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9月28日出光興産苫小牧工場ナフサタンク炎上

製油所火災、安全管理も問題に補償問題に発展の可能性

出光興産北海道製油所(苫小牧市)のナフサタンクで28日から火災が発生した事故では、同社の安全管理の不備なども問題になりそうだ。燃えかすが周辺地域に被害をもたらしており、補償問題に発展する可能性もある。製油所停止による供給体制への影響は、他社の協力などで避けられそうだが、業績への影響も懸念される。

出光の原油処理能力は日量約75万バレルで、北海道製油所は同14万バレルで、2割弱にあたる。製油所は現在、消防署から全面停止命令が出ており、再稼働のめどは立っていないが、出光は本州の製油所からの融通や、室蘭製油所がある新日本石油など他社からの協力を得る考えで、末端の流通が混乱する恐れは小さい。

再稼働にこぎつければ、ほかの油槽所を含め、北海道だけで備蓄が30日分あり、供給に支障はない。

炎上しているタンクだけで被害が収まれば、設備の被害も、限定的になりそうだ。

ただ、火災の原因はまだ不明だが、地震後の安全対策が不十分だったことが考えられる。強風で飛散した油分の燃えかすなどの家屋や車への付着、臭気の漂い、フェリーの運航見合わせなど周辺への被害について出光の責任が問われ、補償問題になる可能性もある。

出光の03年3月期決算は、市況の低迷や原油価格の高騰を受け、連結当期利益は前期比66%減収の22億円だった。今回の火災が業績にどのように響くか、不安はある。

同社では、06年度には上場を目指しており、精製能力の削減や、有利子負債の圧縮といった体質強化策に取り組んでいる。こうした中、対応によっては企業イメージを損なう恐れもあると判断、急きょ、東京の本社から被害状況の把握のため、社員らを現地に派遣した。 (09/29 18:39)

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住吉町屋上から0309291638

今までは南からの強い風によりタンク南に部署していた大型高所放水車などが焦げることはなかったが、夕刻になると風がおさまり、炎が垂直に上がり車が焦げ始める。消防車には、車が燃えないように自衛噴霧装置(霧の幕状に水を吹き出し、消防車を包む装置)が付いているが、ウインカーや赤色灯など金属以外の部分が溶け始めた。
この熱によって、動かなくなるものや運転席にある速度メーターが溶けた車があった。そのなか消防隊は緊張と過酷な条件で消火活動を続けた。

なぜ2度も出光ばかり相次ぐタンク火災

「火災はもうたくさんだ」―。28日午前、苫小牧市真砂町の出光興産北海道製油所(石田和文所長)で、ナフサ貯蔵タンクが燃え上がった。十勝沖地震で原油タンクが炎上してからわずか2日。市街地上空に長さ10キロメートル以上の黒煙の帯が広がり、せき込むほどの異臭が漂った。2000年2月から通算5度目の大規模なコンビナート火災。
相次ぐ不祥事に、市民から怒りや失望の声が噴出した。
▼悪臭、黒煙
市内東部では、鎮火から一夜明けた1日午前も一部の地域で依然、石油臭が漂い、地域住民をうんざりさせている。新開町の男性会社員(27)は「家の中まで石油臭くなり、具合が悪くなった。戸別訪問で謝罪しているらしいが、アパート暮らしの人間には何もないのか」と怒る。雨や強い南寄りの風は、住宅地に消火剤の泡を運び、車などにすすが付着した。明野新町の主婦(39)は「今度、東の空に黒い煙が上っているのが見えたら、出光の火災だと思って車は車庫に入れるわ」と皮肉る。
石油臭は約60キロ離れた札幌方面まで広がり、各市の消防などに市民からの問い合わせが連日、寄せられている。
▼物流にも打撃
火災で、苫小牧港の出入港が停止。苫小牧港長の規制解除まで貨物船など約50隻が沖で待機した。フェリーは苫小牧発の欠航が相次いだほか、到着便も同港・東港や室蘭港にそれぞれ入港先を変え、大幅に遅れて入港。市民や観光客の足にも大きな影響が出た。
同製油所は、出光全体の原油処理能力の約2割を担う。特に苫小牧からは、道央圏を中心に大量のガソリンを出荷しており、供給面での影響が懸念される。同社は他社にも代替出荷を委託しているが、出荷停止期間が長期化すれば市場調達も避けられず、コスト増による業績悪化は必至だ。タンク火災による補償問題のほか、業界全体の設備増強で、石油製品の値上がりを心配する声も出ている。
これらの影響を考えてもコンビナート火災は絶対あってはならない事故のはずだ。消防、警察の実況見分を待たなければ、詳細な出火原因は分からないが、度重なる火災に市民は「なぜ、出光ばかりが―」という疑問をぬぐえない。

