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小ネタTOPにもどる ■約束 雪景色のなか出迎えてくれた師匠は、笑いながらぼくの頭についた雪を払ってくれた。 「久しぶりだな。ちゃんと鍛練は続けていたか?」 「はい! あの……ありがとうございます。色々とお骨折り頂いて」 「冬に会うと約束したからな。それにお前は俺の弟子なんだろう」 「あなたの名に傷をつけないよう、がんばります!」 「ここでは俺の名なんて悪名でしかない。気にせず国と自分のために腕を磨いていけ」 その言葉にも嘘はなかったのだということは、すぐに知ることになったのだけど……。 ■添い寝 騎士団の宿舎の食堂で夕食をとっていると、寝支度を終えたら部屋に来るようにと師匠に声を掛けられた。 数刻の後、こんな夜更けに何の用事だろうと訝りつつも部屋を訪ねると、寝台にいる師匠は、だるそうに手招きする。近寄ると腕を引かれ、寝台に引っ張り込まれた。 「お前ここで寝ろ」 「は? ここでって……いっしょにですか?」 「狭くはないだろう」 「そういう問題じゃありません!」 なんとか抜け出そうともがくものの、圧し掛かられ身動きができない。 「ひとつ毛布にくるまって寝た仲じゃないか」 「あれは寒冷地での行軍中のことでしょう? いい大人がふざけないで下さい」 師匠は、ふうと息をつき、真面目な顔になる。 「正直に言おう……実は少々困ったことになっていて……」 「はい」 「最近不眠症気味でな……なかなか寝付けないんだ……どうにも人肌が恋しくて」 「……は?」 「少し前に宿舎を抜け出しての夜遊びがバレて夜間外出禁止になってな……それならばと、ご婦人を招待したら、目敏い舎監に見つかって大目玉をくらって……」 「……その代わりにぼくに添い寝しろと?」 心底脱力してしまった。食堂で周りの視線が気になったが、こういうことだったとは。 「そうやって誰彼構わず寝床に引っ張り込んでいるわけですか?」 「失礼なことを言うな。これでも好みは煩い方だぞ」 それこそ、そういう問題じゃないんだけどなあ……。 「夜伽をしろとまでは言わないから」 「当たり前です! ……分かりました。いいですよ。不眠症ではお仕事にも障りますからね」 「それでこそ俺の愛弟子だ」 ぎゅっと抱きしめられると、きれいな顔が間近に迫り、照れてしまう。それにしても、ひとりだと眠れないなんて、この人はこんななりをして子どもみたいなところがあるんだなあ。 ……と思っていたら、いつの間にか襟元が開けられ、胸元に唇の柔らかな感触が……。 「や……っ……ちょっと待ってください!」 「ああ、すまん。こんな体勢でいると、つい……」 「やっぱり考え直していいですか?」 襟を合わせるように掴み慌てて逃れようとするが、簡単に押さえ込まれてしまい敵わない。じゃあこれならどうだ、と背後から抱きしめられた。自分をすっぽり包む温かな腕が心地よく、どぎまぎしてしまう。 「これなら……いいですよ」 「毎晩ちゃんと来いよ」 「毎晩!?」 自分の師匠がこんな甘えん坊さんだとは知りませんでしたよ、とぼやくと、美人の師匠と添い寝できるなんて役得じゃないか、と返された。 ■光射す庭 その瞬間は、今も瞼に焼き付いている。 晴れた昼下がりだった。王妃殿下の護衛ということで師匠とぼくは連れ立って王宮の中庭に向かった。 光あふれ花の咲き乱れる温室で侍女と楽しげに談笑している美しい王妃殿下。傍らに佇む女騎士は微笑みをたたえ、それを見守っている。その光景を見、一瞬目を細めた師の表情──。 それだけで、分かってしまった。これはこの人の一番大切なものなのだと。大貴族としての矜持でも騎士としての誇りでもなく、自分自身の心からの望みとして、命に代えても護ろうとしているものなのだと。 妃殿下の御前に跪き護衛の交代を告げると、女騎士は礼をして退出していった。それまで彼女のいた場所に立ち、ぼくは姿勢を正して大きく呼吸した。 この穏やかなひとときを護るのだと、心に誓って。 ■たったひとつの この人のことが好きなのだと そう気付いたら ただ嬉しかった まっすぐな道が見えるから 苦しくても 辛くても それでも 歩いて行こうと決めた 「俺には愛だの恋だのはよく分からん……」 あなたの口癖 ぼくを煙に巻き牽制するためか それとも自分でも気付いていないのか 想いは確かにあなたの中にあるのに きっとあなたにとって ただひとつの真実 それを護るため力になりたいと思った できることなら あなたの傍らで ■スミレの花束 滞在中に充てられた部屋の扉の前に立つと、中から人の話し声がした。