フォト探訪

 

かし」の住む風景

 
 


 

南海岸和田駅

 
  在の駅舎は3代目。先代は昭和初期に建てられたもので、半円型のステンドグラスが特徴の洋風の駅舎だった。なお現駅にも2代目駅舎のステンドグラスをイメージしたガラス窓が設置されている。
   1階に改札、2階にホームがある。改札口は中央口と和歌山市寄りの南口があり、南口は団体専用口を備える。1・4番線が待避線で2・3番線が本線となっている。 中央口に改札とホームを結ぶエスカレータ・エレベータ、南口に同じくエスカレータが設置される。
   3階と4階及び屋上は駐車場となっている。駐車場の出入口は駅西側3階にあり、スロープで難波側から入り和歌山市側へ出る。駐車場各階と駅西側1階を結ぶエレベータが設置される。
   1日あたりの平均乗降客数は23591人。この数字は南海の駅全体では99駅中11位、南海本線の駅としては40駅中6位。
   中央口は東出口と西出口に分かれる。東出口はバス・タクシーターミナルがあり、国道26号まで4車線の道路が伸びている。西出口は商店街を経て岸和田カンカンベイサイドモールに至る商業エリア。南口も中央口同様東西に分かれるが、出口の区別はない。ただし、構内図等で南出口と表記されることがある。南口は市役所や旧市街地への最寄口となる。

 

 

 

 

岸和田市の場所

 
  岸和田藩の城下町を中心に発展してきた人口約20万人の特例市。泉南地域の中心都市でもあり、大阪府の出先機関や企業の支店などが集中している。岸和田だんじり祭で有名。行政の特徴として、永住外国人と国内在住期間が3年を越え満18歳以上で3ヵ月以上市内に住む「定住外国人」に住民投票の投票権(参政権ではない)を認めている。市のキャッチフレーズは、『人がいき 地域が輝くまち岸和田』。
   岸和田市の総面積は72.24km²である。府南西部に位置し、大阪湾から和泉山脈に至る細長い市域(東西7.6km、南北17.3km)を形成している。
   大阪湾に臨む市の中心部は寛永時代(17世紀初め)以降、岸和田藩主岡部氏の城下町として栄え、明治時代中期以後は泉州綿織物を主とする紡織工業都市として発展した。1966年(昭和41年)には、臨海部の埋立により工業団地が建設され、以降、木材コンビナートや鉄工団地が造られた。

 

 


 

岸和田駅周辺

 
  岸和田だんじり祭は、1703年(元禄16年)から毎年行われている伝統行事。
   1703(元禄16)年、時の岸和田藩主岡部長泰が、京都伏見稲荷大社を岸和田城内三の丸に勧請し、五穀豊穣を祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられ、約300年の歴史と伝統を誇る。曳き手が走り、速度に乗っただんじりを方向転換させる「やりまわし」を見所として、多くの観光客を集める。幾つかの神社の祭りの総称で、基本的には地元の神社でその年の五穀豊穣を祝う祭り。
   全国的にも知名度が高く、日本を代表する祭りの一つである。毎年二日間で約60万人もの観光客が訪れる。岸和田市民(特に岸和田旧市地区)はだんじりのために生きている、といわれるほど祭り好きであり、全国の著名な祭が資金や人手不足で観光不振におちいっているなか岸和田だんじり祭だけは今もその勢力を拡大している。

 


 

岸和田周辺図

 
  マンションから岸和田駅までは、7〜8分の距離にある。


 


 

中央建物が勤務先


 


 

会社周辺


  右側の建物が勤務先

 

 


 

ハーバーレジデンスkanajyu(カナジュウ)


   中央に四角い塔があり、左右に三角屋根のあるのが住居となったマンション

 


 

マンション西側から

  
鉄筋コンクリート造9階建てで、築13年のマンションだ。賃料4万2千円・管理料3千円(礼金5万円)

 

 


 

ここの3階


ここの三階で西向きにベランダが有るところが「かし」の住むところ

 


 

部屋見取図

 
少々狭めだが、1Kの快適な?住処

下の写真は左上赤丸がマンションで、右下赤丸が会社
歩いて5分程だと思う。