(リトル・ナイト・ミュージック)
<どんな作品?>
20世紀への変わり目、スウェーデン。旅芸人の看板女優が、元夫で初老の弁護士と14年ぶりに再開したことをきっかけに、様々な障害を乗り越えてついによりを戻すまでを描きます。
ソンドハイムの最高傑作の一つだと思います。トニー賞を取ったからという理由はもちろんにしても、それ以上にこの作品は「ミュージカルの枠を越えたミュージカル」ではないかと思います。
ソンドハイムにしては珍しくダンスが出てくるのでオペレッタに似ているとも言えますが、僕はむしろ18世紀のオペラ・ブッファ(喜劇風オペラ)が現代に蘇ったのではないかという印象を持ちます。オペラ好きにもお薦めできる、つまりそれだけ幅広い層に訴えることができるミュージカルではないかと思うのです。
A little night musicはドイツ語で「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」です。モーツァルトが同名の曲を書いてますね。彼が書いたのは弦楽セレナードでしたが、もし彼が現代で同名のオペラを書いたとしたら、きっとこんな作品だったのではないかとさえ思ってしまいます。ちょっと持ち上げ過ぎか?
それはともかく、このミュージカルはモーツァルトのオペラ・ブッファの最高傑作「フィガロの結婚」をも彷彿とさせる、美しくオシャレで、たっぷり笑えてちょっぴり泣けるミュージカルです。
<登場人物>
デジレ・アームフェルト:旅芸人一座の看板女優
フレデリック・エガーマン:弁護士、デジレの元夫
マダム・アームフェルト:デジレの母親、元高級娼婦
カール・マグヌス:龍騎兵、デジレの現在の愛人
シャーロット・マグヌス:カールの妻
アン:フレデリックの現在の妻、18歳
ヘンリック:フレデリックの息子、神学校の学生、19歳
フレデリカ:デジレの娘、13歳
ペトラ:エガーマン家の召使、21歳
フリッド:アームフェルト家の召使
リンドクイスト氏、ノルドストロム夫人、アンデルセン夫人、エアランソン氏、セグストロム夫人:進行役 ほか
<みどころ、ききどころ>
多くのミュージカルはセリフの部分と歌の部分に分けることができます。これはモーツァルトが生きていた18世紀末あたりまでのオペラの様式に似ています。いわゆる「番号オペラ」と呼ばれるもので、ソロのアリアや重唱に番号がついているのです。作品を詳しく説明する上ではとても便利な様式です。
ミュージカルのナンバーにはいちいち番号はついていませんが、ここでは「番号オペラ」に倣って一つ一つの歌の魅力をご紹介したいと思います。他の作品も同じようにご紹介していきます。
[序曲]
5人の進行役の1人が鳴らしたピアノの音を合図に発声練習に始まり、このミュージカルの中の代表的な歌のさわりを紹介していきます。この辺のやり方は正にオペラ・ブッファやオペレッタの序曲に似ています。
[第1幕]
1.Night Waltz
序曲から切れ目なく五重唱が続き、それに乗って登場人物たちが舞台に現れワルツを踊りますが、1人1人の仕草が彼らの人間関係を連想させます。
○プロローグ:マダムの屋敷
マダムとフレデリカのやり取りです。マダムは既に高齢、裕福ですが車椅子の生活。彼女は孫娘が娘(デジレ)とともに旅から旅への生活を送るのは教育上よくないと考え、娘から奪い取って手元に置き、良妻賢母教育を施している。マダムはフレデリカに、「夏の夜は三度微笑む」という不思議な話をする。
○第1場:エガーマン家の居間と寝室
フレデリカがピアノの練習をしている間に場面転換。
居間のソファに座ってチェロを弾くヘンリックをアンはからかう。そこへフレデリックが早めの帰宅。アンに、一寝入りしてから夜に芝居を観に行こうと誘う。アンは大喜びで身支度を始め、フレデリックは寝室に向かう。
2.Now
3.Later
4.Soon
セリフを聞いただけでもエガーマン家の複雑?な事情がわかりますが、ここから3人が順に歌うことで、彼らの思いがより切実に観客に迫ってきます。
