能登 輪島大祭・・ZL400
2003.8

盆明けから忙しい日々を送っていたのだが、土日連休を取れることになったのだ。
そうとなれば当然走りに行きたくなる。
行きたい処は山程もある。
それらの一つに能登があった。
加賀ではなく、能登に行ってみたかったのだ。
旧国名でいえば石川県は能登と加賀から成っている。
どこの地方に行っても変わり映えなく
テレビは同じような番組を垂れ流し、街行くニーチャンネーチャンの服装も似たり寄ったりだ。
だがしかし、存外に旧国間における差異というものは残っているものなのだ。
そりゃ東京・大阪近辺となるとまた違うが、そうした大都市圏を離れると
そうほんの少し離れるだけでも結構違いを感じれるのだ。
今回の能登は個人的に思い入れのある土地だ。
インターネットに初めて触れて少しした頃だったか、もう7年過ぎたか・・
戦国時代のオンラインシミュレーションゲームをしていた時、とある人が教えてくれたサイトがある。
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管理人の畠山義綱氏とは、掲示板やメールを通じて仲良くさせていただいている。
無論、互いに忙しい身の上でもあって、やりとりは年に数回といったところなのだが
時に歴史に関係ない車話などでもやり取りしたりといったウフフな仲である。
サイトの方には畠山氏の栄枯盛衰から現代の能登考察、観光案内なども載せておられる。
歴史はちょっとという方も是非ご覧いただきたい。
歴史好きな方ならより楽しめること請け合いである。
朝10時出発、朝食は冷凍のピザトースト・・ちと期限を過ぎていたかもしれぬが美味かったぞ。
某丹後国某市からR27で一路東へ。
敦賀より北陸道。
途中一度のガソリン補給を経て、金沢へ向かう。
北陸道を走るといつも考えてしまうのだ、なんと豊かな土地かと。
いつぞや我が社が出張で新潟へ、やはり北陸道で行ったことがある。
その際、神戸大阪出身者が雪に被われた田畑を見て言った言葉が皆同じだった。
もったいない!
そうなのだ。その時は冬であり、春になり、夏、秋となれば
地味豊かな田畑となっていることがわからず、ただただ都会に育った者の目で
こんなに大きな土地を更地のままでもったいない!
そんな感想が真っ先に出たのだった。
だが今は真夏だ。
こりゃ米取れるわ!戦争強いわ!
などとヘルメットの内で呟きつつ、ウェアの襟元を寛げてみる。
天気は快晴であり、こんな日はのんびりと走りたいものだ。
左手に見える日本海も、丹後で見るものより大らかな印象だ。
浜が長く続いているからだろう。
目に眩しい程の陽光、これも(ぞ?)日本海といった気分である。

8月末の暑い日だったが、照り付ける太陽が心地良く
金沢まで速度を控えめに走る。
金沢市内を少し走ってみる。
決まった目的地があるからといってきっちりしたスケジュールで走ることはない。
気侭が取柄のソロツーリングなのだから。
能登有料道路へ。
能越自動車道への分岐点。
能越へ進めば七尾へ、そのまま進めば穴水、輪島へ。
七尾へ行くならば、前述 能登七尾畠山氏の歴史 管理人畠山義綱氏に黙って行くわけにはいかぬのだ。
何より義綱殿に七尾行きを伝えれば、隠れた名所なども教えてもらえるであろう。
能登七尾へ行きました。疲れて城跡をちらと見ただけで帰りました なんてことはできないのである。
訪れたことこそなけれども、自分にとっては特別な街なのだ。
行くなら行くでちゃんと下調べをしてから行きたい処なのだ。
よって今回は穴水・輪島へ向かうことにする。
途中立ち寄ったPAで、当日夕方輪島で輪島大祭というものがあると知り
今回の目的地は輪島と決める・・・既に出発して300km走った後ではあるが。
有料道路は山中を走る。
能登自体が山の多い地勢であるのだが、穴水なども三方山、一方海といった感じだ。
