環境エネルギー館 ランドスケープ

「ワンダー・ヒル」創造を育む7つの丘
 (2004年 グッドデザイン賞受賞)

設計:2002年4月〜2003年7月
竣工:2003年12月

場所:神奈川県横浜市鶴見区
面積:約4500m2
担当:柳原博史、大西瞳、増澤昌
クライアント:東京ガス(株)、(株)アーバン・コミュニケーションズ



□ 工業地帯との「調和と対比」

巨大な煙突とクレーンがスカイラインをつくり、大型トラックが頻繁に行き交う。すべてがハイパー・ヒューマンスケールな京浜工業地帯のまっただ中に、東京ガス環境エネルギー館、別称「ワンダーシップ」がオープンしたのは、1998年の秋のこと。建築そのものが空に浮く船のイメージを持ち、子どもたちが「環境」と「エネルギー」に関する展示やワークショップを通じて様々な発見と驚き(=ワンダー)を体験する、というコンセプトで、多くの来館者を集めてきた。その開館5周年となる2003年の秋、隣接する遊休地に、駐車場と、子どもたちの環境学習とコミュニケーションの場となる屋外フィールドが一体的に整備されることとなった。

このランドスケープは、建築の背景(もしくは前景)として、建築と相互に引き立ち合い、また工業地帯の中にあって、存在感を強く示すとともに、新しい和音と不協和音を同時注入することを指向している。広場全体は、船が浮かぶ大洋に見立てられ、その中に立ち上がる7つの大陸となる「丘」が配される。丘の間には、大河のように蛇行するメインアプローチ、芝生広場の中央には、水が張力で滞留するような駐車場へのアクセス園路を置く。7つの丘は、暫定的に「風」「光」「水」「香」「火」「音」「時」のテーマが充てられ、元々全く起伏の無い埋立地のこの場に、立体感をつくり、景観的変化と、様々なイベントを仕込むそのきっかけを与えようとしている。ヒューマンスケールの活動、ミクロなスケールの発見を促しつつ、中景として館の4階にあるメイン展示施設から見た時の視覚的な楽しさと、遠景として工業地帯の中に突如出現する、大きな緑の丘というインパクトを演出している。

□ 活動し変化する広場への礎

しかしながら、この広場は、子どもたちの活動や発見への動機づけとなることで十分とし、当初から過度なつくり込みと高い完成度によるレディーメイドの庭園たることを目論んではいない。7つの丘に与えられた暫定的テーマとは、将来にわたる変化を許容するための最初の手掛かりでしかない。中央の直径20m、高さ3mの「風の丘」が、様々な屋外活動の中心となり、集合型イベントに利用出来ることを想定してはいるが、限定してはいない。手洗い場を兼ね、泉をイメージした「水の丘」は恒常的であるが、ススキを密植し秋には炎のような穂が並ぶ「火の丘」、ハーブ系の植物を混植した「香の丘」は、四季の変化や香りを通じた植物への興味を引くと同時に、緩やかに、そして将来は大きく変化が加えられることも期待されている。「光の丘」では、子ども達が、ワイルドフラワーを播種し摘み取るという活動の中で次々に咲く花によって二度と同じ景色には遭遇しないかもしれない。「時の丘」「音の丘」という2つの小さな丘は、将来このテーマをきっかけに、何らかのイベントや仕掛けが加えられることを見込んでいる。これらの丘は、極めてシンプルであるが、そこに発想されるものは無限であり可変である。そして植物たち(特に低木、草本類)は、コミュニケーションの誘発装置であると同時に、インタラクティブであろうとし、変化してゆくことを恐れていない。

□ 広場と一体化された駐車場

駐車場と子どもの広場。このいかにも相性の悪い二つをどのように同居させるかは、このプロジェクトでの最重要課題のひとつである。また、この館の特性上、平日にはバスの団体客が多く、週末は自家用車での来訪者が多いことから、平日の車のいない状態でも、空間性を損なわないこともポイントとなる。採用された芝生とプラスチック製芝生保護材の駐車場は、駐車場に柔らかいテクスチャーを持たらし、車道のカラーコンクリートとともに、従来の駐車場の雰囲気を大きく覆す。芝生保護材は、芝生が綺麗に維持し難いことへの懸念から嫌遠されがちであるが、平日に車が少なく、芝生への日照が保証されることで、施主からも奨励された。また、保護材には芝生の疑似色である緑を用いず、紫とオレンジに着色し、芝生の間に見隠れした時には、芝生とは違う雰囲気を醸し出す。