"Now"はフレデリックが歌います。「今」自分は何をすべきか?結婚はしたものの11ヶ月たっても妻は床を共にしてくれない。ここで一気に解決すべきか否か?解決するなら強硬手段かそれとなくその気にさせるか?彼の思索はしばしばアンのおしゃべりに遮られ、結局眠気に勝てず昼寝することにする。
"Later"はヘンリックがチェロを弾きながら歌います。アンやフレデリックだけでなく召使のペトラにまで「後で」と言われ、彼の苦悩は深まりばかり。「後で、っていつ?」そんな時などやってくるものか!絶望に満ちたアリアです。
"Soon"はアンが歌います。「もうすぐ」あなたのものになりますから、という夫フレデリックに対する思いを歌いますが、ヘンリックの「切れた」チェロに遮られます。あわてて止めに来るアンの下着姿を見つめるヘンリック。とまどいながら寝室に戻るアン。
ここから寝入ったはずのフレデリックも含めた三重唱となります。NowとLaterとSoonが絡み合い、盛り上がっていきます。頂点に達した後3人の声が作るハーモニーで落ち着いたかと思った瞬間、フレデリックが一言「デジレ…」と寝言をつぶやきます。不審な顔でフレデリックを見つめるアン。
3人の気持を一言で曲のタイトルとして表し、順にそれぞれの思いを吐露させた後、3人のアンサンブルで嵐を起こし、やっと静かになった池の水面に小石を投げるかのように寝言を入れて終わる。ここまで観ただけで「ああ、今日は劇場に着てよかった」と思わせる名場面です。
5.The Glamorous Life
いよいよ主役、デジレ登場の場面です。
まずフレデリカがピアノの練習曲に乗って母への憧れを歌った後、慌しく荷造りと荷解きを繰り返すデジレが歌う。一段落するとマダムが不肖の娘を愚痴る。さらにデジレが歌う。
正反対の見方からデジレを紹介し、最後はデジレ自身の人生賛歌で終わります。
○第2場:エガーマン家の地元の劇場
ドレス・アップして劇場まで来たものの、さっきのフレデリックの寝言が気になるアン。そうこうするうちに芝居が始まり、デジレが舞台に現れたところでフレデリックと目が合う。そこで全員フリーズ(動きが止まる)。
6.Remember
舞台進行役のうちの男女1組による短い二重唱です。目が合った2人の心の内を観客に伝えるかのように、フリーズした2人に絡みながら歌います。
後の場面でもしばしば登場する曲です。
アンは、フレデリックとデジレの目が合ったことで動揺。落ち着かせようとするフレデリックの言葉は逆効果となり、とうとうアンは泣き出して席を立ってしまう。
○第3場:エガーマン家の居間と寝室
その頃家に残ったヘンリックはペトラと「罪」を犯し、しかも「完璧に失敗。」ヘンリックのストレスはたまるばかり。そこへアンとフレデリックの予期せぬ帰宅。穴があったら入りたいヘンリックに対して冷静なペトラ。アンは寝室に駆け込む。フレデリックはアンを慰めた後、1人で出かけていく。
○第4場:デジレの泊まる宿の一室
本番を終え、ガウン姿でくつろぐデジレ。そこへフレデリックが入ってくる。14年ぶりの再会に驚くデジレ。2人は再会までの互いの人生を語り合う。フレデリックは昼寝でデジレの夢を見たことを告白、デジレに娘がいることを初めて知る。デジレは今の愛人、カール・マグヌスを皮肉交じりに紹介。話は自然とアンのことに。
7.You Must Meet Your Wife
フレデリックとデジレの二重唱。フレデリックののろけに辟易するデジレが、しだいに説得されてついにアンに会うことを承諾する。これまたうっとりするほど美しい。
すっかり意気投合した2人は寝室へ消える。
8.Liaison
マダムが登場して歌うソロ。過去の愛人たちを思い出しながら、人と人の絆の脆さを嘆く。ついでに、娘教育の失敗を愚痴る。最後は歌いながら寝入ってしまう。
この"Liaison"という言葉は和訳しにくいのではないかと思う。普通なら「つながり」「関係」と言ったところだろうが、日本風に言えば「縁」の方がふさわしいのかもしれない。