出光興産北海道製油所は地震が引き金となり、わずか3日間で2度にわたる大規模なタンク火災を起した。時間が経つにつれ、出光側の対応の問題も浮き彫りに。「人災」を指摘する声もあり、地元に波紋を広げている。コンビナート火災はもう絶対起こらないのか。今回のタンク火災が投げ掛けた問題点に迫る。 (文章=苫小牧民報)
 

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タンクの炎は深夜に灯火程度になり、消火のめどが立ったかに見えたが、座屈したタンクと浮き屋根の陰から顔を出すこの灯火はなかなか消えない。緊張が緩和されると疲れが増してくる深夜の活動。

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「重い責任」問われる安全管理体制
「責任の重さを痛感している。信頼回復に努力しなければならない」。出光興産の天坊昭彦社長は1日午前、苫小牧市役所で記者会見し、度重なったタンク火災に深々と頭を下げた。会見に先立ち桜井市長にも陳謝し、今後の安全対策の徹底を誓った。ただ一連の火災の発生原因については「地震がなければ起こらなかったはず。基本的には天災だと思っている」との認識を示した。
▼見通し
30日午前、ナフサ貯蔵タンク火災の鎮火を受け、現場近くの事務所で行われた記者会見。報道陣から「泡消火剤だけで対応は十分だったのか」「鎮火時間などへの見通しの甘さはなかったか」などと、同社の対応を問う厳しい質問が相次いだ。
石田和文北海道製油所長は29日朝、「あす(29日)昼ごろをめどに決着させたい」とした前日28日夜時点の鎮火の見通しを修正した。実際に苫小牧市消防本部が「鎮圧宣言」したのは、30日午前5時10分だった。
石田所長は、泡消火剤を一斉放射する作戦が失敗した時点で、自然鎮火を待つのも一つの選択肢だったことを強調。「予想の範囲内。(見通しの甘さはなく)ベストの判断で、ほぼ期待通りの成果が上がった」と語った。
結局、ナフサはタンク外に漏れ出さず、延焼もなかったが「期待通りの成果」とは、大きな不安を与えた市民への配慮を欠いた言葉だった。
▼通報義務
苫小牧市役所では27日夜から28日朝にかけ、市民から「石油臭」に関する苦情が相次ぎ、市は火災発生前の28日午前8時すぎ、同製油所に再三問い合わせたが、同製油所は「大丈夫。心配ない」と繰り返したという。
同製油所は十勝沖地震当日の26日正午までに、ナフサ貯蔵タンクの「浮き屋根式」のふたが沈みかけているのを確認しながら、石油コンビナート等災害防止法が義務付ける市消防本部への通報を怠っていた。石田所長は会見の中で自ら、ナフサは揮発性が高く、最も危険性が高いことに触れながら「タンクの外にこぼれたものだけを報告すればいいと思った。判断が間違っていた」と弁明した。
同製油所は「消防車の配置など応援を、市に要請すべきだった」と対策の不備を認めつつ、「あってはならない二次災害。万全の安全対策を講じ、グループ総力を挙げ信頼回復に努めたい」と話している。

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誰もがこのまま消えるものと思いながら消火活動を続けていたそのとき、一瞬にしてタンクが爆発的に炎に包まれた瞬間の写真である。爆発的な炎の上昇とともに周囲の泡消化剤の泡が瞬時に舞い上がっているのがわかる。どれほどの燃焼が一瞬にして起きたか想像がつくだろう。

教訓消火態勢の充実も課題

9月30日の記者会見で、北海道製油所の石田和文所長は「考えるべき問題があったから火災が起きた」と、安全管理体制に不備があったことを認めた。出光では今年4月に工務部を新設。安全強化を推進してきた。「タンクの安全対策も課題に上っていたが、火災が起きてしまった。地震対策の在り方などを見直す必要がある」と話した。
▼消火態勢
ナフサ貯蔵タンクの火災は出火後、44時間たってようやく鎮火したが、一時は延焼の恐れも出るなどコンビナート火災では最大級の「全面火災」となった。今回の事態を招いた要因に、十勝沖地震でナフサタンクの損傷を確知しながら消防に報告しなかったことがある。その一方で、消火態勢が大型化するタンクの火災に対応できない現状も浮き彫りとなった。
出火当初はタンクを冷却放水しながら、泡消火剤での消火を試みたが、絶対量が不足し、調達に手間取った。結局、消火剤を集中投下する作戦に切り替えたものの、それも失敗に終わった。油全体に火が回る全面火災となれば、一般の消火態勢で対処するのは難しいともいわれる。専門家の中から、日本の消火車両の能力は大型化するコンビナートタンクの火災に追いついていないとの指摘もある。
今回の火災を機に、全国の製油所の防災体制を再点検することも必要だ。長期的に考えれば、地震はいずれまた起こり得る。活火山・樽前山を抱える苫小牧は、特に強力な防災体制が求められる。
「災害は、いつ発生するか分からない」。それが今回の最大の教訓ではないか。
▼功罪
苫小牧港・西港の開港2年前となる1961年。まだ企業進出がなかった臨海部の土地分譲に、購入を最初に申し出たのが出光興産だった。73年の操業開始から北日本のエネルギー拠点として、地元経済発展に大きく貢献してきた。
「どう考えても人災だ」「一つの製油所でこんなに火災が相次ぐなんてあり得ない」
この4年間で5度の大規模火災発生という「不祥事の過去」ばかりが強調されがちだが、これまで同社が果たしてきた功績や今後も踏まえながら、安全にどう共存していくかを議論していかなければならない。
市民の不信感や不安を取り除くためにも今後、徹底的な原因の究明、十分な情報公開が重要となる。(この企画は政治経済部・川山大輝が担当しました)(文章=苫小牧民報)

