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10年後のぼく達、私達。 中3 中田美保
もう25歳! 専門学校の時にできた彼と同じ所で働いている。 彼はすごくまじめにやっている。すごく上手に髪を切る人。 優しい人で、もう3年間付き合っている。今まで仕事ばっかりに集中していたから、今はプライベートに集中したいな。 今は昔とは違い、そんなに忙しくもないし、と思う。 今日は職場の人と飲みに行く予定。 でも自分はビールとかは飲めない。でもほかの人たちはいっぱい飲んでる。よくそんなに飲めるな。そして閉店の時間。みんなやっと解散した。
彼はジェットコースターとかが好きで、私は嫌いで、大変だった。何回も同じのに乗るので大変だ〜〜。お昼にレストランで食べて、また乗りに行く。 そしてお土産、色々買って、夜のパレード、とてもきれいですごかった。花火もきれいだった。そしてプロポーズされ、OKした。 それで半年過ぎには結婚して、家も買い、自分達の店を開いた。 Openしたばかりで、人もいっぱい来た。 数日後赤ちゃんまで生まれて、驚くことに双子の赤ちゃんだった。男の子だった。店のほうも順調で、いい生活だ。子供も大きくなり店も手伝ってくれるようになった。 いつまでも仲良く暮らしていた。 中3 戸国竜兵 10年後のぼくは会社に就職して3年目で、社会人生活にも慣れてきている頃だと思う。 会社の中ではさほど重要な役でもなく、はっきり言って上の人の雑用。 でもいなくてはならない存在なのは確かだ。まちがってもそう簡単には首にはならないだろう。 みんなにも自分の性格が知れ渡り始め、今年の新春かくし芸大会の司会もやった。 そんなわけで、これからは社内行事の司会役を務めることにもなるだろう。 たとえば8月の社内旅行。 この計画を立てたのは、ぼくをはじめとする企画課の社員達だ。 毎年冬だったら長野でスキー。夏だったら軽井沢で避暑。とみんなもう長野は飽きたという要望が出ていたので、今年は北海道に行ってみる事にした。幸い旅費は去年のあまりがあるので、問題はない。 宴会の席でも酒をみんなにじゃんじゃん飲ませ、気分よくさせてからカラオケに移る。 みんなにはわからないだろうが、盛り上げるためには順序があるのだ。花火大会の時も、年配のお偉い方と、中年、若手と別々にしてやる。 そうでなかったら若者は小さくなり、中年達はお偉い方のご機嫌取りで、結局楽しいのはお偉いサンだけである。
すると笑い声が上がったり、続けていう者もいる。 結局ぼくが大人になっても、今のままのぼくかも知れない。 でもそれが一番いいのだとぼくは思う。 中3 岩崎幸宏 25歳。コンピュータ会社に勤めている。一日中コンピュータをいじくっている。人とあまり話さなくていいからだ。もし営業なんかになったらぼくは絶対いやだ。人に商品を売らなくてはならない。ぼくの性格ではとうていできない。会社の上下関係もきっといやな上司がいて、大変だ。でもぼくは一生懸命働いて上司などをアッと言わせて昇進してやる。 昔からぼくは25歳で結婚したいと思っていたから、そのとおり今では結婚してる。まだ新婚なので夫になったという実感がない。でもこれ 10年前ぼくはいつも人とか親に頼ってばかりいた。 そんなぼくが一家の主として今ここにいるんだからぼくはとても信じられない。 今までの勉強を無駄にしないでこの家族を支えていきたいと思う。 色々壁にぶち当たっていくだろうが、だからそれを乗り越えていく根性が必要だ。 どんどん昇進して、この会社で生きていく。 中3 中井安美 10年後の私は、バリバリのキャリアウ−マン。 大学卒業後、雑誌のコピーライターとして、忙しくしている。得意な分野はパソコン系だ。 