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■夢のなかへ

 ひくり、ひくりと肩が揺れる。
 息を止め、しばらくして、もう止まったかと思ったころに、またひくりと息が転ぶ。

「しゃっくりか?」
「……すみません。なかなか止まらなくて……」

 練習を見てもらえるという約束をしてから、もう数日が経っていた。戦いと行軍の日々の合間に、ようやくわずかな時間がとれたのに、こんなことでは練習にならない。
 野営地から離れた静かな森の中では、自分のしゃっくりがやけに大きな音で響くように感じられた。

「水もたくさん飲んでみたんですけど、効かなくて……」
「しゃっくりは、もっと小さな子どもにしか出ないものだと思っていたが……」
「出やすい体のつくりなんだと思います。母も弟もよくしゃっくりをしていましたから」
「ふうん……」

 とりわけこの人には子どもっぽく見られたくないというのに、ついてない。よりによって、どうしてこんな時に……。
 また息を止める。それでも無情に体はひくりと揺れる。
 こんなことで時間をとらせてしまい申し訳なくて、じっと見つめられているのが恥ずかしくて、長く息を止めていることもあってか頭がくらくらしてきた。

 とん、と肩を押され、後ろの木に背中がついた。顎を軽くとられ、上を向かされると、青い双眸がぼくを捉えている。

「あ……あの……?」

 その整った顔立ちや眼差しは涼やかだけど、肩と顎に掛かる手は温かだった。
 ゆっくりと身を屈めて、彼が顔を近づけてくる。いったい何をしようとしているのか、あり得ない想像で頭がいっぱいになってしまった。

「止まったな」
「……え?」

 いつの間にかきつく閉じていた目を開くと、すぐ近くに彼の顔がある。

「俺の国では、しゃっくりは驚かせると止まる、と言うんだ。本当だったんだな。というか……そんなに驚いたか?」
「はい?」

 気がつくとぼくの頬には涙が零れていた。あわてて手の甲で拭う。

「安心しろ。嫌がる子どもをどうこうする趣味はない」
「いいえ……すみません」

 ずっと憧れていた噂に高い弓の名手、その人に、なんて失礼な誤解をしてしまったんだろう。勝手に勘違いして動揺して、そればかりか涙まで見せてしまって……。
 自己嫌悪で俯いたぼくの頭に、温かな手が優しく触れる。

「お前には過ぎた冗談だったんだな。悪かった。早く機嫌を直してくれ。お待ちかねの時間だろう?」

 そうだった。明日の出立も早い。夕餉までのわずかな時間がぼくに与えられた貴重な機会だというのに。
 涙の余韻で微かに震えの残る自分の頬を両手でぴしゃりと叩き、姿勢を正した。
 矢筒をいちど下ろし、蓋を開け矢を確認してから背負いなおして革帯を留める。改めて弓を手にして弦の張りを確かめた。

「すみませんでした! よろしくお願いします!」

 彼は呆れたように言った。

「そんなに気負っては力の半分も出せないぞ。焦ることはない。これが最後という訳でもないだろう」

 数日前、この戦争が終わったら弟子入りさせてもらえると聞いた。あれは、その場かぎりの口約束ではなかったんだ。
 頬が緩むのを感じたが、止められない。こんなふうにころころと気分を変える自分は、きっと子どもっぽく見えてしまい、いつかこの人に嫌われてしまうのかもしれないのに。

 ぽん、とふたたびぼくの頭に手が置かれた。

「お前は、可愛いな」

 くすくすと笑いを溢しながら囁かれる低い声と手の温もり。風のにおいと木々のざわめきと、こみ上げてくるときめきと──。
 そのときようやく、ずっと見ていた夢のなかに自分がいるのだということを実感した。



  • 「初々しい師弟」がマイブーム。ピュアなゴードンはいいなあと思うのです。小悪魔ゴードンもたまりませんが(節操なし)
20130616up


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