海沿いから内陸部を見れば延々と続くように見える山並みが、自然の城砦の役目をしていたのかもしれない。
いや、こうした土地にいると各々の平野を支配していた豪族達も自然自立の勢を持つようになるのではないか。
中世における日本海の海上交通が盛んであったことを思うと尚更そう思える。
穴水を支配していた能登地栄えの国人衆であった長氏が、16世紀半ばまで守護大名家畠山氏に属さず
足利将軍家の奉公衆として生き続けることができたのも、この地勢あってのものだったのだろう。
などと、あやふやな知識でもってひとり納得してしまったのであった。
有料道路を降り、山々を抜け輪島市街着 17時半。
まずは情報収集と輪島駅へ。
と、ここで朝から何も食べていないことに改めて気付く。
いや、途中何度か昼食を摂ろうと思いはしたのだが、ソロツーリングの常として
もう少し、あともう少しと思っている間にこんな時間になってしまったのだ。
駅建物内にあるうどん屋へ入る。
駅そばといったものではなく、観光客を意識したものだろう、山かけとろろうどん(冷)630円とそこそこの値段だった。
冷水で締めた麺につゆがかかったものを想像して頼んだのだが
普通の温うどんの出汁を薄味にした冷たい出汁がたっぷりと入ったものだった。
丼もよく冷やされており、薄味の冷えた出汁が汗をかいた疲れた身体に嬉しかった。
駅で気軽に食べるには充分美味しかった。
同じく駅構内にある観光案内所へ。
駅前には観光バスも多く見受けられ、観光案内所の中も18時を越えるというのに窓口は人で一杯だ。
窓口は女性が一人いるだけなのだが、客と話しては電話をかけといったことを繰り返している。
輪島市内で宿を探すことはかなり難しいようだ。
観光案内所で祭のパンフレットを入手したところ
輪島大祭=輪島四大神社祭といい、輪島にある四つの神社の祭が連続して行なわれるものらしい。
この日、23日は重財神社の祭であり、輪島大祭初日であった。
少し様子を見てみようと、地図をみつつ重財神社方面へ行ってみることにする。
キリコという御神灯をかつぎ、ある程度の距離毎に停まり太鼓を打ち鳴らいている。
列の後尾では小学生位の子供たちが笛を奏でている。
道路幅は狭く、高いビルなども殆どない街路だ。
古い歴史をもつ街のせいか、小さいけれどもどこか整然とした日本の街といった感あり。
何よりも街全体が自分達の祭を身近に楽しむんだといった意気を感じた。
意気といっても肩肘張ったものではなく、一年に一度の祭ではあるけれど日々の生活に密着した自然なものだ。

再度、観光案内所へ戻り、宿情報を収集する。
最早輪島市内で宿を見つけることは無理とのこと。
更に北上し珠洲市まで行けば見つかるかもしれないと言われる。
何の何の、荷物もパンツと靴下のみといった気楽な一人旅だ。
飛び込みで探してみよう。
どうせならと重財神社近辺からあたろうとまたもや神社方面へ。
えらく立派な観光旅館がある。
観光バスも数台駐車している。
汗と埃に汚れた身なりでは躊躇しないでもなかったが、バイクを降り
自動ドアに足を乗せんというまさにその時、横の潜戸から年配の上品そうな女性が出てきた。
「あら、何か御用ですか?」
宿を探している旨を伝えると、訊いてみてあげるとのこと。
中の従業員を呼び出して部屋の有無を尋ねてくれている。
オーナー夫人なのだろうか。
従業員が申し訳なさそうに、空きへ部屋のないことを詫びる。
よく見れば駐車場には黒塗りのハイヤーも停まっているし、仮に泊まれてもかなり高くつくだろう。
女性にお礼を言って次の宿を探すことにする。
民宿などを中れば空き部屋はあったかもしれないが
観光案内所でのやりとりを思い出すに、既にどこも満室のようであったし
むしろ大きなホテル旅館の方が、空き部屋を確保しているものだ。
次も大きな観光ホテルに訊いてみる。
軒先で打ち水をしているところへ尋ねてみるが、やはり既に満室とのこと。