□ テーマとストーリーのある植栽

今日の工業地帯は、意外と緑が多いものの、それらは法的な必要数量を満たしているという以外の意図が稀薄で、概ね緩慢な空間である。環境エネルギー館のランドスケープに置かれた100種類近い高木の数々は、日照や耐潮性と、敷地内での適度な緑陰形成を考慮したレイアウト上で、各々が内に秘めたストーリーを持っている。「風の丘」の周囲には、生きた化石と呼ばれるメタセコイア、芝生広場に聳える南洋杉とヤシは、日本にガスを供給する東南アジアや中近東に思いを巡らせるシンボルとなる。「時の丘」近くのミカン、イチジク、ビワ、ザクロは日常的に馴染みのある果樹。「音の丘」近くの月桂樹、ユーカリ、キン・ギンモクセイは独特の香りを持つ木、メインアプローチ周りのウメ、サクラ、タイサンボク、マロニエ、サルスベリ、デイゴなどは季節ごとに主役が入れ代わる花木。「火の丘」の周囲には木材など生活資材となるスギ、ヒノキ、キリなど。更に全体にちりばめられた隠し味は、葉の形や色に特徴のあるコロラドトウヒ、プラタナス、カシワと、世界各地の物語を胚胎するオリーブ、フェイジョア、アカシア。この植栽は人の日常生活と植物の世界にコミュニケーション回路をつくることを使命とし、また埋立地への適合性と新しい多様性をもって、場の醸成に寄与する。

□ メンテナンス

昨今のランドスケープで、事業者にとって最もクリティカルとなるメンテナンスであるが、このプロジェクトでは、広場そのものが、高度な完成度を求めず、維持しないことを当初からコンセプトに据えている通り、例えば芝生の雑草に対する過度な気遣いを止め、多少の雑草混じりの芝地を善しとしている。当然、広場の機能性を損なう過密な緑陰や植物の枯損に対する日常的な目配りはありだが、子どもが遊び、使うことに支障のない限りでの自然的な変化は、建築とは違うランドスケープのひとつの特性である。

□ リサイクル素材

このプロジェクトにおいて多く取り入れたリサイクル品と環境低負荷品は、場所性と当該施設の特徴(東京ガスの関連施設であること)を活かした利用である。一例は、プラスチック製のガス管の廃材が2通りの方法で使われていることである。ひとつが芝生の駐車場に敷くプラスチック製保護材に特注としてこの廃材を、強度を維持出来る最大限まで混入していること。もう一点がメインアプローチで、ガス管を細かく砕いた黄色のペレットを、アクリル樹脂舗装上に混入していることである。但し、このペレットは、樹脂舗装の性能を損なわない配慮から、完全に舗装上に固着させるのではなく、上から緩やかに撒くことで砂利のような流動的舗装となっている。駐車場横の園路には、館の向い側にある横浜市下水処理場の汚泥からつくられたレンガ(通称「ハマレンガ」?を用いている。これらリサイクル品は、いずれも突出した景観要素ではなく、全体のデザインの中でさり気なく挿入されている。

□ 一般住宅のランドスケープへ

このプロジェクトは、京浜工業地帯という場所性と、子ども向け施設であることがデザインの大きなファクターとなっている。勿論一般住宅の庭園デザインで場所的なコンテクストを折り込むことがあっても良いが、敷地内のデザイン的精緻化を重視するとすれば、例えば駐車場と広場(または住宅の場合の庭部分)の関係、アプローチと庭全体の整合、植栽の役割などは、デザイン的にも、テクニカルにも共有し得る課題である。駐車場という機能的空間と庭という非機能的空間は、ランドスケープという接点上で共存しなくてはならず、駐車の利用状況というプログラムとの連関からデザインを発想することも可能である。芝生の駐車場は、日中の殆どが駐車占有される場合は不可能であるが、その際は車というオブジェクトと庭の関係性がデザイン要因となろう。植栽では、遮蔽、緑陰という機能以上に、その場における意味が問われる。低木・草本類は時々で頻繁に変化をして良いが、高木は枯損しない限り恒久的設置となり、しかも成長するので、その選択には、かなり慎重を要する。それを一般的な情報や市場性だけに頼れば、適合性以上に選択肢が狭まる。しかし、車一台の購入と同じエネルギーを注入し、より独特なストーリーを胎内した一本を選ぶことも当然できる。レアモノに挑戦することもあってよいし、空間的なデザインとして、形状やボリューム感によって考えることもあり、である。そうした意味で一般にやや高価となるが、南洋杉、コロラドトウヒ、フェイジョアなどは形状そのものが新しい空間的可能性も持っている。

「建築知識」2004年11月号に寄稿したテクストを抜粋・加筆

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