(2004年7月5日改訂)

<どんな作品?>
 The Demon Barber of Fleet Streetという副題がついています。19世紀半ば、ヴィクトリア朝時代、産業革命ですすに汚れたロンドン。妻を陵辱され娘を誘拐された床屋スウィーニー・トッドが、パイ屋の夫人と協力して復讐を果し娘を取り返そうとするうちに次々と殺人を犯していくミュージカル・スリラー。
 「オペラ座の怪人」に似た雰囲気もなくはないですが、床屋と言えばオペラ・ファンが思い出すのはロッシーニ「セヴィリヤの理髪師」。この軽妙なオペラ・ブッファにヒントを得たのではないかと思うくらいです。コミカルなシーンや早口ソングで楽しませてくれるのに、結末は血生臭い悲劇になっています。

 ソンドハイムの代表作の一つであるのはもちろんですが、後に書かれた異色作"Assassins"との関連も強く、彼が得意とする作曲手法が随所に見られます。

<登場人物>
 スウィーニー・トッド:理髪師
 ロヴェット夫人:パイ屋
 ジョアンナ:トッドの娘
 アンソニー・ホープ:若い水夫
 ターピン判事:トッドの妻を陵辱し、今はジョアンナを囲っている
 役人(The Beadle)バムフォード:ターピンの秘書
 女乞食:実は?
 ピレッリ:イタリア移民のインチキ理髪師
 トビアス・ラッグ:ピレッリの子分  他


<みどころ、ききどころ>
 開演前から客席には吸血鬼の屋敷みたいな不気味なオルガンが聞こえてきます。

 普通なら聞き流してしまうでしょうが、よーく聴いてみるとこの曲には2つのメロディが隠されています。すなわち、前半はトッドが歌う18.Epiphanyの"never see Johanna""never hug my girl to me. Finished."の部分、後半はジョアンナが歌う7.Green Finch and Linnet Birdのメロディが出てきます。2人が過酷な運命に翻弄されている様子を表現しているのでしょうか。幕が開く前から計算し尽くされているのですね。

[第1幕]
1.The Ballad of Sweeney Todd
 突如耳をつんざくような工場の警笛(その後たびたび出てきます)が轟いて観客をびっくりさせた直後、うねうね動く管楽器に乗ってまずロンドンの市民たちが口々にトッドの冷血ぶりを歌っていきます。8分の6の単純で一度聴いたら覚えてしまうメロディ。ヴァイオリンが途中で金属の擦れ合うような音で入り、恐怖感をあおります。合唱が盛り上がったところでトッド自身も加わります。
 このミュージカル全体を貫くテーマソングとも言うべき曲で、その後も繰り返し出てきます。「バラード」と言えばこの曲を指すものと思って下さい。

2.No Place Like London
 ロンドンの港に1隻の船が着き、2人の男が降りてくる。1人は若い水夫、アンソニー。もう1人は40代だが影を感じさせるトッド。久々の帰郷を喜びつつも、希望にあふれるアンソニーと決して彼の波長に乗らないトッドの二重唱。
 そこへ女乞食が施しを求めてくる。快く小銭を渡すアンソニーに対し、邪魔者扱いするトッド。実はこれは運命的な出会いであったことが後でわかるのですが、ここではこれ以上触れません。

3.The Barber and His Wife
 トッドと友人になりたがろうとするアンソニーを、トッドは厳しくはねつけるが、思い直して自分と妻の過去を匂わせる謎めいた歌を歌う。

 トッドは明らかにアンソニーと早く別れたがっているが、しつこく再開を希望するアンソニーに仕方なく連絡先を教える。

4.The Worst Pies in London
 フリート通り、ロヴェット夫人のパイ屋にトッドは着く。久しぶりの客に驚く夫人だが、早速パイを勧め始める。
 ソンドハイム得意の早口ソングです。これを聴いただけで、「このおばはん、ただもんやないな」ということがよくわかります。

