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小ネタTOPにもどる ■うたたね 珍しく、うたた寝をしている彼を見つけた。 毎日のように寝所で寝顔を見ているはずなのに、明るい陽の射す窓辺で微睡む姿はどこか物憂げな儚さを漂わせていて、いつもと雰囲気が違う。 寝椅子に深く沈む体。膝に乗せられた本にかかる長い指。けぶる金の髪に縁取られた白皙の面は穏やかで美しく、整った造作をしているのだと改めて感じられた。 こうして寝顔を見るとつくづく思う。人の印象というものは、性格や振る舞いに負うところが大きいのだと。確かに同じ顔なのに、表情がないだけで、まるで別人のように見えてしまう。 不思議な気がした。ぼくが惹かれてやまない人は、ここにはいない。 いつも輝くばかりに周囲を圧倒する強い意志を秘めた眼差し。無駄がなく優雅な身のこなし。意地悪な言葉を発しながらわずかに上がる口の端。折に触れて慈しむようにぼくの頭を撫でる温かな手──。 ことりと胸の奥が鳴った。 ぼくが好きなのは、いつも見つめているのは、この人の心の動きなんだ。 何事かを目指し、遂げようと、前を向いて進む意志の力。この人をこの人たらしめる、眩い輝きを放つ魂。そこに余人の入る隙はない。 ぼくは決して彼にとってのただひとりにはなれないけれど、それでも、共に歩むことはできるだろう。道を進む助けになることはできるだろう。 ことことと胸が鳴る。 それはようやく気づいた自身の心、その呟き。 好きです あなたが 好きです 弟子の姿が見えないと思ったら、案の定ひとり中庭の練習場にいた。休養日だと言うのに熱心なことだ。片付けを終えたところで寝入ってしまったようで、膝に抱えた矢筒に頬を預け、夢でも見ているのか口許には微かに笑みが浮かんでいる。 ふと、こいつはこんな顔をしていただろうか、と思った。 それはよく見知ったはずの顔で、実際遠目にちらりと視界に入っただけでこいつだと気づき、こうして歩み寄ったのだが。顔立ちは変わりないというのに表情がないだけで、普段の印象よりも大人びた端正な雰囲気で、なんだか妙に落ち着かない気持ちになる。 「こんな所でうたた寝か?」 「あ……すみません……えっと……」 慌ててこちらを見上げた表情に、どきりとする。知らない者に話し掛けられたかのような、戸惑いと警戒を滲ませる視線だったから。 目をこすり何度か瞬きをしているうちに、いつもの柔らかい笑顔に変わっていくが、腹の底には冷たい感覚が残る。内心の揺らぎを悟られまいと笑みを作り、頬に残る寝跡をつついた。 「夢を見ていました……タリスにいた頃の。やっぱりこんなふうに練習のあと休んでいて……」 「タリスか。行ったことはないが、美しい島らしいな」 「ええ。花と緑に溢れた穏やかな国でした。ずいぶん北にあるのにこちらより暖かなのは、潮の流れのおかげなんだそうです」 「ふうん」 相槌を返しながら、弟子の隣に腰を下ろす。中庭の練習場をぐるりと囲むように設えられた石造りのベンチは、冬場は冷たくて座れたものではないのだが、今は陽射しを受けて温かい。 居心地の良い場所を見つける才能は猫並みだな、とからかうと、寝跡の消えない頬を赤くした。 「何かご用があったのでは?」 「いいや、別に。話を続けろ。お前の声は心地好い」 そう言うと、益々顔を赤くしてから、目を瞑り、夢で見ていた懐かしい景色を思い描きながらぽつぽつと語りだした。 男にしては高めだが、不快な掠れや甲高さはなく耳障り良く響く声で、時折混じる故郷の訛りからか、静かに詠うようにも聞こえる。 「ついさっきまで、ぼくは二年前にいました。不思議ですね。あの頃には話にしか聞いていなかった“大陸一の弓騎士”に師事して、大国アカネイアの弓騎士隊に食客として迎えていただいて……こちらの方が、まるで夢のようです」 そう言いながら開かれた瞳には、言葉とは裏腹に現実を見据えた確かな光が宿っている。 「それで一瞬あんなふうに俺を見たのか」 「はい?」 「知らない奴を見るような、余所余所しい目だった……でも、おかげで気がついた。お前と俺は、ずいぶんと親しくなっていたんだな」 「そりゃあ毎晩寝床を共にする間柄ですからね」 目を見交わし、くすりと笑う。 「あと二年したら……やっぱりこうして今を懐かしく思い出すんでしょうね」 その眼差しは遠くを見るようで、置き去りにされたような気分にさせられ、つい釘を刺す。 「ふたりで?」 うたたねの度に心が昔に戻るというなら、それでもいい。それぞれに時と経験を重ねた上で出会い、そのうえで互いを認めているのだから、過去をすべて知る必要もない。 それでもこれからは、心が戻るその先に待っていたいと……夢から醒めたこの時を、共に歩むことができればと望んでしまう。 俺の意を汲んだか、一瞬はっとした表情を浮かべ、やがて破顔した。 「ええ……いっしょに」 つられてこちらも笑いをこぼし、それは幸いだ、と告げる。 「お前が傍にいるのは、とても落ち着くからな」 「あなたといると、ぼくはドキドキしますよ」 片眉を上げて見せ、飯でも食いに行かないか、と立ち上がった。ご一緒します、とついてくる弟子は満面の笑み。 ああ、見慣れたいつもの顔だ。密かに胸を撫で下ろした。
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