下働きの人が清掃でもしているのだろうか。 軽くノックをして、返事を待たずに扉を開けたぼくの目に入ったのは……師匠が見知らぬ少年に口づけしている場面だった。 ぼくの存在に気付いても二人は特に悪びれもせず、笑顔で挨拶をかわし、少年は固まったままのぼくの横をすり抜けて出て行った。 「悪いが部屋を貸してもらった。俺の部屋では人目につくからな」 「な……何をしてらしたんですか?」 目にしたこと以外の何かがあるとも思えなかったが、なんとかそれだけ口にする。 「付け文がわりの伝言を頼んだだけだ」 さらりと師匠が言う。付け文って……。 「じゃあ、恋人のおうちの従者の方だったんですか?」 「まさか。馴染みの娼館の使いの小僧だ。ここのところご無沙汰だったから様子伺いだろう」 師匠の言葉が頭に届き、それを理解し、さらに次の言葉を発するまでには少し時間がかかった。 「──そんな所に行かれるんですか!? どうして?」 「どうしてって……俺も男だし……」 「そうじゃなくて……あなたならいくらでもちゃんとしたお相手はいるでしょうに」 「面倒事は苦手でな……真面目な恋愛と生娘は避けておくに限る」 当たり前の常識を語るように平然と、とんでもないことを言ってのける。 では、先だってこちらに招待したご婦人というのもそういう方だったのか。それは確かに大目玉をくらうはずだ。 「だからって好きでもない人と、そういう事をなさるんですか?」 「綺麗な女は好きだぞ。そうだ、お前も連れて行ってやろうか?」 ため息をつきつつ、思わずこめかみを押さえる。 「結構です。そんなことまで指南して頂くつもりはありません。それに、パン屋の看板娘にスミレの花束を贈る程度がぼくには似合いでしょうからね」 「なるほど。想像するだに可愛らしい似合いの一対じゃないか」 顔は笑っているが、心なしか言葉に棘があるような気がした。ふだんの軽口の範疇だったとは思うのだけど、何か失礼な言い方でもしてしまっただろうか? 「あの……怒っていらっしゃいます……?」 べつに、といったふうに肩をすくめた後に、師匠がぽつりと呟く。 「……俺はお前をどうしたいのかな?」 「は? そんなことを、ぼくに聞かれましても……」 「まあ、そうだな」 こちらに来て本当のこの人を知ったと思ったのだけれど、時々よく分からないことを言う。ぼくが首をかしげるたびに笑いながら、そのままでいい、と言われる。 子ども扱いは歓迎できたことじゃないけど、分からないままでも傍にいることを許されるのなら、今はそれで十分だと思った。 ■走り書き 夕食後に自室で寛いでいたら、緊急の報告があるとのことで、中隊長格以上の者は一斉の呼び出しをくらった。 独自の情報網から得ていた話に心当たりはあった。国境付近での不穏な動きのことだろう。明日の朝一番でも大して変わりはないだろうに気の短いことだ、と重い腰をあげる。 部屋にはもうすぐ弟子が来るはずだ。一筆残しておくかと紙片に書き付けて、はたと考える。あいつは読み書きができただろうかと。そして、俺はあいつのことを、そんなことすら知らないのかと。 自分はおいそれと他人を信用しない人間だったはずだ。 それが、あの子どもに対する態度はどうだ? 常に手の届く距離に置き、寝所にすら招き入れている。それも欲を解消する手段としてでなく、ただ庇護しておきたいがために。 信じているのではない。 端から疑ってもいないのだ。 走り書きを卓に残し部屋を出る。 大丈夫、伝わるだろうと、確信めいた不思議な安心感を抱いて。
部屋を訪ねたら師匠は不在で、卓の上に『すぐに戻る。待っていろ』と走り書きがされた紙片があった。 そういえば、ぼくたちは手紙のやり取りをしたことがない。あの人はこういう字を書くんだと、感慨深くまじまじと紙片に見入る。 綺麗に整った文字。でもちょっと癖がある。 線が細いのは神経質な感じで、傾斜がやや強いのは物事を違う角度から冷静に見ているふう。頭文字が流麗で大きめなのは、あの人が時折見せる華美で大胆な振る舞いのようだ。 そう考えながら見ていたら、あの人の声で『待っていろ』と言われているようで、手の中の紙片が温かみをもってきた。 あの人の欠片だけでこんなに幸せになれるぼくは、なんてお手軽なんだろうなあと、自分でも可笑しかった。
●おまけの4コマ:『スミレの花束』にての師匠の発言「真面目な恋愛と生娘は避けておくに限る」について(◆別窓で開きます→その1/その2
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