5.Poor Thing
 トッドはパイ屋の2階が空いているかどうか尋ねる。これにピンと来たロヴェット夫人、かつてそこに住んでいた床屋夫婦のことを歌い出す。始めは冷静に聴いていたトッド、話が進むに連れてだんだん耐え切れなくなり、ついに叫び声を上げる。彼こそかつてこの空家に住んでいた理髪師、ベンジャミン・バーカーその人だったのだ。
 バーカーは腕のいい理髪師だったがささいなことで流罪に処される。残された妻はターピン判事とその秘書バムフォードに騙されて陵辱され、そのショックで毒をあおいでしまう。1人娘のジョアンナも判事の家に囲われて暮らす身。
 この事件から15年たち、終身刑にもかかわらず彼は密かに戻ってきた。夫人の話を聞いて復讐に燃えるトッド。でも一文なしの状態でどうやって?

6.My Friends
 ここでロヴェット夫人は、トッドが残していった道具箱がまだあったことに気付く。中には銀製の剃刀。「友」との再会を喜ぶトッド。

 この曲はトッドとロヴェット夫人の二重唱ですが、少し変わっています。トッドが「友」と呼びかけているのが剃刀であるのに対し、ロヴェットが「友」と呼びかけているのはトッド。しかも彼女の感情の込め方を聴くと、彼女にとって彼が「友」以上の存在であることがわかります。このパターンは"Assassins"の"Unworthy of Your Love"に受け継がれています。
 この作品ではいろんなパターンの二重唱がこの後も登場します。

 これで復讐のための三国?同盟成立!とばかりにバラードが響きわたる。

7.Green Finch and Linnet Bird
 場面変わってターピンの屋敷。2階の窓からジョアンナが小鳥売り(モーツァルト「魔笛」風に言えば「鳥刺し」といったところでしょうか)に声をかけている。父と別れた時は1歳だった赤ん坊も15年経って美しい年頃の娘に成長している。
 しかし、今の彼女は小鳥売りが売っているのと同じ籠の鳥の身。その鳥たちに向かって、飛べないのならせめて歌い方を教えて、と話しかける。

 古典的な設定の歌ではありますが、うっとりするほど美しいソロです。
 ちなみにGreen finchはアオカワラヒワ、Linnet birdはムネアカヒワだそうです。ひょっとしたら我が家の周りにも飛んでいるのかも?

8.Ah, Miss
 そこへやってきたアンソニー、すぐにジョアンナの姿を見初める。しかし、彼女は彼の方を向いてくれない。短い二重唱ですが、2人は向き合いません。
 
 やっと2人の視線が合ったところで折悪しく女乞食の邪魔が入る。ジョアンナは部屋の中に隠れてしまう。アンソニーは女乞食から、ここがターピン判事の家で娘の名がジョアンナであることを知る(これまた後から思えば意味深なシーンですが)。
 彼女はジョアンナに手を出さない方がいいと忠告するが、彼は聞く耳を持たない。彼女を追い出し、小鳥売りからジョアンナへのプレゼントにと小鳥を1羽買い求める。

9.Johanna
 再び窓に現れたジョアンナにアンソニーは近寄る。始めは恥らうジョアンナも手を伸ばし、アンソニーはその手に触れる。そして自分の思いをぶつけます。これまた単純な歌詞に単純なメロディですが、一度聴いたら忘れられません。劇場からの帰りに知らず知らず口ずさむ箇所の一つです。
 そんな愛の歌はいくらでもあると言われるかもしれません。でも、この歌は一味違います。純粋でストレートな恋心、怖いもの知らずで周りからは高慢にしか見えない自信に満ちた気持。青春時代に誰もが感じた思いが見事に込められています。
 
