2020年1月5日

明けましておめでとうございます。

特に旅もしていなかったので久々の更新です。

 

年明けにスキーに行こうと積雪情報を見てみたら、まともに滑れるのが関温泉周辺3つとロッテアライスキーリゾートくらいでした。

関温泉は温泉街なので、早速、旅館を予約して3日に行ってきました。

この辺りの3つのスキー場は、関温泉が110cm、休暇村妙高ルンルンスキー場と妙高スキーパークが60cmといった感じでした。赤倉、池の平、妙高杉ノ原など近隣の他のスキー場は3日の時点では一部滑走可です。

3日の夜から雪が降り続いたおかげで、4日朝には150cm、110cm、100cm、ロッテアライは222cmとなり、いよいよスキーシーズン到来です。生憎、朝になっても雪は止まず、駐車場から雪に埋まった車を引っ張り出す作業で疲れ果てます。

理想は雪が降り終わった「晴天の日の朝一に第一リフト前でオープンを待つ」です。

が、実際は前夜にスキー場から1時間以内に着いてないと、なかなかそういうタイミングに会いません。。。。

 

 

米軍に暗殺されたソレイマーニーの遺体は先程イランに到着し、聖なる都市マシュハドに、そして月曜日にテヘランと聖なるコムの町に、火曜日には埋葬のために彼の故郷ケルマンに連れて行く予定です。 <AP

ソレイマニ司令官を暗殺されたイランの「報復」とは何か。ウェブでも盛んに論議されています。その前にそもそも、トランプ大統領の本当の狙いが意味不明です。大統領選がらみ?

中東の4つの国(イラク、レバノン、シリア、イエメン)でのイランの代理勢力が各国の首都を支配する状況に、イランを敵国とするサウジが苛立ち駐留米軍の増派を昨年9月に決めています。

直接攻撃でないのであれば、報復テロになりますが、どうなっていくでしょうか。

 

 

 

 

 

2019年10月20日

シリア駐留米軍1000名は、シリアからイラク西部に向かって移動するようです。<NBC News

米軍は北シリアのレーダー基地を破壊して撤収とのこと。進駐してくる敵軍に何も残さないように破壊処分する記録映画を思い出させます。南ベトナムから敗退した米軍のものです。

 

腰痛が酷くて、駅前のマッサージに行ってきました。台風から一週間経ったのですが、町内でもまだ何軒か冠水した荷物の片づけをしていました。

 

 

 

2019年10月13日

9日のトルコ軍の北シリア侵攻から4日経ちました。米軍が居なくなったシリア北部のクルド地域に侵攻しています。

al jazeeraによるとトルコ紙の報道として、トルコの侵攻作戦は、3段階からなっているとのこと <中東の窓

1. 国境からほぼ30qの地帯の確保
2. (シリア側の)ユーフラテス東岸全域の制圧
3. この地域へのシリア難民の帰還

 

イスラム国掃討で米軍と共闘したはずのクルド民主統一党(PYD)ですが、トルコにとってPYDはクルディスタン労働者党(PKK)と同根の「テロ組織」です。2017年10月のラッカ開放で威信を高めたPYDは西クルディスタン自治政府「ロジャヴァ」樹立とシリアの連邦制移行を宣言したことで、北シリアの緩衝帯となるように見えていたのですが、逆にトルコを刺激していたわけです。

トルコから見れば、PYDよりはシリアの方がいいのでしょうが、そもそも北シリアはシリア政府軍の勢力圏でも有りません。ということは、何か起きてもアサド政権支援のロシア、イランは黙認です。

10月6日のトランプ大統領とエルドアン大統領の電話会談では、あっさりとトルコ軍の北シリア侵攻を認め米軍の撤退を表明。7日の米軍撤退。9日には準備を整えたトルコ軍がトルコの支援を受けるシリア反体制派と共に北シリアに侵攻を開始。「トランプはクルドを裏切った」なんて言われていますが、元々、昨年からシリアの米軍は撤退させると明言していたことなのでタイミングを見計らっただけなのかもしれません。

イラクに行けばクルド自治区も有るからシリアのクルド人はそっちに行って欲しい。PYDとトルコ国内のクルド人組織との連携は許さない。トルコに来ているシリア難民を北シリアに移送してしまいたい。エルドアン大統領のそういった思いと、それらに全く興味を示さないトランプ大統領のやり取りが後戻り出来ない結果を生もうとしています。米軍撤退後のイスラム国復活よりはええやろ。。。。。といった考えのようです。

 

 

 

 

 

2019年10月12日

大型の台風19号が関東を通過しています。

21時、台風情報では、最大風速40 m/s 最低気圧 960 hPaとなっています。大雨を伴ってやってきました。

今回の台風19号は1991年の統計開始以来初めて、非常に強い勢力のまま東日本に上陸と出ていたので、なぜ平成3年から統計開始なのか気になって調べてみました。

すると、91年9月にも大型の台風19号が有って、北陸を通過していました。強風で金沢の兼六園の庭木が相当倒されて、台風の直後に私も見に行った記憶が有ります。データで見ると最大風速 (気象庁解析) 50 m/s、最低気圧 925 hPaとなっていました。

このデータでは気象庁解析となっているのと、金沢地方気象台の最大風速の記録開始は11月からとなっていることから、このデータ自体どうやら測定値ではないようです。それまでは、中心気圧記録(1951年開始)以外は、各地方気象台で風速統計を開始していたりいなかったりでバラツキが有ったようです。風速統計は、浜松 (1886年開始)、御前崎 (1932年開始)、静岡 (1940年開始)〜金沢など(1991年開始)となっています。

どうやら、91年の台風19号をきっかけに、風速統計を開始していなかった気象台を無くしたというのが顛末のようです。と、ここで車だけ避難させて。。。。

 

23時、ほんの2時間ばかりで近所の田川が溢れだしました。ドバイ在住のエジプト人から「大丈夫ですか」なんてLINEも入ってきました。大丈夫では有りません。

河川のどこから溢れるかで被害の度合いも変わってきます。少し下流に住む同僚は既に避難所の体育館へ避難したとのこと。。。。。さて

 

 

 

 

2019年10月6日

香港危機

昨日施行された「マスク禁止規則」で、香港の抵抗活動に更に火を付けた感じです。週末の平和的なデモが減り、一部デモ隊と警官隊の衝突が日常化していることから、在香港日本国総領事館のメイリングリストからのメール送信も、1日1通が2通になりました。本6日は14時から、警察暴力反対集会が予定されています。

現在、抵抗運動やデモの中心となっている20代香港人の不満は、党幹部特権の乱用、共産党子弟の横暴など積もり積もったものが有るのではないか。そんな気がします。そもそも英国時代については余り実感がないことから比較は出来ないはずですし、英国時代や天安門事件を知っているお父さん世代は割と冷静な様子ですから。となるとどうやって収拾させるのか。民主派の行政長官が立たない限り終わりがないのではないか。そんな気もします。

 

 

2019年10月5日

サウジ軍とフーシ派

最新の軍備を誇るサウジがイエメンのフーシ派との戦争で一進一退となっている理由は何なんでしょうか。
当初は、サウジが空爆を担い、UAEが陸軍を投入と報道されていたのが、この8月には、アデンでハディ暫定政権軍と南部暫定評議会STCの軍が衝突しています。サウジは暫定政権を、UAEはSTCをそれぞれ支援しています。内戦の中での内戦状態ですね。この介入が更に長引いて、サウジの内政に悪影響を与えるようになるのが心配です。その点、UAEは引くのが早いので安心ですw

 

 

イエメンの人口

ちょっと気になったので、中東の人口ランキング2018年版を世界経済のネタ帳で見てみました。5位サウジが3320万人、6位イエメンが3082万人、7位UAEが1043万人となっています。隣国オマーンは、12位で426万人、ヨルダンは、8位で990万人。人口だけで見ると、サウジもイエメンもそんなに変わらなくて意外でした。アラビア半島全体では、8748万人なので、その人口比は、サウジが38%、イエメンが35%を占めていることになります。

 

 

国慶節の軍事パレード

先週2日の夜に、YouTubeで国慶節の軍事パレードを見たのですが、いろいろアップロードされていて、その中でも一番長いのは、02時間53分で、2.45GBとかなり大きなファイルでした。先日、北京で遭遇した空軍のヘリ部隊が国旗を吊り下げて最初に上空を通過〜兵士のパレード、陸軍車輛、空軍航空機の順で天安門前を通過していきます。ロシアと並んでスケールの大きな軍事パレードです。今回、建国70周年ということで、中国政府は直前まで香港を刺激しないようにしている感が有ったのですが、さてこの後は。。。。

 

 

 

2019年9月29日

BBCのディベート番組に、珍しくビル・ゲイツが参加していました。「ワールド・ディベート」の再放送で、テーマは「格差問題、グローバル資本主義の是非」です。5人のパネリストと客席を交えたディスカッションで客席前列にビル・ゲイツがいました。内容は、テーマに含まれている問題点を掘り下げていくものでした。

2030年までに1%の富裕層が世界の資産の3分の2を所有する勢いですが、ピラミッドを高くすると底辺が広がるように、世界の富豪がますます豊かになることで、底辺の人々の生活が向上するという事。

その一方で、これほどの格差は持続不可能で、ポピュリズムを増大していくだけといった見方も有ります。近年、ポピュリズムの台頭が著しく、世界の政治のトレンドになったと言っても過言では有りません。

その代表格が、スケープゴードとしての難民対策であるという意見が有りました。グローバル資本主義によって格差の底辺も底なしに広がっていき、その国の底辺の人々が今の生活を維持する為、周辺国からの難民を拒否するポピュリズムを受け入れていく。そういった問題点を見つめ直すべきではないかといった番組でした。唯、もう、内政干渉レベルでどうにもなりません。

 

 

我が国の難民認定について

難民認定率、日本は0.2%です。日本は難民条約に加入しているため、難民を受け入れることが求められていますが、他の先進国と比べて異様に低い認定率となっています。2016年のデータではドイツが26.3万人、米国が2万人と万単位で受け入れているのに対し、日本はたった28人という桁違いの受入数です。その後は、2017年が20人、2018年42人と推移しています。

その理由は、当局の難民の定義が「政治亡命者」に限られていて、「紛争や内戦からの避難」が含まれていないことにあります。実際、シリア難民が申請を却下されています。もちろん、難民の定義自体は各国が自国の法律で自由に定義しているのでそれは問題では有りません。

人道的見地から、強制送還ではなく入国者収容所や地方入管の収容場に収容されている人もいるのですが、いわゆるオーバーステイ組として長期収容されている状況です。一般常識として、紛争や内戦からの避難は難民であるという認識が有ったのですが、違うんですねえ。

但し、2018年の難民申請1万人の内訳をみると、何故か、インドネシア、ネパール、フィリピン、トルコ、ベトナムが上位を占め、1万人の申請者のうち6,900人を占めています。この5ヵ国の人は、どこの街にも住んでいますから、国名で見る限り、偽装難民に見えますね。ボツです。その他、スリランカ、ミャンマー、インドと続きますが、いくつかは少数民族迫害のケースに当てはまるかもしれません。