珠洲市方面へ向かって数百メートルのところに キリコ会館 があり
その隣の旅館に聞いてみれば或いは空き部屋があるかもしれません とのこと。
なるほど素泊まり歓迎の看板が出ている。
車も左程停まっていない。
が、誰もいない。

-御用のある方は此れを叩いてくださるか、表にある電話番号にご連絡ください-
幼稚園時代、何やらオモチャの兵隊のようなモールがチャラチャラ付いた服を着せられ
行進しながら太鼓を叩いたことを思い出しつつ
スネアをタタタンと
中学時代、友人の部屋で初めてドラムセットを目の前にした時と同じ気持ちになりつつ
シンバルをガシャンパシャンと
誰も出てくることはなかった。
表に一端出て電話番号を携帯に打ち込んで再度玄関へ
目の前の電話が鳴った・・・次を探そう
そういえば先程の大きなホテルのすぐ傍に、小さなホテルがあった。
単車を停め、二階にあるフロントへと階段を昇る。
フロントに尋ねてみると、部屋があるにはあるのだがクーラーが壊れているとのこと。
扇風機は用意してくれるとのことで、即決定。
宿泊カードに記入している間、毛並みの綺麗な猫が腕にまとわりついて離れなかった。
夫婦で経営している小さなホテルであって、対応も親切である。
祭りのことを尋ねると、いろいろと丁寧に教えてくれる。
部屋に案内されてみれば、海に迫った小さいけれど急な山が通りを隔てたすぐそこに見え
山からの風も気持ちいい。扇風機は既に回されており、清潔な部屋で満足する。
シャワーを浴び、ほんの少しまどろんだ後、夕食を食べに外へ出る。
そこかしこで太鼓と笛の音がしている。
20時からとのことであったが、街路のあちこちで太鼓パフォーマンスをしては進みといったことをしている。
神社へ向けブラブラと歩きながら、途中小さな食堂へ入る。
ポークカツ定食を頼む。
店のTVでは24時間テレビを放送している。
ふうむ、まだこんなモン続いておったのか、始まった当初こそ楽しみに観ていた記憶があるが
この押し付けがましさはどうにかならんのかね。
などと、多少不機嫌になりかけたところで料理が出てくる。
お、カットレットというヤツではないか。カツの原型だ。
衣を揚げるのではなく、薄〜く小麦粉をまぶしたものを油をひいたフライパンでこんがりと焼いたものである。
小鉢もついて1,200円。いざ払おうとすると店のおばちゃんが
「1,000円でいいです」
「え?」
「今日は1,000円でいいです」とニコニコ笑ってくれる。
途中ポツリポツリと雨が降り出すが、何これ位の雨なら濡れても平気だ。むしろいかにも夏祭の夜を演出するというものだ。
はっぴを着て腕を組み、他町内のキリコを笑み崩れて見つめている人に、どこで見れば一番楽しめるか尋ねると、詳しく教えてくれる。
私がいかにも地元の人間でないのがわかるからか、いずれにせよ輪島の人は言葉が綺麗だなと改めて思った。
神社周りには露店も出ている。しかし節度をわきまえた程度の数だ、そうだよな、何も露店の数=祭の楽しさじゃないもんな。
輪島塗などもあって有名な街ではあるけれど、田舎であることには変わりはない。
でもこの街は、建物にせよ街路にせよピンと一本筋が通ったものを感じた。。
神社へキリコを奉納する様を見る。すごい迫力だ。若い女性もはっぴを着て担いでいる。
キリコには台車が付いていて簡単そうに見えるが、その分結構派手な動き方をする。
それに若い女性達が担ぐといっても、女神輿だとかそんなものではなく自発的に担いでいるだけなのである。
面接までして女性だけの神輿を作って話題にするとかそういったものではない。
中には担がずに煙草をふかしつつキリコの後ろをフラフラとついて歩いているだけの女性もいる。
でも皆本当に楽しそうな顔をしている。
ここですごい美人を発見した。
エイヤ!エイ!エイ!とばかりに、接近し話しかける。
祭りのことを教えてもらったり、オートバイで来られたんですか?