自分はけっこうパソコンが得意で好きだからだ。 プライベートは、2年間付き合っている2つ上の彼がいる。知り合ったきっかけは、取引先だった。知り合った時の事は今でもおぼえている。まだ入社して1年足らずの私は、先輩の後ろについて取引先に行ったが、おどおどしていた私に、ここでのルールを教えてくれたのだった。 優しくて包容力があって、お互い忙しい毎日を過ごしていて、毎日メールのやり取りをしている。週末となればドライブに行く。二人とも結婚は考えてなく、友人に近いような感じだ。 仕事場はセクハラ上司とか、異常に人付き合いの悪い人とか、ちょっと曲者ぞろい。 でも根は良い人たち。 明るくて元気者、人懐っこくて仕事場の太陽。仕事は忙しいけど、自分の好きなことをやっているから、忙しいのもなんのその! 早く終わった日は仲間と飲みに行ったり! わたしはけっこうみんなより飲めるようで、女友達が先に酔いつぶれたりすると、私がいつも家まで送っていく系! そんなこんなで、仕事の好きな私は結婚しても仕事を続けたい。 でもトリマーや警察犬訓練士、公務員とかも、とにかく色々なことがしたい! 中3 高野恵利子 成人式をしてから早4年。 世間ではもう大人という年だ。 私の職業は保育園の先生。つまり、保育士だ。
毎日子供に囲まれている生活。子供好きの私には、一番良い職業。ずっとあこがれていた職業、つまり、私の夢は現在進行中だ。 10年前、14歳の私は受験を控えていた。そんな中、ただ一つ願っていた夢が保育士になることだった。いつの日からか思っていた夢。その目標を目指しに目指してたどり着いたのが現在の私。うまく行き過ぎの人生なのかと不安にもなりつつ毎日を過ごしている。 今の私には10年前にはいなかった彼氏がいる。その人は写真を仕事としている。 2つ年上の人で、知り合ったきっかけはバイト。もう長い付き合いで、3年と10ヶ月。なかなかかっこいい。彼氏としては満点ってところかな。 私はなぜか神奈川に住んでいる。彼氏は東京。お互い仕事をがんばっていて、けっこう理想的だ。これがうまく行き過ぎる私の人生!
中2 石井起郎 今ぼくは会社の中でまだルーキーだ。 だがなんと副社長を務める身にある よくテレビで見る副社長の身とは大違いである。書類がたくさんあり毎日毎日忙しい。 他の社員達も今か今かと副社長の座を狙っている。弱肉強食だ。 しかし10年前のような不況など全くない。リストラ、降格、などめったに見れないシーンである。 おっと始めに言い忘れたが、ぼくの勤める所はなんと今超人気のブランドメーカー。(ブラン名は内緒)書類があると言っても、靴やバックなどのデザインの報告書のようなもの。それに忙しいというよりも面倒なだけ。 そんなことを言っても副社長。やっぱり社長の座を奪いたい。たまにはそんなことをも思っている。 今はハイテクの社会。車のタイヤもハンドルもなくなり、全て自動である。家ももちろんで電器もテレビも音声認識している時代である。おっと話がそれた。戻そう。 やはり会社にはライバル社が絶対にいる。うちの会社もその一つ。まねをされると大変。 しかしうちの社員は効率よく働き、なんと2週間に3種類の商品を作っているのである。 ちなみに1年の売上はなんと400億円である。月給は社長が75〜90万。ぼく副社長は 60〜80万。平社員でも50〜65万はある。 年収が400億なのに給料は安い。それは今でもやはり募金活動は行っている。それに寄付し残ったお金で、社員のための豪華なホテルを立てている。中にはボーリングセンター、カラオケ、ビリアード、ドリンクバー、プールなど、まだいろんな設備がある。しかも社員は無料、一般の人も超破格で宿泊可能である。まだ残るお金も使うわけには行かない。