本来、紛争国ではない国や少数民族迫害以外の申請は受け付けないようにすればいいのでしょうが、前述の「政治亡命者」の可能性が有るとなってくると審査が必要になります。結局、地理的に離れていることで、明らかな紛争国(イエメン、シリア、ソマリアなど)からの申請者はほとんどいないということがわかります。

 

トルコも難民条約の締約国ですが、「オープンドア」政策でシリア難民の受入れと難民キャンプの設置や保護を行っています。法的には難民の定義を改正せずに、ヨーロッパから逃れてきた人々に限る「地理的制限」を維持しています。このためシリア難民は、UNHCRが審査を行っています。唯、そうこうしているうちに国内の難民数は350万人を超えてしまいました。トルコとシリアは800キロメートルの国境を共有しているので、必死になって人々が流入し始めたら、国境閉鎖というのは実際不可能です。トルコを通過してギリシアに渡る難民が増加したことでEUとの協調も進み、不法移民として、EU諸国がトルコに送り返している事情も有ります。

では、我が国に何が出来るか考えると、第3国移住、受入れなどの法整備が必要ですね。柔軟な政策で、例えば陪審員制度のように、申請者の調査に無作為のボランティアを加えて判定させるのもいいかもしれません。そうでもしない限り、永久に進展しないような気もします。

 

 

 

 

2019年9月28日

サウジアラビアの観光ビザがようやく解禁になりました。

これでトム・ハンクスの「王様のためのホログラム」もどきの経験が出来るようになります。但し、元々、巡礼需要が旺盛なのでチケットは安くないです。。。。エジプトまで行かなくても、ジェッダで紅海シュノーケリングも出来るようになります。

 

観光ビザ

サウジアラビア当局は27日の金曜日、49ヵ国からの観光客が事前のビザ取得なしで、最大180日間440リヤルで王国に入国できると述べました。 しかし、「女性は控えめな服装をする必要がある」、そして「観光客はメッカとメディナの都市に入ることが禁止されている」と発表した。

ビザの料金はSR 440(ビザ代SR 300と、国民保険料SR 140)、付加価値税と取引手数料が加算されます。 ビザの有効期限は発行日から360日です。 王国での滞在期間は1回の訪問につき90日間で、年間180日間を超えません。 <bahrainmirror.com

 

上記のアナウンスは、アライバルビザとe-Visaを指しているのですが、公式サイトからのe-Visaも同様で、円換算は、12,660円+αといったところです。パスポートの種類はレギュラーを選択です。最初に表示されるdiplomatic passportは外交パスポートですw。対象はサイトの下の方に書かれている49ヵ国で、アジアは日本、中国、韓国、ブルネイ、シンガポール、マレーシア、カザフスタンの7ヵ国のみです。

インドネシアとタイが含まれていないのは、意外なのですが、イスラム人口の多い国は巡礼ビザに統一されているようです。シンガポールからは毎年3千人〜4千人に対して、インドネシアからは20万人以上の巡礼者が訪れています。サウジの巡礼ビザ発給は、年間200〜300万人程度と言われていますが、その1割が世界最大のスンニ派国家であるインドネシアからの巡礼者です。

イスラム教の聖地メッカとメディナは、入れるのはムスリムのみなので、巡礼ビザを取得しないと外国人は入れません。映画 「王様のためのホログラム」では、誤ってメッカ市内に侵入するシーンが有りますが、宗教警察に見つかると面倒なことになるので注意しましょう。「メッカ・ムスリムオンリー」の標識と「ノンムスリム出口」の標識が英語で表示されています。

 

 

 

巡礼ビザ

近年、経済成長を遂げたインドネシアは、一般市民の所得でもハッジが可能となってきており、あまりにも渡航希望者が多くなりすぎたため、メッカ巡礼者の数を制限している。年20万人は許可されるが、それを遥かに上回る人数が渡航希望を出すため、希望を出してからも10年以上は待つことになるという。<wiki

サウジの人口は、3,383万人で、インドネシアの人口は、2.69億人なので8倍近く多い国ということになります。同国に対して観光ビザが発給出来ない事情も見えてきます。巡礼ビザは、ヒジュラ暦第12番月にハッジ(大巡礼)を希望するムスリムに発給されるハッジビザ(Hajj Visa)と、ヒジュラ歴2番月〜9番月にウムラ(小巡礼)を希望するムスリムに発給されるウムラビザ(Omrah Visa)との2種類有りますが、ビザ発給数は年度毎に国別で規制されています。

世界のムスリム16億人の全員が希望するとサウジの年間受入数300万人で割ると533年の待ち時間、1割が希望したとしても53年の待ち時間となり、狭き門で有ることがわかります。

国別の割り当てなので、日本など非ムスリム国からの巡礼者はほとんど待たずに行けるようです。逆に、インドネシア人の待ち時間は、仮に人口の3%に対して計算すると年20万人発給で。。。。。807/20万人ですから、40年。年30万人だと。。。。。807/30万人ですから、27年となります。実際は、人口増加係数も考慮しないといけませんが、何れにしても、wikiの記述通り、申請から10年以上は待ちの期間になりますね。

 

 

 

今も昔も、サウジの短波ラジオは中東の常連局です。70〜80年代は、15060kHzのリヤドをほぼ毎晩聴いていました。11770kHzのアデン、15084kHzのテヘランを聴いた後、BSKSA(Broadcasting Service of the Kingdom of Saudi Arabia)の03時のIDと全国ニュースのマーチを聴いて、4メガのアフリカ局サーベイを始めるという日課でした。4メガは、ナイロビ、カンパラ、バタを初め、03時半くらいから入感してくるバマコやヌアクショットでその日のコンディションを把握していました。

リヤドからは、ハッジ(大巡礼) の時期には、タルビヤ(Talbiyah)の祈りを連日、聴かされて覚えてしまいました。受験の頃は、既に自分のBGMと化していたのですが、「王様のためのホログラム」でも、映画の冒頭、白い巡礼服を身にまとったハッジの世話人が機内マイクでこれを暗唱しています。サウジのIDは、仮名表記だと、「イザート・マムラカティル・アラビーヤト・サウディーヤ・ミナル・リアド」で、いつもマイク入力が大きく、音割れしながらも耳に心地よいフレーズでした。

IDといえば、一番長かったのがリビアのSPLAJBC「アラブ祖国の声」放送で、仮名表記で、「イザート・ソウトル・ワタニル・アラビー・ミナル・ジャマヒリアティ・アラビアト・リビヤト・シャビーヤト・ルシュトラキーヤ」と出ていました。80年代半ばの17930kHz、02時くらいから聴いていました。リビア、アルジェリア、スーダン、シリアといった当時のアラブ強硬派の中では、一番聴きやすい局でもありました。

 

さて、いつ行けるか。。。行けるうちに行くのが大事です。

 

 

 

 

2019年9月26日

英国の大手旅行会社、トーマス・クックグループが破産申請をしました。英国政府と英民間航空局(CAA)によるチャーター機45機が23日だけで64航路を移動。イージージェットやヴァージン航空などが、旅客機を提供し、旅行者15万人の帰国作戦が開始されています。

2017年の旅行部門売上高は、71億2,200万ポンドで9,481億円、子会社のトーマスクック航空が、31億8,500万ポンドで4,240億円、合わせて1兆3,721億円相当になります。世界で初めてパックツアー販売を開始した企業で、世界各国を網羅するそのガイドブックは有名です。

我が国のJTBグループも世界を代表する大手旅行会社ですが、同じ2017年度売上げが、1兆3,230億円でしたのでその規模の大きさが想像できると思います。こちらは、確か、1985年に売上1兆円を達成しています。当時、大学生だった私も、同社の団体旅行大阪支店の添乗アルバイトをしており、記念パーティーに出席した記憶が有ります。

 

この話とは別なのですが、南アの旅行会社から来年のナミビア・ゲストハウスの予約をリリースして欲しいとのメールが届きました。家主との契約解消ということで致し方ないので了承しましたが、予約したHotels.comからでなく直接の申し入れで、しかもエクスペディアから返金してもらって欲しいとの案内です。どうもややこしい感じがします。

早速、ホテルズドットコムの東京の連絡先に問い合わせをすると、米国のコールセンターに繋がり、南アに電話してみますと言って保留に。。。。。日本の朝は、米国は夜、南アは明け方ですから電話に出るはずもなく後日連絡しますとのこと。

その後、メールが届き、そのゲストハウスや予約販売をしている南アの旅行会社とも連絡不通になっているとのこと。南アもナミビアもほとんど前払いなので、こうなると返金処理が面倒です。

数日後、今度はエクスペディアから電話が有り、もうしばらく待って欲しいとのこと。気が付いていなかったのですが、ホテルズドットコムはエクスペディアのグループ会社でした。

これで仕組みが分かってきたのですが、まずナミビアのゲストハウスオーナーが南アの旅行会社とロッジの賃貸契約をしていて、エクスペディアがその南アの旅行会社を通じて仕入れた宿泊予約を、本体とホテルズドットコムの両方で販売しているようです。ホテルズドットコムはエクスペディアに買収された側になるのですが、同社はホテル単体で、そしてエクスペディアは航空券と抱き合わせでの販売に主眼を置いており、そのビジネススタイルの違いから仕入れとその管理をエクスペディアが取り仕切って、別個に販売しているようです。

結局、エクスペディアの調査部門が動き、返金処理が進められることになりました。南アの旅行会社は倒産したのかもしれませんが、その詳細は不明です。航空券なら当たり前なのですが、海外の宿泊費前払いというのは、勘弁して欲しいです。

 

 

 

 

 

2019年9月20日

春秋航空は、茨城-西安線を10月27日に開設します。(上海/浦東線は減便)

エアバスA320型機で週4便(火・木・土・日)の運航。所要時間は、茨城発は5時間10分、西安発は4時間5分。

9C6296 茨城(13:20)-西安(17:30)
9C6295 西安(07:15)-茨城(12:20)

 

春秋航空が直行便で飛んでくれたら、1人2万円以下で飛んで行けるようになります。

西安は西域の出発点として有名な街ですが、これまで銀川や敦煌のついでに立ち寄る程度でのんびり滞在をしていません。陝西省歴史博物館もまだ行っていないので、タイミングを見て行ってこようと思います。

以前、受付終了時間を過ぎて博物館に到着した際、目の前でPCをシャットダウンされた経験が有ります。日本の地方都市のような融通は利きませんw

日本から行くとほとんど夜に到着ですが、着陸の際に窓から見えるライトアップされた城壁に感動します。城壁の散歩、鐘楼と鼓楼、回民街、大雁塔、始皇帝陵、兵馬俑、乾陵、茂陵などなど見どころ満載の歴史の街です。

 

 

さて明日から再び3連休。。。。

 

 

 

 

2019年9月18日

14〜16日にかけての3連休で、北京に行ってきました。

中国国家博物館にも長い間行ってなかったので楽しみにしていたのですが、生憎、国慶節に行われる建国70周年軍事パレードに備えた2回目の予行演習と被ってしまい、天安門周辺は一般人の立ち入りが出来ない状況でした。

行きは深夜、02:40羽田発の海南航空です。この時間なら空いているのではと思っていたら、買い物帰りの中国人でほぼ満席でした。爆買いは未だ健在です。

到着は04:40、約3時間で、北京の第2ターミナルに到着です。入管と荷物のピックアップで1時間ほど、それから現地の旅行会社チャーター車と合流。そのまま、北に1時間ほど走り、慕田峪長城(ム・ティェン・ユィ)に到着。市内からだと2時間弱かかります。

