第五章  模擬患者とインフォームド・コンセント

 

一九九二年二月、辻本はアメリカにいた。岩波映画のコーディネーターという役割である。岩波映画では、日本医師会からの依頼を受けて『インフォームド・コンセント――医師と患者』というタイトルで、医学教育に関するビデオ映画を制作することになった。この分野で日本の第一人者である大阪大学名誉教授の中川米造に監修が依頼された。さっそく監督の今泉文子(あやこ)は、中川からインフォームド・コンセントに関する様々なアドバイスを受けた。話の最後に中川から、「大阪で面白いことをやっている女性がいるから、帰りに会って相談したら」と薦められた。それが辻本だった。さっそく今泉はコムルの事務所を訪ね、辻本にも、映画のヒントを聞いた。

辻本は、アメリカで取材すべき人物や、患者の権利宣言を掲げている病院など、様々な情報を提供した。すると数日後、東京に帰った今泉から辻本に電話がかかってきた。協力者ということで、一緒にアメリカに行って欲しいという。それで辻本が同行することになった。

一九九二年二月一日から二週間、ニューヨーク、シカゴ、それにボストンの医療施設を訪れた。アメリカでの取材のアポイントやコーディネートは、辻本が名古屋時代に知り合った臨床心理の専門家で、その時はアメリカの精神科病院に勤める日本人の医者が、力を貸してくれた。その中のニューヨークで、辻本にとって、そしてコムルにとって、大きな出会いが待ち受けていた。それはセントラルパークにほど近い、マウント・サイナイ病院を訪ねた時のことである。辻本たちは、病院に隣接したする臨床技能センターを訪れた。

センターのドアを開けると、カラフルな写真が目に飛び込んできた。見事なほどに明るい雰囲気だ。受付のカウンターや廊下、さらに各部屋の壁に、風景や美しい花の写真などが飾ってある。受付の女性が、それらの中から日本のお宮参りと広島の原爆ドームの写真を指差して、辻本たちを笑顔で迎えてくれた。そこは、臨床技能センターのビルのワンフロアに、一年前に新設されたモーションセンターだった。

辻本たちは当初、そこで何をやっているのか、知らされていなかった。色々聞くと、「診察の練習をしている」と聞かされた。モーションセンターでは、すでにインターンを経験した新人の医者や、マウントサイナイ医科大学の四年生を対象に「模擬診察訓練計画」が実施されていた。問診のインタビュー技術や正しい診断能力の養成、さらにベッドサイドマナーなどを学ぶ教育施設だった。

アメリカで期待されている医者の理想像はシンパシー、つまり同情や哀れみよりも、エンパシー、つまり患者に共感を持つことのできる医者である。自分も相手の身になって感じてみよう、考えてみようとする態度が求められている。それをここで教えるのだ。

センターには、病院の診察室そのままの設備が整えられた部屋が六つ並んでいた。診察ベッドが部屋の中心に据えられ、普通の診察室とまったく同じだ。ただ、ひとつの診察室だけは、テーブルをはさんで二脚の椅子が、九十度の角度に置かれていた。診察は行わず、患者に対する説明のためだけの部屋だ。しかし、ただひとつ、普通の診察室と違う点がある。それはどの部屋にも、余り気にならない位置に、ビデオカメラが設置してあることだ。

会議室や教官室の反対側の一番奥には、八台のテレビと二十脚ほどの椅子が並べられた、かなり広いモニター・ルームがある。模擬患者が、プログラム通りのさまざまな患者を演じ、医学生がそれに対応する様子のすべてが、ビデオに収録される仕組みになっているのだ。モニター・ルームで指導教官を中心に医学生や模擬患者、ディレクターたちが、収録されたひとりひとりのビデオを見て、ディスカッションするカリキュラムが組まれている。

辻本はその時、模擬患者に対する知識がなかった。施設を見た時はまだ、「高度な施設があっていいなあ」という程度だった。

センターには、二人の若い女性ディレクターがいた。彼女たちは心理学、演劇、教育のマスターコースを修めていて、センター開設時からのスタッフであるという。彼女たちの役割は、医学生が診察や治療方針を決める患者とのやりとりで、あくまでも患者の身になってのインフォームド・コンセントの訓練をするプログラムを作ることだ。患者との対話がお説教や一方的な押しつけ、講義調などにならないよう、細かい対話技術の訓練や指導をすることが彼女たちの仕事だ。さらに、模擬患者を演ずる人たちの指導、育成にもあたっている。

模擬患者を演ずるのは、オーディションを受けた俳優、またはその卵たちだ。ブロードウェイのお膝下だけあって、登録者は三百人を超えているという。彼らは気むずかしい患者や気の弱い患者、不潔な患者やわがままな患者など、さまざまな個性を演じるのである。

彼らはどの医学生に対しても同じ個性を演じなければならない。同時にまた、当然ながら、真に迫った演技力が求められる。そして、ビデオ収録後のモニター・ルームでのディスカッションにも参加するため、医学生にフィードバックできる能力の持ち主であるかどうかが、オーディションの際に選考のポイントになる。

ビデオを見ながらのディスカッションの中で、「あんな聞き方をするからうまく答えられなかった」、「こんなふうに聞いてくれたら答えやすかった」、「身体を動かすときはこうして欲しかった」など、患者の立場になりきって、医学生たちを正しく批判、指導するだけの力量が求められるのだ。

医学生らは模擬診察だとわかっているのに、模擬患者の真剣な演技につり込まれて、つい感情的になったりすることもある。ビデオを見ながら、あまりにつっけんどんな対応や、思いがけないほどの自分の姿を目の当たりにして、落ちこんでしまう学生もいるという。

模擬診察の中でも、がんの病名を患者に知らせる場面が設定されている。やはり医学生らは、真実を語ることを恐れることが多いという。がんの病名だけでなく、最近ではエイズも同様なのだが、知らせることによって患者を傷つけるのではないかと、ずいぶん苦しむ。しかしここでは、最もよい治療とは、あくまでも患者に何が起こっているのかを十分に説明し、情報を共有していくことなのである。どこまでもインフォームド・コンセントを重視した指導が行われている。

辻本たちが見た模擬患者は若い女性で、「いやーっ!」とかなりオーバーなアクションで、大きな声をあげている。扱いにくい患者なのだ。素直に従って、どうぞ診察して下さいという状況ではなく、ちょっとてこずる場面でどう対応するか、少し難しいコミュニケーションの訓練と思われた。

セッションが終わると、全員がモニター・ルームへ来てビデオを再生し、みんなでディスカッションする。そのディスカッションの時に、このモーションセンターを訪れて、辻本が何より驚いたのは、アメリカでは俳優たち、つまり医学や医療にまったく素人の一般市民が、医学教育の現場に直接関わり、堂々と発言していることだった。患者役の若い女性が医学生に対して、自分の感想を遠慮なく述べている。

「あなたが上の方からものを言うと、ベッドを上から見下ろす形になり、非常に圧迫感を受けた。もっと目線を低くしてくれればよかったのに」

模擬患者の人たちが、凛とした姿勢でフィードバックしているその姿に、辻本は、「すごい!」と思った。モーションセンターに限らず、ほかの医学部でも模擬患者が教育現場に参加しているという。

患者の側が、どういう医者であって欲しい、どういうことを気づいて欲しいということを、きちんとフィードバックしていた。模擬患者の役割を、辻本は理解した。

「一般市民の私たちが模擬患者として、医学部や看護学校の教育現場に参加できるようになったら、医者や看護婦にもう少し、患者の気持ちを理解してもらえるかもしれない。ひょっとしたら模擬患者を演ずる私たちも、医療者の気持ちにもっと歩み寄れるのかもしれない。でも、これは夢かなあ…」

他も様々な施設を見学した。しかし辻本の心は、すでに模擬患者のことで占められていた。

「あれは何とかならないんだろうか、こういう風にしたら私たちにもできるんじゃないだろうか」

モーションセンターの取材が終わったあと、彼女の頭の中は模擬患者のことで、いっぱいになっていた。

 

模擬患者の歴史は、一九六四年にアメリカで、南カリフォルニア大学の神経内科の教授だったH.S.バローズが利用したのが始まりといわれている。学生たちに様々な神経学所見について教育する上で、そうした症状を完璧に模倣して演じられるようあらかじめプログラムされた患者をデモンストレーションとして使い、その有効性に気がついたのだ。彼は当初、模擬患者をプログラム患者と呼んでいたが、まもなく現在の模擬患者に呼び名を変えた。この模擬患者は一九七〇年代を通じて全米各地に広がり、最近ではモーションセンターのように、モニターなど模擬患者専用の診察室をそなえた医学校も増えている。

日本では、一九七五年にバローズが来日してセミナーも開かれ、早い段階で模擬患者が紹介されていた。しかし日本では普及せず、一方アメリカでは模擬患者が活用されている。その背景にあるもの、それはインフォームド・コンセントを徹底するかどうかという思想の違いである。ではインフォームド・コンセントとは、実際にはどういうものなのだろうか。辻本がコムルの情報紙で報告したアメリカ取材のリポートと、岩波映画制作の『インフォームド・コンセント――医師と患者』、それに奈良県立医大の藤崎が、日本生協連医療部会の「患者の権利に関するアメリカ調査団」のメンバーとして、アメリカの医療現場を視察した際のリポートから、インフォームド・コンセントの本場、アメリカの現状を見てみよう。

 

アメリカの病院では、入り口やフロアーの目立つ場所に『患者の権利章典』が掲示されている。一九七三年にアメリカ病院協会が宣言した『患者の権利章典』は、「患者は思いやりのある、人格を尊重したケアを受ける権利がある」に始まり、患者の権利が高らかに宣言されている。そして、インフォームド・コンセントの文字が掲げられ、「提案された治療や処置を十分に理解した上で同意できるよう、すべての情報を受ける権利がある」と書かれている。その上で、「患者担当の医者の名前と地位を知る権利がある」と医療責任を明確にするなど、患者の知る権利を保障している。患者の自己決定権や、法律が許す範囲で治療や検査を拒否する権利、研究計画への参加を拒否する権利があることも明示している。その他、完全な医学情報の提供、継続的な治療、請求書の点検と説明、転院の権利、プライバシーの尊重、秘密の保持などが盛り込まれている。

アメリカでは、病院側の医療姿勢を患者にはっきり示さなければならないことを病院協会が決めている。辻本たちが訪れた四つの病院すべてに、大きく掲示されていた。しかもベス・イスラエル病院では、救急センターの入り口のドアを開けた、すぐ左手の壁にスペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語、日本語、イタリア語、それに英語で、病院の作った『患者の権利』(Your Rights as a Patient at Beth Israel Hospital Boston)がズラリと掲示されているのだ。

ボストンにあるベス・イスラエル病院は、ハーバード大学医学部の教育病院だ。ユダヤ人が差別されていた一九一六年に、誰もが診療を受けられる病院として設立されたユダヤ系の病院であり、患者の権利に関するアメリカでのパイオニアとして知られている。現在は、通りをはさんで向かいにあるプロテスタント派のディーコネス病院と合併してベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンターとなっている。   

アメリカでは経営能力が優先されるためか、病院長が医者であることは稀だが、辻本が訪ねた時の病院長、ドクター・ミッチェル・ラブキンは、病院の『患者の権利』を起草した先駆者だ。医学教育や看護教育の第一人者でもある。彼の構想による「プライマリーナース制度」は、担当ナースがひとりひとりの患者に責任をもって看護計画をたてるというシステムで、患者の立場からも、看護の自立性という側面からも高く評価され、アメリカの医療現場で積極的に実践されているという。