 そこへまたも折悪しくターピンとバムフォードが登場。ターピンはアンソニーに2度とこのあたりに近づかぬよう警告、バムフォードはアンソニーが買った小鳥を取り上げ、無残にも握りつぶしてしまう。
 ジョアンナは失望して家の中に戻る。ターピン、バムフォードも家に入る。1人残ったアンソニーはジョアンナへの思いをより情熱を込めて歌う。

10. Pirelli's Miracle Elixir
 場面変わってロンドン市内の市場。トッドとロヴェット夫人が、毎週必ず現れるという「ナポリ王御用達」の理髪師兼抜歯屋ピレッリを待っている。彼を打ち負かしてトッドの店に客を呼び込もうという作戦である。
 やがてピレッリの手下のトビアスが台車を引っ張りながら、「奇跡の万能薬」の売り込みにやってくる。人々が集まってくる。
 「万能薬」の匂いをかいだトッドは、これが小便にインクを混ぜたものと見抜く。彼の言葉は瞬く間に客たちの間に広がり、「金返せ!」「ピレッリを出せ!」と大騒ぎになる。
 オペラ・ファンならドニゼッティの名作「愛の妙薬」を思い出させるシーンです。

11. The Contest
 ようやく登場したピレッリに対し、トッドは髭剃りと抜歯の勝負を挑む。どちらが速くかつ痛みを伴わずにできるか?敗者は勝者に5ポンド支払う。たまたま居合わせたバムフォードが判定役を買って出る。
 ピレッリはあれこれ能書きをたれながらシャボンをつけ、剃刀を研ぎ、髭を剃ろうとするが、トッドは微動だにしない。と思う間もなく一瞬にしてトッドは客の髭をきれいに剃ってしまう。驚く人々。
 抜歯も同じパターンでトッドが楽々連勝。気の毒なのは無理やり歯を抜かれかけたトビアス(このシーンは省略されることがあります)。
 ピレッリはやむなく金を払い、トビアスとほうほうの体で逃げ出す。

 音楽的にはピレッリのソロでイタリア風能天気かつ饒舌アリアなのですが、舞台上ではトッドと対決しているわけで、見方によってはピレッリとトッドの二重唱と考えることもできます。片方が一方的に歌いまくるだけの二重唱。これまたソンドハイムらしい凝った着想と言えそうです。

 バムフォードはトッドの腕前に感心。しかしどこかで見たような顔だが?すかさずロヴェット夫人が自分の親戚だとフォロー。納得したバムフォードは近いうちに彼の店を訪ねることを約束。
 彼らのバックでバラードが鳴る。罠は仕掛けられたのだ。

12. Johanna
 ターピン判事の家。彼の知らぬ間にジョアンナは若く美しい女性に成長してしまった。彼女の部屋の前でターピンは、自らを鞭打ちながら彼女を自分のものにしたい誘惑と戦っている。

 戦いを終えた彼はジョアンナの部屋に入る。驚く彼女に向かい、彼は求婚して彼女にさらにショックを与える。彼のソロを聴く限りでは誘惑を押さえつけたように見えたのに、結局彼のスケベ根性は昔も今も変わらなかったのである。
 (このシーンは初演時には入っていませんでした。現在でも省略されることがあります。)

13. Wait
 ロヴェット夫人のパイ屋。夫人は女乞食を追い払った後、バムフォードもターピンもやって来ないのにイライラするトッドをなだめ、忍耐を説く。

 そこへアンソニーがやってきて、ジョアンナに出会ったことを興奮しながらまくし立てる。彼は大胆にも今夜ターピンが留守の間を狙ってジョアンナをさらい出すと言う。あまりにでき過ぎた展開に驚く2人。トッドにすれば、あの時うるさがらずに連絡先を教えたかいがあったわけだ。