この日は中秋節で中国も祝日だったので、朝一でも大入りです。北京近郊の他の長城よりは空いてるだろうと思ったら外れでした。慕田峪長城は、明代の長城で保存状態も良くオススメの場所です。麓からはロープウェイや徒歩での往復も出来ますが、今回は、東側の急な登りに近いリフトで上がってトライしてきました。このルートは500m弱の距離で約120mの高さを登る急坂です。上まで行って、リフト口まで降りる頃には足が笑ってきます。ここでは帰りにリフトとスライダーのどちらかを選ぶ事が出来ます。当然、スライダーで降ります。前の人とは、十分に時間を空けてスタートしないと滑り台の途中で渋滞に巻き込まれますw

 

 

 

慕田峪長城の登りと下り、帰りのスライダー直線部分

 

 

 

午後からは円明園と頤和園を歩き回り、夕方にホテルに到着。今回は、交通規制の情報を北京公安局通知で事前に見ていたので、前門南側の胡同で予約していた四合院をキャンセルして、王府井の北側に有るルネッサンス北京王府井ホテルに変更しました。このホテルから2ブロックほど南から歩行者天国なのですが、歩行天から天安門、南は前門までが17時以降、一般車両も人も全て通行止めとなっていました。その区域のホテルに宿泊すると朝まで全く外に出られなくなります。

案の定、王府井の歩行者天国にあるデパートやレストランも一斉に休みです。路上には武警のバスや車両の他にカバーをかけてある車両も何台か駐車して有ります。小型の装甲車のようです。そんな中、大通りの店の張り紙を見てみると、朝10時から13時くらいまでは開けているショップも有ったようです。え〜、3時間だけw ?。。。。。

14日17時から15日未明にかけては、いよいよパレード予行演習です。とは言ってもホテルからは何も見えません。一応、うちのホテル前は歩けるので近所のレストランに向かいます。歩き疲れていたのでその後は、熟睡です。

 

 

2日目は、予定していた天安門の国旗掲揚式、毛主席紀念堂、中国国家博物館、そして景山公園までもクローズで入場不可でした。国旗掲揚式がないわけはないのですが一般人が入れない日でした。それで、しょうがないのでオーソドックスに天壇公園と故宮の見学です。両方とも初めてではないのですが、時間が有ったのでゆっくりと見て回りました。

天壇公園の後、タクで前門まで行くと、なんと北に向かう道路が封鎖されています。この日の道路情報はノーマークでした。それも前門から天安門周辺まで全て封鎖されています。前門から天安門側への道路すら渡れません。只管、東へ西へ徒歩で移動しますが、道路を渡っても警備の武警に追い返され北上できない。仕方なく、バスで1ブロック先に行っても北上出来ない。時間が経つばかりで、やや慌て出します。そんな時、何やら騒がしい音が聞こえてきて空を見ると、国旗を吊り下げた人民軍のヘリ部隊が天安門上空を通過していきます。この日は空軍の訓練のようです。

ヘリ部隊のパレード訓練、道路封鎖の準備をする武警

 

 

 

という訳で、再びタクで天安門周辺を大きく迂回して故宮の西華門で降りて、外周に沿って歩き、午門から故宮にようやく入城です。チケットはウェブで購入済みなので、チェックポイントではパスポート番号の照合だけします。この西華門から午門に向かう途中では、輸送機と戦闘機の部隊が北京市南部の上空を飛んでいくのが見られました。

この日の夜は、北の胡同で羊肉の鍋を堪能してきました。食事の後、散歩がてら王府井の歩行者天国前まで歩いてみると、昨日同様、やはり封鎖されています。カトリック教会の王府井天主堂までは行けましたが、深夜の予行演習開始に備えてか、花壇で武警の一団が休憩していました。家族連れにアベック、そして武警の一団がこの教会の踊り場で一時の安らぎを見いだしていました。

 

 

 

  王府井天主堂

 

 

今年の軍事パレードは、報道によると国慶70周年ということで、ステルス戦闘機「殲20」やドローン、ICBM「東風41」なども見られるとのこと。日本は平日の日中なので、生では見れないですが、中国のテレビは、ほとんどのチャンネルが中継するものと思われます。

部屋に戻って、テレビを点けてBBCを見ると、5分おきに画面が真っ暗になり中断されます。中国の報道に対する当局の規制は徹底しており、この日も香港ではデモ隊と警官隊がかなりの本気モードで衝突していて、当然それに関する放送も妨害されていました。CNNも同様です。

翌朝は、11時前の成田行きJALで帰国です。少し早めの07時半に北京空港の第3ターミナルに着くと。。。。まだ開いていないJALチェックインカウンター前には、既に中国人観光客の皆さんがズラリと並んでいらっしゃいましたw

 

 

 

 

 

 

2019年9月9日

PCに接続しているプリンターが突然、印刷しなくなりました。写真やホームページは印刷出来るのにエクセルとPDFは共に白紙です。謎です。

最後にメールを印刷すると青色のページアドレスだけが印字され。。。。ん〜何だろ。

前兆もなかったことから故障を疑ったのですが、取り敢えず、ノズルチェックとヘッドクリーニング。インクモニターではどの色もまだ表示されているのにノズルチェックで黒色が出てきません。

ということで、犯人は空っぽの黒色タンクでした。インクモニターが当てにならないというのは初めてでした。新品をセットしてヘッドクリーニングを2回で、所要時間は1時間半でしたw

 

今週末からの3連休は、北京でまったりの予定ですが、そういえば、陰暦の中秋節もそろそろだなぁと思い調べてみると。。。9月13日〜15日でしたw

もう、混雑覚悟ですね。どうせ、こちらも3連休くらいでないと行けないし。国慶節よりはよっぽどマシです。

 

 

 

 

2019年9月8日

香港では中環・金鐘に於いて集会・デモが行われていましたが,夕刻より,中環駅に於ける破壊行為や放火等,同駅及び金鐘駅に於いて警察が複数市民を拘束する状況になっています。右に伴い,現在,中環駅は閉鎖されています。<在香港日本国総領事館メイリングリスト

香港警察が現場の状況に応じて適切な武力を行使し、暴力分子の排除を行った。<新華社香港

 

地下鉄駅の出入り口のガラスを割っている写真は、どうも怪しい人たちですね。完全な覆面をしていることから、割るために来ている出で立ちです。

 

 

 

2019年9月5日

在韓米軍の龍山(ヨンサン)基地移転が本格的になってきました。

2004年、漢江の南、平沢(ピョンテク)のキャンプ・ハンフリーに全ての米軍基地を移動させる合意がなされて15年が過ぎました。今年末までに、2万人以上の軍人軍属が駐屯地宿舎から出ていくことになります。

基地近くの梨泰院(イテウォン)のバーで何度か呑み明かしたことが有るのですが、そういうバーも無くなってしまうのでしょうか。

坂を上がった飲み屋街、特にゲイバーは、早い時間は米兵カップル、遅い時間は日本人などの観光客も加わり、明け方まで一晩中賑わっていました。常連の米兵が来なくなる梨泰院は、外国人住民と観光客の街に変わりつつ有ります。

 

 

 

 

2019年9月4日

7日(土)には抵抗運動の一環として、香港で終日、香港ドルを米ドルへ両替する運動が行われます。<在香港日本国総領事館メイリングリスト

いったい何が起きるのだろうと考えてみたのですが、思いつきません。香港ドルを米ドルにすると。。。。

香港は為替変動制ではなくカレンシーボード制で固定されており、国内に流通する自国通貨に見合っただけの米ドルを中央銀行が保有するという制度です。イコールですから、香港ドルの下落というのは無いし、金融システムのダウンといったところでしょうか。。。。

wikiによると、「発券銀行であるHSBC、スタンダード・チャータード銀行、中国銀行が香港ドル銀行券を発行する際、相当額の米ドルを香港通貨当局に預託している。 」とありました。

 

香港、条例改正案を正式撤回

20時前に、香港行政官より条例改正案の正式撤回がアナウンスされました。昨日、民陣は監視されるインターネットを使わずに、今後はブルートゥースで連絡を取り合う旨、発表していましたが、撤回の発表によりその必要も無くなりそうです。

 

 

 

2019年9月1日

30日の在香港日本国総領事館のメイリングリストによると、免税範囲を超えるタバコの持ち込みで逮捕者が出ている旨。いったいどういうこと?と驚く人も多いでしょうが、香港の紙巻きタバコの免税範囲は19本でした。

年に1〜2回は必ず乗り継ぎに使っているので他人ごとでは有りません。なんと、2010年8月から免税範囲が、タバコ60本19本に変更されていました。というか、今まで10年以上、普通に2カートン持ち込んでました。何か言われたこともないし。。。。

 

 

タバコ免税範囲ですが、シンガポールはゼロで、400本まで100%課税対象。これは知ってたので、シンガポールは入国せず乗り継いでいました。

米英仏、台湾、韓国、タイは200本=1カートンなので吸わない人と行くと2カートン。中国は、400本=2カートンまで免税範囲なので吸わない人と行くと4カートンまでOKとなります。

まぁ、最初に入国する国がどこかで変わるので、やはりその都度調べるしか有りません。香港は、乗り換えの場合は入国せずにラウンジで待機が決定です。

 

 

マカオも香港同様に、2015年7月から免税範囲が、タバコ100本19本に変更されていました。

今年1月からは、マカオでもカジノフロアの全面禁煙化が実施されています。喫煙は、政府認可済みの新基準をクリアした高規格の喫煙ルーム内でのみ可能となっています。

要は喫煙ルームでさえ許可制になっているということです。げに恐ろしや。。。。。

 

 

 

 

2019年8月31日

Hong Kong Protests by 民陣=(民間人人権陣線)

朝からBBCが香港デモのライブ映像を終日放送しています。BBCとしては異例の長さで、放送時間の1/3から1/4を香港に向けています。

今日の民陣主催デモ計画については警察により不許可とされたため、民陣は市民の安全を考慮して同デモ計画の取り消しを表明しましたが、それにも拘わらず自発的に集まった人々による抗議活動が行われています。9月1日(日)には香港空港で、2日(月)、3日(火)には大規模ストライキ、複数学校の授業サボタージュ等が呼びかけられています。<在香港日本国総領事館のメイリングリストを要約

 

今月15日には、深セン湾体育センターに約500台の武警車両が待機していることと、人民解放軍東部戦区の短文投稿サイト「微博」の公式アカウントに「深セン湾体育センターから香港まで10分しかかからない。香港国際空港までは56キロだ」と投稿されたことが、報道されています。

深センにスタンバイしている武警についての報道はその後出ていませんが、「香港政府の依頼が有れば出動する」とのアナウンスを中国側が発表していることから市民への大きなプレッシャーにはなっていますね。

また、北京では、10月1日に建国70周年イベントを控えていることから早いとこ静めてしまいたいところでしょうが、民陣はそれを分かったうえで引っ張っていくつもりなのでしょうね。この後も大きな衝突が起きなければいいのですが。

 

北京の公共施設(故宮博物院など)は、9月17日以降、運用時間が変則となります。また、10月1日の国慶節からは7連休となります。

 

 

 

 

