月 待 塔 (つきまちとう)

 相馬地方を歩いていると、道端などいたる所で石仏や石塔を見かけます。
別に相馬だからと言うことではなく、都会を除けばだいたいどこへ行っても見られるものです。
その中に、時折「二十三夜」と書かれた石塔があります。これが「月待塔」「月待供養塔」と
呼ばれるものです。道端でも見られますが、寺院やお堂の境内、参道、入り口などに多くなっ
ています。相馬では、今のところ「二十三夜」しか確認していませんが、他の場所では、
十五夜、十六夜、二十二夜、二十六夜、他などがあるそうです。
 これらの石塔は、「月待信仰」に由来しているそうです。月待ちとは、ある特定の月齢の月
の出を拝む習慣だそうで、「二十三夜塔」の場合は二十三夜の月の出を拝み、その場所に石塔
を建てたものと考えられます。ただ、純粋に拝んだかどうかはわかりません。
 聞いた話では、相馬でも山上では昭和初期の頃(いつまで行われていたか不明)二十三夜の
集まりはあったそうです。しかし、月の出を拝むといった信仰ではなく、夜、近所の女性たち
が食べ物を持って集まったということなので、宴会に近い娯楽といったものではなかったでしょ
うか。
 また、「月待塔」とは違いますが、月や太陽が彫られている「庚申塔」というものも見つけ
ることができます。

 簡単に調べただけで、相馬市と新地町でたくさんの二十三夜塔を確認しています。100塔
以上あるのは確実と見られますが、もっと調査をして分布や写真などを掲載したいと思います。
鹿島町や原町市でもいくつか確認していますが、とりあえず範囲を限定して相馬市と新地町を
調べています。
 なお、このページを作るに当たり、星の民俗館天文民俗学のページを引用、参
考にしました。月待塔など詳しく知りたい方は、これらのホームページを見てみて下さい。

       二十三夜塔の写真

道端にある二十三夜塔(相馬市小野)

月の絵が入った二十三夜塔(新地町駒ヶ嶺)

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