突然静寂が破られる。演習に出かけて近くにいないはずのカール・マグヌスの声が聞こえる。驚いて寝室から出てくるデジレとフレデリック。しかし、カールが現れる。運悪くこの宿の近くで車が故障してしまったのだ。新旧愛人の鉢合わせに動揺するデジレ。フレデリックはバスロブ姿。彼はとっさに、自分はデジレの母の弁護士で彼女のサインが必要なため訪ねたと説明。で、バスロブは?洗面所で滑ってバスタブに突っ込んでしまったと言い訳。では服が乾いているかどうか確かめるようカールに言われ、デジレはあわてて洗面所へ。2人っきりになり、気まずい沈黙。軍隊マーチを口笛で吹くカールに対し、フレデリックはモーツァルト(「フィガロの結婚」より「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」など)で対抗。カールは自分の決闘体験を披露して威圧。
デジレの機転?でフレデリックの燕尾服はびしょびしょ。やむなくカールは自分のナイトシャツを貸し、フレデリックを追い出す。
9.In Praise of Women
カールのソロ。ここまでのやり取りでおわかりのとおり、カールは誇り高く自信満々だが伯爵らしからぬ粗野な軍人である。フレデリックの言葉をはなから信用せず、いろいろ詮索するうちに帰宅し、場面が変わる。
○第5場:翌朝、マグヌス家の朝食の部屋
カールの妻のシャーロットがテーブルに向かって座っている。彼は妻にも隠さず堂々と愛人を持ち、しかも昨夜の出来事までしゃべっているが、シャーロットも当然のように聞いている。彼はアンが妻の知り合いであることを思い出し、彼女を訪ねて様子を探るよう促す。夫と一緒にいられる時間が削られるにもかかわらず、シャーロットは物分りよく夫の言うとおりにするが、しばしば毒のある皮肉をつぶやく。
シャーロットが退場した後カールのソロが再開。デジレへの独占欲を高らかに歌い上げる。
○第6場:エガーマン家の居間と寝室
ペトラに髪をとかしてもらうアン。処女のアンはセックスへの不安を訴えるが、既に経験豊富?のペトラは笑い飛ばす。そのうち2人はふざけ出すが、その最中に呼び鈴。シャーロットが訪ねてくる。シャーロットは夫をくそみそにけなした後実は愛していることを告白し、さらに昨夜の出来事を話す。不安が的中しショックを受けるアン。
10.Every Day a Little Death
シャーロットとアンの二重唱。男にもてあそばれる女の悲しさを歌います。これまた素敵な歌です。先にシャーロットが歌い、後からアンが加わるのですが、生の舞台では配役によってシャーロット役とアン役の歌唱力の差が歴然と見えてしまうこわい曲でもあります。
ヘンリックが帰宅。挨拶されたシャーロットはまたも皮肉を一発かまして退場。1人残って泣くアンをヘンリックは慰めようとするが、アンはまともに取り合わず、笑い飛ばす。
○第7場:マダムの家のテラス
マダムがフレデリカに今日の訓示を垂れているところへ、思いがけずデジレが帰ってくる。喜ぶフレデリカ、疑いの目で見るマダム。デジレは次の週末にフレデリック一家を招待するようマダムにお願いする。マダムは娘の意図を測りかねるが、承諾する。ただし、「一番いいシャンペンは自分の葬式まで取っておく」と釘を刺すことも忘れない。
11.A Weekend in the Country
第1幕のフィナーレとなる長大な曲ですが、曲の構成は、
@アン、ペトラの二重唱
Aアン、ペトラ、フレデリックの三重唱
Bアン、シャーロットの二重唱
Cシャーロット、カールの二重唱
Dアン、ペトラ、フレデリック、シャーロット、カールの五重唱
Eヘンリックのソロ
Fアン、ペトラ、フレデリック、シャーロット、カール、ヘンリックの六重唱(+進行役5人)