2019年8月30日

ウェッブ宇宙望遠鏡というのを御存じでしょうか。

 

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として製作されている赤外線観測用宇宙望遠鏡ですが、度々計画が延期され、現在の打ち上げ予定日は2021年3月30日に再設定されている。

1990年代の考案当初は2007年までに5億ドル(約554億円)のコストで完成する予定だったのが、2015年の打ち上げ予定から4年遅れていて、現在のコストは96億ドル(約1兆632億円)に達しているとのこと。

引くに引けない。。。。ですね。

 

中止になったGXロケット

かつて、国内に2つのロケット開発プロジェクトが有り、その一つが予算を大幅に超過して中止となった経緯が有ります。

現在も、H-IIの後継機としてH3ロケットが開発中ですが、もう一つそれとは別にGXロケットというのを開発しておりました。

打ち上げコストの低減を目的とし、1段目を安価なロシア製でケロシンを燃料とする液体燃料エンジン、2段目を液化天然ガス (LNG)の国産エンジンにしたロケットでした。

2003年度の当初計画で450億円であった開発費が、エンジン開発の遅れなどで最終的に2000億円に達する見通しであることがわかり、2009年の事業仕分けを経てロケット本体の開発中止が決定されています。

尚、07年に実機大LNGエンジンでの燃焼試験まで完了しています。この頃まで、多少なりとも関わっていたので非常に残念な思いをした記憶が有ります。

 

 

 

 

 

2019年8月26日

次の3連休は、近場の温泉でゆっくり骨休みでもと考えていたところ、自分が行きたいところは予約が埋まっていて、21日からしか取れませんでした。さて14日はどうしようと思っていたところ、北京に10年近く行っていない事に気が付き、早速、チケットを検索してみると。。。直行便で手頃なのが見つかりました。ホテルは、胡同の四合院で検索。これもお手頃価格で見つかりました。まぁ、その代わりに次の正月は大人しくすることにして、家人に話したところ、呆れながらもOKが出ました。

最後に北京に行った、2010年当時の旅行の記録を調べてみると中国の国内航空チケットやホテルは、eLong.comなどで予約してクレジットカードのコピーをファックスで送信して決済していました。全く、随分と面倒なことをやっていたわけです。この時は、関空、重慶、麗江、大理、シーサンパンナ、ミャンマー側のモンラー、昆明、北京、関空といった旅程で9日間のスケジュールだったのですが、最終日の北京で明け方の国旗掲揚式を見に行って、トラブル発生。

不覚にもそのころ買ったばかりの東芝3Gスマホ(SoftBank X01T)を天安門広場で掏られてしまいました。国旗掲揚式はスリが多いのでわざわざ、Gパンの前ポケットに入れてあったのですが、それでも掏られて感心することしかり。しかも、スマホに付けてあったキーホルダーを取り外してGパンのポケットまで戻して有りました。その後、気付かないまま北京空港まで行って気が付き、空港警察に申請しに行って参りました。この空港警察ですが、今はどうだかわかりませんが、当時は空港を出た地下に有りかなりの広さで圧倒されました。天安門まで戻ってる時間がないので事情を話して盗難届けが受理された後で、警官の一言が、「じゃあ来週取りに来てね」でした。。。。。時間切れです。全く公安は融通が利きません。「それでは来週また」と言って空港カウンターに向かいました。

それ以来、プライベートでは意味のない旅行保険には入らなくなりました。また、タイミング良く実質無料でのセット販売が始まったことで、出たばかりのiPhone 3GSを手に入れたのでした。

 

 

 

2019年8月25日

G7や香港の報道を、BBCとAl Jazeeraで見ています。 残念ながら、今や日本の地上波TV局で国際ニュースを見るのは不可能に近い状況ですw

 

BBCはスカパーなので有料にはなりますが契約すれば、iPhoneのオンデマンドアプリでも見られます。Al Jazeeraはネットの方です。WWiTV.comでもAl Jazeeraなど各国のTVが視聴できます。PCからは、HDMIでいつでもTVに出力出来るようにしています。

一方、携帯のオンデマンドアプリは意外と重宝していて、風呂場に持ち込んで見たり、出張先のホテルで見たりしています。国内のホテルでBBCが見れるのは、恐らくですが数えるほどしかないと思われます。

Al Jazeeraは、カタール寄りの偏向報道ということでエジプトなど禁止されている国も有りますが、中東の政治がらみ以外であれば中立に見えます。その他、衛星放送でいつも見ていたEuronewsもネットで視聴出来ますが、IEでの再生が出来ないので、Chromeで起動するか携帯で見ています。

 

 

 

2019年8月24日

キャセイは中国の要請に応じ、デモに参加した操縦士2人を解雇したのに続き、ルパート・ホッグ最高経営責任者(CEO)が先週辞任した。(21日ロイター)

香港では連日のデモですが、上記のような参加者に対しての圧力も相当なようです。

中国はこの後、香港にどう介入していくのか。人民解放軍をいつ投入するのか。口実はいくらでも有りそうですが、軍の介入で香港は終わりを告げることになります。かつて、要所要所に武警が配置されたラサの街を訪れたことが有りますが、植民地以外の何物でも有りませんでした。

希望が有る間、来年の香港発のチケットは、キャンセルせずにもうしばらく持っていようと思います。

 

 

10-11月の燃油サーチャージは下げです。ケロシンの下落と円高で、欧州アフリカ方面は3人で1万円ほど安くなります。

 

 

 

2019年8月23日

米国の利下げでドル安が加速しそうですね。ウォン安も続いていて、インチョン発のチケットがかなり安くなっています。

休み明けのハードな1週間が過ぎました。朝の7時がカイロ時間の午前0時なのですが、今週は、3時に寝て6時に起きるというキツイ時差ボケの5日間でした。

 

さて、今回のエジプト行きは、4泊6日で、成田〜アブダビ〜カイロ〜ハルガダの往復です。エティハド航空利用で、行きはビジネス、帰りは寝るだけなのでエコノミーです。オフラインのGoogle Mapを起動させて窓側でGPS信号を拾ってみると、パキスタンからは、オマーン湾とペルシャ湾上空、そしてサウジの北側に沿ってカイロへといったルートで飛んでいました。

カイロからハルガダまでは乗ったことのないナイルエアーを利用で、第1ターミナルから出発です。このターミナルは他の第2、第3からはかなり離れており、到着した2タミの8番出口前(普通の出口でバス表示なし)からの空港内バスに乗って15〜20分ほどで到着します。20分毎に出ているようです。途中、空港職員向けのバス停にも停車するので慌てずに確認しましょう。ナイルエアーは、定時運航で問題なしでした。

カイロからハルガダ空港までは1時間ほどで到着。紅海屈指のリゾート・ハルガダを素通りして、1時間弱でリゾートタウン・ソマベイに到着です。5年前のヨルダン縦断の際に立ち寄ったアカバで一度も泳がずに帰ったあとで、海の透明度はモルディブより紅海がオススメなんて記事を読み、いずれ行こうと決めておりました。ソマベイを選んだのは、シェラトンホテル近くのハウスリーフまで桟橋でアプローチ出来るからです。行ってみると、期待通りの素晴らしい海でした。桟橋のすぐそばには、ブレーカーズ・ダイビング & サーフィンロッジというダイバー向けのホテルも有ります。ここに宿泊すればスキューバセットごとカートに乗って桟橋の先端まで行く事が出来ます。Google Mapのフォトモードで見るとこんな感じです。

うちはシェラトン宿泊でしたが、1日2回、桟橋を徒歩往復してきました。日差しは強烈なので、桟橋に向かうにはなるべく海沿いを歩かずにホテル内と中庭を通って最短距離で行くことをオススメします。

 

 (GoogleMap引用)

 

桟橋の先端からは、数メートルでドロップオフになり、そこから20mほど降りるダイビングスポットになっています。

透明度は高く、相当先まで広々とした海底が眺められました。魚影も濃く、種類、数ともに満足出来ます。もっともうちはシュノーケリングメインなので、ほんの少し潜る程度ですが。

 

SJCAM SJ5000Xでのビデオ撮りからのカットシーン

 

桟橋の途中からも降りられます。ココは干潮時には完全にプール状態で、沢山の種類の魚が見られます。 カイロに向かう機内から見る紅海は絵のように美しく感動モノ

 

最終日の前日には、エジプト航空でカイロまで飛んで、専用ターミナルとなっている3タミに到着。宿泊は第3ターミナル直結のメリディアンです。到着ゲートを出ると正面にメリディアンの表示が有りそのまま直進です。非常に楽ですw。

 

ハルガダからカイロに戻る機内からダハシュールのピラミッド群が見れました。左後方座席にて、左から黒、屈折、赤ピラミッドで、右下にはセンウセレト王のピラミッドも写り込んでいます。今回はパスしましたが、先月から屈折ピラミッドの内部公開が54年ぶりに再開されています。

 

 

翌朝は朝一でプールへ。。。。。ひと泳ぎして、帰路につきます。帰りのエティハド航空は第2ターミナルからの出発です。第3と第2は隣同士なのですが、第3から第2は一旦、表に出て坂を上がっていく感じです。それも第2の到着ゲート前を通り過ぎて、出発ゲート前まで向かうので少々歩かされます。おまけに、何度も有る保安検査で一度も止められなかったシュノーケリングセットの長めのフィンがこの第2ターミナルで引っかって確認となりました。身体検査も男女別の列になっていて何人も引っかかっていたので、セキュリティー管理はしっかりしています。カイロ空港は通常は、空港入り口、チェックインカウンター、搭乗ゲートと保安検査が3回あるので余裕を持って行動しましょう。

また、乗り継ぎついでにカイロ市内をプチ観光する場合は空港内に手荷物預けがないので、荷物置き場代わりにホテルを取っておくのがいいです。市内から空港へ戻る際の渋滞にも要注意です。

 

 

 

 

 

2019年8月22日

数年前から中近東〜北アフリカに家族で毎年行くようになりました。UAE、ヨルダン、オマーン、モロッコ、エジプトの観光地くらいであれば気楽に行けるのではないでしょうか。まだ、内戦や治安が回復していないところもいろいろと有りますが、それでもドバイやアブダビといったハブ空港のお陰で欧州やアフリカへの移動も随分とし易くなっています。

 

先日、日航機事故の話を思い出しながら書いたのですけど、同じ1985年の出来事でもう一つ、印象に残っていることが有りました。

1985年3月12日からのイラク軍スカッドミサイルによるテヘラン空爆です。このミサイル攻撃に合った家の2軒隣に日本人の同僚が住んでいて、地下室に駆け込んだそうなのですが、後に「プロジェクトX」で、その時の様子が詳しく紹介されています。同僚が、幼少のころイランにいたことは聞いていたのですが、まさかテヘランへの第一波攻撃の渦中にあったとは驚きです。その後の、退避勧告&トルコ航空による日本人救助は有名な話になっています。

また、この時に日航機が本来の路線でないことから労組がゴネて救出に向かえなかったことも有名です。飛ばす条件は「両国の安全保証を取り付ける」というものでしたが、時の安部外相がそれを取り付けたころには手遅れになっていました。有志が飛ぶとか国有機を飛ばすという発想は残念ながらなかったようです。結局、トルコと直談判した野村大使と伊藤忠社員の尽力で多くの在留邦人が救助されました。時の政府には、危機管理能力だけでなく強固な中東政策もなかったことから、この後、イランで取得した油田権利とプラント資産を中国に渡していくことになります。

