<どんな作品?>
 ソンドハイムにまさか日本を題材にしたミュージカルがあるとは、実際に観るまで知りませんでした。1853年ペリー提督の浦賀来航をきっかけに日本が開国し、その後様々な出来事を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われる経済大国に成長するまでの物語を、ジョン万次郎と1人の幕府下級役人にスポットライトを当てて描いています。
 1976年に初演されましたが、残念ながら興行的に成功したとは言えず、その後2002年に宮本亜門版が上演されるまで、米国でもあまり上演される機会がありませんでした。
 一見すると「うん?これって日本を馬鹿にしてない?」と感じてしまう場面も出てきます。しかし、よくよく見ると、脚本家ワイドマンが幕末の日本を観る目は実に鋭いものがあり、ソンドハイムとともに相当日本を研究した様子が伺えます。その意味では、日本人にとってソンドハイム入門に最も適した作品と言えるかもしれません。

<登場人物>
 語り/将軍/天皇:1人の役者が何でこんなにやるの?と思われるでしょうが、そのうちからくりがわかります。
 阿部:幕府の老中
 万次郎:土佐の漁師、ご存じジョン万次郎
 香山:幕府の下級役人
 たまて(香山の妻)他
 将軍の母他
 ペリー提督他                                                他
 
 阿部、万次郎、香山役以外の俳優はほとんどが3〜4役をこなします。

<みどころ、ききどころ>

[第1幕]

○第1場:1853年、日本

1.The Advantages of Floating in the Middle of the Sea

 語りが登場し、俳優たちを動かしながら鎖国中の平和な日本社会のありさまを観客に説明。士農工商の身分社会の中で商人が裕福になっていく様子やほとんど誰も会ったことのない天皇と将軍がこの国を支配している様子などが、面白おかしく紹介される。

 場面は変わって江戸城の一角。西洋風の身なりをした不審な日本人に対して、阿部ら老中が取調べを行っている。不審な日本人とは、もちろんジョン万次郎である。彼は、米国から黒船が開国を求めて間もなくやってくることを知らせるため、国禁を犯してまで帰国してきたのである。
 老中たちは彼を米国のスパイとして引き続き拘束することにするが、その一方で阿部は黒船が来たらどう対処すべきか悩む。

 さらに場面変わって浦賀奉行所に勤める香山と妻のたまてが登場。2人が仲むつまじく釣りをしているところへ幕府の役人がやってきて、香山を連行する。彼は阿部の前に連れ出され、「浦賀町警察長官」に任命されるとともに、米国船が来たら直ちに追い払うよう命じられる。

<余計な話:その1>
 いくら幕府末期とは言え、国の行く末を左右する重大事を下級役人に一任するなんて、いかにミュージカルでも荒唐無稽だ、きっと当時の日本政府・企業の意思決定方式を皮肉ってこういう筋書きにしたのだろう、けしからん!!!

 まあ、ちょっと落ち着いて。史実を振り返ってみましょう。

 香山は香山栄左衛門永孝(1821〜77)、実在の人物です。ただし、真ん中の名の読み方は「えいざえもん」であるのに対し、台本上は"Yesaemon"になっています。
 また、役職ですが、台本上彼の現職は「浦賀奉行秘書」(Secretary to the Governor of Uraga)、新たに任命された役職は「浦賀町警察長官」(Prefedt of Police for the entire city of Uraga)となっています。確かに当時こんな役職はありません。彼の実際の肩書は与力で、奉行、支配組頭に次ぐ役職です。下級役人であることは間違いありません。
 では、「浦賀町警察長官」に相当する役職は何か?なぜ彼がいきなり抜擢されたのか?まあまあ、あわてない、あわてない。


○第2場:香山の家

 帰宅した香山はたまてに事情を話す。彼に課せられた任務は成功して当たり前、失敗すれば待っているのは死罪である。

2.There Is No Other Way

 2人の心情を2人の傍観者(Observer)たちが歌います。その間香山は重苦しい気分で仕度をすませて家を出ます。後に残ったたまては、神棚に飾った小刀を取り出します。

