監督メッセージ

 第三世界と言う呼び名は、東西冷戦時代に西側東側の間にある発展途上国のことを指して生まれた言葉です。フィリピンの映画作家キドラット・タヒミックは自作の映画の中で第三世界のことを「機械を使わずに人々が力を合わせて問題を解決する方法」だと言いました。資本主義だろうが共産主義だろうが利用できるものは何でも利用して足りないところは皆で力を合わせて生きてゆく、というのが第三世界のしかも山の中で生きる人々の生活スタンスです。何でもいいから生きのびる主義です。今この生きのびる主義の視点から人間が生きると言うことや世界の有様を見てみると、まったく違った形と奥行きが見えてきてとってもおもしろいのです。

 第三世界の生きのびる主義の人々にとっては、古いものも新しいものも同列に並んでいます。狩猟採集時代の様なライフスタイルから、政治的にも宗教的にも植民地政策の影響を受け大国の利害に巻き込まれて行った時代の歴史的産物や、現代のハイテクを駆使した最先端のライフスタイルまで、様々なものが混じり合って生活の中に同列に並んでいるのです。そこには人類がこれまで作り上げてきた道具や価値観の歴史博物館のような趣があって、新しい鏡で今まで見たことのない本当の世界の有様を見ているような新鮮な発見があります。経済大国のお金主義(環境問題でも家族の問題でも経済力さえあれば解決出来るとする主義)が益々力強くそんな山奥にまで影響を与えようとしている現在、彼らにとって、すべてを巻き込もうとするその大波をかわして生き続けるには、この第三世界の生きのびる主義(経済力・お金がなくたって問題解決出来る主義)しかありません。

 地球環境問題とはいったい何の問題なのでしょうか。地球や人類滅亡の危機と叫ばれてもう久しくたちました。人間がこの地球で生きるとはどういう事なのでしょうか。人間は何ひとつ自分で作り出すことはできません。地球の自然が作った物を利用しているにすぎないのです。それに気が付くまでにはもう少し森がなくなって食糧不足や薬害、石油不足や天災人災が増えて来るのを待たなければならないのでしょうか。自然と共に生きる豊かな生活って言うのはこういう事だったのです。

 様々な宗教が林立するフィリピン北部山岳地帯。この映画はそこで生きている未だ知られざる日系フィリピン人の家族サーバイバル映画です。 派手なアクションシーンも豪華なセットもないけれども、思いっきり議論の的になる問題百出の内容を盛り込んで、豊ボケした私たちの頭をシェイクしつつ、もうひとつの文明のあり方を提示する。このまったく新しい低予算シリアス・コメディ映画を第三世界の山の中から世界へ向けて発信する、それがこの映画の企画の意図です。

         お問い合わせ:「アボン/小さい家」