「…ねえ、大学やめて今から学校行かない?」  不意に車を止めて志保が言う。 「なに言ってんだ。落とせねえんだよ」 「わかってるわよ。前見てからそれ言ってね」  と志保の指差す向こうは、渋滞の列…。 「おいおい…そりゃねーだろ」 「あと何分?」 「…19分くらいか…」 「…そりゃ無理ね。サイレン鳴らすか空でも飛ばない限りは」 「くっそお…」 「ね、マジでヤバイの?」 「たぶんな…」 「追加でレポート出したりしても許してくんないの?」 「…さあな」 「大丈夫だって。卒業がかかってるんでしょ?相手は鬼でもあるまいし」 「………」 「なんなら、知り合いの長岡が事故で死んだってことにしてもいいわよ?」 「…わーったわーった。単位のことは方法を後で考えることにして、 なんで学校に行きたいんだ?」 「懐かしいからよ」 「お前が? 学校になんて恨みしかねえだろ」 「学校は嫌いだけど、思い出は大切にしないとね」 「そうかい。ま、懐かしいのはオレも同じだし、やってくれ」 「オッケー」  車は表通りからそれて、裏道に入った。  せまい路地を抜け、オレたちの通学路だった道を目指す…。 「…なあ」 「なに?」 「お前どうして向こうの大学に行ったんだ?」  すると志保はオレの方にちょっとだけ目をやって、 「あれはねえ、あたしの頭じゃみんなと同じ学校には行けなかったからよ」  冗談めかして言う。 「ウソつけよ。自分で言ってるほどのバカが、三年から急に成績上げて大学行けるかっての。 お前がやるって言い出したら、大概のことはやりとげちまうってことは、 あの頃から充分身にしみてるんだぜ?」 「…あら、さすがはあたしの元彼氏ね。よくわかってるじゃないの」 「聞かせろよ」  志保は観念した顔で、 「…あの頃あたし、ずっとみんな一緒でいたいって言ってたの、覚えてる?」 「ああ」 「考え直したのよ、あたし。いつかはどうせ別れるんなら、自分から別れちゃおうってね」 「オレに相談はなしかよ…」 「バカねえ、自分だけの判断でやるから意味があったのよ」 「ったく、勝手なヤツだな」 「ふふふっ。…でも、他にもうひとつ理由があったのよ」 「なんだよ」 「あんた、あかりとうまくやってる?」 「あかりと? …べつに変わってねえけど」 「ウソおっしゃい。それなりに進展はあったでしょーが」  ちょっとマジ入った目で聞く志保。 「ま、まあ…」  なんでも見透かされてるような気がして、オレは素直に答えた。 「よしよし。とりあえず、あたしの裏切りはチャラになるわね」 「…裏切り?」 「言ったでしょ? あかりを裏切れないって。 高校時代あんたとの一線を越えなかったのは、あたしなりの義理だったのよ」 「お前…」 「その義理を、いまなら果たせたんじゃないかってね」 「果たしたから、どーなんだよ」 「バカねえ。あたしたち、もうガキじゃないのよ?  義理で好きな人をゆずるなんてね、ただの偽善よ。 そんなんで自分はいいヤツだなんて思ってたあたしって、つくづくガキね」 「おい、それってつまり――」 「あかりとは親友だけど、今日からは恋敵。容赦しないわよ?」 「志保…」  バカだよお前は。  高校時代、とっくに勝ってた勝負を捨ててまで…、 そこまでするほどあかりのこと好きだったんだな。  いい友達を持ったもんだぜ、あかりも。 「ほいさ、到着」  その声で、学校に着いたことを知った。 「ふ〜ん…。思ったより変わってないわね…」  車を降りて、校舎を見上げた志保の第一声がそれだった。 「…考えてみれば、たったの4年だからな」 「なんか卒業していろいろあったから、もう10年くらいたったような気がしてたわ」 「10年か…」 「10年後、あたしたちどうなってるかしら」 「…わかんねーよ。そんなこと」 「いまは昨日のことみたいに思い出せるけど、あたしたちの高校時代って、 その頃には多分セピア色に変わっちゃってるかもね」 「かもな」 「できれば色なんて変わんないで、いつまでも覚えていたいわねー」 「そいつはいいかもしれねえが、これからも思い出はふえていくんだぜ?  持ちきれなくなるぞ」 「楽しいじゃない。山ほど思い出引きずって、このさき生きていくのよ?  おやつたっぷりの遠足みたいなもんよ」 「歩けなくなってもしらねえぞ」 「歩いてみせるわよ。…でも、重くなったらあんたも少し持ってね」 「バーカ」  そう言ったら、志保は不意に校舎に向かい出した…。  と思ったら、振り向いて、 「♪さくらぁのは〜ながぁ、さーきみだれぇ。 …覚えてる?」 「ああ。むかし流行った歌だな」  大人になっても、ときどき昔を思い出しながら、 一歩一歩未来へ進んでいこうって歌だ。  ちょうどいまのオレたち向けの歌だな。 桜の花が咲き乱れ 大きめの制服を着て 花びらの舞う校庭を バックにして記念写真とったね 机に書いた落書きも やさしく響くチャイムも たそがれどきの教室も みんなみんなセピア色の思い出 赤く染まる校舎見つめて いつか大人に変わっても 子供のように時を忘れて 思いきりはしゃぎたい どんなときも元気になれる 場所が必ずあるから どこにいても忘れないで 前に歩いてゆこう 日焼けした肌見せ合って いつも負けていた夏休み 秋冬過ぎて春が来て クラス替えが悲しくて涙した 今思えば楽しい日々が フルスピードで過ぎてゆき そしていつか大人に変わる そんなことに気がつかない どんなときも勇気をくれる 人が必ずいるから どこにいても忘れないで 前に進んでゆこう どんなときも元気になれる 場所が必ずあるから どこにいても忘れないで 前に歩いてゆこう