面白いことに、この頃のイランはイスラム革命後なので、欧米中露だけでなく、革命の輸出を警戒するクウェートまでもがイラクを支援していたわけです。

一方、イランの方はシリア、リビア、北朝鮮が支援、中国は両国に武器供給を行っています。意外なことに当時の湾岸諸国はクウェートを除くとイランに寛容で、表立ったイラクへの援助は行っていません。戦争の後半からはイランが巻き返しを図り、そこでようやくサウジがイランと断交、88年に停戦となっています。その後は、89年のホメイニ師の死去、90年のイラク軍のクウェート侵攻、91年の湾岸戦争へと突き進んでいきます。

皮肉なことに、フセインのクウェート侵攻は、石油だけでなくイランとの戦争で借り入れた膨大な債務帳消しが主な要因と言われています。国が亡くなれば債務もなくなるという論理です。あげれば良かったのに。。。。。。

 

 

 

 

 

2019年8月19日

この盆休みは実家の墓参りの後、紅海のソマベイまで飛んでシュノーケリングとDXingを1週間、楽しんできました。ソマベイのシェラトンホテル近辺のハウスリーフがダイバーの評判が良いとの情報を見かけて行ってきたのですが、実際、海の透明度、サンゴや魚の種類、スケールともに素晴らしく満足出来るリーフでした。

このソマベイ、バリ島のヌサドゥアのように隔離されたリゾートエリアとなっており、入り口には警備のゲートが有ります。いくつかのホテルが並んでいて、主にドイツ、ロシアなど欧州方面からのリゾート客向けとなっているのですが、今回はちょうど、14日までイスラムの犠牲祭、「イード・アル・アドハー」の連休だったので、外国人だけでなくエジプト人の家族連れも多く、ビーチやプールの方も賑わっておりました。とはいえ、ハルガダ空港から1時間弱と離れていて、やや交通が不便なことも有り、アジア人はうちの家族のみで全く見かけませんでした。

 

さて、ラジオの方ですがこちらでは中波で、キプロス、ヨルダン、イスラエルからスーダン、エリトリア、エチオピアまで聴くことが出来ました。

今回の成果は、エリトリア2波、エチオピア3波、スーダン2波といった感じです。カイロに戻ってからは、久し振りのシリアとレバノンのAl-nourも聴けました。765kHzのOmdurmanは、開始の5時過ぎだけまあまあ良好といった感じ。やはりアスワンまで南下しないとまともに聴けないようです。963kHzのHolyQuran放送も朝方に同波のニコシアと交互に聴こえる感じですが、何とかIDは取れました。エジプト紅海の朝はこの時期05:10くらいがちょうど日の出なのですが、ホテルのベランダで聴いていると日の出と同時にハエの大群に襲われます。30分ほど洗礼を受けるとどこかに飛び去ってしまいます。前回のアスワンの早朝ワッチと全く同じです。但し、この時間に開始する局がお目当てなので、そこは耐えるしか有りませんw

 

AMだけですが一覧にしました。一部、カイロで聴いたものも表示しています。

周波数 局名 状態 時間等      
612 Amman 05:27s/off、05:56s/on、06:00 News 07時過ぎまで良好
621 Voice of Arabs 終日安定      
675 Bengazi ?未確認   Cairoにて22時半、微弱      
765 Omdurman  05:00s/on  サウジと交互に聴こえる      
765 BSKSA Qurayyat            
783 Damas Cairoにて22時半、強力      
837 Iran   03時半      
837 Oromia QRMなし 06時過ぎf/out      
840 Eritorea2 QRMなし、朝は1と2がパラ      
864 Egypt Al-Quran al-Karim  終日安定      
950 Eritorea1 05:00s/on  QRMなし      
963 Nicosia        
963 Omdurman Al-Quran al-Karim   朝はニコシアと交互に聴こえる    
999 BSKSA Al-Quran al-Karim  Duba ◎◎ ソマベイの対岸なので強力      
1044 Addis Ababa 05:00s/on QRMなし、国歌で開始    
1044 BSKSA Jeddah   エチオピアとは分離可能      
1053 Romania   夜間良好      
1071 Al nour,Beirut Cairoにて22時半      
1080 Egypt Menya   Cairoにて22時半      
1152 Romania   夜間良好      
1206 IBA Haifa        
1233 RMC   夜間良好      
1287 Voice of Hope, Israel   夜間良好      
1359 Tigre 05:00s/on QRMなし、06時半ごろf/out    
1458 IBA Eilat   QRMなし      
             

エジプトとサウジは混信局のみ載せました。さらっと聴いて判別できたものは以下の通り。

Egypt各局
774,864,936,1008,1035,1071,1098,1206,1215,1287,1350,1503kHz


Saudi Arabia各局
567,594,648,702,819,999,1071,1098,1449,1575kHz

短波は、朝の05時から6105kHzでNHKの台風情報と高校野球を聴いてました。7205kHzのOmdurmanは05:00s/onで06時前後がベスト、07時にはノイズでBFになります。06時には、6090kHzのAmhara State、6110kHzのFanaが、夜は、21時半ごろに、5950kHzのTigreや6030kHzのOromiaが良好でした。

エリトリアの短波は入らずでしたが、中波は10kHz設定で混信もなく良好に聴けました。05時開始ですが他の局より少し遅くs/onします。 

 

 

 

2019年8月10日

 

JAL123便墜落から今年で34年目となります。毎年、お盆休みが近づくと思い出します。当時、大学の夏休みで、京都の民宿でバイトをやっておりました。あのジャンボ機が落ちたというのと、乗客乗員520名が亡くなったという事故で、驚きながらニュースを見たのを今でもよく覚えております。御巣鷹山墜落地点の「昇魂之碑」は行ったこともないのですが、 ここ数年は遺族会だけでなく、安全祈願のメッカになっているとの報道を目にしました。北関東に住んでいるうちに行ってみたいと思っています。

今度の12日は、ちょうど、同じ時間帯にアブダビに向かうEY871の機中で伊豆半島の上空を飛ぶことになります。

 

飛行機が好きなことも有り、ナショジオの深夜番組「メーデー!:航空機事故の真実と真相」を毎晩見ています。物証を集めて事故原因を究明していく調査団が、機体の欠陥や、人的ミスを冷静に分析していく内容です。この番組を見ていると、物事の原因には必ず辿り着けるといった信念を持つ事が出来ます。いくつかの原因が偶然に重なり合って事故に繋がっていくことから毎回、興味深く見ています。

 

 

 

2019年8月6日

エジプト内務省は、4日深夜、カイロのナイル・コルニッシュ通りのガン研究所周辺で起きた爆発について車両に爆発物が積まれたものであったと発表。<在エジプト日本国大使館領事部

深夜に一方通行を逆走したうえの爆発というのはいかにも変な話に聞こえるのですが、テロ実行の移動中であったと思われるそうで、何れにせよカイロ中心部〜ギザの大エジプト博物館周辺にかけての爆発物を使った反政府活動が続いています。

 

 

 

2019年8月5日

香港のデモがゼネストに発展し、空港でも210便が欠航する事態になっています。行政官が大陸の意向をどこまで押し通すのか今一つはっきりしません。

 

外務省の「たびレジ」に具体的な日程を登録すると、その予定日が過ぎるまで現地の日本国総領事館からの情報がメールされてきます。香港の総領事館からは、このところ連日、「香港における抗議活動に関する注意喚起」が送られてきています。

その香港なのですが、来年の5月連休の特典航空券を香港経由で取得しました。そもそも、連休初日に出発する特典航空券は発券初日狙いでないと取りずらいのと家族全員の分を押える必要が有るので、ほとんどの場合、取りやすい香港発か仁川発になります。便数で行くと上海も有りますが、遅延が多く、それに伴う混乱も経験したことも有り敬遠しています。

来年は南アフリカか東アフリカをレンタカーで走りたいものだと思っていたところ、ケニアもタンザニアも家族旅行はツアーでないとやや物騒な気配が。。。。。南アからのツアーだとジンバブエで滝を見てボツワナでサファリツアーというのが一般的なようです。でも、ここはやはりレンタカーに拘ります。

ルートはヨハネスブルグでスタートが便利なことから、モザンビーク、ボツワナ、ナミビアの3択で検討することにしました。クルーガー国立公園、チョベ国立公園、或いは、エトーシャ国立公園を比較したうえで、やはり、ドライブでの見どころが多いナミビアに決定です。

今回は、JALマイルを利用してヨハネスブルグ行きを取ることにします。ワンワールドで南アとなるとカタール航空になります。香港発なら取れるだろうとJALに問い合わせたところ、今年からホームページで取れるようになったとの事。早速、検索してみると、ビジネスは空席なしでしたが、エコノミーで人数分を取る事が出来ました。幸い、東京から香港もワンワールドのキャセイドラゴンで取れたので一安心です。また、香港発だと普段は行きに香港エクスプレスを使うので一旦、荷物をピックアップせねばなりませんが、ワンワールド通しで取れば荷物は預けっぱなしで街歩きが出来ます。

片道エコノミーで5万マイルでした。片道ビジネスだと8万5千マイルになります。行きのチケット価格が高いのと連休のピークということも有り仕方ないです。実際、帰りはどの航空会社でも似たような安い価格で購入出来ることから行きだけでも十分です。特典券の諸税は一人1万円弱。帰りはケープタウン発のシンガポール航空のチケットを6万円台で購入し全部で一人8万円で収まりました。このシンガポール航空のケープタウン発はヨハネスブルグを経由するのですが、そのまま同じ機体で楽なので即決です。

この後、ヨハネスブルグからウィントフークを南ア航空で、ウィントフークからケープタウンをナミビア航空で購入。意外なことに、ナミビアも南アもホテルは全て前払いでした。1年先でも人気のあるサファリ・ロッジは既に先約有りで取れませんでした。2国ともに欧州からの観光需要は旺盛なようです。

ウィントフークからさらに乗り換えて地方都市からのスタートも検討しましたが、日曜にレンタカー屋が休みだったりして結局、ウィントフークで借りて返すスケジュールにしました。レンタカーはもちろん無難な4駆です。

 

さて、来週は紅海沿岸でシュノーケリングです。エジプトなのでどんなトラブルが待っているのか楽しみです。

 

 

 

2019年7月15日

今年の沖縄行きは、伊良部島に隣接する下地島へのフライトでスタートです。下地、伊良部、宮古、来間の4島を4日間で周ってきました。

3月末にジェットスター成田便で開業した下地島空港は、24年ぶりの定期便で注目されましたが、この7月からは関空からも飛ぶようになり宮古島以外の観光地もその恩恵にあずかれるようになりました。

島の半分くらいが滑走路になっている下地島は、北端の17エンドと南西部の中の島ビーチの2ヵ所が有名なシュノーケリングスポットとなっていてサンゴ礁の海が満喫できます。生憎、今回は波浪警報が出るくらいの南南西の強風だったので、ボートでアプローチする17エンドは諦めて、中の島ビーチや宮古島のイムギャーマリンガーデンで泳いで来ました。どちらも入り江で風の影響を受けにくいので強風の日でも安心して泳げます。一般に、風速6メートルを超えると透明度が落ちてきます。

