ドーリームキャスト




SEGAの第五世代ハードで、CPUに日立製のSH4を搭載、その描画能力、演算能力は当時のハード中最強であった。
プレイステーションに奪われたシェアを巻き返し、家庭用ゲーム業界トップの座を手中に収めるため、SEGAが満を持して発表したドリームキャスト。
しかし、その前途は発売前から多くの障害に阻まれていた。
NECに発注したグラフィックチップの生産が後れ、発売日に計画していた初期出荷量を大きく割り込む形となった。しかも、無事出荷出来た内の半数は初期不良と、滑り出しは最悪であった。
理由はどうあれ、発売日に手に入れられなかったユーザーや、初期不良を掴まされたユーザーの反応は冷ややかで、ドリームキャストのみならず、SEGAへの不信感も高まっていった。
それに追い打ちをかけるようにプレイステーション2の発表である。
発売後、1年を待たずしてSEGAの目論見は崩れ去ってしまった。
その上、流れ始める新ハードの噂(本当に噂だけであった)
ドリームキャストを取り巻く環境は、限りなくマイナス方向へ動き、これを打開する術を見いだそうにも周囲は闇の中。
サードパーティーのソフト供給が安定してきても、起爆剤になりうるビックタイトルは無く、コントローラーが大きく持ちにくいこと、そして十字キーの操作性が悪いこともあり、新規ユーザー獲得は難しかった。
インターネットが出来ると唱ってはいたが、その環境はお世辞にも快適とは言い難く、通信機能を使ったゲーム対戦も、そのレスポンスの悪さから、あまり流行っているとは言えない状況が続き、定価を9800円にまで引き下げ、在庫処分を計るなど、その最後は涙なしには語れないような状態であった。
せめてもの救いはPHANTASY STAR ONLINEが記録的ヒットを遂げ、最後の一華を咲かせた事だろうか。

どういう形にせよ、これでSEGAはハード屋としての幕を降ろす。
今にして思えば不遇のハードDreamcastは良くも悪くもSEGAらしいハードだった。
有難うDramcast。



1999/9/21   初版
2002/1/29   二版


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