そのラブキンがベス・イスラエル病院に院長として赴任したのは、一九六六年である。その頃はベス・イスラエル病院でも、患者にがんという病名も知らせない医療が、当然のように行われていた。患者は医者や看護婦に嫌われることを怖れ、質問をしたり、自分の考えを伝えることなどは「してはいけないこと」と考えていたのだ。

だが、一九六〇年代に始まったアメリカにおける公民権運動やその他の民主化運動の盛り上がりは、アメリカ社会に潜む様々な矛盾や弱者差別、抑圧を批判の俎上に乗せることになった。医療も当然その対象となり、医療における構造的弱者である患者の権利擁護が、民主化運動や消費者運動の課題となってきた。

七〇年には、アメリカの消費者グループのひとつである国民福祉権利機構(NWRO)が、二十六項目にわたる権利を列挙した文書を起草した。これには権利章典の名前はついていないものの、アメリカでの『患者の権利章典』のはしりと言われている。これは後に、アメリカにおける医療機関のガイドラインを設定しているJCAHO(医療機関認定合同委員会)の認定規準集の序文に掲げられている「病院として守るべき患者の権利」という文章に反映され、結果的に多くの医療機関に影響を与えたと言われている。

ベス・イスラエル病院のラブキンは、こうした社会の流れの中で、自分の医療倫理を信じ、一九七二年に患者に向けたステートメント、つまり声明を発表した。

その内容は、それまでの医療界の流れを変えるほどの画期的なものだった。

「そんなに医療者を怖れなくてもいい。あなたには自分の納得できる医療を求める権利があり、病院はそれを保証するところなのですから」

患者に対するメッセージを英語とスペイン語で、『患者の権利』として院内各所に掲示した。

彼が患者に伝えたかったこと、それは、自分の身体、自分の人生なのだから、尊厳を持って治療を受けること。からだの中で何が起こっているのかを知るためには、遠慮なく質問し、必要な情報を得ること。そして、医療を受ける患者に最も重要なことは“決断”に参加すること。それらの必要性を、彼はどうしても患者に理解して欲しかったのだ。

顧問弁護士や看護婦など、同じ考えを持つ仲間二、三人で始めた改革だった。院内では「クレイジー(狂っている)」、「患者が悪用する」という、猛烈な反発が起った。しかし、しだいに同僚の援助を得て、賛同の輪が広がり、病院を挙げての取り組みに発展していった。こうして病院の姿勢が患者に示されることによって、徐々に職員の意識も高まり、結果、病院への信頼度が高まることになっていった。

患者の意識が成長すれば医療も変わる。病院のあちこちで、さまざまな変化が起こり始めた。売店で売っていたタバコが、「まるでピストルを売っているようなもの」と、職員から声があがり、販売が中止された。また、金持ちも貧乏な人も同じ部屋に入院したり、同じ治療を受けることが当たり前になったことから、病院内で日常茶飯事とされていた、目を覆いたくなるような医療者や患者同士のマイノリティ、つまり少数派民族に対する人種差別の行動に変化が起き始めた。

確かに、『患者の権利』に示されていることが、患者にとっての利益ばかりではない。例えば、カルテを見る権利についてもリスクを伴うことを、患者が理解する必要もある。カルテが医者のワークブックであることから、事実だけでなく、質問や疑問もすべて記入される。時には可能性のある診断名が十くらい書かれ、思いがけない病名に出くわすこともある。だが、自分の問題として病気を正面からとらえることで、患者が成長する。それによって、医者の意識も、患者からの影響を受けて成長したと、ラブキンは辻本たちに語った。

この二十五年間、ベス・イスラエル病院の『患者の権利』の内容は毎年見直され、検討が重ねられている。見直しにあたっての視点は、@患者を中心にすればするほど、医療の中身は良い方向になる、A保険のない患者も診療の拒否はしない(ある程度を政府が払い、保険のある人が少し余分に払ってその部分に充てるチャリティーの制度がある)、B新しい考えを受け入れるには、同僚間でのプレッシャーが常に必要(周りがみんな同じことをするようになれば、抵抗のある人もだんだんに自分の考え方も変わっていく)などである。特に、異なった意見を尊重することにより、十分なディスカッションの中から第三の考え方が生み出され、発展につながると、ラブキンは強調した。

ベス・イスラエル病院の新しい取り組みに、新聞やさまざまなマスメディアが興味を持ち、ニュースにした結果、大きな反響が起こった。その後、国レベルヘの報告書が出されたり、学会での発表、出版物などを通して『患者の権利』の思想が普及した。一九七三年、この考えが全米病院協会によって採択され、『患者の権利章典』が作成されて、アメリカの七千の病院に配られた。現在、患者が受診する際、患者の権利について記されたパンフレットを配布したり、病院に掲示することが、全米二十以上の州法によって義務づけられているという。

 

では、実際の医療現場でインフォームド・コンセントはどのように受け止められているのだろうか。辻本たちは第一線で働く若い医者を、ニューヨーク大学医学部付属病院内科で取材した。取材に応じてくれたのはドクター・アレンケラーだ。彼はペンシルベニア大学を卒業後、ニューヨーク大学医学部に入学し、卒業後は同大附属病院でレジデント、つまり医学実習生となった。取材時点で彼は、医学生を教育するチーフ・レジデントの立場だった。

彼は、インフォームド・コンセントの原則を質問されると、「患者さんには、治療法などを自分で選び、決める権利がある」と、キッパリとした態度で言いきった。決して、医者からのアドバイスを患者が受け入れるためのものではないこと。そして、訴訟を前提とするものでもなく、医療の倫理性の問題であることを強調した。

彼の説明したインフォームド・コンセントのポイントをまとめると、以下の3つとなる。

@医者の患者を理解する能力

「例えば、患者が医者の説明を理解できないからといって、必ずしも患者のせいばかりではない。医者に説明の能力が十分にないため、患者が理解できないこともある」

医者の説明に対し、患者がどの程度理解しているかを判断する能力が求められるということでもある。患者の中には偏った考え方や思い込みを持つ場合もあるため、患者の理解力を知ることが第一に医者に要求されるのだ。

A十分な情報伝達

「どんな診療をする場合にも、患者の理解と自己決定のために治療上の利害を十分伝えることが必要だ」

自分自身の医療上の問題が何なのかを理解し、納得した医療を受ける上で、医者から十分に情報を提供されることは、患者の究極の願いだ。患者が自らの問題点を解決するために何を知るべきか、その質問を医者がどのように引き出すかがインフォームド・コンセントのポイントというのだ。

そして、「互いが納得しあうことが重要だ」と。「質問はありますか?」ではなく、説明の途中で「どの部分に疑問がありますか?」、つまり患者からイエス、ノーの答えだけを引き出す質問ではないということだ。患者が何でも言える、医者のオープンな態度と会話技術が必要となる。

B選択する権利と拒否する権利

「あくまでも決定は患者自身がすること。患者の理解を深めるためには、同じ説明を何度もする必要がある。その結果、医者の示す治療法を拒否しても、患者の意思は尊重されなければならない」

患者は常に不安な状態に置かれている。納得したつもりでも、苦しみの中で気持ちが変化することもある。インフォームド・コンセントは、毎日の診療に組み込まれるもので、治療が続く中でのプロセスとして、一回きりのものではないということが重要になるのだ。

では、インフォームド・コンセントを機能させるための病院のシステムについて、アメリカの医者はどのように考えているのだろうか。

@患者自身の「権利」の周知徹底

「この病院では、院内各所に医療側の開かれた姿勢が文章として掲示されている。また、薬の処方、検査や治療、手術などの際、医者の説明義務は日常診療の一部になっている」A倫理委員会の設置

「アメリカでは、患者が自分の意思を伝えられなくなった時、代理人を指定できる制度を保証している。倫理委員会では、代理人が伝えられた患者の意思を確認し、その意思を尊重した治療が行われる。そのために医者を教育する必要もあり、難しい問題が起きたときには病院全体の方針と合わせて、患者にどのように説明するか、どのようにアドバイスするかを話し合っている」

 

辻本たちは、ニューヨーク大学附属ベルビュー病院で、アレンケラーが男性患者と医療面接を行う現場に立ち会った。

アレンケラーは、一年半前から主治医として、この患者のエイズ治療を担当している。自覚症状は今のところ顕著ではない。月二回の通院で、患者は、服薬中心の治療中だ。最近、気管支炎を頻発するため先週、CT検査を受けた。検査の結果、胸部に何か固まりのようなかげのあることが、すでに患者には伝えられている。

外来の診察室とは別のフロアに、説明のための部屋がある。診察台、テーブルを挟んだ二つの椅子だけで、小さな部屋はいっぱいとなっている。ドクターは自分でドアを開け、患者を招き入れた。カルテはどこにも見当たらない。とてもリラックスした雰囲気が二人を包んだ。

この日は、バイオプシー、つまり組織を取りだして行う病理学的診断の必要性と、それには複数の検査方法があること、そしてそれぞれの手順や所要時間、危険性などの説明が行われた。まずCT検査の結果が簡単に繰り返された。

「説明を始める前に、今までのことで質問がありますか?」

「検査は痛いですか?」

「これからどのような検査方法があるかを説明します。あなたの肺のかげが何かを調べる検査です。検査方法の説明の前に、病気そのものについて質問があるか、お聞きしたいのですが」

「肺がんなのかどうかを調べるんですね。もしがんだとしたら治療法はあるのですか。手術するんでしょうね。そのあとどういうことが起こるのかとても心配です。果たして治療できるものなのか…」

「今のところはまだ何もわかっていません。もしかしたら感染かもしれないし、結核かあるいはリンパ腫かもしれません。ほかの種類のがんという可能性もあります。サルコーマ(肉腫)ということも考えられます。それを調べるのです」

さらにドクターは続けた。

「組織を取り出すのは手術、あるいは気管支鏡を入れて取り出す方法もあります。またCTスキャンを見ながら、細い針を刺す方法もあります。CTというのは、よくできたレントゲンと思ってくれれば結構です。特にあなたの場合は皮膚から近いところにあるので、CTを見ながらそこに針を刺し、組織を取り出して、顕微鏡で確かめる方法が向いていると思います」。

次に、考えられる限りの危険性についての詳しい説明が行わた。

「良い部分だけではなく、どういう危険性があるかを知っておいてもらいたいのです。基本的にこの検査は安全なものですが、肺に針を刺した時に空気が入って肺が縮んだり、後で出血する恐れがあります。その時は…」

「死ぬのですか?」

「そんなことはありませんが、ごくまれにはありえます」

初めの二十分ほどは、ドクターからの説明が中心に行われた。患者はドクターの説明にひとつひとつうなずきながら納得している様子だ。説明の途中、患者の心までをも覗き込もうとするように「今、どんなことを聞きたいですか?」、「ここまでで何かわからないことは?」と、何度も何度も尋ねているドクターの態度が、辻本にはとても印象的に映った。

次は患者の質問の番である。それからの十分間は身振り手振りを交え、患者の不安な気持ちをドクターにぶつけるように、納得できるまで、何度も質問を繰り返した。患者は特に、「その検査で死ぬことはないか」、「痛みはないか」を連発する。「もし針が肺を突き刺したら?」、「肺が縮むとどんな感じか?」と、様々な質問を投げかける。そのたびにドクターは、「とても大切な質問ですね」と受け、続けてひとつひとつの質問に丁寧に答えていった。

「何が怖いですか?」

「何が怖いって…、もっと複雑なことになって、何もできなくなってしまうとか…。仕事もできないし、人生を楽しむことができなくなってしまうのが怖いですね。私は植物人間にはなりたくありません。それだったら死んでしまったほうがましです」

二人は、それぞれ足を組み、テーブルに肘をつき、まるで友人同士の語らいのようだ。複数の検査方法が選択肢として示され、それぞれに詳しく説明が行われた後、ドクター自身の考えも加えられた。

「最も安全なのは針生検だと思います。入院の必要もなく、その日のうちに家に帰れます。手術だと麻酔が必要ですから、ほかの副作用や合併症が起きる可能性もあります。ほかのドクターに相談しても針を刺す方法が多分楽じゃないかと言っていました。あなたにとっては一番適していると患います」

一度に多くのことを知らせるのではなく、患者が問題点をひとつひとつ解決しながら心の整理をし、納得できる方法を自分で見つけていくまで、余裕を持った段階的な説明が行われた。

「今の時点でどういう検査があって、どんな選択肢があるのかを納得した上で、あなたに自身に選んでもらいたいのです。さらに、それぞれの検査の利点と欠点を知った上でOKしていただきたいのです」

「OK。その検査をしましょう」

「ほかに何か質問はありませんか?