となってます。大まかに言って曲が進むに連れてだんだん歌う人数が増えていきますね。これは「フィガロの結婚」などオペラ・ブッファの作り方と同じです。ただ、全く同じではなく、ソンドハイム独自の味付けがなされています。例えば、各部分の合間にデジレとフレデリカのやり取りが挿入したり、Dで一度盛り上がった軽快な音楽が突如鐘が加わった荘重な音楽に変わり、ヘンリックの牧師説教風ソロになったりします。とにかくこの曲が始まったら幕切れまで息つく暇がありません。
1992年の「ソンドハイム・ガラ」(カーネギーホール)でも出てくる曲ですので、彼の魅力を手っ取り早く実感できる曲だと思います。
ストーリーとしては、デジレがフレデリックたちを招待する理由をフレデリカに話して聞かせ(もっともフレデリカは全てお見通し。血は争えないということですね)、アンは招待状の名前(アームフェルト)に最初は警戒するもののシャーロットのアドバイスを踏まえて逆にフレデリックを説得し、出かけることにする。シャーロットはこれでフレデリックがデジレとよりを戻せばカールは別れて自分の元に帰って来ると睨んだが、話を聞いたカールは招待されてもいないのに妻への誕生プレゼントと称してアームフェルト家に出かけることにする。登場人物それぞれの思いが入り乱れる中、共通点はただ一つ。「週末田舎へ行ったら楽しいぞお!」いやあ、ほんとに楽しい場面です。
[第2幕]
1.幕間音楽
オーケストラがNight Waltzを演奏した後進行役5人が登場し、北欧の夏の沈まない太陽を歌います。これから始まるドタバタを連想させます。
○第1場:アームフェルト家の庭(→アームフェルト家の玄関前)
進行役5人の歌が一段落すると幕が開きます。芝生の上でくつろぐマダム、デジレ、フレデリカ。しかし車のクラクションが聞こえます。予定より客が早く到着。3人はあわてて屋敷に戻ります。
場面はアームフェルト家の玄関前に。まずカールとシャーロットが登場。カールの予期せぬ行動で機嫌を損ねたのか、シャーロットの毒舌はますます冴える。
そこへエガーマン一家も登場。驚くフレデリックとカールがにらみ合う隙にアンとシャーロットはこっそり会って短い打合せ。
ようやくデジレが現れ、カール達を見て驚く。カールは苦しいながらもシャーロットの絶妙?のフォローを得て事情を説明。
デジレは、シャーロット、そしてアンに挨拶し、最後に一同にフレデリカを紹介。一同反応に困る。
カールとフレデリックはそれぞれデジレに話しかけるが、彼女はもう完全にパニクっている。フレデリカは2人の男のただならぬ雰囲気に心配を隠せない。デジレはいたたまれず逃げ出してしまう。2人にはさまれたフレデリカも耐え切れず、逃げ出す。男たちはとりあえず車を停めるため退場。
進行役の五重唱がこの場を締めくくり、次の場へのつなぎをする。
○第2場の1:アームフェルト家の庭の一角
アンとシャーロットはこれからの計略を相談。シャーロットはフレデリックを誘惑してカールを嫉妬させ、自分への愛を取り戻そうという作戦。最初は驚くアンも、カールの嫉妬がフレデリックに向けられ、浮気の報いを受けることを期待して賛同する。アンの予期せぬ反応に戸惑うシャーロット。そこへ現れたフレデリックを早速シャーロットは誘惑し始める。
○第2場の2:アームフェルト家の庭の別の一角
アンたちが退場した後五重唱をはさんで入れ替わりにフレデリカとヘンリックが登場。ヘンリックはアンへの愛をフレデリカに告白。五重唱がこの場を締めくくる。
○第3場:アームフェルト家のテラス
フレデリックとカールがディナー用にドレスアップして登場。
2.It would have been wonderful
2人のつぶやき二重唱。2人ともどこかで何かが違っていればよかったのに、つまりこんなことにはならなかったのに、と歌います。「歴史にもしもは許されない」と言いますが、ifのオンパレードです。