 アンソニーが走り去ったのと入れ違いにピレッリがトビアスを伴ってやってくる。夫人がパイ屋でトビアスの相手をしている間、2階の床屋ではピレッリがトッドの正体を見抜いており、口止め料を要求する。例のイタリア・オペラ風に歌うピレッリをトッドは剃刀で一瞬のうちに喉を掻き切り、タンスの引出しに押し込んでしまう。そうとは知らないトビアスはピレッリを呼ぶが、トッドはピレッリはもう出ていったと言い張る。なおもいぶかるトビアスに夫人がジンを飲ませ、パイを食べさせてごまかす。

 3人のテノール歌手がバラードを歌う。惨劇がついに始まったのだ。

14. Kiss Me
 裁判所での仕事を終えたターピンはバムフォードとともに家に向かう。ターピンはバムフォードにジョアンナへ求婚したことを告げるが、彼女の絶望ぶりが理解できない。やはり自分のことしか頭にないスケベじじいだったのか…

 他方アンソニーはジョアンナの部屋に入り込み、彼女と再会し、駆け落ちの相談。若い2人の燃える思いがびんびん伝わってくる二重唱。

15. Ladies in Their Sensitivities
 バムフォードはターピンに向かい、あの年頃の女性は敏感です、結婚するなら身だしなみを整えた方がいいと、トッドの店を紹介する。

16. Kiss Me
 再びアンソニーとジョアンナの二重唱。
 舞台の2箇所で展開されていたターピン&バムフォードの二重唱とこの二重唱がここで一体となります。

17. Pretty Women
 パイ屋。すっかりできあがったトビアスを置いて夫人は2階に上がり、トッドがピレッリを殺したことを初めて知り、動揺する。

 そこへターピンがやってくる。早くも獲物が網にかかったのだ。はやる気持を抑えつつ、トッドはバカ丁寧にターピンに椅子を進め、要望を訊く。するとターピンは訊かれてもいないのにジョアンナとの結婚話を始める。怒りを抑えつつトッドも話を合わせ、首を掻き切るチャンスを伺う。思わず背筋がぞくぞくする二重唱です。

 あと一息というところで、またも、今度は最悪のタイミングでアンソニーが飛び込んできて、2人の前でジョアンナ略奪計画をしゃべってしまう。恋で盲目になった若者と老人の鉢合わせ。
 ターピンは激怒し、店を飛び出して屋敷に向かう。トッドも激怒、アンソニーを追い出す。

18. Epiphany
 復讐の最大のチャンスを逃したトッド。もう終わりだ!復讐がかなわないどころか、娘にももう会えない!夫人がなだめるのにも耳を貸さず、トッドは絶望のソロを歌う。

19. A Little Priest
 彼の自暴自棄の叫びを冷静に聴いていた夫人は一計を案じる。復讐も大事だが、その前にピレッリの死体を何とかしなければならない。彼女はピレッリを人肉パイにして売り出せば一儲けできると持ちかける。
 あまりに大胆なアイデアに最初は戸惑うトッドもしだいに乗ってくる。ついに2人は肉切り包丁と麺棒を振り回しながら、邪悪な喜びに浸りきる。まるで自分たちが進む地獄への道が天国への階段に見えるかのように。

 ソンドハイム得意の早口セリフ、しつこいまでに韻を踏むルールを守りながら、「材料」の職業によって味や舌触りを想像し合うやり取りが、陽気と言うより悪乗りと言うべき歌詞と音楽に乗って歌われます。彼が書いた二重唱の中でも最高傑作の一つと言っていいでしょう。