「特に今のところありません」

辻本たちは、ドクターと握手をして部屋をでた患者に、ドクター・アレンケラーとの関係について尋ねてみた。

「彼には遠慮なく何でも話せます。生活上の悩みも治療費の問題も。そして、僕が死んだあとの家族のことも相談しています。兄弟のような感じかな?」

首をすくめてニッコリ笑った。

アレンケラーは、患者と別れたあと、辻本たちに医療に対する姿勢について語った。

「私たちが望むインフォームド・コンセントは、一方的な医者からの説明だけではありません。病と闘う協力者という対等な関係で、あくまでも患者の言い分にも耳を傾ける医者の姿勢、さらに、たとえ医者がベストと思わない治療法を患者が選んだとしても、その意思を尊重する。そんな患者、医者関係が基本にある上での『インフォームド・コンセント』であって欲しいのです」

 

インフォームド・コンセントの歴史的起源は、第二次世界大戦中にナチスが行った人体実験に遡る。戦後のニュルンベルグ国際軍事裁判では、ナチス医師団が行なった残虐で非人道的な人体実験の実態が次々と明るみになった。連合国側は医学のありかたを厳しく検討し、判決の中で人体実験に関する倫理基準として明文化されたのが、一九四七年のニュルンベルグ綱領である。この中で、人を対象とする実験的医療では、「被験者の自発的同意は絶対的本質的なものである」と明記され、インフォームド・コンセントの概念が打ち出された。

一九六四年に行われた第十八回世界医師会総会では、すべての医師の手引きとしてヘルシンキ宣言が採択された。この宣言ではさらに踏み込み、「被験者となる人は、その研究の目的、方法、予想される利益と、研究がもたらすかもしれない危険性、および不快さについて十分知らされなければならない。医者は、被験者が研究の内容を知らされた上で、自由意思で行う同意、つまりインフォームド・コンセントを被験者から、できれば、文書によって得ておくべきである」として、インフォームド・コンセントの重要を強調した。

医学の進歩とは、一面で人体実験の歴史でもあった。それなしに現代医学の進歩はありえなかった。そしてナチスの人体実験は、医学者の協力なしにはありえなかった。その反省が真摯になされた結果、まずヨーロッパでインフォームド・コンセントの概念が導き出された。

一方アメリカでは、ニュルンベルグ綱領は医療関係者の関心をひかず、むしろ現実からかけ離れているなどとして反発されていた。しかし一九六六年に、ハーバード大学医学部教授のヘンリー・ビーチャーが発表した論文が波紋を呼んだ。人体実験の被験者にその危険性を知らせず、同意を得ることもせず、彼らの生命や健康を危険にさらした多数の研究を告発したのだ。患者の人権を無視した人体実験がアメリカで広範に行なわれている実態が明らかにされたのだ。

一九七二年には、「長期にわたる意図的な被験者の権利侵害事件としてもっとも悪名が高い」(フェイドン&ビーチャム)と言われるタスキギー事件が、『ニューヨーク・タイムス』の一面で報じられた。アメリカ公衆衛生局が一九三二年から、アフリカ系米国人グループを対象に梅毒の調査を続けていたものだが、担当の医師は「悪い血」の治療を無料で行なうと言うのみで詳しい説明を行わず、さらにペニシリンという治療薬が現れてからも、適切な治療をまったく行わなかったのである。

特にこうした事件の被害者は、アフリカ系などマイノリティで、初等教育しか受けていない、貧しい階層に特に多かった。こうしたこともあって、六〇年代から始まった公民権運動など民主化運動の波が医療にも及び、連邦政府が公聴会や委員会を設けて必要な立法措置をとらせると同時に、国民のインフォームド・コンセントへの理解を深めることにもつながっていった。

 

それにひきかえ日本ではどうだったろうか。細菌部隊として知られる関東軍の七三一・石井部隊は、生物兵器を開発するため中国で行った人体実験で、約三千人を殺害したといわれる。その部隊で、研究の主力を担ったのは、京大をはじめ各大学などから参加した若手の医学者たちだった。だが、アメリカは戦後、人体実験のデータとひきかえに、部隊の戦争犯罪を問わなかった。ヨーロッパ諸国がニュルンベルグ綱領で行った反省を、日本は学ばなかった。それだけでなく、七三一部隊の関係者は、大学や製薬会社などにポストを得た。薬害エイズ事件を引き起こしたミドリ十字も、部隊の関係者が創業した企業である。日本では、医療面でも敗戦から十分な教訓を得ていなかったと言わざるをえない。こうした背景もあって、日本ではインフォームド・コンセントの導入が、欧米と比べてかなり遅れたのである。

日本では一九八四年になって、医療過誤訴訟に取り組んでいた弁護士が中心となった患者の権利宣言全国起草委員会が、インフォームド・コンセントの内容を盛り込んだ「患者の権利宣言案」を発表した。その後、脳死・臓器移植問題をはじめとする高度医療、さらに末期医療のありかたをめぐる議論が盛り上がり、一九九〇年に日本医師会生命倫理懇談会が『「説明と同意」についての報告書』を発表するなど、九〇年代に入ってインフォームド・コンセントに関する議論が声高に交わされるようになった。しかしその解釈については、立場によって大きくへだたりがあるのが現状である。

日本医師会の報告書では、「患者の同意」について、「医師がとろうとする措置について患者が理解納得して承諾することである」とし、この場合に「医師と患者とは対等ではなく、医師は専門的な知識と経験を有するものとしての指導性を持つべきものと考えられる」と述べている。この見解について、患者の権利を守る運動を続けている弁護士の池永満は、「患者にとっては従来の受身的な同意とほとんど変わらなくなる」と批判する。また京都大学名誉教授の星野一正も、「わが国では、よく『説明と同意』という用語が訳語として用いられている。しかし、この用語は、医師が患者に説明して同意書に署名捺印してもらえさえすればよいかのような、つまり従来医師が手術前に患者に『手術承諾書』に署名捺印をしてもらっていたのと何ら変わりがないという印象を与えてしまう」として、「説明と同意」ではインフォームド・コンセントという用語の持つ複雑な内容を正しく伝えていないとしている。日本の場合、欧米流のインフォームド・コンセントは、患者の権利として、まだ定着していないのが現状と言えるだろう。そして辻本がアメリカ視察から帰国した一九九二年は、インフォームド・コンセントに関する議論が国内でも盛り上がり始めた時期でもあった。

 

帰国した辻本は、さっそく中川米造を訪ねた。

「SPのこと、やりたい」

はずむ気持ちを押さえることができず、そう自分の気持ちを中川に話した。SPとは、Simulated Patient、つまり模擬患者の別の呼び方である。辻本は、アメリカで見た模擬患者について、熱っぽく語った。

「そうか、君たちだったらやれるよなあ。やるか!」

辻本は、まさか自分たちが、医療関係者の教育現場に入れるとは、思ったこともなかった。

しかし、この手法を使えば、そこに入れることをニューヨークで目の当たりにしたのだ。

「私たちで、できる!」

希望はいつしか、確信に変わっていった。

    第六章  市民が作る模擬患者

 

辻本は、さっそく模擬患者の実現に向けて動き出した。入院経験のある山口が、模擬患者の第一号である。だが、とりあえずやってみるためには、演ずる人だけではなく、模擬患者のシナリオが必要だ。そこでは、患者の症状や病気の想定をせねばならず、専門家の協力が必要となってくる。だがシナリオ作りはそれだけではない。そもそも、その患者がどのような人生を歩み、どのような職業を持ち、どんな生活を送っているのか。その人物の設定を作り上げなければならない。そこにこそ、医療関係者が模擬患者を作るのではなく、市民が模擬患者を作る意味がある。なぜなら、病気だけを見る医者になってほしくない、人間として患者を見て欲しいという願いを込める以上、その人間を作り上げる台本がシナリオに他ならないからだ。とにかくやってみようと、自分たちで納得のいくようなシナリオを作りから始めた。

シナリオ作りにあたって、辻本の念頭にあったのが、大阪府吹田市在住の河合克子である。河合は新聞でコムルの活動を知り、前の年の終わりから、電話相談のボランティアをしてくれていた。一時はスタッフとして週に三日、事務所に来ていたのだが、子育てなど、家庭の事情で、その時スタッフはやめていた。しかし彼女も、医療を良くしたいという思いは人一倍だった。辻本が、「家でもできる仕事だから、一緒にやらない?」と声をかけた。

一九六二年生まれの河合は、知的障害者の生活施設に勤めたあと、児童相談所でケースワーカーを四年務めた経験がある。ケースワーカーは、人の生活史を書くのがひとつの仕事である。河合の場合、生まれた時のグラム数からはじまる子どもの生活史を母親に聞き、さらに家族関係も聞き取りをして、様々な人生を見ていた。

実は、河合は先天性の難病で、左足にマヒがある。まだ小さかった時はポリオと思われていた。二十三歳で脊髄の手術を受けたが、上を向いて寝られない日が三週間も続いた。また、大学生時代には、民間のボランティアセンターに出入りし、高齢者や難病者の介護をしていた経験もある。そうした体験から、医療に様々な問題を感じ、コムルに関わるようになったのである。

ケースワーカーになる時、人の話をどういうふうに聞くかという教育を受ける。河合にはその経験があるだけに、医者には、患者の話をどういうふうに聞くかという教育がないと知って驚いた。ある程度のコミュニケーション技術を知らないということは、何と非科学的で、非効率的なんだろうと思ったのだ。だから自分の患者体験を考えてみても、医者や看護婦と楽しく会話ができなかったのだなと合点がいった。こういう医療教育があったらいいと、素直に思った。辻本に「生活背景については全部任せるから、がんばって」と頼まれ、シナリオ書きを引きうけることにした。

もちろんケースワーカーを辞めた後でも守秘義務はあり、具体的に特定の人を当てはめることはない。河合はシナリオ作りにかかると、最初の作業として、模擬患者となる人にアンケートをとる。学歴、職歴をはじめ、何をしてきた人なのか、配偶者の仕事や子どものことなど家族に関することがら。次に、役作りの希望について話し合う。それを材料に、本人と同じではなく、しかし実像とは遠く離れてはいないシナリオを作り上げる。

