宮城谷昌光の世界


 「口をあけると、その者は、晋人であることがわかる。
 歯が黄色いからである。」

 宮城谷昌光描くところの、『重耳』という長編小説(講談社文庫)の冒頭です。冒頭の一文が考え抜かれているような小説は面白い、のか、面白い小説は読後感としてその冒頭が名文であったという印象を植え付けるのか、いずれが理由とも言えないのだが、この宮城谷作品群は面白い、そして、各作品それぞれの冒頭の一文に心に残るものが多い。以下、少し列挙してみたいと思います。

「白い指が帳のへりを撫でた。
室内にはいってきた初夏の風が、帳をふくらませ、白い指のうえを通った。」 (新潮文庫『晏子』)

「女は夢うつつにいる。......
 どろりと重い気のようなものを体膚に感じた。」 (文春文庫『天空の舟』)

「夏の落日である。
夕陽が邸内に射した。
ななめの光は、はげしくもするどくもなく、なぜかしずかに降るようであり、その光にふくまれている赤の色が槐の葉や幹をやわらかく染めた。」 (講談社文庫『孟嘗君』)

「まるで大樹から天光が発せられているようにみえた。
雪をつけた大樹のむこうから、日が昇ったのであった。」 (文春文庫『孟夏の太陽』)

 まぁ、こういう凝ったはいり方をした作品だけではないです。現に直木賞を取った『夏姫春秋』など、実にありきたりな、「夏姫の生国は鄭である」という始まり方をしています。
 もともと、中国を舞台にした小説なので、人の名前とか国の名前とか、なかなか一発変換とは行かないのですが、これらの冒頭の文を書き写しながら、あらためて、その漢字使い、仮名使いの尋常ならざる拘りを感じてしまいました。普通に変換しても、上のようにはなりませんよ。まぁ、小説を書く人は、その辺りにはこだわらなくてはね。

 ところで、『重耳』の著者あとがきによれば、そもそも、宮城谷氏が中国の歴史に興味を持ったきっかけが、この重耳という人物だったようだ。しかし、氏の中国関連の処女長編は、『重耳』ではない。重耳は春秋時代、晋の王、となると、晋という国の成り立ちを知らなければならない、それは、「周王朝の開基にかかわりがある。それなら周のことから調べてみよう...」こういうこだわりの積み重ねで、商(殷)、夏とさかのぼって行くことになる。なるほどね、その集大成を、これまたこだわりの描写力、文章力で描き出してくれるから、面白いわけだ。わたしは、なにげなく『夏姫春秋』という本を手に取り、読み、そして、はまった。主義として、文庫の出るまで待つ、どうしても出なければ、図書館で買う、というわたしの姿勢(単なるけちという噂もあるが...)から、単行本こそないがいま出版されている彼の文庫は多分すべて手元に揃っている、と思う。

 主な著作の主人公を(時代順に)挙げ、簡単に説明を加えよう。

伊尹(天空の舟)
 夏王朝の末期に生を受け、商の湯王を助けて商王朝の礎を築いた名宰相。
 史記に「鼎俎を負い、滋味を以って湯に説き、王道を至せり。」と書かれています。卑賤の出身で、料理人となり、有シン氏のつてを頼って、湯王に仕え、料理人から宰相にまでなった人物だそうです。面白そうではあるが、実はこの程度しか分からない人なんです。その人物を主人公に、文庫本で上下2冊の長編を、彼は書き上げています。この時代の部族国家と川の治水、車輪の発明の大きさ、等ちょっとした事柄の組み合わせで、この長編に古代中国が見事に蘇っています。

箕子(王家の風日)
 商(殷)王朝の王族で、宰相。商から周への政権交代を経験する。
 殷の紂王(受)の非道を諫めた箕子は聞き入れず、ますますその暴虐がエスカレートするので、狂人を装い奴隷となるも、探し出されて幽閉されてしまう、それでも、殷末を支える哲理の宰相として、その存在感は大きく、殷を滅ぼした周の武王も、あえて箕子に臣下の礼をとらせず朝鮮に封じた、と伝えられています。

 とりあえずここまでで、工事中です。