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小ネタTOPにもどる ■褒賞 「『ユガケ』って言うらしい」 手袋の親指部分が特別に補強されており、そこに弓弦を掛けられる溝がある。確かにこれなら強い弓を引くときでも指にかかる負担は小さくなる。 遠い東の果ての島国から伝わったという触れ込みの品だそうだ。 「長弓に合うだろうね……」 目を輝かせて道具に見入る弓騎士の兄弟は残念ながら二人そろって小柄なので、遠距離用の大きな強弓を扱うのには向いていないのだが。 「この革製の指輪は、草原の民が使う品……針仕事をする時の指貫きみたいな物だな。弓弦に掛ける指にだけ嵌めるから、より素手に近い感覚で引ける」 兄弟が揃ってなるほどと嘆息をつく。やがて話題は矢羽を用いた暗号へと移っていった。 賑やかな輪の外を通りがかった者が何の集まりか、と、場の中心から少し外れた所にいた俺に聞く。 「ああ……弓を使う者の集いです。地方毎に色々な物があるので、技術や情報を交換しようと……」 少年や年若い女性もいるせいか、場は和やかな雰囲気で、事実上は親睦会のようなものだった。 暗黒竜との戦いは終結し、今は戦後の処理に大童だ。近々即位式や報奨の申し渡しを兼ねた正式な典礼が開かれる予定だが、それが終われば皆それぞれの故郷へ戻るのだろう。 その前に交歓会を開いてはどうかと誰かが提案したら、かなりの人数が集まった。要するに忙しいのは上の者たちだけで、一般兵は暇なのだ。 これが剣士や傭兵ではどうなることだろうかとも考えてみた。 個人主義の者が多い上、習得している技術や知識自体に価値があるため、意図して迎えた弟子以外に伝授することは無いだろう。無償で交換するなど以っての外というものだ。 そのかわりに手合わせは盛んに行われていると聞き及んでいる。公然の秘密だが、賭け金も絡んでいるらしい。 騎士は集団で行動するものだが、それぞれ仕える国や家ごとに長い歴史を背景とした利害関係やしがらみを抱えている。礼節を重んじるため人当たりは良いが、排他的な面も強い。 かく言う自分も主を持つ身だが、他の兵種と比べると弓使いは気安いのかもしれない。弓も矢も細々とした道具類も、入手した後は自分で手を入れる必要がある。自然と好奇心や探究心が強い気質になり、情報交換にも積極的だ。勿論自分なりの秘伝の一つや二つは各々持ってはいるが、他の者が真似たからといってどうなるものでもない。 何より戦場に立つ時、自分一人の力ではどうにもならないことを知っている。周囲との協調という点において一番切実なのが弓使いなのだろう。 「あの……すみません」 取り留めなく考え事をしていると、弟子が声を潜めて話し掛けてきた。 「みなさんがどうしても見たいって……お嫌なら上手く言って断りますけど……」 「いや……構わん」 そう言うと、包みを解き白金に輝く弓を取り出した。王家の宝であり、炎の力が宿るという神器である。周囲から溜息が漏れる。 常に携帯してはいたが仕舞い込んでいたので、人目につく場に持ち出すのは久しぶりだった。他の武器でも倒せる敵に、生半にこの弓を使う気はなかったからだ。 「あいにく今は弓弦は掛けていないが、持ってみたいのなら、どうぞ」 「触っても良いのか?」 数人が怖ず怖ずと近寄る。 「……大きいし重い」 「これを軽々と扱えるとは……大陸一の異名は伊達ではないな」 実は一定以上の技量をもつ者ならば、扱うのはそれほど困難ではない。現に彼の弟子も易々と使いこなして見せた。最初は気になる大きさと重量も、馴れてしまえば逆に小型で軽量なものよりも狙いを定める際にぶれにくいという利点になる。 ……が、細かく説明するのも面倒なので、とりあえず笑顔を返しておく。 「少年兵として王女の近衛隊に所属していた折に賜ったものなので、自分が手にするに相応しいかは判断しかねるが……」 「……ぼくも始めは、あれに騙されましたよ」 部屋に戻るなり、不機嫌そうに弟子が言う。 王宮内の兵舎にある続き間つきの客室を二人で共用していた。滞在人数に比べ部屋数が不足しており中には天幕暮らしをしている者もいる現状に、近く騎士団を脱退する予定の少年は自分が使っていた部屋を引き払い、今朝方こちらに移ってきた。 「何の話だ?」 「あの作り笑いですよ。あんなふうに微笑まれたら、それ以上何も言えなくなるじゃないですか」 「語調が穏やかじゃないな」 「まあ初対面で信用しろっていうのも無理な話でしょうけど、出会いがしらに綺麗な笑顔で威嚇だなんてね……」 「容姿も武器のうちだ」 「あなたなら、そうでしょうとも」 拗ねたようにこちらに背を向けたまま道具を片付ける少年の腕を引き振り向かせる。 「……何が気に入らない? どうせお前はもう騙されないんだろう?」 「あなたがわざと自分を安く見せるのが嫌です。家柄とか外見とか……そんなものだけで今の場所に辿り着いたように嘯くのが」 「でもお前はそうじゃないと思ってくれているんだろう?」 「……」 「本当に近しい者だけが知っていれば、俺はそれで構わない」 少年は赤くなってぷいと目を逸らす。 「自分でもばかみたいだと思いますよ。ご本人が気にしてないのに、噂話にまで一喜一憂して」 「まったくお前って奴は……」 「子どもだって言いたいんでしょう」 「いいや……生真面目だなあと。一本気で堅すぎるきらいはあるが、安心するよ」 「褒め言葉になってませんよ」 「褒めようか? そうだな……顔が可愛い」 「は?」 「表情が豊かで大きな瞳とか、拗ねたときの口元とか……そういえば泣き顔も悪くなかったな」 指を絡めるように片手をとり、少年の顔をじっと見つめ、確認するように挙げていく。 「な……何を言ってるんですか……?」 「そういう照れた顔が初々しくて特に好きだな。だからつい困らせるようなことをしたくなる」 そう言って繋いだままの手を引き、傍らの寝台に身を横たえさせ、自分は隣に座りその顔を見下ろす。抵抗はないが、緊張した様子の少年は耳まで真っ赤になる。 「嫌なら、そう言ってくれ」 「……嫌じゃないです」 指に力をこめ手を握り返し、小声で呟く様が可愛らしく、どうしてくれようかと思う。 そういえば俺を懐柔するための人身御供だという話もあったなあと、ぼんやり考えながら、その人選がこの少年であったことに舌を巻く。そんな場面にありがちな世慣れた美女であったなら、自分もここまで絆されはしまい。 躊躇いがちに見上げる瞳に囚われてしまう。他人の思惑に流されるのは不本意だが、引き替えに手に入るものには抗い難い魅力があった。 なるほど。裏の糸繰りに気付かれたとしても、他人の策に嵌まるのも悪いことばかりではないと相手に思わせるのが、本当の策士というものか。 心中で独りごちながら、溺れていく自分をどこか楽しく感じていた。
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