[第2幕]
1.God, That's Good!
 ロヴェット夫人の作戦は大当たり。「人肉パイ」(客は誰も知らないが)は大受けで、今日もパイ屋は客でいっぱい。おかげで店の外にはテーブル席が並び、トビアスはウェイターとして走り回る。家の中には新しいオルガンが備え付けられ、夫人の衣裳もすっかりおしゃれに。
 トビアス、夫人と客たち(合唱)の忙しげなやり取りに向かい、2階にいるトッドがいらつきながら夫人に声をかける。しばらくすると理髪店用の椅子が届く。彼はこれを待っていたのだ。
 店の仕事に戻ろうとする夫人をトッドは再び呼び止め、椅子の「試運転」を行う。夫人は地下の調理室へ。トッドが椅子に本を載せ、床を3度叩いて椅子に付属しているレバーを引くと椅子はまっすぐに伸び、足元の床が開き、本は床下のシュートに落ちていく。夫人は本がシュートの出口から出てくるのを確認して壁を3度叩く。成功!
 2人の様子を客たちは知る由もなく、トビアスにパイのおかわりを要求する。
 3人のソロと合唱が繰り広げるアンサンブルですが、相当な難曲ではないかと思います。

2.Johanna
 夜明けのロンドンの街をアンソニーがジョアンナを探してさまよっている。第1幕のソロと同じメロディを歌っているわけですが、不思議と絶望感はない。
 朝になり、トッドの店も明るくなる。トッドはジョアンナへの別れを歌いながら、やって来る客の喉を掻き切ってはシュートへ落とす。アンソニーとの静かな二重唱をバックに、何事もないかのように殺人が始まる。先の場面が序曲で、この場面が血みどろの第2幕の実質的な幕開けだと考えられますが、あまりにも静かな舞台進行に早くも背筋が寒くなります。

 凄惨なシーンをわざと静かな音楽で表現する。この手法も"Assassins"に受け継がれるだけでなく、さらに発展した形で使われることになります。

 店の周りを女乞食がうろつき、パイ屋から出る煙の匂いがおかしいと騒いでいます。精神病院に入れられてしまったジョアンナの声も聞こえてきます。
 何人かの客の命を奪った後、家族連れの客がやってきます。1人だと危ないと思ったのでしょう。さすがにトッドは普通に髭をそり、代金を受け取ります。
 やがてアンソニーはジョアンナが精神病院に入れられたことを突き止め、侵入を試みますが、追い出される。通りがかったバムフォードに事情を話すと、何とバムフォード自身が彼女を病院に入れたと言う。なおも中へ入ろうとするアンソニー。バムフォードは警笛を吹いて警官を呼び、アンソニーを逮捕しようとするが、彼は逃げ出す。

3.By the Sea
 パイ屋の中。ロヴェット夫人は今週の売上を勘定し、満足げ。しかし傍らに座るトッドはターピンへの復讐しか考えていない。夫人は彼に近づき、そんなこと忘れて、もう少しお金がたまったら海のそばで一緒に暮らしましょうよ、と誘いかける。夫人はトッドとの「同盟関係」から一歩踏み出したわけだが、彼は相手にしない。

4.Wigmaker Sequence
 そこへアンソニーが駆け込み、ジョアンナの居場所を知らせる。驚く2人。しかし、彼女が精神病院にいると知ったトッドは喜ぶ。ロンドンのかつらは精神病患者の髪の毛でできている。つまり、かつら屋の振りをしてジョアンナを連れ出せばいい。
 アンソニーにトッドがかつら屋の手ほどきをする二重唱に、バラードを歌う五重唱が重なります。トッドはアンソニーに、ジョアンナを救い出したら店へ連れてくるよう言って彼を送り出す。

5.The Letter
 トッドはターピン宛に手紙を書く。アンソニーがジョアンナを精神病院からトッドの店に連れ出して来る、娘に会いたければ急いで来られたし。
 手紙の文面は五重唱によって歌われます。
 トッドは手紙をターピンの家に届ける。