模擬患者第一号となった山口の場合、実際には弟が二人いる。しかしシナリオでは一人にした。役作りの話し合いで、兄や姉がいる役はできないと山口は言う。自分は兄弟の中でも長子という役しかできない性格だと、彼女は言うのだ。自分とまったく同じでもだめ、しかし想像できない役でもだめと、アメリカでは言われていた。弟を二人にしてしまうと、完全に本人と一緒になってしまう。ある程度のたたき台を作ると、辻本や山口たちと話し合う。「それは矛盾するから、こうしようよ」、そんなやりとりをしながら、まさに市民の手作りである。

だが、医療を扱う以上、専門家の協力が不可欠である。そこで中川から紹介されたのが、奈良県立医大で助手をしていた藤崎だった。一九五九年、大阪府茨木市生まれの藤崎は、一年浪人して、北海道大学医学部に進学した。もともと心理学や、社会科学の好きだった藤崎にとって、医学部の授業に興味はわかず、重度身体障害者や精神薄弱者のボランティアなど、実践活動に精を出した。そうした中、僻地や離島に行ったすると、施設の人や患者会の人たちが、「こんな先生になれよ」、あるいは「こんな医者にはなるなよ」と、教えられる。しかし、医学部の学年が進むにつれ、どうも医学部で教えられる医者像と、患者の望む医者像との間に、結構ズレがあると思えてきた。確かに学生たちもみんな、いい医者になりたいと思っている。だが、いい医者になりたいという意欲が患者の思いとは別の方向に向いていると感じられたのだ。「あの先生は有名な医学雑誌に英文で巻頭で載ったんだ」とか、「あの先生は引用の多い論文を書いている先生だ」、そんなことが、学生の間で評価されるようになっていた。

「養成のあり方を変えないと、せっかくいい医者になりたいと思って医学部に来るにもかかわらず、結果的にはシステムが悪いのだか、ら違う方向に育っていってしまう。これは問題だ」

藤崎はそんな思いを抱くようになっていた。

北大を卒業した藤崎は、中川米造のいる大阪大学医学部の大学院に進学した。中川は、医学は完璧であり、ますますよくなっていくと思われていた時代に正面から戦いを挑み、医学の持っている本質的な不確実性や限界を突き詰めていった。患者の権利を守るという視点から、ニュルンベルグ憲章や、インフォームド・コンセントなどの用語を、日本に積極的に紹介したのも中川である。藤崎は、そんな中川の目の鋭さに惹かれたのだ。中川のもとで医学教育を研究し、大学院を出てから、奈良県立医科大学の衛生学教室で助手をしていた藤崎のもとに、中川の紹介で辻本が模擬患者作りへの協力を依頼してきたのである。九十二年秋から藤崎も交えての勉強会が始まった。

アメリカで始まった模擬患者だから、シナリオ作りにあたってもアメリカを参考にすればいいと思われるかもしれない。しかし、そううまくはいかなかった。河合や藤崎たちは、アメリカのテキストを見てみたが、ほとんど参考にはならなかった。アメリカの模擬患者は、課題が高すぎたのだ。アメリカの医学生は、思春期の青年に対する避妊のカウンセリング、あるいはマイノリティー、つまりアメリカンネイティブの人たちなど少数派の人で、アルコール中毒の患者について、文化的なコンセンサスをもちながらどう関わっていくかといった課題が当たり前のように与えられる。日本の医学生や研修医にはとても及ばないレベルだ。

この模擬患者を日本に導入したのは、コムルが初めてというわけではない。岡山県倉敷市の私立川崎医科大学総合診療部教授を務め、現在は三重大学医学部教授の津田司が、一九八五年にひとりの女性ボランティアの協力を得て、医者のトレーニングや、栄養士の講習会などで小規模ながら導入していた。その実績を踏まえて川崎医大では一九九二年に全国でもはじめて、模擬患者を使った医療面接の授業を導入している。アメリカのシステムを参考に、津田が日本の事情にあわせて独自に考案したスタイルだった。

川崎医大の卒業生は、家業を継いだりして開業医となるケースが多い。津田は医者のあり方を、大規模な病院で診療や研究にあたる専門医と、開業して地域の人々の一次的な診療にあたるプライマリーケア医、つまりかかりつけの家庭医に分類する。アメリカで患者と医者の関係は、家庭医との関係が基本であり、患者が専門病院に入院して専門医の治療を受けたとしても、家庭医が病院に様子を見に来るという。つまり家庭医は、患者の第一の相談相手である。それだけに、ことさら家庭医には、患者とコミュニケーションを十分とり、患者や家族の心理を理解し共感する能力や、倫理的な考え方といった人間的な側面の教育が求められる。だが、日本の医学教育は、解剖にはじまり、生理、病理、内科、外科と、すべてが生物医学の教育だった。人間的な側面は、見よう見まねで経験を積めば、いい医者になれるという教え方しかしてこなかった。そうした中、アメリカの教育事情を視察した津田は、医療人類学や臨床心理学、臨床倫理学など、いわゆる行動科学を活用し、生物医学と二本柱にして教育する手法を学んだ。行動科学という範疇の知識や技能、態度を教える必要性に目覚めた。そのための手段のひとつとして模擬患者を導入したのだった。

だがコムルにとって、川崎医大のスタイルが目標というわけではなかった。なぜならコムルの目指す模擬患者は、あくまで市民が医療に関わることを目的としたものだったからだ。だからそうした事例の見学も、一切しなかった。真っ白の状態で、辻本や山口たちが何をやりたいのか、自分たちができることは何なのか、そこからスタートしたのだった。

練習を重ねたのち、九三年三月二十五日、コムル事務所で行った学生向けセミナーで模擬患者はデビューした。シナリオの第一号は、次のようなものだった。

 

○患者 大樹香子、二十八歳、女性。大阪郊外の住宅地に両親、弟と共に在住。服飾デザイン会社にパタンナーとして勤務。

○場面設定 半年ぐらい前から、時々めまいがするようになった。ごくたまに立ちくらみもする。一週間前に初診。その時一応血液検査もするように言われ、今日はその結果を聞きに家の近くの総合病院へ来院した。一回目の診察ではめまいの事のみ訴えていた。(なお検査結果は貧血があり諸検査を必要とする状態)

○主訴 めまい、血液検査の結果を知りたい。

○現在の病歴 半年ぐらい前からふわふわするようなめまいを起こすようになっていたが、余リ気にもとめていなかった。二ヵ月前に職場の配置転換があって、新しい女性の上司に「めまいは怖い病気のサインの時もあるから、ぜひ受診するように」とすすめられ先週受診した。二回も来院することになり嫌だなと思うと共に、検査結果によっては仕事に差し支えるのではと心配している。しばしば通院しなくてはならないようでは困ると思っている。生理は少し出血の量が多いようだが順調。

○既往歴 十八歳で虫垂炎

○家族歴 父母健在、五十六歳と五十二歳、弟二十七歳

○性格 口数は少ないが、とてもしっかリしている。まかされた事はきちんとこなす仕事ぶりで、正義感が強い。

○生活環境 自分が希望して配属されたいまの職場は、とても忙しいがやリがいがあって楽しく仕事をしている。一家全員働いているし夜は仕事で遅くなることが多いので、余リ家族と過ごす時間はない。食事はきちんととれないことが多い。母親も以前からめまいをおこしている。

○生い立ち 厳格だが愛情豊かな両親によって、長女としての期待をかけられて育てられた。短大卒業後専門学校へ通い、技術を生かせる仕事をしている。

 

シナリオには、基本構造部分と模擬患者の背景部分とがある。基本構造部分は、医学的リアリティーに関わってくる。模擬患者の背景部分は、演ずる人に合わせた形で作られていて、構造部分と矛盾しないような状況設定の中で作られている。それが一緒になってひとつのシナリオになっている。

初期のシナリオでは、課題が、それほど明確ではなかった。模擬患者のトレーニングは、演技を開始して五分から十数分という限られた時間での、学生や研修医などの対応を見るものだ。従って、「またあとで来てください」とか、「上の先生に聞いておきます」などの返答で、模擬診察が終わってしまえば、学生たちの能力を評価できなくなってしまう。こうした責任逃れをふせぐために、シナリオには学生が、その場で独力で解決すべき課題を明らかに示しておく必要があるのだ。

しかし、「まなざしのずれ」のある構造を作ろうという狙いは、当初からあった。マニュアルどおりの技術のチェックであれば、わざわざ模擬患者を利用する必要はない。逆に言えば、模擬患者を用いる長所は、模擬患者自身の口から聞かなければ想像できないような問題を設定できることである。コミュニケーションで問題となるのは、双方のまなざしが食い違うところだからである。それが、何らかの乗り越えなくてはいけない課題設定となる。その結果、模擬診察がスムーズにいかない場合もある。むしろその方が多いかもしれない。しかし、うまくいかない方が、教育上の効果は大きい。あまり苦労せずにうまくコミュニケーションができているのは「患者の立場」が「医者の立場」にたまたま近いような場合であり、実際に「患者の立場」と「医者の立場」に距離がある場合は、なかなか「患者の立場に立つ」事は難しい。

まなざしのずれ、まなざしの食い違いとは、医学的な面と、患者の生活背景や事情で、それぞれ大事にしたいものがあるのだが、お互いに思っているものがずれている場合である。例えば入院してもらわなくてはならないのだが、患者にすぐには入院できない事情がある場合、あるいは患者は薬が欲しいのだが、医者は検査をしたい場面、そういう時、医者と患者との間では、まなざしの食い違いがある。医療者側から見るとこんなに当たり前な事はないのに、受け入れない患者という場面である。実際に、医者と患者のコミュニケーションが問題となってくるのは、そうした困難な状況下においての事が多い。そのため、模擬患者によるコミュニケーション・トレーニングの場合、模擬患者の設定シナリオを工夫し、患者が医者の言う事を素直に聞いてくれない状況や、患者と医者の関心の対象に大きなズレのあるような状況をわざと作り、そうした困難な状況下でのコミュニケーションの練習を行うのだ。第一号のシナリオの場合で言えば、さらに検査を必要だと考える医者に対し、これ以上通院したくない患者との間の、思いのずれである。

シナリオ作りにあたって、まず考えるのは誰がこの模擬患者を演ずるのかである。その人に合った病気でなければならない。医療者側から見ると当たり前のことで、命にかかわることをどうして拒否したり、こだわったりするのか。その理由を、この人は何だったらリアリティーを持ってできるだろうか。仕事のことだったらノーと言えるのか。家庭のことだったらノーと言えるのか。それはそれぞれの人によって違う。それは年齢によっても違うし、性格によっても違う。それだけのことではノーと言えないという人もある。その人にとって一番無理なく演じられるよう、役作りに必要なだけの背景を作り上げる。

模擬患者による演技は、台詞の決まった演技ではなく、状況設定のみが与えられたアドリブ劇であり、演技する人が、リアリティーをもって演技できるだけの内容がシナリオには込められている。それは、医者や看護婦などにとって、それらすべて聴き出さないといけない情報ではない。しかし、患者の背景には、これだけの要素があるということを、あとから気づいて欲しいのだ。そうしたシナリオは、コムルが試行錯誤しながら作ったものであり、他のグループの模擬患者とは異なったものとなっている。そうした経験を踏まえて作られて行くシナリオは、様々な狙いがきめ細かく設定されるようになった。

その中でも基本は、患者の話を傾聴し、情報収集がしっかりできることである。つまり患者の生活背景を聞いて初めて、「ああそうだったのか」と、理解できる部分である。医者が患者を理解することで成長することが大切であり、患者に共感をしっかりと返せることがゴールになっている。病気というものは人生における大きな災難のひとつであり、それにともなって患者の感情が動くことは当然な現象だ。だからこそ、患者の感情面に対するケアは避けては通れない課題なのだが、日本の医療者は、この感情面の問題を受けとめるのがあまり得意ではないと藤崎は指摘する。