それは10年前は倒産などがありそれは会社に貯金がなかったのがその一つだったからだ。 このまま会社は安定していく、というよりまだまだ大きくなっていくと思えた。 そしてなんとうれしいことに子供ができ家族ができた。 今思い返せば、10年前は中学2年で、人気はまあまあだったが、成績最悪であった。 思い出したくないことを思い出してしまった…… そんな話をしながら一杯やっていた。 そしたらそりゃ〜俺も同じだよ。 と酔っ払いながら親友が言った。 中2 福田有理 高校に入ることができたのか、できなかったのか、その辺はわからないけど、とりあえず自分なりに10年後をエンジョイしている私です。(^^ゞ 10年後の私は昔から憧れていたマンガの×××××先生のところで、アシスタントをさせていただいております。 ここまでくるのはとても大変だった。 まずは自分の描いたマンガを雑誌に投稿しまくりました。 講評には絵が可愛くないとか、話の設定が良くないとか、絵でうまく表現ができていません、とか何とか書かれて、本当に傷ついたけど(>_<)。 「こんなことで負けられるか!」と思い死ぬ気で描きました。 本当にがんばった。 でも雑誌投稿歴は4年。長すぎる〜(-_-;) この4年間投稿してきたけど、自分なりに気に入った作品は、主人公を男の子にしたのです。ってゆうか、女の子も男の子も主人公。ある事をキッカケに、女の子が男の子になってしまった。 というストーリーで、でも結局この子は女の子に戻ることができました。という現実的ではないものを多く描きました。ファンタジーものとか。 ……こうして、×××××先生の元でアシスタントができるなんて幸せ一杯。それにしても何年たっても×××××先生のマンガは面白すぎる!!(^○^) 続きを早く読みたい!と思わせる。話の展開。まじめな中にも読者を楽しませるボケがコマのはしにある。すばらしい!)^o^( 線はきれいだし、トーンの使い方、べたぬり、コマ割などとにかくうまい。しかも絵うますぎ。 そしてそんな先生の生原を手伝わせていただいている。=さわっている私。 ☆
☆ 幸せすぎる。 ☆ こうして私の努力は報われた。 本当かよ……(~_~メ) 中2 田邊紘一郎 ぼくはコンピュータ会社に入っている。 それはほかの会社の就職試験に落ちたからである。 ぼくは主にコンピュータの開発が専門で、仕事は年々増えている。 ハッカーやウイルスと戦っている。 プライベートではこの前マンションを買って、一人暮らしを楽しんでいる。二人暮しを夢見ているが、1ヶ月前付き合っていた彼女と別れたので、今は一人身で早く同窓会にでも行って、新しい彼女を見つけたい。 まあプライベーではではそんな所だが、会社では大変なことになっている。 ハッカーとの接触に成功し、ハッカーからアメリカの国家秘密を入手することができた。そしてハッカ−と共にそれをネタに285億6750万円手にすることができた。 そしてその金で世界中を旅行し、金は200億に減ってしまった。ハワイのビーチで遊びまくり、一泊100円のホテルで豪華に過ごした。 そしてそのハッカーの彼女と結婚することができた。 そのときはもう28歳になっていたが、旅の途中でできた子供はもう5歳になっていて、こどもは20ヶ国語が話せるまでになっていた。 中3 関亮太 俺は10年後……プロボクサーになっているだろう。 このごろ勝率が芳しくない。 完璧にスランプ状態である。 俺には付き合って11年目の彼女がいる。 けんかや言い合いもあったけど、いつもそばで支えてくれた。だが今回はどうもできない。 「がんばって。」って言われても、俺はがんばっているし、そんな風に言われても気休めにしかならない。 中学の頃は、なれたらいいなぁと思っていた。ボクサーを目指そうと思ったのは、高校の頃だった。