フレデリカがカールを呼び、母が待っている部屋へ案内する。勝ち誇った表情のカールを見ながら落胆するフレデリック。ところが、入れ替わりにデジレが登場。フレデリカの計略だったのですが、フレデリックはそこで初めて娘の名前が「フレデリカ」であることを知ります。いよいよ本題に入ろうとしたところへ、カールの怒りの声。早くも計略を見破って戻ってきます。フレデリックはあわてて庭の彫像の陰に隠れます。カールはデジレに逢引の約束をさせようとしますが、折悪しくフリッドがディナーの支度が整ったことを知らせに来ます。フリッドはご丁寧にフレデリックにも知らせるので、隠れているのがばれてしまう。でもそこは役者、デジレは初めてフレデリックに気付いた振りをして2人をダイニング・ルームにエスコートします。
○第4場:ダイニング・ルーム
3.Perpetual anticipation
進行役3人による三重唱。題名は直訳すると「知覚の予想」ということですが、いかにもソンドハイムらしい凝った題名ですね。ピアニシモでささやくように歌われるこの曲は、これから起こる大騒ぎを予感させます。嵐の前の静けさのような感じですね。
この間に登場人物たち、マダムとデジレ、フレデリックとアンとヘンリック、マルコム夫妻の6人がテーブルに座るわけですが、どうやって1人1人が席に着くかを見ているだけでも面白いです。
一転してディナーも終盤、フレデリックの自慢話が終わり、一同なごやかな雰囲気。と思いきや、酔ったシャーロットのフレデリックを持ち上げる言葉がカールを苛立たせ始めます。フレデリックもこれに調子を合わせるまではよかったのですが、つい自分がこの家に不案内であると口を滑らせる。ここぞとばかりカールはかみつきます。フレデリックは長い間マダムの弁護士をつとめていたのではなかったのか?マダムを問い詰めるカール。しかし、マダムはまともに答えない。
そうこうするうちにデザートの時間に。マダムがデザート・ワインを一同に配り、「生と死」のために乾杯の音頭。シャーロットだけがこれに応じて口をつける。さらにシャーロットが不謹慎なデジレ賛歌を口走り、カールがたしなめたところで、それまで黙っていたヘンリックが叫んで立ち上がり、ワイングラスを叩き割る。大人たちの欺瞞に満ちた会話への不快感と自分を押さえつけていた父への反発が一気に爆発し、外へ飛び出してしまう。追おうとするアンをフレデリックは止める。一瞬凍りついた雰囲気になるが、シャーロットのしゃっくりに観客は苦笑させられる。
○第5場:アームフェルト家の庭
止めようとするフレデリカを振り切ってヘンリックはさらに走り去る。アンが追いかけてくる。彼女はフレデリカから、ヘンリックの自分に対する愛を初めて知らされる。最初は驚くアンもだんだん彼が気に入っている自分に気付き、夢見心地になりながら、フレデリカとともに彼を探し始める。
○第5場A:庭の別の一角
他方恋の営みは身分を問わない。ペトラとフリッド、召使同士もすっかりいい仲になっている。遠くでヘンリックを探す声も2人をじゃますることはできない。
○第6場:デジレの寝室
ようやく2人きりになったフレデリックとデジレ。デジレはフレデリックを招待した真意を告げる。これに対する彼の言葉を聞いた彼女は歌い始める。
4.Send in the clowns
デジレのソロ。このミュージカルの中で最もヒットしたナンバーですが、僕にとっては長い間よくわからない歌でした。他のナンバーに比べるとはるかに難解に思えたのです。「道化を呼んで」という題名自体が凝ってるだけでなく、道化という存在が日本人にはわかりにくいということもあるのかなあと思います。まあたぶん僕が鈍いんでしょうね。
現時点での僕の理解でご説明すると、こうなります。デジレはフレデリックに妻がいることを十分承知の上で、なおかつ今夜が彼とよりを戻す最後のチャンスかもしれないとの覚悟をもって臨んでいる。しかし、フレデリックはアンに対する愛情が冷めていないことを正直に彼女に伝える。それを聞いて彼女は「あたしはやっと地上に降りてきたのに、あなたはまだ空に浮かんでる」と歌う。つまり、彼のあまりの覚悟のなさに腹立たしいやら情けないやら、道化師にでも慰めてもらわなきゃやってらんない、という心境なのではないでしょうか。