白亜にそびえたつ病院には「理性の館」という面持ちがあり、泣いたりわめいたりといった感情の発露にはそぐわない雰囲気が漂っている。そのうえ医者の方も理性の色である白衣に守られていて、近代医療の中では「感情は極力抑え込むもの」として扱われており、とても十分に感情面に対処できているとは言えない状況が存在するという。

感情面の問題を医者が避ける一番の理由は、感情面の問題はうまく扱わないと、医者の側も感情的に巻き込まれて、大変な思いをする側面があるからだ。そうは言うものの、患者の感情面の問題を全く避けて医療を行うことは不可能である。実際に患者とのトラブルや医療訴訟の原因についても、その多くは事実や情報の問題と言うよりは、患者の気持ちに対する医者の側の無神経さから来ている事が多いのも事実である。患者の感情の動きをしっかりキャツチし、共感することが、コミュニケーション上、非常に重要になってきていると、藤崎は述べる。

患者に悪い知らせを告げること(Bad News Telling)も、まなざしの食い違いの中に入っている。バッド・ニュースはお互いに言うのが怖い、聞くのも怖いものである。その一方で、患者は自分の問題として知りたい。日本の文化は、相手にとって悪い事態を本人に直接、面と向かって口に出すことに慣れていないのだ。藤崎によれば、日本のコミュニケーションは、伝えられる情報の中味より、伝える相手の気持ちのありようの方を重視する文化だから、たとえ悪いことが過去に起きていても、そんなことをわざわざほじくりだして相手の気持ちを損ねるよりは、きれいさっぱりと水に流して、何事もなかったかのように、お互い機嫌よく応対することの方が好まれたりもする。また「うそも方便」で、がっかりするような事実は、なるべくオブラートに包んでわかりにくくし、相手を悲しませないのが気配りだとされたりもする。しかしそこにはすでに、まなざしの食い違いが存在するのである。

バッド・ニュースの中でも重大なものもあれば、医者にとってみればバッド・ニュースだとは思っていないけれど、患者にとってはバッド・ニュースである場合もある。つまりバッド・ニュースとは、そもそも日本人にとって、馴染みのないコミュニケーション技術なのだ。しかし医者とは、病気や死といったネガティブな問題を専門的に扱う専門職であり、悪い情報に関して、患者と的確にコミュニケーションする能力がなければ、専門的な要請に応え得ない職業だと、藤崎は強調する。

ましてや、言い難いことを告げなくてはならないといった心理的負担感から、患者に対して防衛的になったり攻撃的になったりするようでは、とても患者の立場に立った医療などは展開できない。

医者は平然と言ってのけるけど、患者にとっては「ちょっと待ってよ」というグレーの領域のバッド・ニュースもある。今のままでも悪いことはないかもしれないが、しかし今以上のことをすれば何かわかるかもしれないけれど、その一方で今と変わらないことしかわからないかもしれない。そうした現状を踏まえて、どうしようかというものである。

こうしたシナリオは、必要な調整、つまりマネージメント能力を問うことにもなる。難しい状況をうまくアレンジメントし、コーディネートできる能力を養うのである。

患者のがっかりした気持ちや、悲しみを一緒に共有できるかどうかが課題になっているシナリオもある。説得したり、励ましたりしてしまう前に、一緒に悲しみ、受け止めるのが第一段階だからである。

数は少ないが教育をテーマにしたシナリオもある。患者をその気にさせるための、働き掛けのネタである。

そして看護婦向けのシナリオがある。心理社会的に踏み込んだ能力、手術前の患者の心理的な不安を理解し、治癒に結びつけていくことができるかどうかがポイントである。

「たいていの変な医者やとんでもない医者というのは、もともとは普通の医者なのだが、限られた、切羽詰まった状況の中で、様々なプレッシャーがかかっている状況の中で、問題が起きてくる」

それが藤崎の考えだ。余裕があれば、みんないい医者になれるという。なぜなら、ゆっくり話を聞けばいいのである。問題は、余裕がない状況である。その時、医者が患者にバッド・ニュースを告げるのが怖いから、その先に進めなくなり、結果的に患者の不利益になってしまう。不確実性があるにもかかわらず、不確実性を告知すると患者が不安があるのではないかと考え、へんに無責任に「こうです」と言い切ってしまったりすることもある。そういう、余裕がなかったり、まなざしにずれがあったりする状況だからこそ、いい人ではあるが、とんでもないことを平気で起こしてしまう状況が起きる。

そういう状況になった時、「ちょっと待てよ、これはまずいぞ」と、思えるように振り返るために、難しい状況でのトレーニングが必要になってくる。そうすることによって、難しい状況に陥った時、医者としての対処が可能となる。

例えば心肺蘇生など、その時にあたふたしないでできるようにするためには事前の準備が肝心である。悪い事態が起きた時、医者や看護婦が自分の余裕のないツケを、患者に回すようなコミュニケーションにならないためにも、難しい状況でどんなことが起きるのかを知らなければいけない。落とし穴に陥りそうになるのは、患者が何かを「いやだ」と拒否した時である。その時、理由を聞きもしないで勝手に、「何考えているんですか」という説教を始めたりするのではなく、患者がそう言うからには、何か理由があるはずだから本人に聞いてみようと、そこで思えるかどうか、それがポイントとなってくる。そのための訓練が模擬患者による模擬診察なのである。 

次に練習で、シナリオに無理がないか、模擬患者がやりにくい所がないかどうかをチェツクする。その際には他の模擬患者の意見も取り入れる。またシナリオに書かれていないが、付け加えたほうがいいと模擬患者が感じた点についても、藤崎から専門的なアドバイスを受けた上で加味してゆく。食事や飲酒などの嗜好、生活習慣など、どれが病気の背景となるか、詳しく吟味する必要があるからである。その上で、本番の模擬診察とは逆に、医者である藤崎を相手に、模擬患者が練習をする。他のメンバーもこの練習を観ながら、模擬患者の回答が適切かどうか、しゃべり過ぎたり、逆に寡黙すぎたりしないかどうかなどの演技、さらにシナリオの最終的な検討も含めて、参加者全員で議論しながら、ひとりの模擬患者を作り上げてゆくのだ。

これまでにコムルの模擬患者のシナリオは百を越えた。コムルの模擬患者は現在役二十人である。年齢は二十代から七十代まで、仕事も会社員、専業主婦、元ケースワーカー、イラストレーター、グラフィックデザイナー、元公務員、新聞記者、劇団員、それにコムルスタッフなど様々である。

模擬患者になりたいと希望する人には、なぜ模擬患者をやりたいのか、その動機を聞く。というのは、自分の医療体験の中で、悔しい思いをしたことや、腹の立ったことに対する怒りをぶつけるために近寄ってくる人がいるからだ。もちろん、そういう人はお断りする。

さらに何度か参加してもらう内に、その人自身が、コミュニケーションが難しい場合がある。自分のいいたいことが何なのか、よくわかっていないことがある。その人のほうに問題がある場合、本来教育したい医学生の教育対象として使えない。そういう場合にも、「あなたは向きません」と断わることになる。さらに、シナリオで覚えたことを、聞かれもしないのにペラペラ喋る人もいる。訓練してもなおらない場合、やはり引き取ってもらうことになる。

こうして養成した模擬患者を、コムルではひとり一日一万円の出演料、それに交通費などの実費で、依頼に応じて派遣している。

彼らはそれぞれ、医者向け、看護婦向け、薬剤師向けなど、ひとりが複数のシナリオを持っている。研修を受ける人の仕事によって、遭遇する局面が違うからである。医者は外来で聞く場合が多い。看護婦はその後、その人が入院してきた場面が想定される。その人が医者の診察を受け、入院するという一連の形でできる場合もあるが、入院する必然性のない病気もある。さらに模擬患者が複数で出向いた時、同じようなシナリオばかりでは困るという理由もある。

初期のシナリオでは、狙いが中途半端だったり、演じる模擬患者の年齢が変わってきたりして、今では使えない場合もある。如実に社会を反映するため、内容を変更する場合もある。初期のシナリオは、単に仕事で忙しいというシナリオが多かったが、最近ではリストラされて職を失ったりするケースもある。介護についても、最近では介護保険を使えるかどうかということも考えなければいけない。保険を使ったら月一万数千円かかるが、それを使うかどうかということまで考えなければならない。模擬患者はリアリティーが売り物だから、そこで聞かれたときに設定ができていないと困るのだ。さらに名前を決めるのも苦労するという。名前の傾向も時代によって変わるからだ。

「ちょっとややこしい、屈折しすぎている家庭が多いね、とよく言われます。それはそうなんです、福祉の現場にいましたから、どちらかというと、ネガティブな方向に何度も屈折してしまうだけに、演技する人が難しいと言われることも、正直あります

 他の模擬患者のグループと比較して、河合がもらした印象である。だが、そこには河合なりの願いが込められている。人というのは、個別の存在で、単に表面に見えているものだけではなく、裏にはこんなに複雑なものを持っているのが人間という存在だということをわかってもらいたいのだ。

 

 では、医者に求められるコミュニケーション技術はどのようなものなのだろうか。模擬患者の目的は、医者や看護婦の養成、トレーニングであり、逆に言えば、模擬患者のシナリオに込められた狙いの裏返しでもある。そこで、藤崎のまとめた「医師・医学生のためのコミュニケーション技術ガイド」から、そのポイントを概観しておこう。診察の場面を@オープニング、A共感的コミュニケーション、B傾聴・情報収集、C説明・真実告知・教育、Dマネジメント、Eクロージングの六段階にわけて、それぞれの狙いと注意すべき点を見ていこう。

 

T オープニング

@あいさつ、自己紹介、患者確認ができているか

インタビューの開始時にまず気をつけたいことは、気持ち良く患者と挨拶をしようということだ。朝なら「おはよう」、昼なら「こんにちわ」、少し待たせたなら「お待たせしました」や「遅くなってごめんなさい」といった具合に、気持ち良く挨拶を交わすということは、緊張して診察を待っていた患者には非常に安心できる声掛けであるし、これから始まるコミュニケーションをスムーズに進めていくためにも一番の促進剤にもなる。

もうひとつ外来で新患を呼び入れる際、気をつけたほうが良いポイントのひとつが、初めて出会う患者の名前をフルネームで呼んで確認するということと、医者が自分の名前を名乗って自己紹介するということだ。患者をフルネームで呼び入れるのは、同じ苗字や似た名前の人を呼び入れてしまう間違いを防ぐためにも必ず必要なことだ。また、初診の出会いは、これから治療関係を築いていくパートナーどうしの出会いの場であり、そこで初対面の者同士が互いに名乗りあうことは人間として至極当然なことであり、病気の修理をするのではなく人間を診る医療を行っているのですよと患者にアピールする意味もある。

A面接の目的を患者に告げ了承を取っているか

病棟場面では、面接の冒頭にまず患者に面接の目的を告げ、その了承を取ることが重要なポイントになる。入院中の患者のもとに医者が突然やってきて、なんだかんだと質問を次々投げかけたりしたら、患者は「何しにきたの?」と戸惑う。また警察官に職務質問を突然受けているようなもので、あまり気持ちの良いものではない。