ジムには入ったけどあまり行かなかった。だがプロ試験には一発で合格した。18の時だった。 あの頃の俺は世界一になれると思ってた。 だが現実は甘くなかった。 10戦7敗。 絶望的だった。いくらいくらがんばっても勝てない。自然にイライラが募るばかりである。つちも味方になってくれる彼女にも強く当たり、悲しませる一方である。 だが今日彼女に、「諦めるだけじゃない?」と言われ、やっと目がさめた。 俺は今まで自分に甘くしていた。 俺はがんばっても結果が出ないと思っていたが、結果が出ないからがんばることを忘れていたのだ。 俺はこれから勝てると思った。 もし勝てないとしても、そこからがんばればいいことである。 目標はもちろん世界チャンピョン。 がんばればその分実力に繋がると信じている。 いつか必ずチャンピョンベルトを掴み取ってやる。 中3 福田康一郎 ぼくは10年後新日に入ってでじこと言う名前で獣神サンダ−ライガーになっている。黒のほう。 ぼくは強すぎて誰もかかってきません。 きっとぼくがベルトを返上するまでぼくはチャンピョンです。やった〜。 そろそろ自分の団体を旗揚げします。名前はデ・ジ・キャラットです。 メンバーは天山と蝶野とよしえとぼくだけです。 ぼくのテーマはアーク・エネミー「 」です。そのCDは売れに売れてすぐ 売り切れになりました。日本はぼく一色です。 しかしぼくは強すぎて敵が多く、そいつらに家を焼かれました。でもぼくは力が強いだけではなく、精神面もそれはそれは強く全然気にしませんでした。しかし家族が焼かれてしまった。 ああ悲しい。やつら〜許さねえ。殺してやる。 ぼくはやつらの住みかを見つけやっつけました。もう新聞とかで大騒ぎです。 しかしその時けがをしました。痛々しい〜。よし、こうなったらメタルだ。その時ぼくはデ・ジ・キャラットというバンドを組んで東芝EMIにデモテープを送りました。 そうしたら、会社の人がぜひいっしょにやりましょうと言うので、ぼくのバンドはデヴューしました。僕はうまくてしかもいい曲ばかりだから、メタル好きに気に入られました。みんなが「あいつは大物だぜ。」と言います。 中2 伊藤博昭 ぼくは今24才。 昔から料理を作る仕事をしたいと考えていた。その夢がかなって一流の中華料理店で働いている。まだ半人前でわからない所もたくさんある。料理の世界では奥が深くて、教わることがたくさんある。 例えば味付け。塩を入れるタイミングや量で味が全然ちがう。ほかにも野菜の切り方。火加減などがある。毎日色んなことを教わって腕を上げようとがんばっている。 しかし時々鍋をひっくり返したり、指を切ったり、やけどをしたり、失敗してしまうこともある。でもそんな毎日はぼくにとってとても充実している。どんどん腕も上がり、その店をやめ店を開けるまでになった。 自分の店も中華料理店にした。 独自の料理というものは特にない。 でも極めたい料理はある。それはチャーハン。 簡単そうに見えてけっこう難しい。卵をいためるとする。素早くやらないとかたくてまずい。 ご飯もうまくやらないとベチャべチャになる。味付けだって濃すぎたり薄すぎたりけっこう微妙だ。そんな簡単そうで難しいチャーハンをみんながわざわざ食べに来るような最高の一品にしたい。 ぼくの店での目標は、早くおいしい料理を出すことと、店をいつもきれいにすること。 おいしい事は当たり前として、客を待たせてもいけない。店が汚くてもいけない。そんな店では客はこないし、おいしい料理も作れない。だからぼくは店の目標をさっきの2つにした。 そのかいあって店の人気はどんどん上がっている。 これからも努力をしておいしい料理をたくさんの人に食べてもらいたい。 10年後のぼく 中3 原真一郎 ぼくは今25歳である. 