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この火災はコンビナート火災のため特防地域にある企業の消防隊、近隣応援協定の胆振東部消防本部、そして苫小牧市の消防隊が消火にあたったがタンク火災は衰えず、室蘭市と札幌市にも応援要請を要請をおこなった。発災タンク(3万L)の北と東には4万Lのタンクが有り、延焼したら大惨事となるため国と道が動き、道内のコンビナートを持つ消防だけではなく、東北各県からも応援をもらった。
また、泡消火薬剤も1回目のタンク火災で概ね使ったため、日本国中から自衛隊の輸送機を使い集められた。
この出光のナフサタンク火災は、日本国中の協力があってはじめて1基の火災で終わったが、他のタンクに延焼していたならば、出光興産北海道精油所はいまだに燃え続け、黒煙と炎を上げているだろう。

地震とナフサ共振、大きく揺れ漏れる出光タンク火災

出光興産北海道製油所のナフサタンク火災で、出火前にタンク上部からナフサが漏れ出ていた現象は、十勝沖地震による「スロッシング現象」によって引き起こされていた可能性が高いことが港湾空港技術研究所や東大地震研究所の纐纈(こう・けつ)一起助教授(応用地震学)らの調査で分かった。火災はタンクの浮き屋根が傾いて漏れ出したナフサに引火したことが原因とみられている。纐纈助教授は調査結果を6日から京都市で開かれる日本地震学会で報告する。

北海道の六つの港で計測された揺れの速さを比較した港湾空港技術研究所の菅野高弘・構造振動研究室長によると、苫小牧港(苫小牧市)では5〜7秒間に1回という非常に遅い揺れの波が多くを占めていたことが分かった。それに対し、釧路港(釧路市)や浦河港(浦河町)などでは1〜2秒に1回という揺れが大半で、函館港(函館市)では約4秒に1回の揺れが目立った。

菅野室長が計算したところ、このタンクのナフサは約7秒の速さの揺れで最も揺れやすくなるといい、苫小牧港付近の5〜7秒のゆっくりとした揺れと速さが一致。共振するスロッシング現象が起きて大きく波立った可能性が高いという。菅野室長は「港は内陸部に比べて地盤が軟らかく、スロッシング現象が起きやすいといえる。このため、ナフサが浮き屋根の上に漏れ出したのではないか」と話している。

東大の纐纈助教授らは、防災科学技術研究所の地震観測機器から送られてきた26日の十勝沖地震の本震の地震波の伝わり方を解析した。

その結果、門別と静内では地震発生から50秒以内に強く速い揺れがピークとなり、すぐ揺れが収まったが、苫小牧では50秒を過ぎても強い揺れが続き、100秒以上も揺れが続いていた。

纐纈助教授らは「この地震波がタンクの浮き屋根の破損につながったのでは」と見ている。

一方、出光の製油所を現地調査した消防関係者によると、製油所では別のタンクの内壁に原油などが揺れ動いた跡が見つかった。火災が起きたタンクでもスロッシング現象で浮き屋根が破損、ナフサがあふれ出た可能性があるという。

<スロッシング現象>水を入れたバケツをゆっくりと揺すると大きく波立つように、容器の振動によって引き起こされる液面揺動。地震波の周期がタンクの固有周期と近い場合には、中の液体があふれるほど大きな波が起きることもある。大規模な地震では長周期の地震波が発生するため、震源から遠くて比較的震度が低いところでも発生することがある。 (文章=朝日新聞10/02 15:17)

