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小ネタTOPにもどる ■さよならのかわりに 暗黒竜を封じた後の凱旋の帰途であったが、敵残存兵の掃討や夜盗の襲撃などに備えての行軍であったため、戦争が終わったと実感できたのは、自国の土を踏んだ後のこと。 部隊ごとに別れて船で海を越え祖国に上陸してからは、王都まで休みなしの強行軍だった。数日ぶりの湯浴みを済ませた怠い体を引きずり兵舎の見馴れた自室に戻ると、逆に今までの激しい戦いの方が夢だったような気さえする。夕食までには間があったので、湯上りの下着姿のまま久しぶりの寝台に倒れ込み、うとうととまどろんでいた。 開いたままの扉を軽く叩く音に目覚めると、部屋の入口に師匠が立っていた。 入るぞ、と言いながら後ろ手に扉を閉めて歩み寄る彼は、なんだか不機嫌そうな顔をしている。 「あの……?」 「無防備すぎやしないか?」 目を擦りながら寝台の上で身を起こすと、隣に腰掛けながら師匠は言う。 「だって城内の兵舎ですよ。戦争も終わったし、危険なことなんて……」 「懸想する輩がいるかもしれん」 「そんな奇特な人はあなたくらいですよ」 笑いながら冗談のつもりで口にした言葉が、それ以上の意味を持ってしまうことに気づくと同時に自分の格好に思い至り、気まずさに口ごもる。 師匠は意に介しないといった風に話を変えた。 「夕食までの短い間だが、王子に時間をとって頂いた。まとめて話を通しておけば楽だろう。すぐに身支度をしろ」 「あ……はい」 師匠の祖国における自警団組織編制の許可と、その自警団への編入に先んじた自分の騎士団脱退の請願と……確かに一度に伝えた方が良さそうだ。いつもながらの手回しの良さに感心させられる、荷から服を出しながらそう考えていると、不意にうなじに温かな唇が触れてくる。 「い……急がないといけないんでしょう?」 「そうなんだが……」 軽く抱き寄せられて耳元や首筋に口づけが注がれ、くすぐったさと恥ずかしさに鼓動が逸る。以前から二人きりのときには何かとくっついてくることの多い人だったけれど、件の約束をして以来、ただのじゃれ合いと片付けかねる行為が目立つ。 「……困ります……」 「ああ……悪い」 見上げるぼくの額に軽く口づけてから、師匠はようやく解放してくれた。歳の割に甘えん坊だと以前この人を評したことがあるが、あの頃からそれだけの理由ではなかったんじゃないかと考えを改めつつある。 二人で王子の私室を訪れると軽目の酒を供され、寛いだ雰囲気のなか話を促された。 師匠は手短に、妃殿下は国政から離れることをお望みなのではないかということ、今回の戦争で統治者がいなくなった他国と同様に王子に治められることになるのならば、自分のような宮廷直属の騎士は不要になること、ならば自警団のような形で再編成し国内の治安維持に努めたい旨を伝えた。 王子は概ね賛同してくれた。 「君に隠し立てしても仕様がないね。妃殿下とはそのようなお話をしている。きちんと訓練された兵力は貴重だから、もともと騎士団を解体するつもりはなかったよ。私的な騎士団と言わず、国の名前を冠したままで良いだろうね」 王子は言葉を一度切ってから、探るような調子で話を続けた。 「……君が上に立って纏めてくれると助かるんだけど。その方が国のお歴々の賛同も得やすいんじゃないかな」 双方笑顔をたたえているが、些かの緊張をもった視線が交わされる。やや間をおいて、溜息混じりに師匠は答えた。 「ここだけの話、面倒な責任を負うのも、家名や一人歩きしている異名を利用するのも、気乗りがしないんですが……確かに自分が一番の適任でしょうね。承服いたしました。その代わり、と言っては何ですが……」 「何か条件でも?」 王子がぼくにちらりと目線を送る。確かに今までの話の流れと一切関係ない存在だ。同席しているのを不思議に思っても無理はない。どう説明したら良いものかと考えつつ口を開こうとした矢先、師匠が機先を制した。 「見返りとして貴公の騎士をひとり貰い請けたい。私の下で副官として働く、腕が立ち篤実で信頼に足る人物を」 「ああ……そんなところだと思った。まあ、ご褒美は欲しいよね。こちらの国の者が組織の中核に属しているのは、正直言って都合が良いし、対外的にも問題無いだろう。もっとも、本国から派遣されたお目付け役と見做すには若過ぎるかもしれないけどね」 「多かれ少なかれ詮無い噂はたつでしょうが、それは言わせておきましょう。私といたしましても問題はございません」 笑顔で交わされる両者の弁に呆気にとられていると、王子がこちらを向いて言う。 「……という訳で、この人のところに行ってくれるかい?」 「は……はいっ!」 