普通なら大学を出て就職2〜3年という所だと思うが、ぼくは就職して5年目である.なのでけっこう仕事も慣れてきて手際よくこなせるようになった. 10年前、中学3年だった僕は、頑張っていた.と言って勉強ばかりしていたわけではなく、普通通りに過ごしていた.少し勉強時間が増え、授業で真剣に話を聞いていた.志望校の木更津高専は学力的には少し難しかったが、頑張って勉強しのでどうにか合格できた.5年間という普通の高校より長い期間だったが、必死に勉強し楽しく過ごしす そして高専の5年になって就職と大学編入の2つの道を選ぶこととなった.そして僕は迷わず就職を選んだ.理由は大学に編入してからよりも就職率が高いことと5年間で学んだ知識と技術を早く使いたかったからだ.しかし今から5年前つまり卒業の年は10年前の日本の不景気よりも景気が悪く、就職活動は大変だった.そして僕が選んだ就職先は「大蔵省印刷局」だった.理由は単純だった.不景気でも潰れない就職先だったからだ. 就職1年目は、仕事に慣れるのに精一杯で同じ木更津高専出身の先輩に教えてもらい、時々怒られながらも頑張って仕事をした. 2年目も幾つかのミスをしてしまい何回も怒られた. 3年目はミスもほとんど無くなり、入社して初めて怒られずにすんだ年だった. 4年目はなぜか2万円札の紙幣を発行することとなった.どうやら2万円紙幣の発行で物流を高めようということらしい.2千円紙幣の時も同じだったなぁと思いながらも2万円紙幣を生産することとなった. 意外にも2万円紙幣は効果があり、景気もまあまあ良くなった. 5年目、つまり今年の始め事件があった.どうも2万円紙幣を作る機械がおかしいので早速先輩と中身を見に行った.しかし異常は無かった.その機械を統御するコンピュータが狂っていたのだ.木更津高専で習ったことを思い出しながらコンピュータを操作すると、1時間後機械は正常に動き出した. 5年間の色々な経験と高専で習った知識と技術で僕はバリバリ仕事をしている. これからも壁はたくさんあるだろう.しかしそれを克服しいつの日か素敵な人と巡り合って、結婚するだろう.そこでしばらく二人で暮らして、子供を持ってしっかりと生活する自信ができたら(5年〜8年)子供を作って幸福に暮らすだろう. 中2 小川禎央 今僕は24歳. 仕事をやりながらバスケをやっている.(会社のチーム)中学高校の時やっていたバスケを辞められず、会社のチームに入った. 仕事は外回りをしている.外回りの仕事はあまり好きじゃない.練習は午後7時から午後10時までしかできない.仕事はあまりうまくいかないことが多いが、少しずつ慣れてきている. チームの中では僕はレギュラーを取り、センターというポジションになった.先輩の中でずば抜けて一人うまいプレーをする人がいた. その人はチームのキャプテンをしていた.名前は高橋智明先輩(10年前の先輩). 同じポジションで練習の時は必死でマークしている. ある日突然会社を辞めた.でも気を抜かなかった. 新人の大会の前日、風邪をひいてしまった. 大会は出られなかったが、何とか勝ち残った.それから1週間後、準決勝が行われた.その試合には出て、97対96でギリギリで勝った. その日の午後、決勝戦が行われた.相手は5年続けて優勝したチームだ.自分の力を出し切って、いい試合をした.105対108で負けた…… くやしかった.でも楽しかった.それからも練習を続け、……、ライバルができた. 名前は伊藤君.去年入った新人だが、強い…強い…足もはやい、ポジションが同じになった. ほとんど取り合いで仕事が余り手につかなかった. その夜会社の人と飲みに行った. ちょっとは気が楽になった. 仕事も頑張っても成績はあまり変わらなかった. ある日幼なじみの子が彼女になった. ちょっと意外だった.