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■前夜

 騎士団を束ねる老騎士が、叙任の儀を執り行いたいと言ったのは、長い逃亡の旅を経てやっとの思いでこの辺境の島国に辿り着き、数日が経った頃だった。

「代が変わると改めて誓願が必要なものなのかい?」

 主君を討たれ、まだ頼りない若者を新たな主として戴き、故郷を遠く離れたこの地で、これから長い年月を耐え忍ぶことになるのだろう。その労苦を考えると、自分の元に集った者たちは不遇なのではないかと、苦い思いがわく。

「そうではございません。今まで見習いだった者を、正式に騎士として任命したく思いまして」
「ああ……あの子か」

 逃亡の最中、捕虜になっていたところを助け出した少年兵だ。父上に連れられて練兵所に行った折に見たことのある者だった。戦場には不似合いな小柄な身体と幼さを残す顔は明らかに自分よりも年少で、ぼくが言うのもおかしいけれど、まだほんの子どものように見えた。

「お願いがございます」
「ぼくに?」

 意図したことではなかったが、声には自嘲気味な色が宿っていた。今となっては王子という身分も名ばかりのこと。戦いにも政治にも未熟な自分に、できることなどあるはずがないだろうに。

「叙任の前に、あの者に声を掛けてやってほしいのです。王子と臣下としてでなく、ただ、不安な子どもをなだめてやるようなお気持ちで」
「なぜぼくが? 大して年も違わないのに……」
「騎士になるという意思をもつ以上、私は彼を厳しく育てるつもりです。励ましの言葉をかけるのは、あなたのお役目です」

 これは珍しいことだ。老騎士の顔には常に厳めしい皺が刻まれており、その表情の変化に気付かない者も多いと思う。でも、ぼくの目には、その時の顔は微笑んでいると分かった。

「私をはじめ騎士団の者は皆、王家に忠誠を誓っております。お父上が亡くなられた今、命を賭して貴方にお仕えするのは当然のこと。──ですが、あの者はまだ幼い。残党狩りの手も、この地までは及びますまい。野に下り平穏な人生を送るという道もあるかと思ったのです。実際に若い騎士を通じてそういう話を向けました。
 あの者は、騎士となり貴方と共に国を取り戻すと言ったそうです。幾年かかろうとも、必ずや正しき王が故郷の玉座に戻るため、その助けになるよう己が身を捧げることを望むと」

 耳を疑った。俄かには信じられなかったからだ。
 こちらに渡る海路の船倉で、あの子がうなされる声を聞いていた。無理もない。王が斃れ自軍の崩れていく様を目の当たりにし、本人も傷を負い捕虜となっていた。余程怖い思いをしたはずだ。
 それに比べて自分は……と思った。遠い戦場にいる父の死の知らせを聞くことしかできなかった。姉上を置き去りにし、身代わりに味方を犠牲にし、守役の騎士に守られ、自分だけが逃れるしかなかった。力がないばかりに。
 名ばかりの無力な王子が大義名分のために、幼い子どもの命すら預かるというのは、正しいことなのだろうか。

「……あの子と話をしたい……」
「どうぞ、部屋にいると思います」



 自分たちが身を寄せているのは、この島国の王領の森にある石造りの小さな館だ。狩猟期に使う建物なので厩もあり、煮炊きをするための竈や井戸も整っていた。王の森には番人がおり村人たちの目に触れることもなく、生活に不自由はない。
 二階の廊下の隅、目指す部屋の扉は開かれていた。
 そっと部屋を覗くと、少年は床に膝をつき寝台に肘をおいた姿勢で、手を顔の前で組み目を閉じ、開かれた窓に向かい祈っていた。窓から差し込む午後の光はやわらかく部屋に広がり、とても穏やかな時間が流れている。子どもが一心に祈る様子は、こんなに神聖に見えるものなのか。
 満ち足りた空気を壊したくなくて、声をかけずにしばらく幸福そうな横顔を見つめていた。やがて、こちらの気配に気付いたようで、少年が視線を巡らし、訪問者がぼくだと認めて目を丸くする。

「どうされました? なぜ、こちらに……?」
「いいや……別に用事はないんだけど……少し話をしていいかな?」

 もちろんです、と部屋に招き入れられ一脚しかない椅子を勧められた。少年が少し離れたところに片膝をつき、低い姿勢で畏まる様子を見て、逆にこちらが慌ててしまう。

「ここは王宮でもないし、他に人目もないよ?」
「いいえ、御身とは身分が違います」

 ため息をついて立ち上がり部屋をぐるりと見回して、寝台に座る。隣をぽんぽんと叩くと、少年は不思議そうに首をかしげた。

「ここにおいで」
「そんな……滅相もありません!」
「じゃあ、命令だ。ここに掛けなさい」

 ぐっと口が結ばれ、ぎくしゃくとした動きで歩み寄った少年が隣に座る。

「明日、叙任の儀式をするということだね」
「はい! 騎士団長殿に許可を頂きました!」
「このまま全てを忘れて、この島で平和に暮らそうとは思わなかった?」

 少年はきょとんとした顔をして、間近でこちらの顔を覗き込む。こちらの真意を汲み取ろうとしたようだが、やはり不思議そうな顔をしている。

「ぼくの騎士になるということは、危険なことだと分かるよね」

 ああ、という顔になって、少年は背筋を伸ばす。

「私一人が加わっても、何の意味もないかもしれません。それでも、王子のために、故郷のために働きたいんです……」

 膝の上で握りしめられた拳は、込められた力のせいか白っぽくなっていた。少しして、意を決したようにぱっと掌を開いて、ぼくの目の前にかざす。

「私には、まだ指があるでしょう? 腕は未熟ですが、弓を引くことはできます! 正しいことのために戦って死ぬのなら、後悔はありません。私は、王子が玉座につかれることこそが、正しいことだと思います」

