を振って付いてくるのだろうか。 「……ぼく、師匠につくのは初めてなんです。どうか色々とご教授ください」 「俺も弟子をとるのは初めてだ。世間並のことなど知らないし、手取り足取り教えてやる親切心も持ち合わせていないが……」 殻を破るのは自身の力にほかならないが、外に世界があるのだと知らせてやることぐらいは、できる。 こつん、と軽く額をつついた。 「俺に、付いてこい」 「……はい!」 つぼみがほころぶような、溢れんばかりの笑顔。 確信した。 こいつは、何があろうと俺に付いてくる。 邪険にしようが、すげなく振る舞おうが、雛鳥が初めて見たものを親と信じて従うように。 迷いがないのは、他を知らないから。 広い世界を知れば、やがては俺の元を離れていくだろう。おそらく、ほんの数年の、仮初めの関係。 細く不確かなものではあるが、こうしてこの子どもとの縁が繋がったこと、今しばらくは真っ直ぐな瞳を向けられることを、なぜか嬉しく思った。
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