「…ひさびさだな。このメンツで持ちかえりってのは」  なにげなく深呼吸しながら言う。  ヤックに向かったのは良かったが、運悪く店が混んでいたので オレたちはテイクアウトして広場にやってきた。 「さっきもらってたティッシュちょーだい」  ベンチを陣取った志保が言う。 「なんだよ、欲しけりゃお前ももらっとけ」  言いながらオレはポケットからティッシュを取り出した。  道端でよく配ってる、広告のヤツだ。  ついタイミングが合ってしまい、受け取ってしまったんだ。 「サンキュ」  受け取ると、志保は無造作にティッシュを何枚もつまみ出した。  ベンチに広げると交互に細長く折りたたみ始める。  オレとあかりは何が始まるのかと見守っていたが、 「あ、志保、私にもちょうだい」  思い出したようにあかりが言い出した。 「あかりもやんの? じゃどっちがきれいか勝負ね」  と、今度はふたりで作業を始めた。  あかりは何か知ってるようだが、オレにはさっぱりわからない。  やがて、たたんだティッシュを束ねてつまみ、指で広げ始めた。  あかりもすぐ志保に追いついて、同じことを始める。 「輪ゴムかセロテープが欲しいわね」 「うん」  微笑みながら、束ねたティッシュを広げるふたり…。  だんだんソレが形になってきて、オレにもようやく正体がわかった。 「かんせ〜い。――似合う?」  志保の言葉で、示し合わせたようにふたりはソレを頭につけて見せた。  ふたりが作ったのは学芸会なんかに使う、飾りつけ用の花だった。 「バ〜カ。お前らそんなもんつける柄かよ」 「あっそ。でも、あたしの負けねぇ。やっぱあかり先生にはかなわないわ〜」 「そんなことないよ。よくできてると思うよ、志保の花」 「だめだめ。こいつはね、数を作ってナンボのモンよ。スピード命なの」 「う〜ん…、そうかも…」 「でも、懐かしいわね〜」 「うん」  そう言って笑い合うふたり。 「おいおい、ふたりで世界作るなよ」 「あ、ごめん。浩之ちゃん」 「あんたはいいの。これはあたしたちの友情の証なんだから」 「なんでそれが友情なんだ?」 「あら、聞きたい? 今なら教えてあげてもいいわよ」 「志保ぉ、恥ずかしいよ」 「いいじゃん、こいつに話したって減るもんじゃなし」 「…じゃあ、少しだけなら…」  あかりはとりあえずうなずいた。 「よし、聞かせろ」 「おっけ〜っ、少しもかかしも、洗いざらい全部話すわよ〜」 「あ、志保〜っ;」 「あれは、忘れもしない中学一年の…いつ頃だったっけ?」 「…秋ぐらいだったかな?」 「思いっきり忘れてるじゃねーか」 「うっさいわね、時期なんて関係ないのよ」 「学芸会で、あたしたちの班が飾りつけを用意することになったのよ」 「私も志保と同じ班だったの」 「へえ…」  で、放課後みんなで作り始めたんだけど、これがまた面白くってさぁ。  物を作る喜びってヤツ? 「あ、これおもしろ〜い」 「長岡さん、すっごく上手ねぇ」 「ほんとほんと。なんかきれいね」  それでさ、あたしたまたま作るのがうまかったらしくて、みんな誉める誉める。 「あたしって、才能あったのね〜」 「あるある」 「お前にもカラオケ以外の取り柄があったか」 「勝手に思ってなさい。あたしの才能のひとかけらを見せただけよ」 「なに言ってやがる。…で、それからどうなったんだ?」 「え〜と、ついつい喜んじゃったあたしは…。そうそう、 この調子ならあたしひとりで充分だって、みんなに帰ってもらったのよ」 「ブタもおだてりゃ木に登るってな。それで、あかりまで帰ったのかよ」 「えっとね――」  あかりが答えようとすると、 「そいでそいで、ず〜っとひとりで頑張ってたのよ。  マジで頑張ったのよ? あたし。  だったんだけど…、当然とゆーか当たり前とゆーか、 やってるうちに飽きてきちゃったのよ」 「そりゃそうだろ」  で、イヤになってきてはじめて、恐ろしいことに気がついたの。  ひとりで4人分の数をこなさなきゃいけないってことにね…。 「当たり前だ」 「あ〜もうやめよっかな〜〜〜っ」  どうしようかとあせりまくってたら、そこへあかりがやってきたのよ。 「長岡さん、私手伝うよ」 「あらら、帰ってなかったの?」 「うん。別の教室のお手伝いしてたから」 「そーなの? よかったわぁ。ちょうど今、だれてたところなのよ。 手伝ってもらえるとすごく助かるわ」 「うん」  そういうことになって、今度はあたしとあかりで作ることになったのよ。 「あーダメダメ、なにあせってんのよ。もっと丁寧にやらなきゃ」 「う、うん…」  見てるとあかりったら鈍臭くって、あたし見てらんなくなっちゃってぇ――。 「あのね、あのときは急いでたんだよ」 「あ、そーなの?」  そんな感じで、あたしたちは良い子が寝る時間をすぎてもまだやってたわ。 「――でもさ、神岸さんが来てくれてホント助かったわ。ありがとね」 「ううん」 「ほかのふたりはマジで帰っちゃうし、あたしも帰ろっかな〜なんて思ってたのよ」 「………」 「怒った?」 「ううん…。私も途中で抜けてるから…」 「…ホント、ごめん」 「長岡さん…」  あたしとあかりは、それはもう頑張ったわ。  で、終わったのは10時すぎ。 「神岸さんち、こんなに夜遅く帰って大丈夫なの?」 「う、うん。電話したから…」 「なんか、その顔じゃかなりヤバそうね」 「………」 「あたしがいっしょに行って事情を説明したげる」 「え、でも…」 「いいっていいって、あたしも神岸さんに助けられたんだし」 「…ありがとう」 「………」 「………」 「長岡さん――」 「ね、なんか苗字で呼び合うのって堅苦しいから、名前で呼ばない?」 「え…う、うん」 「神岸…なんだっけ?」 「神岸あかりだよ」 「あかりかぁ…。んじゃ『あかりん!』」 「あの…、あかりでいいよ」 「そぉ? つまんない」 「………」 「あたしは長岡志保。カワイく『志保ちゃん』って呼んでくれると嬉しいわね〜」 「じゃあ、志保…」 「…あんた、ノリが悪いわね?」 「………」 「――って感じで、おばさんにはあたしが事情を説明して、丸く収まったってわけ。 それからね、あたしたちが仲良くなったのは」 「うん」 「そういやそんな話があったよなぁ」  ずいぶん前に聞かされた覚えがある。 「――にしても、昔っから迷惑なヤツだな、おめぇ」 「ま、ひてーはしないけどね」 「悲惨だねぇ、あかりもおせっかいなばっかりに、こんなヤツと知り合っちまってよ」 「そんなことないよ。志保って、根は真面目なんだから」 「…だとよ。朝帰りの真面目さん」 「だ、誰が朝帰りよ〜っ!」  …その日は、思いもよらなかっただろう、志保とあかりの出会いを、 都合二度も、知ることができた。  いい加減な志保とおせっかいなあかり…。  どっちも、らしいな。