○第3場:浦賀の海岸

3.Four Black Dragons

 沖から近づいてくる黒船を目撃した漁師のソロに始まり、黒船襲来でパニックに陥る人々の様子を描きます。

 低音でしつこく繰り返されるリズムが、安藤広重の浮世絵に出てくるような太平洋の波を連想させます。

○第4場:ポーハタン号の甲板

 米艦隊の旗艦ポーハタン号上に士官たちとペリー提督が勢ぞろい。そこへ小舟に乗りこんだ香山が単身で近づき、帰るよう命じるが、ペリー提督はえらい人にしか会わないと、士官たちにすげなく追い払われる。
 香山は江戸城へ行って老中たちに報告するが、もちろん老中たちも自分たちが出向く気概はない。香山は一計を案じ、万次郎に老中の身なりをさせてペリーと交渉させることを提案し、やむなく老中たちも万次郎を釈放する。

 香山は老中の身なりをした万次郎とともに、再度ペリーとの交渉を呼びかけるが士官は相手にしない。しかし、米国で生活し、米国人の癖に熟知した万次郎が巧みに士官を操り、ペリーの目的が6日以内にフィルモア大統領の親書を天皇または将軍に直接手渡したいことであるのを知る。そしてペリーは士官を通じて、日本の習慣はできるだけ尊重するが、親書手交の儀式が地上(つまり日本の領内)で行われない場合には、浦賀を一斉砲撃する旨告げる。呆然とする2人。

<余計な話:その2>
 当時幕府は実際にはどのような対応をしたのか?まず浦賀奉行所の与力の1人が「浦賀副奉行」と称してポーハタン号に乗りこみ、外国との交渉の窓口である長崎出島へ向かうよう求めましたが、米側はこれを拒絶し、今後の交渉にはより上級の官職にある者を派遣するよう要求。
 続いて同じく与力の香山が、浦賀奉行(当時は江戸に駐在)から「応接長官」に任命されて乗りこみ、ようやく日米間の実質的な交渉が始まります。
 しかし、米側の記録には彼の役職は「浦賀奉行」とされています。でも与力が「おれは奉行だ」と称したくらいで相手が簡単に信用するとも思えません。その謎を解くかぎは彼の容姿にあったようです。すなわち香山は釣りを趣味にするような粋人でなく、威厳が漂う立派な武士だったらしいのです。それで米側も信じたようです。

 というわけで、さすがに万次郎が入れ知恵したというのは創作ですが、当時の幕府の役人たちも未曽有の国難に直面して、あらん限りの知恵を絞って対処していたことがわかります。ワイドマンもこのような史実に基づいて、この場面を書いたわけです。


○第5場:江戸場内、将軍の部屋

 語りが将軍の居室の様子を紹介。国に関わる大事を決める際に集められる側近たちを紹介する。将軍の妻、母、僧侶、力士、易者などおよそ役に立ちそうにない連中ばかり。老中すら呼ばれない。
 で、肝心の将軍はどこ?と思う間もなく、語りが将軍に変身。

4.Chrysanthemum Tea

 精神錯乱状態の妻の発する奇声(本人は歌のつもり)に続き、母が将軍に「菊の花茶」を勧めながら、決断を促す。将軍はまず易者に占わせるが、事態は改善しないので、力士達に追放される。翌日、僧侶に祈祷させるが効果なく、追放される。さらに次の日、御付の武士たちが神風を起こそうとするが失敗し、追放される。そのまた次の日、母が将軍に尋ねると、彼は死ぬ。母は、将軍がいなければペリー達も諦めて帰るだろうと考えて、「菊の花茶」で毒殺したのである。

 母が大半歌い続けるのだが、いつものソンドハイム流早口ソング風でありながら、テンポはゆっくり。「和風早口ソング」みたいなナンバー。

<余計な話:その3>
 この場面は、いくらこの頃の幕府が機能不全に陥っていたとは言え、あまりにひどい描写だと反発される方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、史実を申し上げれば、当時の将軍徳川家定は病弱かつ言語不明瞭、国難の折にとてもリーダーシップを発揮できるような人物ではなかった。ワイドマンはそこに目をつけてこの場面を考えたのではないかと思われます。