宿泊は、成田前泊と伊良部島の民宿で2泊。佐和田の浜に面した宿で下地島西側にある中の島ビーチへも10分程度で行けることから2泊しました。到着初日は、佐和田漁港近くの蟹蔵さんというカニ料理店でアミメノコギリガザミを頂き、そこの御主人にサバニ船で佐和田の浜から下地島の滑走路東側の海や下地島の通り池を案内して頂きました。蟹蔵さんのサバニ船は遠浅の海でも舟底を傷めずに進む事が出来るそうで、エコモーター制御です。

この佐和田の浜から下地島の滑走路東側の海にかけては沢山の巨石が海中に転がっています。1771年に起こった八重山地震により引き起こされた「明和の大津波」によって運ばれてきた津波石と言われています。 蟹蔵さんの話では、1972年(昭和47年)4月の空港建設でかなりの巨石がダイナマイトで破壊され埋め立てしてしまったそうです。また、祖父の頃までは、ジュゴンも生息していて食用にもなっていたそうですが、建設着工前の1967年を最後にこの辺りでは確認されていないようです。

2日目は、AMは中の島ビーチでシュノーケリング、PMは伊良部島東側の佐良浜港からボートで南下してシュノーケリングです。

夕方には、民宿の自転車を借りて17エンドに向かいます。18:15に、関空便の着陸がこの絶景ポイントで見られるからです。頭上を轟音を響かせて通過、着陸する様子は感動モノです。空港の開港とともに「車両通行止め」となった17エンドは自転車か徒歩でしか行けないのですが、この日も関空便の着陸間際には、10人以上のギャラリーが集まっていました。

3日目も朝から南南西の強風で予報では2.5メートルの波です。AMは中の島ビーチ、PMは宮古島南部のイムギャーマリンガーデンでひと泳ぎ。イムギャーマリンガーデンは波が立たない入り江なので強風の日でも気にせずに楽しめるビーチです。但し、干潮時には浅過ぎで窮屈な感じです。体がサンゴに触れないように、サンゴの間を縫って泳ぐので泳ぎにくかったです。

夕方には来間島に移動し、「RuGu Glamping Resort」で1泊です。ココはこの春にオープンしたばかりのところで、バーベキューと星空がオススメです。

グランピングは、glamorousとcampingを合わせた造語で、アウトドアを楽しむリゾートスタイルなのですが、要は設営しなくて飲み食いも出来るお手軽アウトドア施設のこと。近年、UAEやヨルダン、ナミビアなど砂漠地帯でセレブが宿泊しているハイソなキャンピングの記事も目にするのでお高いイメージが有ったのですが、ココはトレーラータイプの部屋でコスパも良く楽しめました。深夜にトレーラーの屋根に上がると雲の切れ目から綺麗な星を眺められました。

 

 

 

中の島ビーチ、下地島空港離陸の際に撮影、写真右下に駐車スペースが有ります。左下の少し濃い色のところがシュノーケリングスポットです。干潮でもある程度の深さが有ることから、サンゴと距離を持ってゆったりと見渡せます。

 

 

17エンドにて関空からのGK377便を撮影。サンゴ礁は、イムギャーマリンガーデンの展望台からの眺め。

 

 

 

 

2019年5月20日

UAE軍が撤退したイエメンのソコトラ島に行かれた方のブログ等を発見しました。2件とも今年になってからの渡航です。

一つは空路で、カイロから毎週水曜のみ往復している便で、水曜に行って次の水曜に戻った人のもので、カイロで前後泊して11日くらい。もう一つは、オマーンのサラーラ港から定期船で行った方の記録です。こちらは日数は不明ですが、船で行かれた方は当初、陸路で国境まで行き追い返された後、サラーラから出ている船を知ったとのこと。何事も諦めないのが大切ですね。ソコトラ島自体はUAE軍は撤退しましたが、武力ではなくあちこちに非難されて帰っただけですし、マイナー好きな欧米ツアー団も訪問しているようで、人々は貧しいものの至って平和な様子らしいです。ビザは必要ですが詳細は不明です。中央が混乱している今は、ローカルで発行していても可笑しくない状況です。でもそれ以上は調べるのを止めました。行きたくなるから。。。。

 

 

2019年5月19日

8月にエジプト紅海へ行くので、1人25ドルのe-visa(ファミリービザ)を取りました。3日後にPDFファイルのビザがメールで来ます。e-visaに関しては情報が少ないのですが、このファイルの期限90日とビザの期限45日は別モノです。この書類の期限は発行から90日ですが、その期限までに入国すれば45日間の滞在(シングル)が可能となります。カイロの入管にて確認しました。並ばなくていいので気が楽です。入国カウンターでの画面チェックだけなのでPDFを印刷する必要は有りません。但し、e-visaはページに記載されている国籍以外には対応していません。その他の国籍は大使館での申請となります。参考までに旅行会社に依頼すると、シングル60日で2万円ほどかかります。こちらは発給から60日以内に入国で、滞在可能期間は30日以内となります。本人の大使館申請の場合、3回行く必要が有るので3回分の交通費との比較になるので、首都圏以外は旅行会社に依頼する方が安上がりです。

つい先程、カイロの日本大使館メーリングリストより速報が来たのですが、ギザの大エジプト博物館建設サイト近辺で、観光バスが仕掛け爆弾の被害に遭い、観光客が負傷した模様です。ギザから3kmほど北寄りの幹線道路沿いで、リングロードからアレキサンドリア・デザートロードに合流するところで年末にも同様の爆発が有りました。何気に国内の安全ホームページも作って欲しいところです。千葉県×原市や東京〇袋はレベル3とか。。。。

 

今年になって、セールの時期を逃しているのか、お得な航空チケットがなかなか見つかりません。。。。。

6〜7月のサーチャージは上げです。今月は来年の連休チケットを買うにはまだ早過ぎるし、中東系エアラインのチケットをマイレージで取るとしても、6月半ばでないとチケットが出揃わないし。
マイレージは、アフリカか中東の行きの分だけでもビジネスで取れればかなり節約出来ます。欧州行きと違って、中東アフリカ行きのビジネスは欧州の倍ぐらいで手が出ないからです。この価格の違いは何ででしょうねぇ。

 

チケット購入のポイント

購入日を決める際、月を越えてサーチャージが上がるか下がるかを見る。3000円程度の差でも家族で行くと1万円前後違ってきます。但し、売り切れるとスケジュールの組み直しになるので座席の残数も見ておきましょう。

途中で寄るところが有れば周遊の検索をかけてみる。単純往復より安くなることもある。或いは目的地より少し遠方を選んでみる。以遠権を利用して、航空会社のハブ空港より遠方にすることで安くなるケースが有ります。

エコノミーを買うつもりでも、念のためプレエコとビジネスの価格を確認する。安いプレエコ設定を見かけることも。

 

 

 

 

2019年5月

今年の連休は、9泊12日でエジプト縦断に行ってきました。

ルートは、羽田-ドバイ-カイロ-アスワン-アブシンベル-アスワン-ルクソール-カイロ-エル・アラメイン-アレキサンドリア-カイロ-アブダビ-成田です。

エジプトはカイロ中心の航空路線のため地方間の接続が少なく、飛行機で全部移動するとほとんど毎回、カイロに戻って乗り換える必要が有ります。今回は、アスワン-ルクソールを列車で、カイロ-エル・アラメイン-アレキサンドリアを旅行会社のチャーター車で移動しました。

 

ホテルはマリオットのポイントが溜まっていたのでトラベルパッケージを利用し、ギザピラミッド前のマリオット・メナハウスを1年前に予約しておきました。トラベルパッケージは7泊分ですが減らすことも出来ます。 ピラミッドビューを指定したところ、その分のみポイント外とのことで若干の追加費用が掛かりました。新館前の庭園は、カイロ宣言の場所として有名です。チャーチル、ルーズベルト、蒋介石が記念撮影したところですw
昨年、マリオット系列になってから旧館の客室はリノベーションでクローズされており、庭園を挟んだ新館での宿泊です。

航空券は、行きがエミレーツのエコノミー、帰りのエティハドはカイロ発券のビジネス成田往復を買いました。これで行くと成田発往復の1/4のコストで行けます。但し、エジプトに2度行くことになります。乗り換えで使ってもいいですが。。。。
国内便は、エジプト航空でバラ買いしました。こちらはルートに関係なく、便ごとに1年前、半年前と売り出し時期が違っています。規則性は不明です。また、遅延はごく普通に有るので余裕の有るスケジュールにしました。アスワンまでは330日前に押さえていたのですが、アスワン-アブシンベルの往復は半年前に発売されました。買えなければ最悪、陸路で向かうつもりでいましたが、何とか取れました。チケット発売を見かけた時点で行きのエコノミーは既に売り切れてビジネスのみとなっていました。もちろんそれでも直ぐに押えます。この路線はカイロ-アスワン-アブシンベルを日帰りで飛ぶ人気路線なので直ぐに売り切れます。

初日は入国後、乗り継ぎ待ちの時間を使って考古学博物館を見学。夕方にアスワンへ飛びました。この日はアスワン市内ではなく、ナイル川対岸のヌビアの村の中に有る「Kato Dool Nubian House」に宿泊。このホテル、ヌビアの村の中に有るので、表に出れば小さな商店が並んでいます。アスワンの街中と違って素朴な雰囲気で過ごせます。空港送迎はホテルに依頼しました。市内に向かうルートからは外れるのでタクシーだとかなりかかりそうです。途中、ヌビアの村をいくつか徐行で通過していくので、Google mapの表示通りでは着きません。

取り敢えず、夜着なので翌日に備えてゆっくり休みます。
朝方にラジオを点けると、765kHzでスーダンのRadio Omdurmanがガツンと良好に入っています。短波の7205kHzとパラです。当地では、5時の日の出と共に一気に気温が上がって来ます。ノイズレベルもそれに合わせて上がってきます。早朝は26℃、昼は40℃を越えます。

HND 0030−0645 0815-1005 CAI
CAI 1720-1845 ASW

1010-1055 ASW-ABS 1315-1400 ABS-ASW

アブシンベル神殿は空港から無料バスが出ているので、90分ほど観光です。アスワンに戻って空港から駅まで移動、16時発の列車で出発です。コム・オンボやエドフを通過して3時間ほどでルクソールへ。
ホテルは、「Eatabe Luxor Hotel」、ナイル川クルーズの船着き場前でルクソール神殿、ルクソール博物館、ミイラ博物館が徒歩圏内と、何かと便利なホテルでした。安いホテルで建物も古いので、多少の不具合は有りますが、立地の良さでカバーしています。リクエストすればブレックファストボックスも準備してくれます。西岸はチャーター車で、東岸は徒歩と馬車で回りました。馬車は、2人組の馬車だったのですが、途中で急に金額を上げだす曲者もいるので交渉した後も注意です。何かと言ってきますが、最初に交渉した金額を渡して途中で降りました。やはり向こうが2人だと強気になっていくので止めた方が無難です。ルクソール博物館の傍で降りると警察署の近くなので追いかけてきません。