「淋しいものだね……あの日、国を落ち延びた時からずっと一緒だった人たちが……一番苦しいときを共に過ごした仲間が離れていくのは」 暗黒戦争の頃から共に戦った面々も、今回の戦役の後は大半が他国へ異動となったり、第一線から離れたりしていく。代わって若い世代が育ちつつあるが、心強い反面、一抹の淋しさは残る。異国で望郷の念を分かち合った遠い日々が思い出され、知らずのうちに席を立ち王子の足元に傅いていた。 「──私が騎士としてこの身を奉じたのは、王子、あなたお一人です。御呼びとあらば必ずや馳せ参じることを今いちど誓います」 少し淋しげな笑顔を浮かべて、王子は言った。 「うん、ありがとう。君も、幸せにね」 夕餉の刻限を告げる鐘が鳴ったので、詳しい話はまた後日に、と話は纏まりその場を辞去した。 「……大変だなあ」 兵舎への帰途で思わず弱音が口をつく。 「何がだ?」 「今後はこういった場の手配や根回しまでがぼくの仕事になるんでしょう。あなたが、ただ座っていて、最後に頷くだけで済むように。……務まるかどうか不安になってきました」 「今の時点でそこまで理解できていれば充分だ。追い追い覚えていけばいい……それにしても……」 「はい?」 含み笑いで師匠は言う。 「俺への『ご褒美』だそうだ。可愛い顔してすごいことを言うな、お前の主は」 斯く言うこの人の物言いだって、その容貌の端正さに似合わず遠慮がない。もっとも今回に限り全くもって同意見だが、臣下としては聞き流すのが得策だろう。 「……ぼくはむしろ『幸せにね』の方に驚きましたが。嫁入りでもするみたいな気分になりましたよ」 「まあ、実際そのようなものだからな」 「両親と弟にはどちらで伝えましょうか」 「『人身御供として下賜された』よりは『嫁入り』の方が穏当だろうな」 だめだ。完全に面白がられている。 「……『他の騎士団に移籍』とだけ説明しておきますね」 そのとき歩いていたのは兵舎の食堂へ続く回廊の途中だったが、不意に飾り柱の陰に引き込まれ、人目を逃れた一瞬に口づけられた。 「俺の『嫁』では不服か?」 からかうように言ってはいるが、覗き込む瞳にはこちらの気持ちを探るような色が見てとれた。背伸びをし、自分から口づけを返す。 「光栄に思いますよ。ただ、庇護されるだけの存在に収まるつもりがないだけです」 そう言うと、師匠を促し食堂に向かいながら、先刻気づいたことを口にする。 「初めからこうなることを見越して、意図的にぼくたちを組ませていたのだとしたら、王子はあなたよりも上手ですね」 ぼくの言葉に師匠が眉根を寄せる。 「戦時下に同じ兵種で行動を共にするのは珍しくもないが……確かに、宮廷騎士が国を離れて修練に出されたり、他国まで指導のため招聘されることは滅多にないことだな……」 真面目で練習熱心なこの弟子のこと、形式にとらわれないあの王子のことと思い、裏に何がしかの思惑があろうとは、考えてもみなかったのだろう。 「……そう考えると、俺は嵌められたってことになるな」 「憶測ですよ。結果的にぼくは満足しているので、あなたと王子のどちらの思惑でも構いませんが」 「そういえば最近の新兵はともかく、お前は先代の王の在位中に騎士見習いだったんだよな……貴族の出か」 師匠の頭の中では情報の整理と切替が行われたようだ。機転の早さに惚れ直しつつも、ますます王子の目論みを裏打ちするような状況を伝える。 「──辺境の小国のしがない下級貴族ですよ。数代前は農民の。幸い父もまだまだ壮健ですし、将来有望な弟もいます。ぼくはこの性格ですから家督に執着ははありませんし、父は実務主義なもので、有能な人物ならば養子として迎えることも躊躇しないでしょうね」 「何から何までお膳立て済みということか。まったく油断ならんな」 この俺が出し抜かれるとは、と憮然としたままの師匠は言う。 「なかなかのものでしょう? 我が君の手腕は」 「そこまで考え至るお前にも、だ」 温かな手が、くしゃくしゃと髪を混ぜつつぼくの頭を撫でる。 「頼りにしてるよ、副官殿」 「そうおっしゃるなら子ども扱いはやめて下さい」 「高さがちょうど良いんだ。悔しかったら俺の身長を抜いてみるんだな」 「無茶言いますね……」 敬愛する主君にとっても、目の前の大切な人にとっても、満足のいく成り行きなのだろうが、望むものを手に入れて一番幸せなのは自分ではないだろうか。 先のことに不安がない訳ではない。それでも、こうしてずっとこの人の傍にいられるのだ。そう思うと力がわいた。 そして、幸せに、という彼の人の笑顔を思い出し、胸の奥の小さな痛みとともに自分も同じような微笑みを結んでいることに気づく。 どうか、どうか、みんな幸せに。
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