Lois McMaster Bujold の世界

 ビジョルドは、まず、オハイオ州コロンバスの出身。

 これがまずすごい。どうすごいかと言えば、わたしが長期滞在したことのある、唯一のアメリカの都市が、コロンバスだからだ。

 などとくだらない理由ではなく、オハイオ州から、何のよきSFが出るか?と、昔、テキサスだったかな、で開かれたSF大会で言われたことがある。けっこう腹立ったけれど、その時代、言い返す言葉がなかった。実際、それまで、オハイオ出身の、立派なSF作家に出会っていなかったから。

 ダニエル・キ−スが、オハイオを活躍の場に選んでくれた時は嬉しかった。アルジャーノンの作家だから、よけい嬉しかったよ。けれど、ビジョルドがコロンバス出身だと聞いたときは、もっと嬉しかった。なんといっても、SFの本流、ハードSF、スペースオペラ、その中心的作家だからね。

 余談はさておき、今回取り上げる作品のリストです。

1.『自由軌道』(Falling Free, 1988) 創元SF文庫、740円
2.『名誉のかけら』(Shards of Honor, 1986) 創元SF文庫、700円
3.『戦士志願』(The Warrior's Apprentice, 1986) 創元SF文庫、760円

 まず、お奨めしたい作品が『自由軌道』。
 シリーズものではない、単品のハードSF。題名どおり『自由軌道』に特化した新人類の登場するドラマ。
 86年《Analog誌》に連載されて、88年にネビュラ賞を獲得した作品。

 シリーズものでないと書いたのは、今回のリストにある他の2作品が広い意味での戦士マイルズシリーズに属しており、また、この(スペースオペラ)シリーズがなんと言っても、ビジョルドの代表作品だからです。

 シリーズではないといっても、同じ次元、同じ歴史(未来史)、そして多分同じ世界観の中で語られている作品とは言えるでしょう。細かい道具立て、例えば、ワームホールという言い方、この作品のテーマになっている人工子宮を使った遺伝子操作、ワームジャンプをする時のネクリン駆動装置に渦巻鏡などなど、世界が同じ、を証明できる素材がかなりあるのです。

 さて、とは言うものの、この作品はシリーズでもなければ、スペースオペラでもありません。この作品は、まずなによりも、自由落下空間における溶接技術と人工子宮を使った遺伝子工学という現在の技術水準の延長線上にある極めて現実的なテクノロジーを巡るハードSF(科学的な正確さをできるだけ保ったままで作られたフィクション)なのです。とは言うものの、遺伝子工学の成果である、0G(無重力、自由落下)に適応した新人類クァディーたちが所属する会社の中で備品目録に載せられているだけの存在だったり、技術革新によって旧式になってしまったプラグをつけたジャンプパイロットが出てきたりと、社会問題としての視点も充分持ち合わせています。(これがないと浅い夢物語になりますからね)ハビタットと呼ばれる、衛星軌道上の大規模シャトルとそのハブやリムの宇宙空間での並べ替え作業は、いかにも「宇宙もの」という満足感を与えてくれます。

 以上に加えて、戦士マイルズシリーズで見せてくれた、軽妙なストーリーテリングが健在なのですから、面白くないわけがないのです。ネビュラ賞は当然かな、という気がします。とりあえずのお気に入りです。それにしても、自由落下状態では、足は不必要、手が4本あるほうが便利、という発想の、クァディーという存在には、SF心をくすぐる何かがありますね。

 シリーズについては、『自由軌道』が面白かったもので、さっそく、『名誉のかけら』と『戦士志願』を買い込んできて読みました。このシリーズ厳密に言うと3つの系統に分けられるみたいです。『名誉のかけら』の主人公は、コーデリア・ネイスミス中佐という女性士官、『戦士志願』の主人公は、その息子のマイルズ・ヴォルコシガン、マイルズものがシリーズの中心で3冊5作品が邦訳されています。コーデリアものは邦訳は一作だけだけれど3作ほどの作品があり、他に、未訳ですがマイルズの部下エリ・クイン中佐を主人公とする作品がある、という事です。ま、邦訳済みの両シリーズを読め、こうして紹介できて良かったと思います。

 こちらは、バラヤーという江戸時代からいきなり宇宙航行時代に突入してしまったような惑星を心理的舞台に、全宇宙をワームジャンプで飛び交いながらスペースオペラを展開する話なので、あまり難しい科学技術などという細部に目を止める必要はないのです。こういう設定のためか、バラヤーの世界自体が、明治維新の文明開化を大規模にした、というような価値観の変動と同居という独特の活気の中に動いています。(この歴史的類比は、オスマン・トルコの末期とでも、中世に終止符を打った宗教改革期とでもできると思うのですが、日本に置き換えれば、という事です。明治独特の活気って、ありそうじゃないですか?)その中で、ちょっと調子が良くて身勝手なマイルズという主人公が、羽目を外して飛び回る、という所が、スペースオペラと呼ぶゆえんなのです。バラヤーでは、まだヴォルと呼ばれる貴族階級が健在なのですが、マイルズは、ヴォルコシガン国主(元摂政)の御曹司、頭も良いし、好青年、となると、主人公としてはできすぎて嫌味なくらいなのですが、そこはそれ、脆い骨という肉体的欠陥を抱え、ひそかに恋していた女性を、傭兵隊の忠実な部下に奪われてしまうなど、なかなか愛すべき弱みも持ち合わせた人物なのです。

ちょっと紹介が長くなりすぎたので、あとは読んでのお楽しみ、と行きたいのですが、この2作に共通して登場してくる人物像で、ちっとも昇進しない、(しかし武力はきわめて高い)ボサリ軍曹という人物が、実は隠れたお好みの人物だったりします。(どんな存在だか、良ければ呼んで確かめてください)それから、細部にはこだわらない、スペースオペラとして楽しんで、とは言いましたが、かなり細部にこだわるSFファンでも、充分に楽しめる、しっかりしたバックボーンの上に築かれた宇宙活劇だ、ということは付け加えて起きます。

 ここまでお読みになって、関心をもたれた方、そして英語に抵抗がないという方は、ぜひ、Lois M. Bujoldの公式ホームページに行って見ましょう。⇒