この日の目玉は、王家の谷のセティ1世の墓(1,000ポンド) 王妃の谷のネフェルタリの墓(1,200ポンド)です。ツタンカーメン(250ポンド)も、もちろん見ましたが前述の2つの墓とは比べ物になりません。ハトシェプスト女王葬祭殿、ラムセス三世葬祭殿(メディネト・ハブ)、メムノンの巨像まで見てちょうど昼過ぎでホテルに戻り、いよいよカルナック神殿です。と、ここまで来て財布が寂しくなってきました。入場料が全部キャッシュなのであっという間になくなります。生憎この日は、コプト教のイースターで祝日だったので、銀行が休みです。カードが使えるATMを探すのに多少、苦労しました。昼食後、カルナック神殿をじっくり回り、17時オープンのルクソール博物館を見てホテルに戻りました。博物館は、昼過ぎ〜17時まで一旦閉鎖されます。ルクソール神殿は夕食後に外からのライトアップを見て早々と眠りにつきました。

ラジオを点けると、765kHz、スーダンのRadio Omdurmanは同波のサウジアラビアと同じ強さで入っています。サウジはクルアーンなので、分離は出来ますが聴きづらいです。

 

次の日は、少し離れたアビドス・デンデラの観光です。ルクソールから北上するのですが、ココも検問をいくつか通過していくので、Google mapの表示通りでは着きません。早朝出発で3時間ほどかけてアビドスに到着。セティー1世葬祭殿を観光しました。アビドスの砂漠、ウンム・エル・カアブには第一王朝のジェル王墓やデン王墓など有るのですが、残念なことに許可制で一般開放はされていません。第一王朝以前の紀元前3,200年頃のスコルピオン1世は、スコーピオン・キングで有名ですが、その墓もここに有ります。今から5200年前で、メソポタミアのシュメール神話時代のころです。
デンデラでは比較的新しいプトレマイオス朝時代のハトホル神殿を含むデンデラ神殿複合体を観光。色彩豊かな天井、オーパーツで有名な地下壁画、クレオパトラのレリーフなどをじっくり見れました。

1820-1930 LXR-CAI

夕方にはルクソールに戻り、空路カイロへ。ギザのホテルまで1時間のドライブです。カイロ市内は慢性的に渋滞しています。車線がないので結構、皆さん斜め走りしていていますが大きな事故は見かけませんでした。ギザは6泊7日です。

ラジオを点けると、765kHz、スーダンのRadio Omdurmanは同波のサウジアラビアにカバーされてバックで入っています。ほぼ聴けない状態です。6メガのエチオピアはオロモを除いて、ティグレ、アムハラ、ファナが強く入感。上の方は、9620kHz Oman、9555kHzと9870kHzのサウジ、9655kHzのアルジェ、11745kHzのサウジ軍、11860kHzのイエメン(サウジ送信)が強く入っていました。NHKは、6105kHzのイスダン送信が04時に聞こえていました。どのバンドも、トルコ、サウジ、イランは特に強く入っていました。カイロの短波は出ていないようで見つかりませんでした。

 

ギザ2日目は朝から1日、ピラミッド巡りです。メイドゥム(スネフェル)、ダハシュール(屈折、赤)、メンフィス博物館、サッカラ(ジェセル、ウナス)、ギザの順で行ったのですが、ウナス王のピラミッドが午前中のみ入れるので、屈折ピラミッドは遠景のみ、赤ピラミッドに入る有名な苦行も止めて駆け足で回りました。南端のラフーンも行きたかったのですが、アスワン観光と合わせて老後の楽しみにします。午後からは、クフ王のピラミッドにも入って帰りました。

3日目は、ナイルマキシムのディナークルーズです。こちらのベリーダンサー、演奏などはプロということで一押しです。前座は普通の洋楽歌手でした。

 

4日目は、エル・アラメインとアレキサンドリアを無理やり1日で周って南北縦断が完了。ギザから3時間で、エル・アラメイン。エル・アラメインから2時間でアレキサンドリアです。アレキサンドリアからギザは夜だと3時間なので、移動だけでも8時間のドライブになります。

旅行会社のチャーターでアレキサンドリア・デザート・ロードという自動車道を北上します。この自動車道は片側車線4つが、それぞれ最高速が違っていて路面に書かれていました。また、トラックはその4車線の横に有る側道を走ることになっており、なかなか合理的な運用になっていました。カイロ市内は無理ですが、ギザからアレキサンドリアならレンタカーも有りと感じました。但し、オービスも有るので注意です。

第二次大戦の激戦地、エル・アラメインでは、軍事博物館と独軍墓地を訪問。軍事博物館では、ロンメルとモントゴメリー、枢軸国と連合国各国の展示が見られます。屋外には当時の車両や戦車、高射砲なども展示されています。ドイツ・アフリカ軍団のサンドイエローに塗装された、88ミリ高射砲、38ミリ砲、Sd.Kfz.7(8トンハーフトラック)が見られました。残念ながら、Sd.Kfz.7はほとんど潰れた状態でした。欧州戦線のジャーマングレイ塗装の88ミリ高射砲は、コペンハーゲンの軍事博物館で見る事が出来ます。

この軍事博物館を挟んで、独・伊の枢軸国は海側に、連合国は陸側に墓地や慰霊碑が配置されています。連合国墓地(コモンウェルス)から更に西へ11km行った海側に要塞のような独軍墓地が有ります。独軍4,480名の集団墓地の上に戦没者記念碑とオベリスクが建てられています。

ローマ帝国の再来を夢見てイギリス領エジプトへ侵攻したイタリア軍が、イギリス軍の反撃によりベンガジまで後退。そのイタリア軍救援のために派遣されたドイツ軍ですが、トブルクで英軍を包囲し、このエル・アラメインまで攻め込んで1942年10月に敗北。以後、チュニジア南部まで後退し、1943年5月には連合国軍に降伏。アフリカにおけるドイツの戦いも終わる事となります。 エル・アラメインは、現在は海側で新興住宅地の開発が進んでいますが、その一方で広大な墓地とメモリアル、未だに未処理の地雷原が残る砂漠地帯を抱える戦争の歴史の街と言えます。

エル・アラメインで昼になってしまい、急いでアレキサンドリアに向かいます。定番のポンペイの柱、アレキサンドリア国立博物館と、そこまでで16:30。。。。博物館を閉館間際に出てコルニッシュ沿いのレストランで、夕方の海鮮ランチタイムです。

 

5日目は、徒歩でピラミッドエリアを散策。メナハウス前の右手から上がり、正面ゲートの開門と同時に入場して、エリア内の葬祭殿やマスタバ、王妃のピラミッドなど一通り見てメンカフラー王のピラミッドの奥の高台に有る通称第2ビューポイントまで砂漠をひたすら歩いて。。。。そこから、観光バスが止まるパノラミックビューポイントを経由してホテルの横を通り過ぎてカルフールまで。。。。途中、土産物屋さんなども立ち寄りながらぶらついて来ました。多分、8〜10km位は歩いたと思いますが、朝一で2人目の入場だったので爽快な気分で散歩が出来ました。但し、このフルコースは真昼は流石に止めておいた方がいいです。

ギザ6日目で既に出発から11日目となり、同行の家人もかなり疲れて来たようで、1日中、ホテルのプールで休憩。7日目の朝には、再びカイロの渋滞を通って空港へ向かいアブダビ経由で帰路につきました。アブダビのビジネスラウンジで休憩しているとエティハド航空から携帯に電話が入り1時間のディレイとか。アテネからの便が遅れたようで、その便の到着待ちにしたようです。表示を見ると仁川と東京がディレイです。連休最終日到着の帰国便なので置いていくとクレームの嵐になります。結局、その便の皆さんは乗り継ぎに間に合ったのですが、それでも機内では遅延クレームの嵐が吹いてました。CAさんに言ってもしょうがないのですがねぇw

CAI 13:15-19:00 AUH 2200-1300 NRT

 

今回、各地のオプショナルツアーについては、カイロの「ベニス細川家」さんを通じて段取りして頂きました。色々と調べましたが、ココは良心的な料金設定なのと、丁寧な受け答えをされるところなのでオススメ出来ます。
それにしても、海外のオプショナルツアー会社のサイトは現地の物価レベルで見ると高過ぎます。。。。。ラクダや馬車の吹っ掛けが可愛く思えてきますね。。。。。

 

 

第2ビューポイントからの眺め。この向こう側がギザの街。メナハウスから、3.2kmで徒歩45分。

パノラミックビューポイントからの眺め。一番奥のクフ王のピラミッドの裏がメナハウス。
メナハウスから、2.5kmで徒歩35分。

 

 

 

2019年2月

3泊5日で、ボルネオに行ってきました。今回は、コタキナバル沖合のガヤ島でシュノーケリングです。Gayana Marine Resortの水上コテージで宿泊です。直行便は毎日飛んでいないので、クアラルンプールで乗り換えです。

HND 00:05-06:45 KUL 全日空

KUL 08:00-10:40 BKI マリンドエアー

クアラルンプール空港は、案内板が見づらくて初めての人はまごつきます。

国際線が到着するサテライトビルからエアロトレインでメインターミナルに移動、サテライトビルにもトランジットカウンターは有るけど、ここではないと言われメインターミナルへ向かいます。

メインターミナルのトランジットカウンターで国内線のチェックインをしてから、国内線乗り継ぎ用入国審査カウンター、保安検査を通過してゲートの一番右側に有る東マレーシアに向かう案内板の方へといった手順です。もちろん、荷物は出発の際にスルーバゲッジの確認をしておきます。

マレー半島と東マレーシアは、国内線ですが2時間半も離れていることから、その出入りは国際線並みに厳しく管理されています。クアラルンプールでのスタンプの漏れが有るとコタキナバルで入境出来ないとかいう話も有るので家族連れは注意です。

コタキナバルの空港からのタクシーは、空港内のタクシーカウンターで定額のチケットを購入して行くシステムです。大人の人数と行きたい場所を告げれば料金が提示されます。

ガヤ島の海は透明度も高く、まずまず楽しめます。このホテルは入り江の奥の浅瀬に有る為、どうしても小さな魚が多いのですが、点在するサンゴの周りに綺麗な色の魚が見られます。深みに行くとやや大き目の魚が見られますが、魚影は薄く、見られる数は少なかったです。

満潮時でも大人がつま先立ちできるくらいなので、干潮時には小学生の子供も立てるようになりライフジャケットがなくても安心して泳げる海になります。ホテルのスタッフによると、ウミガメは夜だけ時々見られるそうです。このホテルには、海洋研究所も併設されていて、日中は研究用の水槽を見たり所内の説明会も開かれています。散歩がてら見に行くと、シャコ貝の幼生を飼育していました。

BKI 21:30 - 23:55 KUL マレーシア航空

KUL 08:00 - 15:40 NRT 全日空

帰りはマレーシア航空でスルーチェックインが出来ました。深夜にクアラルンプール着となるので空港内サテライトビルに有るトランジットホテル(サマサマ)に泊まり帰国しました。国内線で到着後、一旦、空港外の喫煙所に寄ってから出国ゲートに向かいました。

この空港、サテライトビルの上のフロアーに喫煙所が有るのですが、そもそもホテルがエアロトレインのホームの一番奥まったところにあるため、遠くて愛煙家には辛い空港です。ディズニーランドの喫煙所行くみたいにひたすら歩きます。

 

 

* 2月3日、タイ国内主要6空港が全面禁煙となりました。

スワンナプーム国際空港、国際線ターミナル内だけでなく屋外も全て閉鎖されたとのこと(泣

 