6.Not While I'm Around
 パイ屋の中。今日の仕事を終えたトビアスが入ってくると、ロヴェット夫人がトッドのためにマフラーを編んでいる。トビアスはてっきり自分のためと思い込む。そしていつの間にか抱き始めていた夫人への思いを吐露するとともに、トッドへの敵意をだんだん見せ始める。彼はトッドがピレッリを殺したと疑っているのだ。
 夫人がピレッリの持っていた財布を取り出すので、トビアスの疑問は確信に変わり始める。彼女は必死に彼をなだめ、疑念を払拭しようとする。
 彼女は彼を地下の調理室へ連れて行く。オーブンを見せ、(人)肉挽き機の使い方を教える。彼にパイ作りを手伝わせる「栄誉」を与えることで、トッドへの疑念と自分への恋心をそらそうとする。

7.Parlor Song
 夫人はトビアスを調理室に残したまま、トッドを探しに1階へ上がると、バムフォードがオルガンを弾いて歌っている。近頃パイ屋から出る煙が悪臭を放つとの苦情が寄せられているので、調理室を検査に来たと言う。夫人は慌てて、今調理室は鍵がかかっていて、鍵はトッドが持っていると言う。バムフォードはトッドが戻ってくるまで別の歌を歌い始めるが、地下室にいるトビアスもそれに合わせて歌い始めるので、バムフォードは不審がる。夫人は、彼は頭が弱くてすぐ放浪するので地下室に閉じ込めたのだと言い訳する。夫人はさらにトッドは数時間は帰って来ないからとバムフォードを追い払おうとするが、彼は動かない(バムフォードの歌及びトビアスが彼に合わせて歌う部分は省略されることがあります)。

 運良くそこへトッドが戻ってくる。夫人はトッドから鍵をもらい、バムフォードには先に床屋へ行くよう促す。バムフォードは頭をポマードでかためてもらおうとトッドとともに階上へ。
 他方トビアスは肉挽き機のそばでパイを食べているが、中に髪の毛や爪が入っているので吐き出す。そこへバムフォードの死体がシュートから飛び出してくる。仰天した彼は夫人にここから出すよう叫び出す。
 またも「一仕事」終えたトッドが夫人の元に戻ってくる。夫人の作戦は裏目に出てしまった。トビアスがパイの仕掛けを知ってしまった以上、口止めしなければ。夫人はトッドを地下室へ引っ張っていく。合唱によるバラードが響く。

8.City on Fire
 かつら屋フォッグがかつら屋の振りをしたアンソニーを伴って精神病院にやって来る。患者の入れられた檻の中からジョアンナを見つけたフォッグが彼女の髪を切ろうと引っ張り出すと、アンソニーはピストルを彼に突きつける。はさみをかざして2人を捕まえようとするフォッグに向かい、気後れするアンソニーの代わりにジョアンナが銃を放つ。いざとなったら女は強い。
 2人は逃げ出すが、このどさくさに乗じて他の患者たちも病院を脱走する。患者たちは「街が火事だ!」「この世の終わりだ!」とあちこちで騒ぎ立て、追いかける警官の警笛が鳴り響く。その間に2人は再会の抱擁。

9.Searching
 パイ屋の調理室。ロヴェット夫人とトッドがトビアスに出てくるよう呼びかけるが、反応がない。外では脱走患者たちがなおも騒ぎ、女乞食はバムフォードがパイ屋で消えたのにおびえて叫んでいる。
 アンソニーとジョアンナがトッドの店に着くが誰もいない。2人とも水夫の格好。アンソニーはトッドを探しに1人で出て行くが、その前に"No Place Like London"のメロディに乗って愛の二重唱。
 1人残ったジョアンナは床屋の椅子に座ってレバーに触ろうとした時、階下でバムフォードを探す女乞食の声が聞こえる。引き出しに隠れるジョアンナ。
 バムフォードを探しに床屋まで上がってきた女乞食の歌はいつしか子守歌に変わっていく。なぜ?(この短いナンバー"The Beggar Woman's Lullaby"は初演時には入っていませんでした。現在でも省略されることがあります。)

