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■身支度

 一緒に眠っていた弟子が目覚めたらしい。腕の中にいた温かなものが離れていく感覚が名残惜しく、半覚醒の頭でその余韻を楽しむ。

 何だかんだと理由をつけて、相部屋のまま暮らしている。予備の寝台も運び入れたが使わず仕舞いだ。それでも朝になると、ばさばさとそちらの寝具を乱している。同衾しているのではないと偽装しているつもりらしい。
 そんなことをしても寝具を目にするのは部屋を掃除する女中だけだ。そもそも同室で寝起きしているだけで言い訳も立たないだろうに、毎朝そんな小細工を真面目にしているのが可笑しくて堪らない。

 服を着替えている気配がして、やがて静かに扉が開閉される。俺の身支度のための湯をもらいに行ったようだ。騎士団を興すにあたり幹部の一人として招いたと言うのに、相変わらず俺の身の回りの雑用──それこそ下働きの者がするような仕事を止めようとしない。この件は改めて話をせねばなるまい。

「おはようございます」

 戻ってきた弟子に促され寝台から椅子に移動すると、慣れた手つきで肩に布が掛けられ髪を梳かれる。せっけんを泡立てたものが頬や口の回りに塗られ、剃刀がその上を滑っていく。薄目で見てみると、とても真剣な表情で刃を扱っていた。

「──今日は入団希望者の面接が三件。うち一件は二人組の傭兵で、ギルドの推薦状もあります。アストリアさんも立ち会うことになっています」
「ほぼ決まりだな」
「ええ、恐らくは……」
「あとの二件は?」
「従軍経験は無いそうです。剣術の心得もあるらしいのですが、得意なのは弓だそうです」

 弟子の言葉に、俺は眉を顰める。

「またか」
「想定はしていましたが……弓使いが多いですね」
「人に向かって引いたことのない輩がな。即戦力でないとすると、実戦投入は難しいか……お前の見立ては?」

 剃刀を置き、湯に浸した手巾を絞りながら弟子は言う。

「実戦経験で言えば暗黒戦争のときのノルンさんやカシムさんも、加入したときは同じようなものでしたからね……」

 先の戦争で共に戦った赤毛の少女と、戦いを好みそうでもないのになぜか騎士団に入りたいと申し出てきた気弱そうな男の名が挙げられた。

「試射をさせて一定以上の力量があれば仮の入団を許可するか」
「様子見の期間を決めましょう。お給金の関係もありますから、事務方とも相談して新しい形式の証文を作らないといけませんね」

 顔の泡を手巾で拭き取られ、剃り残しの確認のためか指で顔をなぞられる。喉から顎、頬、口の回り……。
 いたずら心で音を立てて指先に口づけてやると、びくりと大袈裟に体を震わせた。そのまま指を軽く食み舌先で舐めていると、顔を真っ赤にした弟子が声を上げる。

「ジョ…ジョルジュさんっ」
「ん?」

 構わず視線を合わせたまま指を舐めていると、次第に相手の目が潤んでいく。涙が零れそうになったところで、指を解放してやった。

「礼のつもりだ」

 こちらの言い訳を無視して、玻璃瓶から香草の匂いのする水を手にとり、ぱしゃぱしゃと俺の顔に塗り手のひらで押さえて肌に馴染ませる。一通りの作業を終えると、慌ただしく道具を片付けて部屋から出て行こうとする。扉の前で立ち止まり、言った。

「お礼なら、相手が喜ぶものにして下さい」
「悦んでいるように見えたが……」

 そう返すと耳まで真っ赤になり、部屋を出ていってしまった。怒ったような足音が廊下を遠ざかっていく。
 ああ、しまった。身支度は従者に任せるようにと言うつもりだったのに、忘れていた。

「まあ、いいか」

 ひとりごちて笑いを噛み殺していると、ノックの音がして扉越しに従者が尋ねてくる。

「今のうちにお召し替えをなさいますか?」
「いいや、いい。あいつが戻るのを待とう」
「かしこまりました。仰せの通り私共は控えておりますので、御用がございましたらお申し付けください」
「分かった」

──こうして今日も、一日が始まる。





 湯や手巾を用意して、いつものように師匠に声を掛ける。

「おはようございます」
「ん……」

 半分眠ったまま寝台から寝椅子に移った師匠の肩に布を掛け、髪を梳く。せっけんの泡をたてて頬や顎にゆっくりと馴染ませてから、つい、と刃をすべらせる。その顔を傷つけないように、細心の注意を払って。

「──今日は国境付近の巡回遠征に備えての会議があります。各地方の自警団にも事前に話を通していますので、トムスさんやミシュランさんの所属する団や……来月にはトーマスさんの部隊とも合同で動くことになりそうですよ。……起きてますか?」

 相槌すら返さない師匠に問いかけると、返事はすぐにあった。

「ちゃんと聞いている。……お前が器用なのは知っているが、こんなことは騎士の務めじゃないだろう。身支度の間に打ち合わせをするのは良いとして、こっちは従者か下働きの者にでも任せればいい」

 湯に浸してから絞った手巾で丁寧に顔を拭きながら、ぼくは少し口ごもる。

「これは……好きでやっているんです」
「なんだ、引退後は床屋にでもなるつもりか?」

 剃り残しがないか確認するために、指でそっと顔をなぞる。頬と顎と唇のまわりを念入りに。

「床屋にも湯屋の下働きにもなるつもりはありませんよ。ただ単に厭なんです……他の人があなたに触れたり刃をあてたりするのが」
「ふふん?」

 からかうような視線を無視して、香草で匂いづけした水を、ぱしゃぱしゃと顔に薄くのばす。首に巻いていた布をとり、手早く道具を片付ける。

「はい、終わりましたよ。完璧です」
「なんせ元が良いからな」

 まあ実際その通りなのだけれど、こうもぬけぬけと言われては少し癪に障る。

「……そうですね。最高です」

 そう返して不意討ちのように頬に口づけると、取り澄ました笑みは、心なしか照れくさそうな表情に変わったように見えた。

 こうして今日も一日がはじまる。



  • すごいところにぶっこんで来たなあと自分でも思います。弊サイトでも最古の部類のテキストですよ。

●おまけの4コマ
:後日談・師匠の反撃編(→◆別窓で開きます 甘いかゆいヌルいらぶらぶ
  • 内容解説用にと一文字アイコンを作ってみましたが、うちのは概ね「甘い・かゆい・ヌルい」なので意味を為さないということに気付いた、秋の昼下がり。

20110911up(4コマ追加:20110917/師匠視点追加:20160627)


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