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小ネタTOPにもどる ■昔語り 「異性のどんなところに惹かれますか?」 早朝の弓の練習中に、いきなり聞かれて驚いた。 「な……何?」 「きのう女性側の陣で、そういう話題が出たんですよ。グルニアのシスターが、こういう話がお好きなようで」 「あ……ああ、そう」 野営の陣から少し離れた場所だった。ぼくと彼女のふたりだけで、他に人もいない。 ぼくより少し年上の彼女は、タリスへの逃避行の道中で先輩騎士と共に合流した古参の仲間のうちの一人だ。国のために戦いたいと、自ら志願したと聞いている。そんな激しさを心に秘めているとは思えないほど普段は素朴で明るい人で、騎士として身をたてるつもりもなかったらしく、先の戦争の後は故郷の村に戻っていたのだけれど。 「きみは、どう答えたの?」 「ありきたりですけど、不器用な優しさ、と」 「ああ……なるほどね」 件の先輩騎士とは、ほのかな想いを寄せ合う仲なのだ。傍目にも微笑ましい雰囲気のふたりは、もどかしいくらいに真面目でもあり、特に進展したという噂は聞かない。 気にはなっていた。 ぼくにすら敬語で話す彼女が、殊更に先輩騎士との間に距離をおいていることが。 「質問返しでごまかさないで下さい。ゴードンさんは、相手のどんなところにときめいちゃうんですか?」 「えっと……手……かなぁ。温かくて、触れているだけで安心できるような……」 「ふうん、ゴードンさんのお好きな方は、温かい手をしていらっしゃるんですね」 あっ、と思って慌てて彼女の顔を見る。穏やかな笑顔に、かえって胸をつかまれる思いがした。そしてつい余計なことをこぼす。 「……片想い、なんだけどね。たぶん、ずっと一緒にはいられない人だから……」 「私も片想いです。おなじですね」 淋しげな表情に、それが本心からの言葉だと分かった。 「どうして? だって、きみは……」 「私は、ただの村娘ですから。慣れない場所で作法も知らない田舎者と陰口をきかれるよりも、働き者の旦那様と沢山の子どもたちに囲まれて、日々畑や野山で働いて……そんな生活を望んでいるんです」 「陰口だなんて……そんなことにはならない。絶対にあの人が護ってくれる」 もう決めたこと……いいえ、決まっていたことなんです、と彼女は言った。 「あの人のために、私にできることはないんです。でも私にだって、できることはあるんです。私は私の道を精一杯歩きます」 「きみは、それでいいの?」 「そりゃあ、後悔するでしょうね。毎晩炉端で孫に聞かせるんです。 おばあちゃんは若い頃、あのマルスさまの騎士のひとりに恋をしたのよ……って。 そうしたら孫は言うんです。おばあちゃん、またその話? おじいちゃんがヤキモチ妬くからやめなよ、って。 そして老いた夫は、苦笑しながら私にキスするんです」 女の子は、けっこう強いんですよ。そう付け加えて、彼女はまた笑った。 「……それでも、手を離しちゃいけない。傍にいられるのなら、諦めちゃいけない。きみだってそう思うから、今ここにいるんだろう?」 涙声のぼくに、ゴードンさんの想い人は幸せですね、と彼女は言った。出会ったときに変わらなかった身長は、今ではぼくの方が高くなり、彼女は華奢で頼りなくさえ見えた。 「あの……抱きしめて、いい?」 そう言うと、彼女はこくりと頷き、ぼくの胸に身を預けた。声を殺して泣いているのは、肩が震えているので分かる。 弟を慰めるのと同様に、静かなときの鼓動の調子で、はたはたと軽く背中を叩きながら、彼女をそっと抱きしめていた。 いつかぼくも、炉端で孫に笑って話すのだろうか。 おじいちゃんは若い頃、好きになってはいけない人を好きになったんだ。結ばれるはずもない人を、と。 戦争がなかったとしても、身分や歳の差がなかったとしても、どれだけ好きでも、絶対に一緒にはなれない人を──。 考えただけで胸が痛くて、息が苦しくて、そんな日が来るなんて、今はまるで思えなかったけど。
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