・・・ SKIT ・・・

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■なつかしいそらのいろ

きれいだな、と思った。
髪と瞳と装束の鮮やかな色が影を含んで、夕暮れの風景と柔らかに馴染んでいた。
そして、ただ、きれいだと思ったら、涙が出たんだ。

敗走の最中に見た、血の色をした夕焼け。王子の悲嘆と先輩騎士たちの苦艱と自分自身の無力さへの焦燥と。
あの日以来、空の色を気にしたことなどなかったと気付いた。

二年に及ぶ亡命先での暮らしぶりは表向き平穏だったけど、毎日訓練を終え見上げる空はいつもあの時と同じ夕焼けで。
やがて戦いに入って知ったのは、敵もぼくらと変わらない、人間だということ。

「主君のため」「大義のため」「殺さなければ殺される」

頭では理解していても、苦しくて。
自分が自分でなくなっていくような恐怖を抑えていた。

この人をきれいだと感じたとき、故郷の暮れ方の空を思い出した。
狩りや山仕事を手伝った後の家路で見上げた、茜から藍までの緩やかな光の移り変わりと一番星。
大好きなあの色が────還ってきた、と思った。
ぼくはちゃんとぼくのままで。そして自分で選んだ道を歩いてきたのだと安心できた。

心がしんと透き通って、それでいて胸の奥が痺れるような、哀しみにも似た穏やかな切なさ。
あれからずっと抱いているこの気持ちを、何と呼べば良いのか、分からないままだけど。



■耳に残るは

 無表情なままに傍らに立つ高名な弓騎士に、なぜ訓練を見てもらえるのかと尋ねたら、やや間を置いて面白いから、という答えが返ってきた。

「その『面白い』は下手なのが滑稽だ……という意味ですか?」
「もちろんそれもあるが、お前は興味深い」

 やっぱり滑稽なんだ、と肩を落としつつも、続きが気になる。

「未熟な腕を見せられて、いらいらしたりはしないんですか?」
「しないとは言わんが、逆に驚かされることの方が多くてな」

 ぽん、と頭に手を置かれる。

「いくつだ?」
「15です」
「そうか。じゃあ身長はこれからまだ伸びるだろうな──弓の腕も」

 見目も好いこの弓騎士は長身なので、その肩に届くかどうかという小柄な自分の間近に立たれると、見上げる首が疲れるほどだ。それでもじっと見つめていると、ふっと表情が緩んだ。幾分穏やかで笑みには近いが、まだ平かな表情だ。

「まだまだ未熟だが、変な癖はないし、勘も良い。教えたことが身につくのも早い。見る間に変わっていくのが、面白くてな」

 そんなものだろうか?
 まだ釈然としないといったこちらの表情を読んでか、彼は声の調子を変える。ゆっくりと噛んで含めるように。

「力も金も地位も美しさも、俺自身が有り余るほどに持っているからな。端から周囲にはそんなものは求めてはいないし、これ以上欲しいとも思わん。──だが、そんな俺にも足りないものがある」

 始めのくだりは冗談だろうか。確かに事実なのだろうが、普通は自分で言うことじゃないもの。とりあえずそこは気にしないことにする。

「……ぼくには、あなたには無い何かがあるんですか?」
「そういうことだ。だからこうして練習を見たり、道具の扱いを教えたりしている」

 謎掛けのようだったが、腑に落ちるものがあった。

「成長の余地……みたいなものでしょうか?」
「ご明察。俺は成人しているし、弓の腕も一定の水準に達しているからな。今までできなかったことが、見る間にできるようになっていく様を見るのは、他人事でも気持ちの良いものだ」
「つまり、それだけぼくはまだ未熟だということですね」