 少年はそれだけ言うと、小さく震えながら息を吐き、うっすらと涙を浮かべた瞳でこちらをじっと見た。
 怪談話のように冗談めかして若い騎士たちが話すのを聞いたことがある。かの国では、弓兵を捕縛したら、まず指を落とすのだと。遡れば兄弟が別れて作った国。父祖を同じくする国がまさかそんなことを、と笑ったのを覚えている。

「もしや、王子は私の叙任に反対されていらっしゃるのでしょうか?」
「いいや……そうじゃない」

 そう聞いて、少年の顔が明るくなる。突然の来訪を、その宣告ではないかと不安に感じていたらしい。そうでないと知ると、急に子どもめいた笑顔が零れる。

「あの……幼い頃からお噂を伺っておりました。王子は剣を持つのが似合わぬほどに、お優しい方だと。僭越ですが、それならばお守りしなくては、と思ったんです。私が騎士になろうと思い、生まれ育った村を出たのは、いずれ王になるあなたをお支えするためです」

 目を輝かせ、頬を紅潮させて語る言葉は、初めて聞く、考えてもいなかったことだった。
 それでも、この子の偽りのない真っ直ぐな思いが伝わってきて、くすぐったいような嬉しさに包まれた。

「ありがとう」

 それだけ言うと、勿体ないお言葉です、と慌てて後退り距離をあける。そして、ずっと伝えたかったのだと前置きしてから、こう言った。

「──あなたは、私たちの希望の光です」

 月並みな、それでも今の身には重くしかなかったはずの言葉が、心にやわらかく沁みる。
 ふっと、悪戯心が頭をもたげ、澄ました顔で言葉を返した。

「じゃあ、そのぼくに助けられることがないよう、君はもっと腕を磨かなきゃね」

 少しの間ぽかんとしていたが、瞳をのぞきくすりと笑うと、からかわれたのだと気付き頬を赤くして照れくさそうに笑った。その笑い声に、また心が軽くなる。

「そうだ、さっきは何を祈っていたの? ずいぶん熱心な様子だったじゃないか」
「たいしたことではありません。騎士にしていただけることへの感謝、弓の腕が上達するように、故郷の家族の平安……あとは、子どもみたいな夢ですよ。“国で一番の弓の使い手になりたい”とか、“噂に高い大陸一の弓騎士に会ってみたい”とか……」

 ふうん、と思う。よっぽど信心深いのかと思ったが、彼によると、祈るのは単に習慣で、特別なことではないのだという。

「ぼくが神様だったら、何でも叶えてあげたくなるぐらいに敬虔な様子だったよ……そうだ、今日の眠る前の祈りに、ぼくの分もひとつ加えてくれないかい?」
「喜んで! どんなお願いですか?」

 もったいぶって少し黙った後に、神妙な面持ちで、今いちばんの願いを伝える。

「この部屋に、椅子がもう一脚ふえますように、って」



 自室に戻ると、守役の老騎士は読みかけの本から顔を上げ、どうでしたか、と問いかけてきた。言い付け通りに責務を果たしてきたよ、と返して、少年との会話を頭の中で思い返しながら呟く。

「……不思議だ。ぼくは今まで父上のような強くて立派な王になりたいと思っていたんだけど……あの子と話しているうちに、優しく正しい王にならなくてはと思えてきた。それらは似ているけど、少し違うんだ。……ねえ、ぼくは良き王になれるだろうか」
「初めから優れた王などおりませんよ。良き政をしたいと望む心を失わないことこそが大事なんです。どうぞ、今のお気持ちをお忘れなさいますな」
「うん……いつか必ず祖国を解放しよう。そして誰もが望んだ道を歩ける、大事な人と共に生きていける、そんな世をつくって行きたいと思う。そのために、ぼくは強くなる」
「きっと姉上様も、立派になった貴方が迎えに来るのを待っておいでです。それを信じているからこそ、ひとときの別れを選ばれたのでしょうから」


 それはまだ、ほんのはじまり。
 後に語り継がれる様々な奇跡も伝説も、今はまだ、窓辺で祈る子どもの抱く淡い夢物語。



  • “ゴードンが騎士として正式に誓いをたてたのは後にも先にもマルス様にのみ”…という、どうでもいい私設定のために後付けされた、“初陣のときゴードンは従騎士(エスクァイア)の身だった”というこじつけネタです。実際そのぐらいの年齢だったと思うんですが…どうでしょう?
  • 「新生活シーズンなので、騎士団入団時のエピソードを」とご提案くださったYさま、ありがとうございました! 謹んで本作を捧げさせて頂きます。

20120401up


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