こんな激しい感情を、ソンドハイムはこのミュージカルの中で最も静かで美しいメロディに乗せて歌わせるのです。
さすがにフレデリックは自分の安易さに気付き、許しを求めて部屋を出ます。デジレの最後の歌詞「たぶん、来年ね…」は、彼女の絶望感を象徴する一言だと思います。
○第7場:林の中
アンとフレデリカが一緒に走ってくる。まだヘンリックは見つからない。二手に分かれて探すことに。入れ替わりに現れたヘンリックは首吊り自殺を図ろうとするが、そこへようやくアンが現れる。ヘンリックはアンに口付けし、愛を告白。アンは本当に自分が愛していた人が誰だったかを悟る。2人は固く抱き合って走り去る。
5.The miller's son
場面変わってペトラとフリッド。寝ているフリッドの脇でペトラが歌うソロ。結婚するなら粉屋の息子かビジネスマンかプリンス・オブ・ウェールズ(イギリス皇太子)か。単なる玉の輿志向ではない彼女は、いろいろ考えた挙句粉屋の息子を選ぶ。女って現実的ねえ。
これまたソンドハイム特有の早口歌いが要求される。
○第8場:アームフェルト家の屋敷と庭
アンを探していたフレデリックは思いがけずシャーロットに出会う。違った意味で傷心の2人の視線の先にアンとヘンリックの姿が見える。荷物をまとめて駆け落ちする妻と息子を呆然と見送るフレデリック。
カールはまだずうずうしくもデジレの寝室に入り込む。出て行くよう促すデジレの言葉を無視して服を脱ぎ始めるがふと外を見るとシャーロットとフレデリックが仲むつまじくしている。激怒したカールは寝室を出て行く。
他方マダムのそばにはフレデリカ。マダムは若い頃木の指輪をプレゼントしようとした初恋の人のことを話して聞かせる。
カールはフレデリックとシャーロットの下へ行き、フレデリックにロシアン・ルーレットの決闘を申込む。フレデリックも受けて立ち、2人は舞台裏へ。進行役たちが"A
Weekend in the Country"を歌うが銃声で中断される。驚いて庭に出てくるデジレ。そこへカールがフレデリックを担いで現れる。幸い耳をかすっただけで命に別状はない。カールはシャーロットに屋敷を出るよう促す。シャーロットはやっと夫が自分のために命を張ってくれたことに心動かされ、2人はよりを戻す。
さあこうなると残ったのはフレデリックとデジレ。フレデリックは妻と息子を失い、命まで失いかけたことで罰を受けるとともに、全てから解放された気分になる。そして自分たちとフレデリカのために一緒になろうと言う。2人は"Send
in the clowns"を一緒に歌い、ついに結ばれる。
2人が寄り添って退場した後、マダムとフレデリカが現れる。マダムは今夜も夜は2度微笑んだと言い、最後の微笑として息を引き取る。
"Night Waltz"が流れる中登場人物たちがそれぞれのコンビで踊る。最後に進行役の1人が冒頭と同じようにピアノで音を鳴らして幕となる。
最後まで目が離せない幕切れですが、特に面白いのは、第1幕の歌が節目で5人の進行役の誰かによって再現されるところです。すなわち、
・ヘンリックと駆け落ちするアンに向かって"Soon"
・アンたちの駆け落ちを見送った後のフレデリックに向かって"You must
meet my wife"
・カールとよりを戻したシャーロットに向かって"Everyday a little death"
いずれも「あんた、さっきはこう歌ってたじゃない」というニュアンスで歌われ、それぞれの登場人物の運命の変転をよく言えばユーモラスに、悪く言えば皮肉っぽく観客に見せます。このミュージカルがいかに練られて作られているかがよくわかる場面です。
最後はマダムの死というショッキングなシーンが待っているわけですが、他方この世に残った人々は全て丸く収まっているという、これまた複雑な結末になっています。そして、最後のピアノの和音を聴くとまるで夢から覚めたような気分になります。何回観てもいつの間にかこのソンドハイムの魔法にかかってしまうのです。