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小ネタTOPにもどる ■その人のみぞ知るかたち 「やっぱり兄弟だな。爪や指の形まで似ている」 訓練を終えて道具の手入れをしているぼくの手を見て、新兵の指導にあたってくれた高名な騎士が言った。 昔から顔や雰囲気を総じて兄に似ていると言われることは多かったけれど、爪の形を指摘されたのは初めてで、さすが大陸一と称される人は細かいところまで観察しているものなんだなあと驚いた。 「そんなふうに言われたのは初めてです」 思わず呟くと、ふっと表情を緩め、そうか、と返された。 「本当によく似ている。耳の形も、目や髪の色も……」 そう言いながら大きな手がぼくの頭を撫で、髪をさらりと梳く。訓練中にはどこか冷たく近寄りがたい印象だった整った面差しは、今はずっと柔らかな雰囲気を漂わせている。 ふと、気づいた。 この人がぼくを見る穏やかな光を湛えた目は、ぼくを通り越し──兄を、見ているのだと。 兄がこの人のことを語るとき、師匠に対しての尊崇や憧憬だけではない深い何かを感じることがある。この人の優しげな瞳も同様で、その奥に静かな熱を宿している。 「ひとつ、用を頼んでもいいか?」 「あ……はい!」 後で部屋に来るように、との兄への言伝てを預かり兵舎へ向かう道すがら、偶然に兄と行き合ったのでそのことを伝えると、心なしか頬が紅くなったように感じた。 「他に何か言っていた?」 「いいえ」 「それならいいんだ。ありがとう。すぐに行くよ」 途中まで一緒に廊下を歩きながら兄の横顔を見上げたとき、不意にあの人の手が兄の頭を撫でる情景が浮かんだ。 ぼくにしたのと同じように、大きな手は兄の髪を梳く。あの人の頬に兄の手が添えられ、そこに彼の指が絡められる。そして深く響く声で兄の名を囁きながら、唇が耳許に寄せられる──。 そういうこと、なのかもしれない。 ぼくは指や耳の形など、自分のものだってろくに覚えてはいない。 間近で幾度となく見つめ、触れて、愛おしんできたからこそ、彼は兄のそれを覚えていたのではないか。 それでも先刻のあの人の穏やかな瞳は、ぼくが想像する大人の情欲とは違うものを感じさせ、その違和感のため、憶測は確信につながらないままだった。 別れ際に、兄に呼び止められた。 「何か、あったの?」 「別にこれといって変わったことは……」 「そう? いつもなら、訓練の内容とか小隊のみんなのこととか、たくさん聞かせてくれるじゃないか」 兄の温かな手がぼくの前髪をかき上げ、額に触れる。 「熱はないみたいだけど、少しでも体調がおかしいと思ったら、すぐに療法師のところに相談に行くんだよ」 それから……と、兄は少し声を落として宿舎の厨房の料理人の名前を挙げた。勝手口から会いに行ってごらん。ぼくの名前を出せばいいから、と言って、片目を瞑る。 短く挨拶を交わして、兄は階段を昇って行った。その後ろ姿を見送りながら、ぼくは心のなかで小さく詫びた。今までもこれからも、兄は大切な家族であり、ぼくの目標なのだから。 変わらぬ優しさをもち、真っ直ぐに背をのばし歩いていく兄の姿を思う。 数年前に故郷の家を出たときから、兄はそうして歩いてきたのだろう。厳しい戦いの日々のなかでさまざまなことを見聞きし、たくさんの出会いと別れを経て、そのうえであの人の手をとると決めたのなら、ぼくは何も言えない。 裏から厨房に回り、兄から聞いた料理人の名を挙げて取次いでもらおうとしたら、数人に囲まれ大歓待を受けた。 「遠目に見ただけで、そっくりだって思ってたんだよ」 「兄さんも小さいが、君はさらに小さいな」 「たくさん食べて、大きくおなり」 入隊のお祝いにとバターをたっぷり塗って蜜をかけた焼きたてのパンをごちそうになった。礼を述べてからぺろりと平らげると、食べっぷりもそっくりだ、と皆が笑う。 「きっと追い越しますから。身長も、弓の腕前もね」 胸を張って言うと、そういうところもそっくりだと、さらに笑い声が上がった。 暖かな空気のなか考える。ぼくは、どんな道を歩くことになるのだろう。そして、どんな人たちと出会うのだろう。 いつの日にか、兄に紹介したいと思った。ぼくの友と呼べる人たちや、ただひとりの大切な人を。 その人はすぐに気づいて、ぼくに言うだろうか。お兄さんは、あなたと耳の形が似ているね、と。
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