「今からご家族のことをお伺いしたいのですが、今お時間よろしいですか?」などと確認し、了承を取ってはじめて、患者も気持ち良く医者の話につき合ってくれるのだ。

B面接の前半で開かれた質問をうまく使えているか

インタビューの冒頭部分の最大のポイントは、できる限り、患者が自由に発言できる環境を作るということだ。ここで質問法のタイプが重要となってくる。

通常、質問法には中立型の質問、閉じられた質問、開かれた質問の三種類があると言われている。

中立型の質問(Neutral Question)とは、答えがひとつしかないタイプの質問を指す。例えば「お名前は何ですか」、「お住まいは何処ですか」、「ご兄弟は何人ですか」といったような質問で、当然ながら名前が幾つもあるはずはなく、答える方もどう答えようか悩まずに答えられ、心理的負担も少ない質問だと言われる。

閉じられた質問(Closed Question)は、答えがイエスかノーかのどちらかでしかなかったり、少数の限られた選択肢の中から答えが選択されるようなタイプの質問法だ。例えば「おなかが痛いですか」、「下痢はしてませんか」、「熱はありますか」、「症状がひどいのは起きている時ですか、寝ている時ですか」といったような質問で、答える側にイエスかノーかの二者択一を迫るために尋問のようになりやすく、心理的負担もかかりやすいと言われている。ただし、細かな惰報を得るためにはこの聞き方の方が正確に聞けるため、面接の後半に情報をまとめる上では役に立つ質問法であると言われる。

開かれた質問(Open-ended Question)とは、閉じられた質問と逆に、答えが自由で何を答えてもいいタイプの質問法だ。例えば「どういうふうにおなかが痛いのですか」、「何か特に気になっていることがありますか」というように、答える人が自分で感じた通りを口に出して答えればいいもので、心理的負担も少なく自由な気分で答えられる。

一般的にはインタビューの際、まず開かれた質問や中立型の質問で患者の心を開き、信頼関係ができたところで、閉じられた質問で細部を詰めていく方がいいと言われている。

医者が投げかけるインタビューの最初の質問は、たいてい「きょうは、どうされましたか」という開かれた質問法になっている。重要なのはその次に医者の投げかける質問だ。患者が「頭が痛い」と言ったならば「いつから痛いのか」とか、「ずっと痛いのか」とか、「鈍痛なのか、それとも拍動性なのか」といった具合に、あたかも尋問のように閉じられた質問法の連発になってしまう事が多い。だが次の質問を、開かれた質問法をうまく使って、「あなたの頭痛がいつから始まって、どのように変化してきているのかもう少し詳しく聞かせてもらえますか」と患者が自分の言葉で気になっている事を中心に症状を述べることができるようにする事が非常に重要なポイントとなるという。患者は自分が気になっていることや聞きたいと思っていたことも含めて、自由に話せるので、患者の満足度も上がるし、良好な信頼関係が形作られやすいと言われている。

また一般にインタビューの前半部分は患者のための時間と考えた方が良いとも言われる。面接が始まって患者の話が続くようなら、なるべくそれをさえぎらずに聴き、話が途切れたようでも、一呼吸おいて患者の話が続くのを待ち、患者があまり話さないようならもう少し詳しく述べるように促してみたりする工夫が大切だ。すぐに患者の話を医者がさえぎったり、主な訴えの直後から閉じられた質問法で質問攻めにしてしまわないように注意が必要だという。

 

U 共感的コミュニケーション

患者が医者に対して「わかってもらえた」という情緒的満足感を持てることは、医者と患者が協力して問題解決へ進んでいくことの基本であり、その意味でも共感の重要性は強調されている。しかし実際には、医者の側は共感しているつもりでいても、患者にはそれが伝わっていない事が少なくないという。せっかく共感出来たならば、その事を言葉と態度で確実に患者に示す事が重要になってくる。視線を合わせ、適切な姿勢や態度、うなずき、相槌などがポイントとなってくる。

さらに医者が患者の話を聞いて「大変だったんだな」と感じたのなら、それを医者の側から口に出して「大変だったのですか?」、「大変だったんですね」と確認することも大切だ。そうすれば患者の方も「そうなんです。とっても大変でねえ」という具合に、医者が自分の気持ちに対して共感してくれたことが伝わる。「この先生には感情面の事を口にしても受けとめてもらえるのだなあ」ということも、患者に伝わる。

また共感の示し方にも二通りある。ただ「お気持ちはわかりますが」とか「つらいと思いますが」と口で言うだけでは、共感が相手には伝わらない。「つらいと思いますが、やはりこの場合は頑張って治療を続けられた方が…」というようなフレーズでは、この「が」があるために「あなたのつらい気持ちはもうわかったのだから、この話題はもうこれでおしまいにしましょう。さあ話題を変えて、観念して治療を続けて下さい」と言うようなニュアンスになってしまいがちだ。「つらいですねえ、しんどいですねえ」と共感が示せたらそこで閉じてしまうのではなくて、「さあ、どうしましようか」と患者と共に悩みながら問題解決を考えていけるような「開かれた共感」の示し方が重要となってくる。

日本人は共感の言葉を返すことが不慣れであり、意識して患者に対して気持ちのこもった共感の言葉を返すことができるよう、努力する必要があると藤崎は強調する。

 

V 傾聴・情報収集

「説明」できても「聴けない」医者が多いといわれる。そう言う意味で、インタビュー技術の初歩の初歩は「つべこべ言わずにただ患者の話をよく聴くこと」とも言える。医者はとかく自分たちの持っている医学的な病名や病気理解のみが絶対のものと考え、それらを患者に押しつけたり、患者の側の理解や行動の必然性や意味を全く見逃したりしがちになる。従って必要な医学的情報はもちろん、患者の生活や個人的事情、不安、さらに患者自身が自分の状態や今回の入院目的についてどのように捉えているのかについて、患者自身の口から聴きだすことが大変重要だという。

その次のステツプとして、「頭を使って聴く」ことが必要になってくる。医者と患者のコミュニケーションがうまくいかない時の大きな原因のひとつに、コミュニケーションが表面的なままで深まっていないために、患者の本当の気持ちや希望を医者がつかめていない場合がある。そしてそういった状況が生じる誘引としておそらく最も多いのが、「直線的なコミュニケーション」だと藤崎は考えている。

直線的コミュニケーションとは、患者が尋ねてきたことについて、その質問の背景やその裏に隠されている意味などを踏み込んで聞くことなしに、表面的に答えをそのままダイレクトに返す場合のことだ。例えば、「私は煙草も吸わないのに、なぜ肺癌になってしまったのでしょうか」といった患者の問いかけに対して、医者が「肺癌には大きく二種類のがんがあって、扁平上皮癌は煙草に関係するけれども、腺癌は煙草とは関係なくできるのですよ」などと直線的コミュニケーションで答える場合がある。この答で満足する患者もいるのは事実だが、多くの場合、患者は必ずしも知的興味で質問を投げかけているわけではない。この質問の背景には「煙草も吸わないのに肺癌になるなんて納得いかない、不安だ」「どうして自分がこんなことにならなければいけないのか腹が立つ」などというような気持ちが隠されている。そのことを医者に訴えたくて、こうした質問を投げかけるような場合も少なくない。そういった場合に、医者が直線的コミュニケーションで返答してしまったら、患者はそれ以上ものを言えなくなってしまい、医者は、本当は患者がどういう事を言いたかったのかがまったくわからないまま会話が終わってしまうことが少なくない。

もうひとつの例を見ると、患者が予定していた検査の前になって「検査の予定はずらせないでしょうか」と尋ねてきた時、杓子定規に「予定が詰まっているので無理です」と返答するのが直線的コミュニケーションだ。最終的な答えは「無理です」ということになるのかもしれないが、そこは一歩後ろに下がって「急に検査を延ばしたいなんて、なんか急な用事でもできたのですか、あるいは検査のことが心配になってきたのですか」と問い返すことで、患者がなぜ急に検査の延期を言い出したかという背景を明らかにすることが重要なのだ。患者の言葉の裏に潜んでいる患者の心理を想像しながら、もう一歩踏み込んで聞くことが必要となってくるという。

W 説明・真実告知・教育

インフォームド・コンセントに代表されるように、患者に真実を告げたり、医学的状況について説明したり、患者がセルフケアの主体になれるように療養上必要な知識を教育したりすることが、近年ますます求められるようになってきている。

その一方、医者は患者に対して説明する際、自分がわかっていることを全て告げようというような感じになってしまい、結果的にはあまりにも細かな情報が多すぎて、かえって全体像がはっきりしないというようなことになりがちだ。さらに医者にとっては専門用語を用いた説明が一番正確で、明快にはなるのだが、その知識を共有できていない素人にとっては、専門用語の多い説明はまるでお経を聞いているようなチンプンカンプンなものになってしまう。

さらに患者の理解のテンポにあわせることも大切だ。がんだと告げられた患者が「ああ、がんだったのですか。やっぱり、がんだったのですか」と、その事実を受けとめかねて何度も行ったり来たりと反芻しているにも関わらず、説明する医者の方はもうとっくに治療の方へ話題を移してしまっていて、化学療法を何クールするかといったような事の説明を一方的にしているというようなことも、少なくない。一方通行のコミュニケーションでなく、患者が気楽に質問ができたり、会話の主導権を取ることができるような状況の中で伝えていくことが大切だという。

 

X 調整能力(マネージメント)

直線的なコミュニケーションを避けて、一歩踏み込んで患者の気持ちや事情を明らかにしていくことが最も役に立つのは患者の心理的あるいは社会的問題、特に不安に対処する場合だ。患者の「知識不足」が不安の原因になることも少なくないが、不安の原因はそれ以外にも「社会的孤立」「自信の低下」「罪の意識」「社会的役割の変化」「家庭内での役割変化」「ボディイメージの変調」「喪失」「予期悲嘆」「性役割の変化」「うつ病などによる気分の変調」などたくさんの要因が挙げられる。そうした患者の不安の背景に踏み込んでいかない限り、患者の不安を和らげるために何が必要であるかが明らかにならないのだ。

また、インフオームド・コンセントの時代にふさわしく、一方的に患者に主治医お薦めの治療法を提示して説得するのではなく、選択肢や主治医としての意見を示した上で、患者自身が自己決定できるように援助することが必要になってくる。

医療にはいつも最適な答えがあるとは限らない。時には、答えの無い中で患者とともに悩み考えざるを得なくなることも少なくない。専門職としてふさわしい援助は提供しつつも、患者の事情を考慮した上で、いつも患者の心に寄り添いながら、ともに悩み考えることができたか、療養の過程を共に旅していくパートナーとしてのあり様が求められていると藤崎は語る。

 

Y クロージング

インタビューの終わりに忘れてはならないポイントのひとつは、患者に何か言い残した事がないかどうかについて確認する事だ。次回いつ来れば良いのか、また症状が出た時など、今後の具体的なオリエンテーションを患者に示したかも重要である。

そして最後に、何かあればいつでもコンタクトできることを患者に示したかどうかである。

「検査結果から見て問題ないように思いますが、また何か気になる事がありましたらいつでも受診してください」、「手術については今お話した通りですが、もし帰ってからまた疑問なこと、わからない事が出てきたらいつでもまた聞きに来てくださって結構です」といったひと言が最後にあると患者はとても心強い感じがして安心できるという。

以上が、藤崎の示すインタビュー技術の概略である。これを参考にしながら、学生や研修医は模擬診察に臨むのである。

 

こうしたインタビュー技術がきちんと習得できているかどうかをチェックするのが模擬患者である。

模擬患者は与えられたシナリオの枠内で、発言し、反応する。同時に、どの程度まで話すかは、模擬患者に任されている。それは医者役の学生の話の進めかたや雰囲気作り、患者への共感ができているかなどによって、模擬患者が感じた印象の反映なのである。そのことで、学生は自分の診察内容や発言などを修正し、具体的に改善できるのだ。