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苫小牧のタンク火災、44時間後に鎮火

北海道苫小牧市真砂町の出光興産北海道製油所でナフサタンクが炎上し続けた火災は、30日午前6時55分に鎮火した。28日午前10時45分ごろの出火から鎮火まで約44時間もかかった。燃えたタンクとその周辺は消火剤で真っ白に覆われ、延焼は免れたものの隣接タンクの外壁は黒く変色した。

ナフサタンクの火の勢いはなかなか弱まらなかった。同社はタンクについて「コントロール下にある」とし、早ければ29日正午過ぎに鎮火すると見ていたが、同日午後1時すぎに、一部を残して倒壊。消火活動にあたっていた消防隊に一時、退避指示も出された。

記者会見した石田和文所長は「消火剤の一斉放射の効果がないと分かるまでに時間がかかってしまった」と見通しの誤りを認めつつも、「ベストな判断をし、ほぼ期待通りの効果だった」と話した。

消火作業中、風下の約数キロ圏内を中心に、すすや消火剤の泡が飛散し、鎮火までに、気分が悪くなり、病院で手当てを受ける住民も出たが、同所長は「ご迷惑をおかけしたが、対策の取りようがなかった」と言っている。 (09/30 10:55)

なぜ遅れた防火手立て出光タンク火災

長い揺れ、耐震超える?消化剤注入、強風が阻む

出光興産の北海道製油所で起きたナフサタンク火災は、出火から35時間以上たっても燃え続け、一時はタンクが内側に倒れ、消防隊が退避する場面もあった。地震後、タンクのふたにあたる「浮き屋根」が傾き、ナフサ漏れを確認した26日朝から出火するまでの2日間、出火を防ぐ手立てはなかったのか。なぜ、すぐに火を消すことはできなかったのか。

●想定外の揺れ

製油所の大規模タンク火災が起きた64年の新潟地震以降、防災対策は強化され、揮発性が高いタンクでは浮き屋根方式が採用された。地震の揺れに合わせて屋根も揺れ、内部の原油やナフサが大気に触れて発火しないようになっている。

そのタンクにも「弱点がある」と専門家は指摘する。石油連盟・石油産業技術研究所の防災担当者は「水が入ったバケツをゆっくり長く揺らすと、水が外にこぼれ出る。これと同じで、長い時間揺れる地震だと、タンク内の原油やナフサが屋根の上にあふれ出る可能性がある。想定した耐震対策を超える地震ではなおさらだ」という。

同製油所によると、ナフサタンクの浮き屋根は震度6に相当する揺れの加速度が300ガルでも傾かない設計だった。今回の地震は86ガル。だが、揺れが予想以上に長く、地盤が軟らかかったことで傾いたと分析する。

コンビナートの地震災害に詳しい東京都立大の鈴木浩平教授は、99年に視察したトルコ大規模地震を踏まえ、「火災が起きたタンクは浮き屋根式だった。国内でも同型式のタンクが地震で火災を起こした例がある。浮き屋根が地震で破損しても、別の防災装置が可動するような対策が課題ではないか」という。

●出火前の手立ては

ただ、鈴木教授は今回の火災について、「地震発生から時間が経過し、タンクの点検、復旧作業の最中に火災が発生するのは珍しい」と驚く。

製油所はナフサ漏れを確認後、すぐに泡消火剤を吹き付け、ナフサの表面を覆った。揮発による発火を防ぐためで、「タンク外への漏洩(ろうえい)はなく、泡シールで安全性を確保できると判断した」という。だが、泡は風で飛ばされ、28日の火災直前まで計5回、消火剤を充填(じゅうてん)。作業員が消火剤を取りに階段を下りる途中、出火した。

すぐにナフサの抜き取りをしなかったことに、同製油所の石田和文所長は「浮き屋根が傾いている状態でナフサを抜くと、タンクの変形や浮き屋根と内壁の接触で火花が生じることも考えられた」と説明。泡シールをいつまで続けるかについては「明確な方針はなかった」とした。

●難しい消火作業

出火後、現地の消防隊はナフサを抜き取りながら泡消火剤を投入。だが、火勢が増し、泡消火剤が不足した。28日夜、ナフサの抜き取りを中止した。油面の低下でタンクが倒壊し、ナフサが流出するのを懸念。海外の専門家のアドバイスで、下部から水を注入して油面を保つ方法に切り替えた。

28日夜の記者会見で、石田所長は「倒壊の危険はなく、コントロール下にある」と言ったが、29日朝に試みた泡消火剤の大量注入は風が強くてうまく行かず、午後1時20分過ぎ、タンクは内側に崩れた。

石油産業技術研究所の防災担当者は「ナフサはガソリンと同じ性質。タンク表面を泡消火剤ですっぽりと覆い、酸素の供給を絶ち切らないと火は消えない。タンク火災があれほど大規模になってからでは消火は至難の業。燃え尽きるのを待つしかない」と話す。