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小ネタTOPにもどる ■冬至祭 一年で一番夜が長い日。 厳かな空気のなか、子どもたちは明朝の贈り物を待ち侘びながら眠りにつき、大人たちは粛々と夜を過ごす。 騎士団の宿舎でも心づくしの馳走が卓に並び、酒も振る舞われるが、ばか騒ぎになることはなかった。 冬至の夜にやって来るというお伽話の悪神や死者の行列を畏れてのことではないが、長く続いた戦争の後でもあり、各々が亡き者を思い、あるいは朋友と共に時を過ごせる幸せをかみしめていた。 「後で部屋でな」 食堂を出たところで師匠に声を掛けられた。 弓の修練のためこちらに赴いてからは、なし崩しに夜を共に過ごす習いとなっていた。あくまでも寝床を共にするだけで、それ以上のことは何もなく、暖をとるための犬や懐炉と同じ扱いだけれど。 それでも人に対して距離を置く彼の、文字通り懐に入れてもらえるほどに信用を得ていることは喜ばしいことだった。ことに師匠に対する自分の気持ちが、単なる尊敬や憧れ以上のものだと気付いてからは。 子ども扱い故の親しい距離感を複雑に感じつつも、その幸運に感謝する日々。ひょっとしてこれが被虐性快楽と言うやつだろうか? 寝支度を整えてから部屋を訪ねると、いつも師匠の寝酒が置かれている寝台横の小卓には匂い蝋燭の燈された銀の燭台が置かれ、香辛料と干した果物がたっぷり入った祝祭の焼き菓子があった。夕餉の食卓には供されていなかった、ぼくの故郷のものだ。 「お国では冬至の祭にこの菓子を食べるらしいな。こういうものが欠けるのは寂しいだろう」 「わざわざぼくのために……?」 「厨房の料理人に勉強熱心な奴がいてな。あちこちの国の料理に詳しいんだ。ついでに子どもに食べ物を施すのも趣味らしい。『小さなお弟子さんに宜しく』とさ」 嬉しさで胸がいっぱいになり、ありがとうございます、とだけ呟いて言葉をなくす。そして思い出す。きっと家では家族が祭を楽しんでいる。自分も騎士となり国に仕えたいと、目を輝かせて語っていた幼い弟は元気にしているだろうか。 「帰りたいか?」 気遣わしげに問われ、初めて自分の心の変化に気づく。 「家族には会いたいですし、生まれ育った村を懐かしいとは思いますが……そこに帰る、というのは、なんだか違うような……」 騎士見習いとして先王の側近だった遠縁の館に預けられたのは13になってすぐだった。時をおかず従者として随行した戦闘で捕虜となり、王子に救われ共に遠国に落ち延びた。そして王子が蜂起してからは、それこそ転戦の日々で。 「……場所の話ではないように思います」 それだけ言って師匠の目を覗きこむ。自分でもよく分からないけれど、故郷の村のあの家が帰るべきところというのは、何か違う気がした。 「ああ……なるほど。共にありたいと望む者こそが、お前にとっての帰るところ、という訳か」 師の言葉に、するりと頭の中のもつれが解ける。 「さしずめ主君と朋輩……故国の騎士団がお前の帰る場所なんだな」 「……そうなるんでしょうね」 笑顔を返し相槌をうちながらも、心は違う答えに辿り着いていた。 あなたです。 共にありたい。護りたい。この人のために力を尽くしたいと──ぼくが望んでいるのは、あなたの傍にいることなんです。 もちろん主君を敬愛する気持ちも、騎士として故郷のために働きたいという願いもあるけれど。それでも、できることなら、あなたの進む道に沿って自らも歩を進めたい……。 この想いを告げるべきか、しばし迷い、そして今はまだ時ではないと思い直す。ぼくはまだ不肖の弟子で、頼りない子どもでしかない。 「それから、これをお前に……」 手渡された包みを開けると、いつも師が身につけている物と同じ誂えの革手袋が入っていた。喜び礼を述べるぼくを制し、使い方を教えておく、と彼が言う。 手袋をつけてから説明通りに肘を支点に素早く腕を振り下ろすと、手の中に投擲用の短剣が収まった。手袋の内側に仕込まれていたらしい。 「気休め程度だが、丸腰よりはましだろう」 非戦闘時も常に彼がこの手袋をしていることに思い至り、優美な笑顔の裏に、かつては虜囚となったこともある苛烈な過去を垣間見た気がした。お互いにその頃のことを詳しく語ったことはないが、心に負った傷は癒えたのだろうか。 こちらの表情の曇りを察したか、穏やかな笑顔で彼は言う。 「お前は大事な弟子だからな。簡単にくたばるのは許さん。何が起こっても、どんな姿になってもいいから、必ず俺の元に戻って来い」 そのとき日付が変わったらしく、鐘の音が聞こえ始めた。街中の鐘が鳴らされている。刻限を告げるためだけではない、祝祭の晴れやかな響き。 この時を境に日が延びる。冬の寒さはこれからが本番だけど、その先には春が待っている。 想いが、幸せが溢れ、堪らず師の頬に感謝の口づけをすると、彼は少し驚いたようだったが、やがてぼくの額にそっと優しく返してくれた。 自分が贈り物を用意していないことを謝ると、では次の夏至の祭を一緒に過ごす約束をしてくれ、と笑いながら言われた。 「約束します。次の夏至も、その次の冬至も……」 ぼくは必ず、あなたの元に……。
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