朝は誰も泳いでいません。自分だけですw。

 

 

 

 

2019年2月7日

先日に引き続き。。。。宇都宮上空1万mを横切る航空機を夕方にぼんやり見ていると、やけに大きく見えてきて、フライトレーダー24のアプリで見てみました。すると。。。。

セントレアを飛び立ったボーイング747 Dreamlifter、機体番号N249BAでした。数時間後には、ワシントン州のペインフィールド空港に着陸します。この輸送機には、ボーイング・エバレット工場に送られる機体部品が積まれています。日本の航空機産業はこのドリームリフターの活躍に支えられているといっても過言では有りません。

それにしても、いいタイミングで発見出来てラッキーだわw

 

 

 

 

 

 

2019年2月3日

何気に気付いていないこと。

ベランダで、宇都宮上空を東から横切る航空機が有りました。民用の空港がないこの地で飛行機を見るのはまれですが、国内線なら通常、南北に飛びます。

ちょうど数分差で東西と南北に航空機が見えたのでフライトレーダー24のアプリで見てみました。すると。。。。南北は羽田-三沢行き、東西はバンクーバー-仁川行きでした。新潟に抜け日本海沿いに仁川に向かうようです。

 

さて、来週は、コタキナバルで初泳ぎです。その準備をしながら、ふとこれまで行ったことのあるところで一番遠いのはどこだろーと思いググってみました。

Googleで、「都市名」から「都市名」 距離、で検索すれば表示してくれます。

面積では全くいい加減なメルカトル図法を日頃から見慣れているためか、これも意外な結果でした。宇都宮からの距離です。

まず、東西南北では、以下のようになりました。
そういうルートは有りませんが、バラデロからアガディールまでのルートを飛ぶと地球1周コンプリートです。

北端 ケプラビーク 8,722 km

西端 アガディール 11,908 km

東端 バラデロ 12,090 km

南端 ヌメア 7,106 km

 

遠い順に並べてみると以下のようになりました。

バラデロ   12,090 km
カンクン   11,931 km
アガディール 11,908 km
モロンダバ  11,807 km
メキシコシティ11,230 km
グアナファト 10,949 km
モーリシャス 10,681 km
バルセロナ  10,333 km
アンスラジオ  9,768 km
アカバ     9,273 km
ジェラシュ   9,018 km
ケプラビーク  8,722 km
コペンハーゲン 8,607 km
サラーラ 8,516 km
ドバイ  7,915 km
ヌメア  7,106 km
ワイキキ 6,183 km
バリ島  5,619 km
バガン  4,654 km
ラサ   4,550 km
ウルムチ 4,435 km

サラーラとコペンハーゲン、ケプラビークが同じくらい、とは。。。。

日本の裏側になるアルゼンチンが一番遠いのは割と知られていますが、ブエノスアイレスで18,340kmでした。やっぱり遠い。

 

 

 

 

 

2019年2月2日

今朝は日の出直前に、土星、月、金星、木星が並んで素晴らしい夜空が見られました。

2月に申請する家人のビザ取得準備や、確定申告書の作成で久々の徹夜です。ビザ申請でデータのあるページ全てのコピーが必要なんて書いてあると、またあると手間なのでプリンタで全部スキャンしてビザの数だけ印刷とやたら時間が掛かります。確定申告も、やたら細かく寄付してたふるさと納税の明細入力が待っていて。。。。朝になります。

今年の確定申告期間は、2月18日(月)からですが出来るうちに作っておかないと気になるので申告書も作ってしまいます。毎年恒例ですが、この1〜2年でネットでの作成もかなり便利になりました。

 

エジプトビザ

日本国籍の一般旅券で観光する場合、大概はビザ不要ですが、それでもまだいくつかの国では空港で長蛇の列に並ぶアライバルビザ取得の洗礼が有ります。特にクリスマス休暇やメイデイの時期は、e-visa取得が可能であれば取っておきます。カンボジア、オマーン、エジプトはネットでe-visaが取得出来ます。

今年4月のエジプト行きは、アライバルビザでなく、エジプト内務省のページでe-visa(ファミリービザ)申請をしました。入国の3ヵ月前から申請可能で、このページで申請すると3日間ほどでPDFファイルのビザがメールで送られてきます。これで並ばずに済みます。但し、ページに記載されている国籍以外には対応していません。その他の国籍は従来通り、旅行会社経由で大使館に申請となります。申請書には観光であってもホスト名と住所の記入欄が有ります。以前、UAEなどアラブはどこもホストビザで、ホテルが客人の身元保証人になるといったのが有りましたが、その名残りなのでしょうか。分かり易く宿泊先と書いてくれればいいものを。。。

 

 

2019年1月

年末年始にアイスランドへ行ってきました。年の瀬の29日、成田発のスカンジナビア航空で、やや広めの座席のプレエコ利用です。コペンハーゲンでアイスランド航空に乗り換え、その日の22時半には何にもないケプラビーク国際空港に到着。レイキャビクまではシャトルバスで1時間ほど。途中、BSIバスターミナルで乗り換えの人を下ろしていくつかのホテルを巡回して行きます。ホテル到着のころには雪がしんしんと降ってきました。

期待していた初日オーロラは断念です。というか、この時点では次の日には見れるものと思っておりました。Hi。

翌朝、氷の洞窟ツアーに参加はしたものの、大晦日の朝まで生憎のブリザードで、ヴァトナヨークトル氷河行きは中止。氷の洞窟は、またの機会となりました。結局、ツアーバスでいくつか滝巡りをして、カトラ火山の麓に有るホテル ディルホラエイでビバーク宿泊して、翌日、レイキャビクに戻りました。一応、後日、氷河行きの分としていくらかの返金が有りました。

しかし、その後も、曇りか雪でオーロラも拝めず。しかも日の出が11時、日没が15時半とほとんど太陽を見ない珍しい旅を経験しました。

幸い、大晦日の夜だけ晴れてくれたのでレイキャビク名物である年越し花火は何とか楽しめて満喫出来ました。宿泊はフォスホテルでその近くには、1986年、米ソ冷戦終結となったレーガン・ゴルバチョフ会談が行われたホフディ・ハウスが有ります。歩いて10分ほどで市の中心部、ハットルグリムス教会です。教会前は23時頃には、既に人だかりとなっていましたが、それから1時間以上続く目の前の花火に圧倒されました。

 

 

観光客は圧倒的に欧州&中国からが多く、時期にもよるのでしょうが日本人、韓国人はほとんど見かけません。見かけたのは、1週間で10人未満です。元々、人口34万人弱と人が少ない国でもあり、レストランなどでは、スペインやイタリアから働きに来ている人が多く見受けられました。ラテン系の言葉が厨房からガンガン聞こえてくる感じですw

翌朝の元旦から3ヶ日は市内でレンタカーを借りて、レイキャビクからクヴェラゲルジのゲストハウスに移動です。ゲイシルの間欠泉、シークレットラグーン、数々の滝など、あちこち走って見て回りました。クヴェラゲルジは地熱発電所が有り、レイキャビクに電力を供給しています。ココに着いて分かったのですが、地元唯一の博物館、地熱博物館と市内のレストランは全て正月休み。夕食時には暗闇と吹雪の中、14キロ離れた隣町のセールフォスまでディナードライブを敢行しました。ゲストハウスで夕食をお願いすることも可能だったのですが、羊肉のステーキが食べたくてセールフォスに通いました。何でも高いアイスランドでしたが、新鮮な羊のステーキは堪りません。いつかまた来るぞと。。。。

 

ハットルグリムス教会前の様子 MP4ファイル (2019年1月1日0時)

 

 

 

 

 

2018年12月23日

来年の1月から「国際観光旅客税」、所謂、出国税がスタートします。また、2月には燃油サーチャージも上昇しますので、予定されている旅が有れば年内にチケットを購入してしまいましょう。

当方は、既に来年8月までの国際線チケットを購入済みなので、幸いその影響は有りません。

一応、国税庁のページでQ&Aを見てみると、「1月7日以後の出国であっても、平成31年1月7日より 前に締結された運送契約(平成 31 年1月7日 年1月7日 より 前に出国日を定めたもの限ります。)につ いては、 「国際観光旅客税」が課されないこととなっています。

 

さて、来春2月以降のスケジュールは、ボルネオ、エジプト縦断(アレキサンドリア〜アブシンベル)、伊良部島 、エジプト紅海沿岸です。今回、ツーリスト間で有名な、カイロ発券でエティハドの東京往復を押えました。東京-カイロをビジネスで買うと80万掛かるのが、カイロ-東京で買えば20万で済みます。カイロスタートになるので2回行くことにはなりますが、流石に4倍違うと別の片道航空券を購入しても、コスパ良しで気になりません。最初の行きと2回目の帰りは片道で安いのを購入。これをカイロ発券で買ってしまうと延々ループになってしまいます。

2回目のエジプトは、ハルガダ、マルサ・アラム、シャルム・エル・シェイク辺りからチョイスします。エジプト国内便のチケットは、概ね半年前から発売なのでのんびり選んでいきます。

 

 

例年、海の日には石垣島から他の島に渡っています。来年の3月30日、伊良部島に隣接する下地島の空港がオープンするというのを耳にしたので、伊良部島を選びました。航空会社は、ジェットスター・ジャパンで、成田から就航することになっています。

来年7月のチケットも、今月から発売されています。羽田-宮古島間を運航しているJALやANAで8万くらいするのに対して、ジェットスターだと半分の4万ほどで行く事が出来るようになります。但し、連休中の価格は倍でJALやANAと同額になることから、休みを少し前倒しして行かなければなりません。空港近くのホテルを楽天トラベルで見てみると、「下地島空港開業による混雑の為、2019年3月末までインターネット予約が出来なくなっております。」と書かれていました。開港延期になった場合、予約が全滅するからでしょうか。。。。

 

 

 

2018年12月6日

今度の年末年始はアイスランドを予定しています。氷の洞窟を見るのが今回の目的です。

本当はグリーンランドも行きたかったのですが、氷の洞窟が真冬しか見れない(=年末しか行けない)ことと、真冬のグリーンランドは週一便くらいしか飛んでくれないことでアイスランドのみにしました。直行便はないので、ロンドン、ヘルシンキ、コペンハーゲンなどを経由して行くことになります。

いつもの通り、チケットは発売日の2月末に購入。成田発のSASスカンジナビア航空にしました。コペンハーゲンでアイスランド航空に乗り換えです。

更にホテルと「氷の洞窟ツアー」を予約。正月はオーロラ&レンタカーでのドライブといった8日間の日程です。最終日にコペンハーゲン市内も周ってきます。3月の初めに予約を完了したのですが、やはり人気のあるホテル、特にオーロラ鑑賞に最適な有名どころは既にいくつか売り切れになっていました。氷の洞窟ツアーは1泊2日で、途中、雪上車での移動やガイドが必要なことから現地ツアー会社に申し込みしました。一応、飛行機を使って日帰りツアーというのも有るのですが、年末は飛ばないとのことでした。

 

 

2018年11月24日 アーカイブより

アナログの頃のマダガスカルTVです。副音声のラジオ・マダガスカルで国歌とISが聞こえています。2007年12月に送信終了していて、残念ながら現在は見れません。