 ただ、試験に模擬患者が使われる場合は、通常よりも細分化して受け答えが設定されている。例えば、「他に何か症状はありませんでしたか?」という質問が出た場合には、具体的にどのような症状のことなのか尋ねる。例えば「何か症状と言われてもよくわかりませんが、どんな症状のことですか?」と答えることと決めるのだ。あるいは、早い段階で話が進まなくなった時、学生から「言い忘れたことは?」と聞かれた場合に対しては、患者の気持ちなど話してないことが多くても、「特にありません」と答えるようにする。さらに、シナリオにない内容の質問については、「特にない」、「覚えていない」、ないし自分のことを答えるなどと決めることがある。

さらに模擬患者の最大の特徴は、模擬診察が終わったあと、学生や研修医などの学習者にフィードバックすることである。フィードバックとは、模擬患者は医者役の学生を相手に演技した後、今度は一旦その役柄からぬけて、その診察で感じたことや及ぼした影響を、学生に伝えるコミュニケーションのことである。その目的は学生が自分の行動について自覚することを援助することである。それは学生の表現が適切だったかどうか、専門職としてふさわしい態度であったかどうかを学生自身が判断し、改善してゆくための援助ともなる。

ふだんの診察の際に、会計を済ませたからもういいだろうと診察室に戻り、「先生、さっきのあの一言ですけど、私、傷つきました」と、普通は言えない。模擬診察だからこそ、その場でできるのだ。

この役柄から抜けることが、意外に難しいことがあるという。時には模擬診察で患者として感じていた医者役に対する怒りを、フィードバックでそのまま学生にぶつけそうになったりすることがあるのだ。特に模擬患者が実生活で体験した病気の場合、「患者はこう考えるはずだ」と断定してしまうおそれがあり、さらに病気だった頃の記憶がフィードバックにまで影響を与えてしまうことを懸念して、コムルでは本人が過去に患った病気のシナリオは避けることにしている。

模擬患者がフィードバックする内容は、模擬診察中に学生が行った行為に対し、模擬患者として感じた気持ちや感情面の反応がその中心となる。フィードバックの際には、どういう会話内容やしぐさ、表情に対して模擬患者はどう感じたのかを、明確にして提示する。確かに模擬患者の病気は本物ではないが、模擬患者の内面が受け止めた感情や心の動きは事実であり、本物だからである。

模擬患者がフィードバックをする際、気をつけなければならない点は、模擬患者本人だから言えることと、一般論として言えることの区別が必要だという点である。模擬患者の行うフィードバックは、基本的にはシナリオに与えられた模擬患者が感じたことについての振り返りであり、あくまでもその役柄の立場からのものに過ぎない。しかし模擬患者の行うフィードバックは、非常にインパクトがあるので、ともすれば模擬患者の感じたことが拡大解釈されて、「患者さんは皆こう感じるのだ」、「どの患者さんに対してもこうすればうまく行くのだ」と安易な生呑み込みや誤解が生じることが多あるという。したがって、この設定の患者本人だから模擬患者が言えることと、一般的なコミュニケーションのルールとして言えることは、明確に区別をしてフィードバックする必要がある。コムルでは、模擬患者は一般的なことをフィードバックすることせず、役柄の患者の立場からのみ感想をフィードバックする。その他の一般論としてのコミュニケーション上の知識は、模擬患者以外のトレーナー、つまり藤崎にまかすことにしている。

 では、模擬患者のフィードバックとは実際にはどのようなものだろうか。次に紹介するのは、コムルで模擬患者をしている吉田登志子が報告した事例である。

 シナリオは、次のようなものだ。大阪近郊のベッドタウンに住んでいる二十七歳の女性、木野彩香は、約二ヵ月前に父親のコネで繊維関係の会社に職を得たばかりだ。しかし、就職してすぐ、急性のA型肝炎で約一ヵ月入院し、三日前に退院した。久しぶりに出勤しようと電車に乗ったが、会社のある駅の近くで気を失った。最寄りの救急病院で手当てを受けたが、近くの病院で精密検査を受けるように勧められ、その翌日に、自宅近くの病院で受診したという設定だ。

失神したのは初めてなのでとても驚いている。どんな格好で倒れたのか気がかりで、とても恥ずかしく、バツの悪い思いもしている。性格は頼りなく、何かを自分で決めることは苦手なタイプだ。あまリ論理的に物事を順序立てて考えるのは下手で、主観的に話を進めるほうである。失神の理由が肝炎のせいであるかも知れないと少しは思いつつも、父のコネでやっと就職したのに、就職後すぐに長期休んだ後なので会社に行けないととても困るという心理的焦りが高まっている。そしてまた倒れるかも知れないという不安で、「倒れた、また倒れる、会社に行けない、どうしよう」という考えが頭の中をぐるぐる回っている状態という前提である。

模擬患者が演じる木野は不安が大きく、主観的な情報をバラバラに提供するため、医療者はより正確な情報を得て、この忠者の不安を受けとめ、対応する手助けが出来るかという点がこのシナリオのねらいだ。もちろん医療者側にはこのような患者の事情についての情報は提供されていない。医者はまず、受診の理由から聞いてゆく。

 

医者「木野彩香さんですね、今日はどうされましたか」

模擬患者「先生、私倒れたんです」(模擬患者は不安をあらわに訴えるような調子)

医者「ほう、どこでですか」(ちらっと模擬患者のほうに目を向けるが、カルテの方に気を取られている様子)

模擬患者「電車の中なんですけど、もうちょっとのとこだったんです」

医者「それはいつのことかお話ししていただけますか」(カルテを見続けている)

模擬患者「あの…、きのうなんですけど、お父さんが『そんなことやったら会社に行かれへん』って言いますし…」

医者「倒れた時に、口から泡を吹いたりなんかしてませんでしたか」

模擬患者「さあ、……気がついたら担架の上だったんです。でもそんなふうなことはなかったと思います。……先生、私また倒れるんじゃないかって思うと…」

医者「倒れた時の様子をもう少し詳しく話していただけますか」

模擬患者「本当に気がついたら担架の上だったんで……気分が悪くなって目の前が真っ白になったんです。あの…先生、私また倒れるんでしょうか」

医者「まあ検査をしてみないことにははっきりしたことは言えませんが…お仕事はされているんですか」

 

このように診察は進んでいった。途中で模擬患者が何度も不安を訴えたが、医者の「あまり無理をなさらずに、少しお休みをとられてはいかがですか」という返事に、模擬患者は「この人にはわかってもらえない」と感じ、少し投げやりな気持ちになったという。

模擬診察の終了後、模擬患者は感じたことを整理するために少し時間をもらい、その間に、医者役の学生が感想をひとこと述べる。この段階では、大概は「緊張した」という程度のものである。このあと模擬患者がシナリオの狙いや背景などを簡単に説明する。そして、役になりきった患者として気づいたこと、相手の対応にどう感じたかなどを、シナリオのねらいに沿ってフィードバックする。吉田登志子が再現したフィードバックである。

「全体的にまじめに接していただきました。しかし、何度も不安を訴えているにもかかわらず、不安を受けとめてもらえなかったように思います。『それはびっくりなさったでしょう』とか『大変だったでしょう』などという、この患者の感情に共感していてくれたら、逢う流れになっていたのではないでしょうか。診察の途中で『もうちょっとのとこだったんです』とか『お父さんが、“そんなことやったら会社に行かれへん”って言いますし…』などといった言葉は、模擬患者がどういう状況や心理状態であるかを示していたので、それに気がついて欲しかったと思います。この木野さんの場合、父のコネでやっと得た職場なのでこれ以上迷惑はかけられないけれども、『もしまた倒れたら』という不安と『倒れた原因を知りたいが、原因が肝炎ならばまた入院になるのでは』というジレンマから出た言薬でした。特に患考の心理状態を知る手がかりとして、三日前まで入院していたという事実を、どうして最後にならないと言えなかったかということを考えてほしかったと思います。

また、『あの…先生、私また倒れるんでしょうか』という問いをしましたが、それは必ずしも『はい』、『いいえ』を期待して述べたのではなかったので、医者が『また倒れるかと心配なんですよね』と言っていたら、この患者の場合かなり混乱しているので、自分が何を問題にしているのかを明確にする足がかりになったのではないでしょうか。結局検査を受けるために再来院しなければならず、それまではどうしたらいいのだろうと一層不安になりましたし、もしまた倒れるようなことがあったらどうしたらよいかという対処法を教えてもらえれば、心強かったのではないかと思います」

模擬患者の吉田登志子は次のように言う。

「医者は患考の訴えを受けとめる余裕のないままに、自分がほしい情報を一方的に集めている様子がおわかリになると思います。たぶんその時は次に何を聞いたら良いのかといったことに医者側は気をとられているからでしょう。医療者役を体験された方は、後で自分たちのやりとりを見直した時に、こういったことに気がつく場合が多いのです」

 

模擬患者が関わるのは、医者や看護婦だけではない。薬剤師や栄養士など、あらゆるジャンルの医療関係者が模擬患者を利用するようになっている。その中の、栄養士のトレーニングを見てみよう。コムルの高橋一郎が演ずる谷康彦は、都市部に家族と住む四十九歳の民芸品作家である。また各地のデパートで作品の販売もする。病院で糖尿病と診断され、入院して今後の生活、特に食事についての指導を受けるよう言われたが、通院での治療を希望した。場面は関西にある中規模の総合病院で、栄養士による食事指導を受ける部屋に入ってきたところである。この日は、ふたりの栄養士の女性が、模擬患者に対して栄養指導を行った。まず、経験十二年の栄養士の指導風景である。

 

栄養士「谷康彦さん。はじめまして。よろしく。どうぞおかけ下さい。谷さんは一週間前に来られて…」

模擬患者「一週間前に検査で来たんですけど、その時に多分糖尿病だろうと言われました」

栄養士「ご自分の体重はご存知ですか?」

模擬患者「七十キロくらいです」

栄養士「今の体重が一番最高ですか?」

模擬患者「もっと多かったこともありました」

栄養士「どのくらい前?」

模擬患者「十年ほど前ですね」

栄養士「お酒は好きですか?」

模擬患者「ええ。それは好きですね。五百ミリリットルの缶ビールを一日三本ですね」

栄養士「それを三百五十ミリ三缶にしましょうか?」

模擬患者「ははははは…(苦笑)」

栄養士「とりあえず。それか五百ミリを一本にするか、どちらのほうが?」

模擬患者「まあ計算すれば、どちらがいいかは…」(場内爆笑)

栄養士「三百五十ミリを三缶にしてみましょうか」

模擬患者「はあ…」

栄養士「あと何か気になっていることは?」

模擬患者「四本の日もあるんですが…」(場内爆笑)

栄養士「全部三百五十にしましょう…」

 

次は、経験十四年の栄養士である。患者の確認や自己紹介のあと、さっそく指導に入り、家族構成や日常の食事などについて質問したあと、仕事の話に移った。

 