 はっきりそうと判るにこやかな笑顔になり、ぼくの頭に置いたままの手を、ぽんぽんと弾ませる。

「お前は馬鹿じゃないな。ますます面白い。楽しませてくれそうじゃないか」

 大国の名門貴族だというのに歯を見せて笑った顔からは、いつもの近寄り難い雰囲気は感じられず、でもとてもきれいに見えて、なんだか頭がいっぱいになってしまった。

「ご期待に応えられるよう、がんばります!」

 畏まって返事をしたつもりが、しばしの沈黙の後に相手は破顔し、声を上げて笑い出した。

「面白いやつだな。ますます気に入ったぞ」

 そんなに可笑しなことを言っただろうかと赤くなったぼくの頬を小突いてから、改めてよろしくな、と手が伸べられ、名を呼ばれた。
 この人の口から自分の名が出たのが嬉しくて、その通る声の響きにどきどきして、遠慮がちに手を差し出すと、大きく温かな手に握り返された。
 今まで会った誰とも違う。やっぱりこの人は特別だ、と思った。



■Aritian Joke

「きれいな髪ですね」

 水場での沐浴を終え天幕に戻る道すがら、耳に馴染んだ声に足を止める。昼の戦闘で疲れていたが、この子どもなら多少ぞんざいに応対しても許されるだろう。

「……金髪がそんなに珍しいか?」

 肩に流れる洗い髪をしげしげと眺める様子に、むしろこちらが興味を覚える。

「アリティアでは少ないですね。そういえばニーナ様もアストリアさんも同じ色ですね」
「アカネイアではそれぞれ違う色味の呼び方になるがな」

 目を丸くする子どもに言い添える。

「そちらではどうだ?先輩騎士ふたりと……魔導士にも似た色の髪をした奴がいるだろう?」

 納得したように少年は嘆息し、何か思いついたらしく笑顔になる。

「アカネイアの方には、ぼくらはみんな同じ色に見えますか?」
「ん……」

 子どもめいた柔らかさを残す髪をくしゃくしゃと混ぜながら、少し考える。

「お前は森の色だな……新緑よりは少し濃い……初夏の頃の」

 少年の驚いた顔に片眉を上げて見せると、神妙な面持ちのまま返ってきた答えがこんなふうだった。

「ぼく、誕生日が夏至に近いんです。だからでしょうか……?」

 堪えようとしたが耐えかねて噴き出すと、真っ赤になってしまった。どうやら本人は大真面目だったらしい。
 頬を膨らましむくれる子どもの初夏の緑を掻き混ぜながら、アリティアの冗談は面白いな、と追い撃ちをかけると、こちらの表情につられてか、ころころと笑い出した。



■ねごと

 他人の寝息など欝陶しいだけだ。ましてや鼾や寝言は論外。無遠慮な存在そのものが気に障る。
 ──そう思っていたけれど。
 傍らに眠る子どもの気配が、こんなに温かなものだとは知らなかった。安らかな寝息につられ、こちらまで緩やかに眠気を催す。

「ジョルジュさん……」
「ん?」

 名を呼ばれ薄く目を開くと、子どもは幸せそうな笑顔を浮かべつつ眠っている。

「寝言か……」

 独りごちてから、ふと気付く。
 俺と一緒にいる夢を見て微笑っているのか、この子どもは。
 それを嬉しく思う自分に、苦笑した。



■可愛い弟

 騎士団の中でも取り分け幼く見える──事実いちばん年少なのだが──後輩の騎士が、武器の手入れをしている自分の傍らで呟いた。

「ねえ、ドーガ……ぼくって可愛い……?」

 突然の問いに、手にしていた槍を取り落としてしまった。表情を見ると、俯いた顔が赤い。

「……お前、熱でもあるのか?」
「あのさ……ジョルジュさんがよく言うんだ。『お前は可愛いな』って。子ども扱いしてからかってるだけなんだろうけど……そんなに頼りなく見えるのかなって思うと、なんだか情けなくて……」

 思わず笑ってしまいそうになるが、ここは堪えてやらないと。

「そんなふうに、いちいち生真面目に考るところが『可愛い』んだと思うぞ。俺はあの人のことはよく知らんが、見込みのない奴をわざわざ指導するほど暇ではないだろう?」
「──そうか、そうだね。ありがとう」
「いやまあ……実際弟みたいで可愛いけどな」