○第6場:江戸場内

 香山は一向に帰る気配のない米艦隊を追い払うため、また一計を案じ、阿部ら老中に提案する。寒村神奈川の砂浜の上に小屋を立て、畳の通路を作る。米国人たちはそこを通って小屋の中に入り、大統領の親書を幕府側に手渡す。彼らが去った後小屋と畳を焼いてしまえば、異国人が神聖な日本の土地に足を踏み入れたことにはならない。
 阿部は感心し、香山の案を採用。さらに、万次郎を香山の家臣とすることを認める。

 香山は万次郎の元に戻る。死罪が取り消されたことで香山に感謝する万次郎、再度妙案を授かり首がつながったことで万次郎に感謝する香山。

5.Poems

 浦賀へ帰る道すがら、2人は詩を詠み合う。さしづめ連歌というところか。詠み合ううちに2人は身分を越えて心を通わせ始める。

 一音ずつ上がる静的なフレーズと跳躍する動的なフレーズが組み合わさった、これまた和洋折衷風二重唱。

 香山は久しぶりに帰宅し、妻を呼ぶが返事がない。不審に思って中に入ると、たまては床に倒れている。夫が長らく帰ってこないので死罪になったと思い込み、自害したのである。ショックを受ける香山。何とか励まそうとする万次郎。

○第7場:神奈川村

6.Welcome to Kanagawa

 米艦隊上陸のうわさを聞きつけ、早くも女郎屋の女将と遊女たち(必ずしも美形ばかりとは限りませんが…)が神奈川の浜辺へ集まってくる。客引きの五重唱。

○第8場:神奈川村の海岸

 1人の武士が現れ、護衛のため絵を描いた障子(canvas screen)を海岸の周りに置いて、その後ろに武士たちを隠したが、米側の水兵たちに見破られた様子を話す。

○第9場:海岸の小屋

 いよいよ海岸上の小屋で日米双方が初めて出会う。

7.Someone In A Tree

 小屋の中で何が起こったかは中の人間にしかわからない、と語りが話すと、1人の老人が現れる。彼は小さい頃小屋のそばの木に登って中を覗いていたと言う。さらに、床下から護衛の武士が現れ、自分も話し声が聞こえたと言う。
 語り、老人、その若かりし日の子供、武士による四重唱。

 日本側の計略は成功し、米艦隊は目的を果たして去る。交渉に使われた小屋と畳の通路は燃やされ、海岸は元通りになる。これで、蛮族は二度と訪れない?

○第10場

8.Lion Dance

 と思ったのも束の間、ペリーが舞台上で勝利の踊りを舞う。
 台本では歌舞伎の獅子(「連獅子」を想定しているのでしょう)の踊りとアメリカ風ケーク・ウォークをミックスしたような踊り、と指示されています。

[第2幕]

○第1場:皇居

 天皇(と言っても僧侶があやつる人形)の御前で阿部、香山、万次郎がペリー来航の顛末を報告。結果に満足した天皇は阿部を13代将軍、香山を浦賀奉行に任じるとともに、万次郎に武士の身分を与える。そして、周りに控える公家たちとともに生活費の増額を要求する。

<余計な話:その4>
 これまた天皇を馬鹿にしているとか、日本を知らなさ過ぎるとか憤慨される方も多いかもしれませんね。
 しかし、僕はよく練られた場面だと思うのです。なぜなら、ペリー来航当時在位していた孝明天皇は家臣の言いなりになるような人ではなかったものの、激しい外国人嫌いだったことは事実です。周囲の貴族たちの大半も同じ気持だったことは確かで、彼らは自分の身を守るために天皇の性格を利用したという見方もできます。
 あるいは、ここに出てくる天皇は明治天皇の幼少時と見た方が適切かもしれません。理由は後でご説明します。
 また、徳川家の人間でない老中の阿部が将軍になると言うのはさすがにあの当時ではありえないことでした(しかも代数を間違えています)が、これも黒船来航をきっかけに朝廷の発言権が強まったことにヒントを得たシーンと考えることもできます。
 漁民の万次郎の身分を勝手に変更する権限も天皇になかったことは明らかですが、これも上記と同じ文脈で捉えることができます。ただし、万次郎が武士になることには、もう一つ別の大きな意味があります。これについては後述します。
 最後に生活費増額要求ですが、これも当時幕府が朝廷の運営費用を負担していた史実に基づくものです。

