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小ネタTOPにもどる ■曲射 女騎士の器用な手が木片を使い砂盆の上に手早く丘や谷を作る。見る見るうちに現れた地形は、傍らに置かれた平面の地図よりも数段わかりやすかった。 その手つきを感嘆とともに眺めつつ、竜や天馬に乗る人はこういう風景を見ているんでしょうね、と軍議への参加を許された弟子は俺だけに聞こえるようにこっそりと囁く。 その勇猛さで音に聞こえた将軍を父に持ち自身も兵法に明るい女騎士は木片を卓の隅に置くと、ひとつ息をついてから砂盆の上に次々と駒を置いていく。 「付近の村や町を荒らしているという新手の盗賊団の巣がここ。天然の渓谷を利用した砦で、三方は崖で高低差もあり、そちらから近づくのは不可能」 「手ぐすねひいて待っている正面からの攻撃しかないってことか」 「そういう事になるわね」 今回の作戦の責任者である傭兵隊長が口を開くと、女騎士は頷く。 正面からの攻撃と言っても、地図と砂盆を交互に見る限り、正面には茂みの深い丘があり、それを大きく迂回して細い隧道を進むことになる。隊列は長く伸び、速やかには進めない。兵力ではこちらが勝っていても地の利は敵方にある。 「敵兵の構成は?」 俺は短く問う。 「一言で言えば、ならず者。ごろつきの集団ね。首領さえ押さえれば問題はないんだけど……」 「はっきり言えよ。村の自警団では手に余ると、こちらに要請が来た理由は?」 「その頭目が問題でな……竜騎士崩れらしい」 その言葉に、自分の表情が動いたのを感じた。先の戦争で敵国の竜騎士団の急襲を受けたこの国では、竜騎士は未だに忌避される存在なのだ。 「……なるほど。多少弓を使える者がいたとして、おびき寄せて叩くにも、田舎の自警団では無傷では済まないだろうな」 「作戦としてはこちらも同じだ。お前たち弓隊を護衛しながら、丘を迂回して隧道を進む」 「こちらの丘から長弓で砦の中の騎竜を狙うのはどうですか?」 今まで軍議を見ていただけの少年の発言に傭兵隊長は少し驚いたようだったが、値踏みするようにその顔をじっと見る。 「後は烏合の衆だ。攻略は容易になるが……そんなことができるのか? かなり距離があるぞ」 少年の視線は助けを求めるように師であり弓騎士隊長でもある俺へと向けられたが、俺は敢えて黙する。すると弟子は眦を決して傭兵隊長に向き直り、はっきりとした声で答えた。 「はい、できます」 その矢が放たれた瞬間、総身が震えた。 「──やりました」 残心の姿勢をとったままの弟子の呟き通り、矢は吸い込まれるように騎竜に届き、その巨躯がゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。 丘に潜むこちらの動きを気取られないように陽動を兼ねて隧道を進軍している本隊も状況を見届けたようだ。喇叭手により合図が吹き鳴らされ前線の騎馬部隊が主戦力を失した残存兵の掃討のために砦に集結していく。 俺はというと、弟子の放った鮮やかな一射に未だ心を掴まれていた。 特別誂えの長弓とはいえ、人力で引く弓だ。射程はたかが知れている。それを丘の上からの曲射で距離をかせぎ、相手の視界の外から急所を捉えた一矢。射られた竜も何が起こったのかを知る間はなかっただろう。 直射で届く距離ならば俺でも容易いことだが、動く的を曲射で射抜くなど、並み大抵のことではない。 未だに技術的には安定を欠く弟子だが、たまに見せる想像を超える一射には驚かされる。 果たしてこんな芸当が俺にできるだろうか。 ──外したが最後、敵に居場所を知らせることになり、強襲されるのが関の山だ。 自分なら試みることすらないだろうと苦笑する。 深く息を吐き集中を解くと、弟子はこちらを振り返る。先程までの張り詰めた空気はどこへやら、頼りなくさえ見える童顔が不安気にこちらを見上げている。こちらの自嘲の表情を、自分への批判と取り違えているらしい。 「よくやったな。見惚れたぞ」 肩に手を掛けそう言うと、ようやく安心したように笑みを浮かべた。 「あなたがいて下さったから、できたことです。万一外して反撃を受けたとしても、大丈夫だって思えましたから」 傍で見ていたこちらをこんなに昂揚させておいて、自覚がないとは罪な奴だ。愛しさ半分憎さ半分の衝動に任せ、小さな子どもにするように髪をかきまぜてから、その頭を肩口に引き寄せた。 「お前は……強いな」 こんなふうに心を預けるのには勇気が要るのだと、こいつに教えられた。単なる依存や従属とも違う、揺るぎない信頼。 そして一人ではたどり着けない場所まで導いてくれる。 この小さな手で。 「……師匠だというだけじゃなく、あなたは特別な人ですから」 呟きながら、柔らかな頬がこちらの首筋に触れる。その温かさとかかる微かな吐息に気持ちを引き込まれ、半ば無意識にその手を取り、手袋から覗く指先に口づけていた。 「……ご褒美だ」 我ながら大人気ないが、言い訳じみた一言を付け加えて体を離す。ひと瞬きの後、まさに顔から火を噴くといった様子で赤面する弟子を促し歩き出す。だが小柄な弟子は頭まで茂みに埋もれ、先の様子がつかめないようだ。転び、惑いつつ、必死に後を付いてくる。 先ほどの凛々しさとは打って変わった子どもめいた可愛らしい様子に笑いをかみ殺しつつ考えた。 いつかの寒い夜のように、こいつに手を預けてみようかと。 立ち止まり、振り向き、追いついた弟子に手を伸べた。 「いっしょに、行くか」 「──はい!」 嬉しそうに笑顔を浮かべる弟子と手を繋ぎ、茂みを分けながら進む。 本隊に合流するまでにその顔色を直せよ、と言うと一層赤くなったので、声を出して笑ってしまった。 こいつが隣にいるだけで、自分が変わっていくのが分かる。こんな簡単なことで、世界は違って見えてくる。 不思議なものだな、と思った。 |