栄養士「身体を動かすことに慣れていますか?」

模擬患者「動かすといえば動かすし…。動かさないといえば動かさないんですけど」

栄養士「座っていることが多いんですか?」

模擬患者「じっとしていて…。手先の仕事なんです」

栄養士「細かい仕事ですか?」

模擬患者「細かいですねえ、はい」

栄養士「出張などはありますか?」

模擬患者「年に半分くらいは出張です」

栄養士「その時は、食事はどのようにしているんですか?」

模擬患者「外食です。朝は喫茶店で…」

栄養士「午後からはどのように仕事を?」

模擬患者「時々休憩をとります」

栄養士「おやつを食べたりしますか?」

模擬患者「コーヒーを飲んだりします」

栄養士「先生からお酒については何か言われましたか?」

模擬患者「控えめにと言われたんですけど、どの程度控えればいいのかなあと…」

栄養士「お酒を飲まれる時に、ご飯は食べないんですか?」

模擬患者「ご飯は食べないです」

栄養士「どうしてですか?」

模擬患者「何か食べ過ぎのような気がして」

栄養士「まあ、ビールを控えていただいて、一週間に二日やめるとして。それだったらできますか?」

模擬患者「いけると思います」

栄養士「いっぺんこんな風にやってみて…。これで確実に量が減るわけですから。やめる日は冷蔵庫にお酒を入れないとか。お母さんに協力してやってもらえますか?」

模擬患者「そこまでしなくても私は飲みません」(場内に笑い)

 

ふたりの栄養士による指導が終わった後、模擬患者を演じた高橋一郎がまず、このシナリオの設定と狙いを紹介した。

「私が先ほど演じました患者さんは四十九歳、民芸品を製作、販売する仕事をしています。先日主治医から言われるまで、まさか糖尿病であるとは思ってもいませんでした。また食事、栄養指導と言われてもどのようなものか見当もつきませんでした。一年のうち半分は、各地のデパートへ出向き、製品を販売しています。その間三食とも外食ですし、夕食は食べられないこともしばしばあります。残りの半分、工房で製作に励んでいるときは、母の手料理を食べています。なお六年前に離婚し、現在は浪人中の息子と、七十三歳の母の三人暮らしです。このシナリオは、糖尿病と知らされて間もない患者に対し、初回の栄養指導をするために設定されています。食事、栄養の説明を行うためには、患者の生活背景をしっかりととらえ、個別性を踏まえた共感が大切であることを感じてもらうことが狙いです」

続いて高橋は、ふたりに対するフィードバックに移った。まず最初の栄養士についてである。

「わかりやすくお話ししてくださいました。非常に努力されているという感じは非常に強く受けました。一番最初に、体重の話をされました。一瞬思いめぐらしたんですね。なんかちょっと、尋問されているなという感じ。そういう気持ちが最初ちょっと起こりまして。ちょっと警戒心を持ったんですよ。

缶ビールを四本でもいいと言われたのは、非常に嬉しかったです。ただ、五百ミリ缶を三百五十ミリ缶にというお話しでしたが、三百五十ミリは私が提案したのではなく、一方的に来られましたので、ちょっと押しつけられたなあという感じはありました。

私は、好きで飲んでいるということではなしに、仕事で非常に集中するんですね。だから息抜きがこれしかないんです。これをすぐやめろと言われたら、私としてはストレスのもって行き場がない。集中してやるので、非常に疲れるんです。意地汚いやりとりのように聞こえるかもしれませんが、仕事のやり方を変えないかんなあと、そんなことまで考えてしまうんです。

糖尿病に対して私が持っているイメージは漠然としていて、何をすればいいかわからない。それから外食の問題ですが、家にいるときは母親に頼めばいい。外に出て仕事をしているときに、どうにもならない部分が大きいんですね。人を雇うことも難しい。そのへんのことをもう少しお話しできたらなと思いました。もっと時間があれば違ったとは思うんですが、一方的に説明を聞いた感じがしました」

二番目の栄養士についても、同じようにフィードバックしてゆく。

「おしゃべりが、とても上手で、立て板に水とは、こういうことだろうなと…。ものすごく話しやすく、聴きやすかったです。

最初の方で、家族構成の話なんかもちょっと出て、そのへん、もう少しお話しできるのかなと思っていたのですが、時間がなくて、残念でした。

最初、毎食ごはんを減らしてという話が出たんですが、私自身は、糖尿病という病気について、イメージしかわかっていませんので、糖尿病とはいったいどんな病気で、甘いものを食べたらアカンのかなぁという認識しかありませんので…。カロリーを減らすと言われても、今食べているものにどんな問題があってそれをどう減らすのか、よくわかりませんでした。最初に、いま何が問題でどうするのかという説明がまずあったらよかったのにと思いました。

ビールについて多分問題になるだろうということは、僕もわかっていました。そのへんについては非常に配慮をいただいて、実行できるにはどうすればいいかと、お考えていただいたようですが、五百ミリリットル三本を飲んでもいいという話で、僕にとってはそれはあんまり無理な話ではないので、その辺はよかったなあと思っています。

問題は、半分家にいないので、はっきりいってその間はむちゃくちゃなんです。デパートで、展示をしたり、実演したりして、実際食事をする暇がないんです。人に任すわけにもいかないし」

 

 高橋のフィードバックを踏まえ、藤崎が専門家の立場から指導する。

「お二人とも前半の部分で、患者さんの食生活を聞きながら、生活のありよう全体を聞き取るところまで、もう少し踏み込んで聞かれてもよかったと思います。個人的なことに踏み込むことって、遠慮されることが多いんですが、個人的なことというのは『あなたに関心があるんですよ』というサインなんです。特にこの人なんかは自分の仕事に誇りを持っているわけだから、仕事の中身について『どんなもの?』と聞いたら、いろいろ教えてもらえると思うんです。どこまで踏み込めばいいのか皆さんよく迷われるんですが、人の家に土足で入りような聞き方ではなく、『私があなたにお伺いするのは、興味半分で聞いているのではなく、あなたを援助するうえでもしかしたら必要な情報じゃないかと思うんだが、差し支えなければ教えてください』ということがきちんと伝わっているかどうかが大切です。仮に答えてくれなくても、聞いていやな思いをしない範囲であれば、ドアをノックしてみるのはあまり遠慮しなくてもいいと思います。患者さんが『言った方がいいかな、言わないがいいかな』と思ったことでも、その時が初めてであるのと、二回に目ノックされるのとでは、言おうかどうか迷ったけど出なかったという経験のある二回目の方がずっと出やすくなります。そういう意味でも、ドアをノックすることを必要以上に遠慮することは僕はないと思います。職務上必要だと思ったら、適切な配慮をすれば悪くはないと思います。

患者さんの状況にどれくらい寄り添いながらやっていけるか。そのためには患者さんの状況がわかっていなければならない。まずは聞くことが大事だし、寄り添うためには共感できているようということを、患者さんに話してあげることが大切です。そのうえでの専門性です。

それとお二人とも、外食が多いということは聞いているんだけれども、具体的にどのくらいの期間出張するのか、聞けていない。ここのところ、家にいる期間が多い時期でもあるので、受診しようかなという気持ちになったという背景なわけです。そういう意味でも次の出張に合わせて体制を考えなければいけない。そのへん、もう少し踏みこめてもよかったかなという感じがあります。

説明については、それぞれ工夫されていたと思いますが、もう少し糖尿病としてのオリエンテーションを、この患者さんは欲しかった。そういう意味でも、糖尿病についての患者さんの知識や理解を確認してみるのも悪くないと思います。

最後のマネージメントについてです。お二人ともあまり高すぎるゴールではなく、十分患者さんにアクセス可能なゴールのセッティングだったと思います。ただ、ゴールの設定について、できたら患者さんの参加があった方がいいと思います。どういうゴールがあるのかということは示さなければ患者さんには分かりませんから、こういう選択肢があるという例は必要です。しかし、言われて守らなければいけないのと、自分で決めたのとでは、全然スタンスが違いますから、患者さんに選んでもらうということは大事な点だと思います」

藤崎は、個別に気がついた点にも言及する。最初の栄養士については、次のような指摘があった。

「がんばって情報収集しようとしたと思いますが、言葉のキャッチボールのテンポはちょっと早いかなぁという感じでした。患者さんのほうから言い出すには、ちょっとスペース不足です。もう少し遅くてもいい。栄養士さんの言ったことには答えてくれるけど、向こうからいってくれるということにはまだなっていない。

共感の言葉ですが、『ショックでしたか?』とか、『大変だったでしょう』という言葉はあるんですが、もう少し大変さについて、共感をしてほしい。感情面の部分が出るコミュニケーションがもう少しできていてもよかったんじゃないかな…。その原因は、外に出なくてはいけないということが聞けていなかったから、聞いていないネタに共感することはできないんです。傾聴できていないと共感することができませんから。聞けて初めてそういう状況の時には『難しいんだよね』という話ができる。傾聴ができないと、共感をすることもできない」

二番目に指導した栄養士について、今回の模擬患者には否定された指導が悪いわけではないというフォローもした。

「アルコールをだれが冷蔵庫に入れるんですかと聞くのも、良いアプローチですね。行動療法的なアプローチですよね。きっかけをとにかく作らないことで、飲みたい気を減らすというのもひとつです。ご本人は『そこまでしなくても大丈夫ですよ』と言ったら、ああそうですか、ということでかまいません。決まった曜日には冷蔵庫にビールを入れない。そういうアプローチも悪くないと思います」

結局、患者は十人十色であり、指導する側にとって正しいと思われる内容でも、患者によっては受け入れない人もいる。そこに気づいてもらうのが大切なのだ。模擬患者の吉田登志子は、その意味を改めて強調した。

「模擬患者の目的のひとつに、患者はひとりひとり個別な存在であることを理解してほしいということがあります。そこで、模擬患者は患者の持つ普遍的な意見を述べるのではなく、あくまでもその役の患者として感じたことを述べるのです。ですから模擬患者役をする人が変われば、同じシナリオでも違う展開になっていたかも知れません。人によって自ずと求める内容やコミュニケーションのスタイルは違ってきます。また、相手との距離の持ち方や視線、ジェスチャーなどの非言語のサインの使い方も人それぞれです」

研修に参加した栄養士たちは、感想を次のように述べた。

「私たちは、ほかの人の栄養指導をなかなか見る機会がありません。このほうがやりやすいだろうなと思って言ったことが、患者さんにとって、一方的に押しつけられていると受けとられる場合があるんだなとわかりました」

「コミュニケーションは勉強しなくても、経験で自然と身についてゆくものだと思っていました。しかし今、コミュニケーションの機会がだんだん減ってきていて、同じ栄養士どうしでもなかなか話をせず、メールのやりとりで終わったりする時代になってきています。新しく入ってくる栄養士は、どう話をしたらいいかわからないという人が非常に多いので、こうした研修が必要になっていると強く感じました」

「患者さんは皆さん、バックグラウンドが違っている。そういう人に同じ栄養指導するのがこれまでの栄養指導だった。しかしこれからの時代は、それぞれの個性に合わせた指導が特に要求されるので、やはりこうした研修が必要だと思います」

模擬患者の吉田登志子は、模擬患者に求められる資質を次のように語る。

「模擬患者がフィードバックをするには、インタビュートレーニングがどういう流れで進み、何が起こったかという事実に加え、どういう気持ちになったかを思い起こさなければなりません。模擬診察中にメモするわけにもいきませんから、すべて自分の記憶に頼るしかないのです。ですから模擬患者には鋭い観察力と確かな記憧力が大いに要求されます。模擬患者にとって役作リも大切ですが、話の流れやその中での自分の気持ちの揺れを感じつつ、どうしてそう感じたか、客観的かつ簡潔にまとめる能力も必要とされるのです。

同時に、フィードバックにはある程度の客観性が要求されます。どう感じたかというのはあくまでも主観に基づいていますが、なぜそう思ったかを、患者側からの見方のみならず、医療者側からの視点も交えながら、起こった事案を振り返るところに客観性が出てくるのだと思います。ですから、インタビュートレーニングを単に『やってみた』というだけでない効果をもたらすために、どうしても模擬患者にはこのような能力を育成する訓練が必要になってくるのです」