10. Final Sequence
 そこへトッドが現れる。彼は女乞食を追い出そうとするが、彼女は彼の顔をじっと見つめ、「あたしの事を知らないのかい?」と尋ねる。そこへターピンが階下にやって来る。時間がない。トッドは彼女の喉を掻き切ってシュートへ落とす。
 娘に会いたくてうずうずするターピン。トッドはまだジョアンナを見ていないし、アンソニーが無事彼女を救い出したかどうかも知らない。しかし言葉巧みにターピンの機嫌を取り、椅子に座らせる。"Pretty Woman"の二重唱が再現され、ターピンが興奮に胸をふくらませたところでトッドは自らの正体を明かす。凍りつくターピン。工場の警笛が鳴る。さすがのターピンも今度は逃げる間もなくトッドの刃にかかってシュートに落ちる。
 ついに復讐は成った。たっぷり働いた剃刀にトッドがねぎらいの歌を歌い、階段を降りかけたところで背後に人の気配。引き出しから出てきたジョアンナをトッドは問い詰める。おびえながらとっさに「顔を剃ってもらいたくて…」と言うジョアンナを座らせ、「ひげを剃ろう」としたところで工場の警笛が鳴り、その隙に彼女は逃げ出す。
 地下の調理室では、死に切っていないターピンがシュートの出口でロヴェット夫人のスカートをしぶとくつかんでいる(ト書きには「万力のように」と書かれています)。夫人は必死に抵抗し、やっとの思いで逃れる。ターピンもようやく息絶える。
 夫人はそばにある女乞食の死体を見て驚き、あわててオーブンへ運ぼうとする。そこへトッドが現れ、夫人に代わって運ぼうとするが、彼女はなぜか拒む。
 オーブンの扉を開け、中の炎が女乞食の顔を照らす。顔を見た瞬間、トッドはやっとその女が誰かを知る。ルーシー!彼女は死んだのではなかったのか?夫人は最初からルーシーが生きているのを知ってトッドに嘘をついていたのか?
 夫人も反論する。嘘はついていない。でもやっぱり嘘をついたのよ。あなたを愛しているから。
 トッドは自分がしたことの重大さを初めて知る。知らなかったとは言え、自分の妻を殺してしまったのだ。
 夫人はなおもトッドの愛を求める。トッドはそれに応じる振りをして夫人を抱き、ワルツを踊り始める。"By the Sea"を再び歌い始める夫人。ワルツが最高潮になった瞬間、トッドは夫人をオーブンに投げ込む。夫人は悲鳴を上げるがトッドはしっかり扉を押える。
 オーブンの中が静かになるとトッドはルーシーの死体を抱き上げ、"The Barber and His Wife"を歌う。そこへ今や狂乱状態になったトビアスがどこからともなく現れる。床に落ちた剃刀を拾い上げた彼は後ろからトッドに近づき、喉を掻き切る。トッドはルーシーの傍らに倒れる。工場の警笛が鳴る。
 アンソニー、ジョアンナ、警官たちが入ってくる。調理室の惨状に一同ショックを受ける。トビアスは肉挽き機を回している。夫人に教えられたとおりに。

 バムフォードの死から立て続けに殺人が重ねられ、ついには主人公のトッドまで命を落とす。この場面だけで死んだ人は5人。オペラの世界でもこれだけ際限なく人が死ぬ作品は珍しいかもしれません。(ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」第3幕終盤でも4人、ヴェルディ「運命の力」第4幕終盤でも3人。もっとすごいのありましたっけ?)
 正に坂道を転がり落ちるように舞台は進みます。音楽的にはこれまでのソロや重唱の再現が続き、ストレート・プレイの雰囲気が強くなります。歌がうまいだけでなく演技もうまくなければ持ちません。大変な作品を書いたものです。

11. The Ballad of Sweeney Todd
 全員で冒頭のバラードを歌う。トッドとロヴェット夫人も加わる。
 オリジナルの舞台では最後は舞台上2人きりになり、向かい合ってから違う方向に退場する。