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小ネタTOPにもどる ■輝ける星 休暇をすごすようにと指定された館に着いたときには、日の長い夏至の夜も宵闇の空だった。思いのほか寄り道が過ぎたみたいだ。 本部から少し離れた村にある広い敷地をもつこの山荘は、先だって騎士団が買い上げたものだが、もとは幹部である女騎士が所有していた別荘だったそうだ。早馬ならば数刻、徒歩の行軍でおおよそ一日に進める距離にあたり、遠征時の中継拠点として運用されることになっている。 駐留する隊をふたつにして、交代で守備任務と休養にあてるのはどうだろうかと考えた。平時にはそういった保養所としての使用も悪くないかもしれない。残照の下ゆったりと広がる、なだらかに続く緑なす丘と遠く海を臨む眺望は、懐かしい故郷を思い起こさせる。 ずっと館の管理を任されているという老婦人がにこやかに出迎えてくれた。上品で物腰は柔らかいが、下働きの男たちに荷運びを指示する様子はてきぱきと無駄がなく、さすがかの女騎士の家に仕えてきた人だなあと感心する。 「久しいな。元気そうだ」 「そちらこそ、ご活躍のようですね。お噂はかねがね伺っております」 珍しく愛想よく挨拶をする師匠に内心驚いた。それは見馴れたいつもの作り笑顔ではなかった。そういえば、師と件の女騎士は幼なじみで、以前は許婚でもあったのだ。幾度かこちらを訪れたこともあるのだろう。あまり他人に関心を持たない彼が心を開く相手ならば、きっとこのご婦人は印象通りの好人物に違いない。 「こちらがお弟子さん……御高名な弓使いの方ですね」 笑顔が向けられたので慌てて、お世話になります、と挨拶をした。 「ぼくの評判なんて、師匠のおまけみたいなものですから……」 「謙虚でいらっしゃるのね。まあ確かにこちらの旦那さまは、とかく色々な噂が立ちますからね」 「ええ、それはもう……」 乱暴に話を遮ろうとした師匠の拳がぼくの後頭部にごつりとお見舞される。 「部屋は? 二階か?」 「ええ、お言いつけ通りに設えてございますよ」 「……特に指示をした覚えはないが」 「かつての女主人から、細かくご注文をいただきました」 館で一番広い続き部屋を二人で使うようにとのことだった。勝手知ったるといった様子で階段を昇りはじめる師匠に、お食事をお持ちいたしますのでお部屋でお寛ぎください、と言いながら浮かべられた笑みには見覚えがあった。彼女のかつての女主人である女傑、その人とそっくりな……。 いやな予感がして師匠を見上げると、同じような感想を抱いたであろう表情でこちらを見下ろしていた。 居室は広く、落ち着いた色調の調度でまとめられていた。杞憂だったかと胸をなでおろしたのも束の間、続き部屋になっている寝室を覗くと、大きな寝台は溢れんばかりの夏の花で飾り付けられ、灯された角灯は紗の覆い越しに妖しくゆらめいていた。衝立の向こうは浴室で、浴槽にはこれまた花が浮かべられている。 二人きりで休暇に送り出された時点で、ある程度のお膳立ては予期していたが、驚きや呆れを通り越し、もはや笑うしかなかった。 「あからさま過ぎて嫌がらせのようだな……」 げんなりと呟く師匠を促し、ふたりで露台に出た。夏の夜風に包まれ、ほっと息をつく。手すりに背を預け振り向くと、彼は穏やかに微笑みながらぼくを見ている。 見上げた彼の後ろに広がる、満天の星空。そのなかのどれよりも、眩いばかりに煌めく双眸。 「……初めてお会いしたときから、あなたの目に惹かれていました。迷いなく総てを見透すその輝きに。そんなあなたの目が、ぼくを見るときにだけ戸惑いと翳りがさすのを、どこか嬉しく感じていました……ぼくは性格が悪いですね」 「心を決めた俺には、もう興味はなくなったか?」 「いいえ……以前よりも惹かれています。おかしな話ですよね。囚われるのが心地よいなんて」 彼の肩に顔を預け背中に手を回し、力いっぱい抱きしめた。 「あなたも同じだといいなと思います。この縛めを、快く感じてほしいと……」 居室で小さく物音がした。ああ、そうか。婦人が夕食を持ってくると言っていたっけ。何事もなかったように振舞わなければ、と背に回した手を緩めるが、彼は手すりに両手を置き、間にいるぼくを逃そうとしない。 そういえば部屋を設えたのは、あの婦人だ。気兼ねは無用ということか。 彼の大きな手がぼくの髪を梳く。頬に触れ、首を滑り、肩をなぞり、背に回された。そしてゆっくりと、でもとても強い力で抱きすくめられる。息もできないくらいに。 額に彼の唇が触れ、俺のものだ、と小さく囁く。その声の甘さに耳が熱くなる。視線が絡むと、瞳の輝きに胸が高鳴った。 しるべの星だ、と思った。ただ一つ確かな、この世の基。ぼくのすべて。 「……ずっと、離さないでください」 ぼくの願いに応えるように、彼の温かな唇がぼくのそれと重ねられた。
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