ううむ、うむ、うむ、いい宵ではないか!輪島に来てよかったぜ!と思い話していると
我が眼には、単なる祭り見物のオバちゃんその一としか映っていなかったお方がいきなり割り込んできた。
お母さん、こちらオートバイで今日輪島にこられたんだって
あらぁ、お祭の日でよかったですね
え、えぇ・・・・
母親付の娘にいつまでもかまっているのもおかしなもんであるし、精一杯爽やかな風を装い別れを告げ、海岸へ向かう。
さてなぜ海岸へ向かったかというと、街路から神社へ入ったキリコは海岸で勢ぞろいするのだ。
そしてそこには大きな松明が三つ置かれてあり、海縁にはステージが設けられている。
海岸にはなぜか天狗もいたり、外人観光客などもいたりしてなかなかに賑やかであった。
花火大会もあった。

ステージ上で行われる太鼓叩きでは、小学生ばかりのものが一番よかった。
板につかない見栄きりが浮いてしまいがちな大人のものよりずっと素直に楽しめたぞ。

日付の変わる午前0時、松明が倒され、キリコが退場し祭りは終わる。
良い祭だった。
輪島まで来てよかったなと思いつつ、宿へ。
翌朝、ホテルで朝食を摂り即出発(出張も含め色々なところに泊まってきたが、今までで一番うまい朝飯であった)
さあ、帰ろう。早く帰りたい。
であるが、天気の良さにひきづられ能登有料道路を降りてからは、下道で帰ることにする。
こんなに天気のいい日だもの、いいじゃなかろうか。
別に急いで帰ったところで何があるというものでもなし。まだ朝なのだ。
R8を淡々と走る。
バイクで道を走ると、車で走りつけた道でも思わぬものをみつけたり、気づいたりすることが多い。
小松〜福井〜・・・と新鮮な気分で走る。
敦賀で給油。
ああ、やはり帰りたい。早く帰りたい。でもこの焦燥感もまたいいものなのだ。
小浜まできたところで、遅い昼食、既に15時過ぎ。
店を出てみると、空の色がおかしい。
真っ黒じゃないか。
雨が降るからといって、走るのをやめるわけでもなし。帰るのだ。
が、が、走り出して5分もしないうちにポツリポツリと降り出してきた。
と思う間もなく、豆鉄砲でも食らっているかのような豪雨になってしまった。
ええい、今更雨宿りなどしていれるものか。
ライダーウェアを着ているのだが、体中が痛くなるほどの雨だ。
もうずぶ濡れである。信号で止まった際、足をピンと伸ばしてみれば靴先から水が走り飛ぶ。
仕方がない。帰るだけだ。
前を走る車が豪雨の為、速度を落としていることにさえ苛立ちを覚えつつ我が街へ。
スタンドで給油。
店員が呆れたような表情で給油してくれる。
おいおい、そんな目で見るんじゃない。
誰も好きで体中から水を滴らせているのではないのだぞ。
馬鹿を見るような目をするのもやめなさい。
雨具嫌いなんだよ。
やっと帰り着いてホッとしているんだから。
帰宅〜服から下着まで全て洗濯機に速攻ぶち込み、財布の中身を全部出して乾かす。
熱いシャワーを浴び、煙草を立て続けに3本程吸って、ベッドへ倒れこむ。
ぐっすり。
能登は本当によいところでありました。
今度は車でのんびりドライブというのもありかなと。
和倉温泉などもあるし、のんびりと旅行するにもいいところですな。
七尾にも行かねばならぬ。
その際には、また 能登畠山氏七尾の歴史 の義綱殿にいろいろと教えてもらわねばならぬ。