 頭を軽く小突いて笑った。同じ道を志す師匠を得た弟分が自分から離れていくのを感じて、心中は淋しくもあったのだけれど。



■毛布

 天幕の外はみぞれ混じりの冷たい雨だった。
 この地の古老の読み通りの刻限に降り出したからには、おそらく止むのも予想通りの二日後になるのだろう。行軍の予定もそれに合わせて組み直されている。
 時ならぬ休息を得られた形にはなったが、各々が自分の天幕で震えているに違いない。殊に夜が更けてきてからは冷え込みが強まってきていた。

 背中合わせに毛布を被って眠っているとばかり思っていた師匠が、その冷たい手を首に触れさせてきたので、寝入りばなの少年は思わず息をのむ。

「やめてください。冷たいじゃないですか」
「……お前、体温高いな」
「いちいち子ども扱いしてからかわないでください」
「いや……残念ながらこの寒さでは、お前をからかう余裕もない」
「それは残念ですね……」

 少年はそのまま眠るのを諦めたように溜息をついて体を起こすと、自分の毛布を師匠に掛けた。そして二重になった毛布の中に潜り込み、ひたと身を寄せる。

「この方が暖かいでしょう」
「確かにそうだが……これはちょっと……」
「はい?」
「いや、気にするな」

 寝ぼけた子どものすることで他意のない行動だ、深く気にすまいと思ったその矢先、今度は毛布の中で少年が手を握ってくる。

「……何だ?」
「あなたの手が冷たかったから、あたためようかと……」
「そんなことをしたらお前が寒くなるだろう」
「不思議とね、最後には二人とも暖かくなるんです」

 半分寝ぼけた柔らかい笑顔に、ああ……と腑に落ちるものがあった。

「家では弟妹と一緒に寝ていたのか?」
「ええ、弟と。騎士見習いとして遠縁の館に預けられるまでは、ずっと」
「そうか……俺は兄弟はいないからそういう習慣は無かったな……」
「……え? あっ、すみません、利き手を他人に預けるなんて、落ち着きませんよね?」

 言葉を交わすうちに段々と目が醒めてきたらしく、慌てて身を離そうとする少年を抱き寄せる。

「お前のする事にはもう馴れた。気にしていない」
「あ……はい……あの、でも……」

 ようやく状況を把握したらしく、腕の中で真っ赤になって緊張している少年に、からかうような笑みを浮かべながら師匠は言う。

「される側になると恥ずかしいものだろう?」
「……すみません」
「まあ、いいさ。このままの方が暖かくて、よく眠れそうだ」

 ふと気づく。
 自分がこの少年の傍では安心して眠れることに。
 そして繋いだ手が、ふたり同じように暖かくなっていることに。

「……おやすみなさい」
「おやすみ」

 外は冷たい雨だったが、その音は優しく響いていた。



■猫

足音をたてないのは元々の癖だと言っていた。猫みたいな人だなと思う。
あれだけ目立つ外見をしているのに、気配を消すのが上手い。斥候や追跡もお手のもの。弓の腕も一級だ。
艶やかな紅い服も夜陰に紛れると思いの外目立たない。暗い色の外套を羽織り髪を隠すと、ひっそりと静かな影のようになる。
それでもぼくはあの人を見つけだせる。
誰も気付かないくらいに微かな衣擦れの音と柔らかな裾風。その感触を覚えているから。




■犬

不思議なことに、気配を殺していても、なぜかこの子どもには見つかってしまう。
困ったことだが、嬉しそうに振り返りこちらを見やるあの緑の瞳、その視線を心地良く感じてしまうのだ。




  • なつかしいそらのいろ:弟子の一目惚れネタ。このポエムを会話の隙間にモノローグとして挿んで、4〜6ページくらいのまんがにしようとしたものの、「師匠を美人に描けない」「風景を美しく描けない」という理由で挫折しました。
    植生や原生地の問題もあるので「茜」も「藍」も使用を迷いましたが、本編で「りんご」と「ぶどう」が出てきたので、限定解除。
  • Aritian Joke:誕生日発言は2冊目のコピー本のイントロに繋がっています。
  • 毛布:添い寝ネタ(どんだけ好きなのか!)。書いた当初は新紋章13章あたりのイメージでしたが、内容があまりにもソフトリーなのでこっちに突っ込みました。(20110915追加up)
  • あとは箇条書きぽえむです。
    20110901up(原文入力:201012〜201106)

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