伊藤君だと思ったが、自分だったなんてちょっとうれしかった. その後も、………頑張った……かな? 幼稚園の先生に! 中2 山崎友里 私は高校3年生の3学期、かなり頭がグルグルしていた。なぜなら……!なんとその時まだ将来の夢(なりたい職業)というものが決まっていなかったのだ! 「ど〜うしよ〜!…う〜ン…ちっちゃい子好きだしなぁ保母さんときたら楽しいなぁ〜…植物好きだからフラワーコンディネーターとかもかっこいいなぁ?… 絵本の絵とか書いたりする仕事もいいなぁ〜…そういえば動物も好きだからぁ、、、、」 なぁ〜んて思いながら、大学に入り、今はとうとう幼稚園の先生に!! 毎日ルンルンとっても楽しい!でも最初の時は……、園児の一人が車にひかれそうになったとその子のお母さんから聞いて、他の園児たちも車にひかれたらたいへんだと思って、よし、「交通ルール」に気をつけるようになる「紙芝居」を作ろう、と夜中3時まで一生懸命作って、次の日に 『美紀ちゃんが道路を渡ろうとしています。キャア〜〜あぶない!そこにおばあさんが来ました。「美紀ちゃん!あぶないよ!ちゃんと右見て左見て、もう一度右を見て、さぁ〜〜渡ってもいいよぉ〜〜」 美紀ちゃんは「おばあちゃんありがとう!」とお礼を言って……』 と紙芝居の絵を見せながら私が言うと、園児たちは 「先生ぜ〜んぜんっわかんないよぉ〜!」 と言われ、ガ〜〜ンとショックだったりもしたけど、今は幼稚園生とすっごく仲良しな先生になれて、毎日毎日、鬼ごっこ、かくれんぼ、おゆうぎ、ままごと……、たっくさんいっしょに遊んであげたり、 「幼稚園でウサギや犬やハムスターなんて飼ってみたらどうですか?きっと子供たちも喜んで、ふれあいの気持ちが……」と園長先生に提案して、幼稚園生を喜ばせたりもして、遠足の時なんか、みんな泥んこになるほど、おおあばれさせて……そうっ、私のいる幼稚園は、先生達も園児たちもいつも明るくパワフルで一杯の本当に楽しい幼稚園で、みんながまさに幸せ絶好調!って感じな毎日を送ってるのでしたぁ!! 高速道路警察隊 中2 星野宏貴(ひろたか) 10年後のぼくはたぶん高速道路警察隊に就職してまだ仕事には慣れていない頃だと思う。 警察隊の中では、スピード違反の車を捕まえて罰金を取ったり、車線規制をしたり、報告書を書いたりと忙しい毎日を送っている。 この仕事についたわけは、車が好きで、パトカーに乗ってみたかったこと、1年間の交通事故で死ぬ人を減らしたいこと、だった。 この仕事ではパトカーを操れるかどうかが重要である。 パトロールをしていると、恐ろしいほどスピードを出した赤いスポーツカーを見つけた。 すぐにその車の速度を測ると110キロオーバーで、 「前の車、車を速やかに左側の路上に止めなさい!」 と言う。 それで免許証見せてもらってそのまま逮捕。なぜか。ある速度以上出すと罰金じゃすまなくなるのだ。 アメリカのほうではもっとすごい。向こうのカーチェイスは「前の車止まりなさい!」と言ってもとまらない。だから拳銃で撃ってタイヤをパンクさせたり、パトカー4台ぐらいでブロックしたり、暴走する車に突撃して止めたりする。だから時々死者が出たりする。だから日本の方がぼくは安全で死んだりする人がでなくていいと思う。 もしこの仕事につけるのだったら別の方法でつかまえたいと思う。 例えば犯人の車の前へ出て、まきびしみたいのをまいて捕まえる。 プライベートではアパートを借りて一人暮らしを楽しんでいるが、彼女はいなく、彼女の代わりにポメラニアンのキャンディーと楽しい日々を送っている。 週末になるとキャンディ−と愛車に乗って買物に行ったり野や山にドライブに行ったりする。 この仕事につくには、高校を出て警察学校に行かなければいけないのだが、その辺の事はまだよくわからない。 |