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朱家角プロジェクト
別荘・SOHO・ホテル・商業コンプレックス
設計:2008年
場所:中国上海市
面積:約12ha
担当:柳原博史、斉藤隆夫、清水拓郎
クライアント:上海西鎭征大/RIA上海
□ 記憶の中の水郷
上海市近郊には、周庄、烏鎭をはじめ、数多くの水郷と呼ばれる街がある。街中には水路が張り巡らされ、多くは元代に起源を持ち、明、清代に建てられた建築が残っている。この幾つをかつて訪れたことがあるが、ちょうど蘇州の庭園が世界遺産に登録され、烏鎭、同里なども登録間近と噂されていたころとあって、中国の観光地にありがちな、かなりげんなりする有様であった。もちろん、局所的に良い景観は残ってはいるものの、表通りはお決まりの土産物屋と、夥しい路上の物売り、慌ただしい船の客引き、良い風情の街並の中に突然現れる古い街並を極めてチープに再現した建物、さらに極めて粗雑な建築物等の修復。そして何より、下水の匂いさえ漂うような水路。どれも未成熟な中国ゆえに、仕方がない部分もあろうが、痛々しいとすら思えてしまう。
朱家角もそうした水郷のひとつであるが、規模が小さいせいか、土産物屋もほどほどで、かなり素朴な風情が残っている。しかも、周庄、烏鎭よりも上海に近く、水郷のポテンシャルを知るのには一番良いと思えた。
当該のプロジェクトは、この朱家角古鎭(古い街並の残るエリア)に隣接した、12ha程の敷地に、別荘群(主に上海市内在住の富裕層が週末を過ごすための家)、SOHO、2タイプのホテル、商業施設、会議場などを集積させる開発計画である。一番の売りとなる別荘エリアに関しては、欧米の建築家3名程で、すでにプランが固められており、エリア内に水路が巡らされ、各戸へのボートアクセスが確保されることが条件とされていた。2タイプのホテルのうちのひとつは、高齢者向けの長期滞在型で、有機野菜などを取り入れた食を長閑に愉しむ空間を提供するというコンセプトも定められていた。中国でも、「スローフード」や「食の安全」といった日本でも流行のテーマが早くも取りざたされている姿が伺える。上海の富裕層をターゲットに明確に絞り、その先端的なニーズに応えようとするもので、実質がどこまで伴うかはかなりの未知数ではあるが、感度の高い強かなデベロッパーが中国でも出はじめている、ということである。また、当初は日本人をはじめとした外国人にも照準を定めるが、先々は中国人の意識の高まりにつれて成熟させて行きたいとうビジョンであった。
ランドスケープは、概ね決められたゾーニングに従い、動線を確立させ、緑地とオープンスペースを配することが主たる役割となり、その中で、「水郷」というポテンシャルを最大限に生かし、週末の上海市の喧噪から逃れて過ごすに相応しい、「長閑さ」をどうつくるかが、大きなテーマとなった。また、ゾーンが明確に区切られてはいるものの、相互の連関や、隣接する古鎭との連続性も持たせるべきであろう。しかし一方で、現代的なスマートさも要求されるため、ここで景観的な大きな要素として注目したのは、水路と、低層建築の濃灰色の切妻屋根のスカイラインである。水路は、エリア内の動線として最大限に利用し、水路側を「表」として、水路から見た景観を確立すること。スカイラインに関しては、低層の10m程度までに殆どの建築物を抑え、ある程度の新しい素材感やデザインを許容しながら、しかしながら、あまりマッシブなボリューム感を表出しないことなどを定めていった。また、10m前後の屋根のスカイラインから、所々にメタセコイヤの円錐形の樹がリズミカルに頭を出すという景観を、周辺(特に古鎭)から連続させ、地域全体の特徴的な景観とすることとした。
上海市内のスカイスクレーパー群が、奇抜さや、派手さを競うのとは違い、ここでは、施設群が、緑や周囲の景観の中に埋没をする程度がちょうど良いとして、その先で、インテリアやちょっとした断片において、センスの良い、現代的な先鋭さを表出させる程度が、適度な「長閑さ」を保証してくれるものであろう、という方針が受け入れられた。
もう一方で、水路に関しては、高密度な近隣の古鎭では、ほぼ全域が石積みでハードに護岸されているが、ここでは、エリアに応じて、石積みも、少しラフな多孔質な護岸とし、また別荘やホテルなど、周縁部に行くに従って、このエリアに元々ある、水草が水陸の境界を曖昧に覆う領域をなるべく多く確保し、生態系への配慮と同時に、その「寛容さ」を朱家角をはじめ水郷の近郊の相応しい景観として確立させていくことと考え、その一部に限り親水デッキなどを設け、アクセスを確保するものの、人が近寄り難い、離れて見るだけの湿地の景観を確保することともしている。敷地の更に外側は、現状そのような状態があるものの、将来的に持続する保証が無いため、護岸をやり直した上で、再度湿地をつくることが、エリア全体にとって重要であることを、象徴的につくっておく意義は大きいこととなるはずである。
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