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小ネタTOPにもどる ■夏至祭 先だって負った傷は、未だ全快には至っていなかった。 それでも多少の無理はいつものことと高を括っていたら、郊外の館に数日間滞在し、療養に専念するようにとの厳命を受けた。 「責任ある立場の者がそんな悠長なことをしていられるか。今が大事なときだぞ」 我ながら殊勝にも常識的なことを言ったものと思うのだが。 「だからこそ、早いうちに体調を万全にしておけ」 「ちょうどいい季節じゃない。おまけも付けてあげるから休暇を楽しんでいらっしゃいよ」 「ぼくの役割はお目付け役と伺っていましたが……おまけなんですか?」 畳み掛けるように丸め込まれ、苦笑混じりに承諾するほかなかった。 ちょうど折節の祭でもあり、街道沿いにある大きな町を通り抜ける時には、ざわめきや歓声が馬車の中からでも聞こえた。 窓の外を伺う弟子に、少し寄り道をしていくかと問うと、ぱっと表情が明るくなる。多少は大人びてきたと言っても、まだまだこういう可愛らしさは健在で、そんな表情を見ていると、つい口許が緩む。子ども扱いされていると拗ねる様子も含めて、実のところ愛おしくて仕方がない。 「ああ、そうか。夏至ということは……」 「ええ、二十になりました」 「じゃあ尚の事、いつまでも子ども扱いしては悪いな」 「まだまだ若輩者ですから、しょうがありません。あなたには、いつも守られてばかりですから」 そう言うと、表情を消し黙り込む。 先日来、こうして考え込む様子をしばしば見せる。俺の怪我を自分のせいと感じているのだろうか。これは自分がへまをしただけで、お前のおかげで助かったのだと、何度も言い聞かせているというのに。 街外れに馬車を待たせ、若い御者には奥方に土産でも買うといい、と駄賃を握らせ、くれぐれも酒は飲まないようにと念を押す。 街の中心にある教会前の広場に行くと、大小の出店と人込みで大賑わいだった。周囲を取り巻く建物の窓は飾り花に溢れ、晴れ着を纏った若い娘たちの歓声に似合った光景だ。はぐれないようにと手を握ると、弟子は何か言いたげに一度こちらを見上げたが、すぐに目を逸らした。 その表情が気に掛かり問い返そうとしたとき、若い娘の一団に囲まれた。 「素敵な若衆がお二人もいて、祭の日に女連れじゃないなんて、どういうことかしら?」 華やいだ雰囲気に気後れした弟子は、真っ赤になり後退る。こういう手合いは自分の担当ではないということか。 「旅の途中でね。しかも、想い人にはつれない態度をとられている」 「それなら聖なる加護を受けた花冠とベールはいかが? 想い人に贈ると必ずや二人は幸せになるわよ」 「なんだ、物売りか。美しい娘さん方に心を慰めて頂けるかと思ったのに……」 「お上手ね。お代は結構よ。あなた方の恋が実りますように!」 二人の手に花冠とベールを押し付けるように渡すと、笑いさざめきながら娘たちは通り過ぎていった。物売りとは言っても祭の座興のようなものだったらしい。 手に残された花冠を弟子の頭に乗せ、なかなか似合うぞとからかうと、お返しとばかりにこちらもベールを頂戴した。あなたの方がお美しいですよ、と一言添えて。 そのまま二人で屋台をひやかしながら街をそぞろ歩く。着飾った者や仮面をつけた者、仮装した者も多いからか、特に目立つこともなかった。 やがて日暮れが近づき、空気が湿り気を帯びる。 「そろそろ発つか……そう言えば、これはどうするものなんだ?」 頭の飾りを指して尋ねる。こういった慣習には明るくないので、こんな時は弟子が頼りだ。 「花冠ならこのまま川に流したりしますが、ベールは祭壇に捧げますね」 馬車に戻る道すがら、扉が開け放たれた小さな礼拝堂を見つけ、薄暗い石造りの建物に二人で入る。隅の席で年老いた司祭が居眠りをしているだけで、他に人はいない。夕刻の礼拝までは訪れる者もいないのだろう。 たくさんの花冠とベールが捧げられた簡素な祭壇に歩を進めながら、俯き加減の弟子が呟く。 「……考えていました。自分が傍にいることは、あなたのためにならないのではと」 「以前にも言ったろう? そういう事を一人で悩むなと」 「だから今、話してるんです」 「そうだな……悪かった。続けろ」 「でも、さっき言ったようなことは、言い訳だって思ったんです。『あなたのため』と言って諦めることは、逃げでしかないって」 眦を決した緑の瞳が真っ直ぐにこちらに向けられる。 「今はまだ力不足ですけど、必ずあなたを守れるぐらい強くなります。他の誰よりも、あなたを幸せにします。だから……ずっと一緒にいてください。あなたが、好きです」 随分と勇ましい台詞だったが、差し延べられた手は微かに震えていた。 そして気付く。わずかに見下ろすその顔の高さが、自分とあまり変わらないことに。もはや出会った頃の小さな子どもではないということに。 自分の背を追うことで羽ばたき始めた雛鳥は、もはや己と比肩し、時に凌駕するまでになっているのだ。その力は先だっても衆目の前で見事に披露され、それを自分は誇らしい思いで見ていた。 それでも昔から変わることのない瞳の奥の熱は、紛れも無い思慕の色。 想う相手に望まれる幸いを、俺は知らなかった。こいつに会うまでは。 言い訳をして逃げていたのは、俺の方だ。 延べられた手をとり、指を絡め握り込む。 「……ずっと?」 「ずっとです」 「傍にいると?」 「はい」 「それは、今までとどう違う?」 一瞬きょとんとしてから眉根を寄せ考え込み、少し間を置いて口を開いた。 「……やきもちを、妬きます」 「ん?」 「あなたは、ぼくだけのものですから」 見上げる瞳には、もはや迷いの色はない。 「そして、お前は俺だけのものなんだな?」 「はい。今までも、これからも、ずっと」 何かを吹っ切ったような明るい表情につられて、こちらも笑顔になる。頬に添えられた手に促され目を閉じると、そっと唇が重ねられた。その甘さに心を奪われ、背に手を回し抱きしめようとしたそのとき、花の匂いに包まれた。 「若い二人に祝福を」 先ほどまで居眠りをしていた老司祭が、花弁と聖水を振り撒いていた。少なからず酒が入っているようで、上機嫌の赤い顔で祝福の節を唱えてくれている。弟子と目を見交わし、花冠とベールを祭壇に捧げ、布施として金貨を一枚その下に忍ばせる。 司祭殿にも祝福を、と二人でその手の甲に口づけをしてから、礼拝堂を後にした。 外はゆっくりと日が傾き夕暮れに差し掛かるところで、空には夕星が輝いていた。隣を歩く弟子を見やると、同じ星を見上げている。 目が合うと、笑顔が返された。それは、この上なく嬉しそうな表情で。 手をつないだまま、街外れに向かう道を歩く。祭の夜の華やいだ空気は芳しい花々の匂いと共に満ち、遠く広場から歓声が聞こえる。 「ずっと、一緒です」 呟かれた言葉に応えるように、握る手に力を込めた。
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