■笑顔の裏のその奥の
いよいよパレスが近付き、アカネイア正規軍の主力部隊、そして皇帝との決戦の時が迫っていた。
軍内には緊張が漲っていたが、そんなことはどこ吹く風、といったふうの人がいた。しかも元はアカネイアの騎士であったのに。
「ご恩あるマルス王子のためにも、ばっさばっさと敵をやっつけますよー」
今まで二人だけで話す機会はほとんどなかったが、訓練所に向かう道で偶然一緒になったので、気になっていた事を尋ねてみた。
「あの……トーマスさん。敵味方になったとは言え、自国の兵に弓を向けるのは辛くないですか? もし言いにくいんだったら、パレスでの出撃から外してもらうように、ぼくがマルス様に口添えしますけど」
「辛い?」
鷹揚な性格の弓騎士は明るい笑顔のまま、ぼくの言葉を不思議そうに繰り返す。
「問題ありませんよ。相手は敵、ですから」
にこやかな笑みの後ろに垣間見えたものに、冷たい感覚が背を走る。それはジョルジュさんにも時折見られる、非情とも感じられる取捨の判断。
気後れしてしまい俯いて黙り込むぼくに、トーマスさんはのんびりと歌うように話し続ける。
「生え抜きのアリティア軍の方を見ていると、マルス様のお人柄が伺えますねぇ。実に美しい理想をお持ちでいらっしゃるようだ」
「……甘い、ということですか?」
確かにぼくの考え方は子供じみていたかもしれない。でも、王子は違う。その理想を夢物語で終わらせないために力を尽くしていると、それだけは伝えたくて意を決して顔を上げると、穏やかにいらえがある。
「いいえ、正しい、と思いますよ。ただね、正義という言葉は勝利した者のみが口にできるんです。だからこそ、あなたたちは何者にも勝たなきゃいけない。絶対にね」
諭すように語る口調は、あくまでも静かだったが、その言葉は重かった。一度は軍を退いた身でありながら、義憤に駆られ馳せ参じたのだと人づてに聞いている。
「そのためには、私のような者も必要ですよ」
ふわふわとした柔らかな笑顔が、今はとても力強いものに感じられた。
この人も、ジョルジュさんと同じなんだ。心の中に大切な何かを持っている。
笑顔の裏の冷徹な判断。でもさらにその底にあるのは、きっと何かを思っての温かい感情で……。
「……余計なことを言いました。忘れてください」
「そうですねぇ、じゃあ埋め合わせに、ぼくの訓練に付き合って頂けますか?」
「はい、喜んで!」
そう答えると、どこから取り出したのか、干しブドウが一粒手渡された。指先で摘んだまま首を傾げるぼくを手振りで制止して、いそいそと小走りに距離をあけたトーマスさんが向き直る。
その顔には、満面の笑み。
「開始!」
「またもや凄かったですねえ、ジェイガン様の止むことのない説教の嵐!」
さすがに二度目なのでマルスさまも庇いきれず、ついでに一緒に説教をくらったぼくは涙目だった。
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