○第2場:江戸

1.Please Hello

 米国人を追い払ったと喜んだのも束の間、阿部の元に米艦隊の司令官が再びやってきて、大統領の親書への返答、開港、条約の締結などを矢継ぎ早に要求。阿部は反論もままならぬうちに条約に署名させられてしまう。
 米国の司令官が去った後、英国、オランダ、ロシア、フランスの艦隊司令官が次々と現れ、同様の条約締結を要求する。阿部は抗する手立てもなく彼らの要求に屈してしまう。日本はとうとう開国したのである。

 スーザ風の行進曲に乗って各国の使者たちがそれぞれお国ぶり(=各国訛りの英語)を遺憾なく発揮しながら阿部に要求を突きつける威勢のいい歌と、これに口ごもりながら空しく反撃しようとする阿部の日本的なセリフ回しが見事に対比されています。

○第3場:皇居

 阿部が外国艦隊再来のことを報告し、幕府がきちんと対処する旨伝えて天皇を安心させようとすると、「南の大名たち」(薩摩藩や長州藩など尊皇攘夷派の勢力を想定しているのでしょう)が現れ、昔話をしながら暗に幕府は天皇を守れない、天皇さえその気になれば尊皇攘夷派大名の支援を得て幕府に変わってこの国を守ることができる、とのメッセージを送り、天皇を称える。

○第4場:香山の家と万次郎の家

 外国との交渉を一手に担うこととなった香山は、将軍への報告の手紙をしたためている。他方、万次郎は茶室にいる。

2.A Bowler Hat

 手紙を書きながら、香山の家、香山の姿は洋風に変化していく。これに対して万次郎は茶を立て、刀を身につけて文字通りの侍姿に変貌していく。

 歌うのは香山のみですが、手紙の一部を語りが読むので、香山と語りの二重唱と見ることができます。あるいは、洋風に変わっていく多弁な香山と元々の武士より武士らしくなっていく無口な万次郎との二重唱という捉え方もできます。このナンバーの間に10年近い年月が経過していきます。

<余計な話:その5>
 開国が日本人に与えた正反対の影響を見事に表現したシーンだと思います。外国の文明を日本にも取り入れることによって日本を守ろうとする開国派と、外国の脅威をきっかけに日本的価値、特に武士道に目覚め、精神論で外国人を追い払おうとする攘夷派。
 奇兵隊のように農民が軍隊の一員になって武士以上の活躍を見せるようになったり、新撰組のように下級武士が本来の武士階級が果たせなくなった役割を担おうとしたり、そんな社会変動の象徴として万次郎が位置付けられていると考えれば、彼の身分変更もそれほど荒唐無稽には見えないはずです。
 

○第5場:万次郎が通う剣の道場

 万次郎たちが稽古している一方、道場の裏庭で道場主の娘が花を摘んでいる。その姿をイギリスの水兵3人が見初める。

3.Pretty Lady

 水兵たちのナンパの歌。

 彼らの姿に気づいた娘は父を呼ぶ。道場主は水兵の言葉に耳を貸すことなく1人を一刀両断の下に斬り捨てる。残りの水兵たちは驚いて逃げ出す。

○第6場:東海道

 皇居へ向かう阿部の一行の下へ香山が英国水兵殺害事件の報告をしている。そこへ刺客たちが現れ、阿部は暗殺される。さらに別の刺客が現れる。顔の覆いを取ると何と万次郎。香山は彼のあまりの変化に驚き、翻意させようとするが万次郎に斬られてしまう。

 場面変わって皇居。万次郎が阿部らの暗殺を報告、貴族たちは満足し、さらに「天皇の名の下に」外国人を追い払おうと気勢を上げると、人形のはずの天皇が声を出す。何と語りが今度は明治天皇となって登場。彼は王制復古、四民平等、文明開化、富国強兵など新たな政策を矢継ぎ早に発令し始める。

4.Next

 明治天皇のリーダーシップの下、日本が近代国家へと変貌していく様子を人々が歌う。今や日本は外国人を歓迎する国となり、まだまだこれからも発展し続ける。人々が日本の明るい未来を歌い上げて幕となる。