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■明るいほうへ

「やあ、久しぶりだね」
「ご拝謁をお許し頂き、恐悦至極に存じます」

 膝をつき低い姿勢で礼をし、声を掛けられるのを待ってから挨拶を申し述べるぼくに、かつての主は気安い様子で歩み寄る。

「顔を上げてくれよ。相変わらずだね──いいや、立派になった、かな」
「マルスさまこそご立派になられて……ジェイガン様にもこのお姿をご覧頂けたら……」
「毎日小言の嵐だろうね」

 ふたりして昔のように屈託なく笑う。そして促されるまま軽食と飲み物の用意された卓についた。

「シーダ様は?」
「リンダが迎えに来て、今は姉上の部屋さ。なんでも女性というものは、美味しいお菓子を食べながらお喋りをしていないと死んでしまうものらしい」
「きっとミディアさんも同意見でしょうね。エリス様にご挨拶に伺う約束があると嬉しそうにおっしゃってましたから」

 聖王家の血を引く者がいなくなり、主だった貴族がそれぞれの所領を治める形となったこの国に上王として戴かれた彼には、特定の有力貴族が後ろ盾となった騎士団の、それも一介の兵士のために割く時間など本来はあろうはずもなかった。
 滞在は姉君もおられる旧王宮内と定められ、会談の相手も周到に吟味され、誰からも不満が出ることのないよう整えられていた。
 それでも何かと理由をつけて目通りの機会をもってもらえるのは、情ばかりが理由ではない。

「──先だって君から聞いた『御前試合』の件は、今回良い形を結べたんじゃないかと思うけど……」
「そうですね。街の人たちのマルス様への好感も上がったようです」
「パンとサーカスか」

 旧王宮内ではどこに目や耳があるか分からない。頷きながら慎重に言葉を選び、市井の人々の様子を伝える。

「おかしな話ですが、アカネイアの一般市民は自分たちの身分を、アリティアやタリスの王族よりも上に見る傾向がありますね」
「あの山出しの小僧が、って?」
「近頃はその後に、なかなかやるじゃないか、と続いています──良い流れかと」
「今の時点ではそれで十分だ。急いては事をし損ずる」

 前皇帝陛下のようにね、と声を潜めて続け、ふたりの間に沈黙が滑り込む。
 ふと、思い出し笑いをしながら、年若い王は話題を変える。

「今回の会談の設定は楽だったよ。御前試合での優勝者に言葉をかけたいと言ってみた。公式の場でも非公式の場でも構わないが、と続けたら、非公式の形でなら明日にでもと来た。君の師匠は大貴族の中でもずいぶん突出した勢力らしいな」
「周囲としてはこれ以上良い評判を増やしたくないんでしょうね」

 どこか意味ありげな笑みを浮かべて、彼は優しい?と問われ、苦笑混じりに、自分で望んだことなので特に不満はありませんが、いいように使われていますよと答えたら、ああ、そういうことじゃなくて……と、昨日の晩餐でのやり取りを聞かされた。



 賓客であるマルス様と奥方をもてなすための正餐で、大貴族の当主と奥方と跡取りのみが列席を許された、この国でも第一級の格式を誇る場だったそうだ。
 少し遅れて伴も連れずただ一人で現れた師匠は、威厳と美しさと若々しい力のすべてにおいてその場を圧し、英雄王との親密な空気も併せ、他家との歴然とした差を見せつけていたらしい。
 宴もたけなわとなった頃、師匠と仲の悪そうな青年(というのが彼に対するマルス様のただひとつの印象だった)が、厭味を言った。

 こういう場に奥方も嗣子も連れずに来るというのは淋しいものですな。だが英雄王直々に頂戴した愛玩犬に骨抜きにされていては、望むべくもないだろうが、と。更には、それがしにも味見ぐらいはさせて貰えないものかとまで言ったそうだ。

 厭らしい挑発に、涼しい顔で師匠はこう返したらしい。

 どの犬のことを仰せかは分かりかねますが、当家の犬には常より極上の餌を与えております故、粗末な物でも銜えさせようものなら噛みちぎりかねません。ご存知やもしれませんが、見かけによらず気性の激しいところがありますので、重々お気をつけなさいませ。



 唖然としてしばらく言葉が出なかった。
 そういえば昨夜遅くに帰宅した師匠は、機嫌が悪かった。しばらくは一人での外出を控えるようにとも言われた。できるならミディアさんかアストリアさんと行動を共にするようにと。ぼくはてっきり御前試合の後の揉め事のせいだと思っていたのだけれど……。

 誤解です、ぼくたちはそんな関係じゃありませんと言ったら、少し驚いたように目を見開き、君はもう子どもじゃないだろう?と問い返された。あの人も可哀相に、と。
 顔を赤くして俯いていると、見込み違いだったかな、と、かつての主はぽつりと言う。何かと小難しい理由をつけて我慢できるぐらいの感情しか抱いていないというのなら、君を手放したりしなかった、と。

 気持ちが全くないと言えば嘘になる。でも今は師弟として、または上役と部下としての関係、それだけでしかない。お互いに二の足を踏んでいる理由も分かっている。相手の負担になりたくはないからだ。
 それなのに──ただ傍にいる、それすらあの人の負担になるのだとしたら、自分はどうしたら良いのだろう。
 何も返すことができず黙っていると何事か思い付いたらしく、そうだ、あのご婦人にもご協力願おうと呟き、呼び鈴を鳴らし従者を呼び、何事かを言いつける。
 後は任せておいて、と笑顔で手を振りぼくに退室を促す。

「ぼくを信じてくれるだろう? 悪いようにはしないから」
「……仮にも王たる者が、遣り手婆みたいな真似をなさいますか」
「王だからこそ、さ。いつだって力ある者は、周囲の運命を好きに操ろうとするものだ」

 あなたといいあの人といい、どうして自分は好き好んで選んでしまったんでしょうね、とぼやいたら、そういう星の下に生まれたと諦めることだね、と申し渡された。負けじと、どう渡りをつけられたとしてもなるようにしかなりませんからね、と釘を刺すと、すべて物事は収まるべきところに収まるものだよ、と自信に満ちた笑顔が返され、こちらはぐうの音も出なかった。
 ではまたの機会までご健勝に、と形ばかりの挨拶をして、慌ただしく退室した。

 旧王宮の中庭を歩きながら思いをめぐらせる。
 この温室で護衛の任に就いたことがあった。今は遠いあの人にとっての特別なもの。そして残された荷の重さと、暗く長い道。
 もはやあの人と離れて生きていくことは選択肢になかった。ならば、自分にできることは何なのかと考え、いつかも似たようなことを悩んだと思い至る。

 進めばいい。光の射すほうへ。

 あの時と同様に辿りついた結論はあまりにも単純で、体の力が抜け笑みがこぼれる。
 なるようになる。収まるべきところに収まる。
 つい先刻までは投げやりにしか捉えられなかった言葉が、今は明るい希望のように感じられた。

 同時に、胸を軋ませていた不安が、心弾む楽しみに変わる。
 考えてもみて。まるで物語のような茶番ではないか。しかも極めつけの喜劇だ。王をはじめとした壮々たる面々が、たかだか晩熟な恋人同士のために、謀を廻らすなど。

 そっと背中を押してもらった気がした。あとは、ほんの少し勇気を出すだけ。
 ──その「あと少し」が、とても難しいのだけれど。



  • お貴族の会話はえげつないですねー、というか、自分の脳がすっかり厭らしい中年で、軽く自己嫌悪。
  • タイトルは…えー…まんまでスミマセン。金子みすゞ、大好きです。
20120328up


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