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小ネタTOPにもどる ■貸し 「見ない顔だな。新入りか?」 早朝に練兵所で練習をしていると、知らない人に声を掛けられた。徽章は騎馬隊の中隊長。この国の慣習から考えるに、恐らく貴族だろう。香水で隠されているが微かに酒の匂いがした。朝帰り……か。 「正規の入団ではありませんが、弓騎士隊にしばらくご厄介になります」 背筋を伸ばし礼の姿勢をとったが、堅苦しい挨拶はいいからと親し気に肩に手を回される。 他に誰もいないからといって、上下関係を重んじるであろう大国の騎士団の人が随分と砕けた態度だなあと思ったが、問われるままに名や出身を答えていると、背後から耳に覚えのある声が掛かる。 「そいつは止めておけ、あの弓騎士隊隊長の愛弟子だぞ」 振り返ると、いつの間にか師の友である、勇者の称号を持ち大隊を束ねる人がいた。腕組みをして立つその顔には面白がるような表情が浮かぶ。 名も知らない騎士は、ああ、あの噂の……と呟きながらまじまじとぼくの顔を見ていたが、お師さんにはくれぐれも内密にな、と耳打ちした後そそくさと去った。 その姿が見えなくなるのを待っていたように、師の友人は口を開く。 「なるほどな……ああいう手合いへの牽制の意味もあったのか。大事にされてるな、お前」 何のことか分からず傾げた頭を、師匠がするのと同様に、ぽんぽんと軽く叩く。 「あいつに一つ貸しだ、と伝えておいてくれ」 自分には理解できない楽し気なやり取りが、いかにも対等な立場の友人といった雰囲気で、ぼくは少し悔しくなった。 ■借り 「ご一緒しても、よろしいかしら?」 昼下がりの上官用の談話室。笑いを噛み殺しながら歩み寄る女騎士の表情を見て、こちらにとっては好ましからざる会話になりそうな予感に内心うんざりしつつも、立ち上がり隣席の椅子を引く。 ありがとう、と貴婦人然とした所作で腰掛けると、一瞬の後にはそんなものはかなぐり捨てて、身を乗り出す。 「『来る者拒まず、去る者追わず』が信条じゃなかったの? 初心な子をご丁寧に囲い込むなんて珍しいじゃない」 己の近々の出来事に思いを巡らし、ああ、弟子のことを言っているのかと理解するまでに少しかかった。 事実をどう繋ぎ合わせればそんな結論に達するのか甚だ疑問に思うが、大方、巷間に流布している噂話を耳にしてのことだろう。 「まだ子どもだし、そもそも預かり物だからな。面倒事を避けるための配慮をしたまでだ。練習場での一件も、あいつから聞いているんだろう?」 話しながら理屈は通っている、と自分では思うのだが、相手は納得しない。 「結局は純愛なのねぇ。恥ずかしがることはないわ。素敵じゃない」 うっとりとした様子で空恐ろしいことを言う。 「あなたはどこかの訳知りな未亡人あたりと落ち着くと思ってたけど……」 「随分と爛れた状況じゃないか。どんな目で俺を見ている?」 「実際どうなの? 好きなんでしょ?」 どうして女はこうも他人の恋愛話を好むのだろうかと閉口する。それでも、黙っていると有ること無いこと決めつけられそうなので、嘘ではない事をいくつか並べることにする。 「好きか嫌いかで言うなら、お気に入りなのは確かだな。練習熱心だし有望な弟子だ」 「そういうことを言ってるんじゃないってことぐらい分かるでしょう? はぐらかすからには後ろ暗いことがあるって思っちゃうわよ。毎晩部屋に呼んでいるそうじゃない」 腹を括り、正直に本音を吐く。 「あいつのことは可愛いと思うし、向こうも慕ってくれている……だけど本当にそんなんじゃないんだ。もう勘弁してくれ」 「……まさかあなたがそんな態度に出るとはね」 しばし真面目な顔で考え込んでから、声の調子が変わる。からかうような雰囲気がなくなり、周りに聞き取りにくい落とした声になった。 「あなたには、大きな借りがあるから……そうね、祝福の言葉を授けてあげる。 ──自分でも気付いていないようだけど、あの子を見る時のあなたの目は特別優しいのよ」 意外な言葉に相手の顔を覗き込むと、呪いの言葉かもしれないけどね、と悪戯っぽく笑って付け加えた。 「聖なる祝福や魔道の才があるとは、ついぞ聞いたことがなかったがな」 「女はみんな多少なりと使えるものよ」 話は終わったとばかりに席を立ちながら、片目を瞑って彼女は言う。 「覚えておこう……あいつにも警告しておかないとな」 「あら、それはどちらのこと? あなたの大事なお友達? それとも可愛いお弟子さん?」 「弟子の方だ。友人は残念ながら手遅れのようだからな」 ふふ、と艶やかな笑みを残して女騎士は去っていった。 あんなのでも女なんだなあ、と見当違いの方向に少しばかり感心してしまった。
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